5-8:衝撃
激戦の最中。
大きく、派手に始まった、ミコト国首都攻防戦。
正確に表現すれば───突発的首都襲撃テロ、とも言える戦い。
意識と方向性は違えど、この戦いは両陣営ともに、紛うことなき分水嶺となる一戦であることは確実。
かたや、勝利を計画のトリガーとし、これを機に世界征服に王手をかけようとする者。かたや、勝利を己の背景とし、これを機に完全な自由を見出そうとする者。
戦場の主役である二人は、面識は一切なくとも、互いへ向ける殺意は他に類を見ない程度であると言って差し支えない。
その殺意に違いがあるとするのなら、独善の寵愛者である北條タカネの殺意が単なる感情から来るものであることに対し、虚無の寵愛者たるグレイアの殺意は、あくまで「やらなくてはならないから」という機械的とも評すべき理性から来ているもの。
この両者の違いは、両陣営の戦力構成として、顕著に現れていた。
「・・・・・」
都から見て、軍勢の残滓のさらに奥。
少し前に壊滅した町がある盆地との境目にある山脈にて、彼女達は待機し、戦況の進展を待っている。
この作戦に参加している人数は百人と少し。
パッと数字を見ただけでは、一国の首都を落とすには戦力が足りないと思うかもしれないが───侮ることなかれ、この百人と少しは独善の寵愛者たる彼女が選出した、選りすぐりの戦闘向け自己証明を有する猛者である。
そして、彼女が準備した軍勢はこれだけではない。
遊撃担当として都へと攻め込んだ獄炎の寵愛者をはじめ、計四人の転生者が彼女とともに戦場へとやってきたのだ。
「総員、戦闘態勢に入りなさい」
彼女が命令を飛ばし、全員が配置について構えをとる。
転移阻害をはじめとした妨害系バリアが張られている空間にて、彼女達は敵がしびれを切らして打って出てくるのを待っていた。
プランとしては、先ず初撃の隕石魔法で敵を動揺させたのち、遊撃担当の獄炎の寵愛者が都へ攻め入って主要な設備を破壊することで籠城という選択肢をなくす。あとは軍勢の残滓にヘイトを向かせて時間を稼ぎ、疲弊したところを包囲、殲滅または迎撃する算段。
メンバーを見ても、ヘイト稼ぎから防御、回復までを担当する恋慕の寵愛者、初撃の隕石魔法をはじめとした範囲攻撃を得意とする神秘の寵愛者、最後に彼女の左腕として近接戦闘を担当する光輝の寵愛者。
カタログスペックだけを見れば、そして、これがゲームのように単純な世界であったのなら、以上の事柄は非常に有効的であるといって差し支えない。
だが、これは現実である。
彼女が建てたプランさえ、最初から機能していない。
「・・・敵、動き───」
すると数秒後、魔力探知を展開していた恋慕の寵愛者───アイが、ひとつの動きを探知し、報告をしようとした。
しかし瞬間、戦場に衝撃が走る。
「ましッ!?」
「「「!!!」」」
なんと、彼女が報告し終える前に、時間稼ぎとして展開していたはずの軍勢の残滓が、ものの見事に砕け散ってしまったのだ。
まさしく一瞬の出来事であり、魔力探知を軸として迎撃を行おうとしていた彼女達は、こうして出鼻を挫かれたわけだが───まだ終わらない。
あまりにも決定的すぎるミスは、彼女達の失態を芋づる式に引っ張り出し、戦況をひっくり返す。
「ッ! 敵、接近し───」
受けた精神的衝撃はそのままに、仕事を全うしようとしたアイに悲劇が襲来。
己の自己証明を過信し、攻撃を受け止めきれると判断した彼女の肉体は、音速を優に超える速度で突っ込んできたグレイアになすすべもなく押し出された。
この間、一秒もない。
無論、全員が理解できず、反応すら滞った。
「きゃッ!?」
グレイアが展開していたバリアにぶつかったものの、持ち前の耐久力のおかげで可愛らしい反応に収まった彼女に迫る、新たな悲劇。
自身の見た目に特定の感情を抱いた人間に対して絶大な防御力を得るという彼女の自己証明は、あろうことか「速度と姿勢の問題から認識されていなかった」という初歩的な理由によって突破され、その露出した腹部に強力な魔力の杭が打ち込まれることを許してしまう。
瞬間、凄まじい爆音とともに、小さく何かが割れる音と、人体が破壊される音が戦場にこだました。
「・・・」
腹部に直径二十センチほどの穴が空き、脊椎が完全に破壊されたことによって絶命するアイ。
加えて、彼女が貫かれた位置、それがとてもまずく───彼女がグレイアによって貫かれた位置は、なんと転移阻害などの妨害系バリアの境目。つまり彼女を貫いた杭は、その勢いで妨害系バリアまで貫いたことになる。
では一体、それが何を意味するのか。
答えは単純。
グレイアが、瞬間移動魔法を使えるようになったということ。
「くそっ───」
二秒経過後、ようやく状況を把握した神秘の寵愛者が魔法を構えた刹那、彼の首根っこがグレイアによって掴まれる。
もちろん殺し合いに猶予なんてものはあるはずもなく、神秘の寵愛者は抵抗する暇もなく首の骨をへし折られて絶命した。
しかし一秒と経たず起きた出来事であったため、タカネ及び光輝の寵愛者───ヒカルは、まだアイの死体がある方向に視線を向けている。
つまり、グレイアの快進撃は止まらない。
「・・・・・」
一秒後、戦場に複数の爆発音がこだまし、ほぼ全ての戦力が地面へと落下していく。
悲鳴すら上げる暇もなく、瞬く間に絶命して、落下していく。
彼は今まで使っていなかった左手で構築しておいた十数個の爆発魔法を瞬間移動魔法によってばらまき、一瞬にして、百数人存在していたはずの軍勢をゼロにまで持って行った。
これにより、現在、この場に生きて立っている───否、浮いているのは計三人のみ。
彼にとっての本命と、本命の隣にいたせいで処理が難しかった一人。
それだけである。
(ここまでは問題無し。
気に留めるべきは、保険をかけるタイミング・・・)
右手に掴んでいた神秘の寵愛者の亡骸を捨てながら、グレイアは二人が振り向くのを待った。
依然として魔力は放出し、威圧感を高めたままで。
「・・・ふ、ふふ」
だが、意外なことに、彼女はくすくすと笑いながら振り向いた。
怒りを露わにするでもなく、策にハマったなどと揶揄することもなく。
単に嘲笑し、嘲るような表情で口を開く。
「随分と派手にやるじゃない。
邪・魔・者くん?」
ねっとりとした言い方は、彼女の趣味か否か。
しかし悲しいかな、グレイアは淡々と物事を成すのみ。
求めることを話さない限り、彼は予測していた位置に埋まった地雷を処理することを止めはしない。
「邪魔者? 知ったことか。
派手もクソも、テロ行為の主犯が言うかよ」
「そうね。でも、ここで終わり」
一見すれば殺すことしか考えていないように見える。
だが、彼女からしてみれば───次に打つ一手ですべてが終わるのだから、今更相手が何を言おうとも、それは負け犬の遠吠えにしか聞こえないわけで。
「さようなら。クソ野郎」
そう嘲り、指を鳴らして合図を送る。
それは、彼女の直下、戦いの影響を受けない位置で彼女達の迎撃作戦に参画し、能力のトリガーを見るために隠れていた、一人の男の一撃。
「貴方も正義も、私の世界には不要なのよ」
次の瞬間、近くから聞こえた爆発音とともに───グレイアの上半身は、跡形もなく吹き飛んだ。
▽ ▽ ▽
一方、城下町にて獄炎の寵愛者であるユルと刃を交えているハルト。
奮闘し、大打撃を与えたグレイアに対し───彼の戦況は、むしろ劣勢と言うべきものであった。
「ほらほら! 何時までも避けてたって当たらないぞ!」
「くっ・・・」
グレイアから推奨されなかった「逃げ」の行動を取ってまで、ユルを相手取るハルト。
時間を稼いでいるという意味では大健闘であり、作戦実行上の最低要件は満たしていると言っても過言ではない。
だが、彼にはとても、これが「役に立っている」とは思えなかった。
「暇そうなアンタと違って、こっちはさっさと自陣に戻んなきゃいけないんだけどさあッ!!!」
空中で静止し、溜めを経てから放たれた、炎を纏ったドロップキック。
獄炎という二つ名の通り、彼は炎に特化した転生者であり───両刀使いとはいえ、一つは属性が被ってしまっているハルトにとっては、ステゴロで戦うという戦闘スタイルも相まって、とてもやりにくい相手だ。
「させる・・・ものか!!!」
しかし、ハルトは諦めない。
エネルギー補給を兼ねた氷の壁を構築し、絶えずエネルギーを吸い込むことで壁を強固にしつつ、少しばかりの休憩を挟む。
・・・が、相手の火力は桁違い。
絶えず補給される氷を溶かしながら、たった数秒で壁を突破してしまう。
「くうっ・・・!」
依然として補給が済んでいないながらも、ハルトは応戦。
右の拳に炎を纏わせながら突き出し、ユルのドロップキックを跳ね返す構えだ。
「くああっ・・・・・!」
「ふ・・・ははははは・・・・・!!!」
だが、足りない。
元よりジリ貧であった拮抗状態は、ハルト側のガス欠と、ユル側の火力のブーストが合わさり、途端にハルトが不利になってしまう。
「無駄・・・なんだよッ!」
ユルは足を曲げ、蹴り飛ばすようにして拮抗状態から離脱するとともに、蹴り飛ばされたことでバランスを崩したハルトに向け、右手に小さな火球を構えて放つ。
「獄炎弾!」
彼の詠唱と共に放たれた赤黒い火球は、まるで風船のように瞬時に膨らむと、凄まじい勢いで速度を増し───ハルトを巻き込んで、建物を貫きながら突き進んでいく。
その都度建物に火をつけ、貫通し、火をつけと繰り返しながら、十棟と少しを貫いたところで、火球はようやく弾け、ハルトを大きく吹き飛ばす。
これにより、ハルトは身体中至る所を打ち付けながら、二棟ほどの長屋を破壊した後、投げ捨てられたボールのように転がりながら、地面に打ち捨てられた。
「が・・・ぐっ・・・・・・」
痛みに喘ぎ、悶えるハルト。
だが、神経系に作用する魔法はグレイアから禁じられているため、使い方を教わることさえなかった。
彼はただ只管に耐えることしかできないわけだが、無論、敵はそれを待ってくれるわけがない。
飛行魔法によって悠々と追いかけてきていたユルは、近くにあった長屋の屋根に降り立ち、空き地に転がるハルトの身体を見下ろす
「脳内麻薬すら使えないの?
なんか、可哀想だなアンタ」
「はあっ・・・・・はあっ・・・・・」
ユルの言葉に反応することができないまま、ハルトは片膝を地面に着いた状態で項垂れ、浅く呼吸をする。
(考える時間ができたんだ・・・落ち着け・・・・・!
十分アタマは冷えたはずだ・・・・・)
時間が出来たなら活用すべきだと、思考を回し始めた彼に対し、ユルは余裕からかマイペースにターゲットを移そうとする。
本来なら、グレイアの仲間という点もあり、戦闘を諦めてもいい場面。
しかし、彼はそれを我慢できない。
「自由の系譜も動く気ないっぽいし。
もうそっち行っちゃおうかな・・・・・」
「させ・・・るかッ・・・・・!」
力を振り絞り、左手を大きく横に薙ぐ。
すると巨大な氷の波が発生し、ユルが立っていた場所を飲み込んで凍らせた。
「おおっと、危ない」
これに対し、ユルは悠々と回避し、空中で額を拭う。
狙いを移そうとしていた意識も、自然とハルトへと向けられた。
「ふーん・・・」
「・・・ッ」
(相手と拮抗するにはエネルギーが足りない。
でも、それを確保するには・・・・・)
更に頭が冷え、思考は回る。
ハルトの思考は加速し、状況打開のアイデアを模索するが───しかし、あと一歩のところで脅威が迫ってしまう。
先程の静止によって、ユルの狙いが完全に「ハルトを先に殺害すること」になってしまい、彼の両手に炎の塊が生成されてしまったからだ。
「まあ、死になよ」
つまらなさそうに告げられ、放出される炎の塊。
彼の両手に構築された「獄炎弾」は、二つが凝縮することで「獄炎塊撃」となり、一つの時にはできなかった大きさへの巨大化や、爆発効果の付与などができるようになる。
これにより、放たれた「獄炎塊撃」は直径二十メートルほどの巨大な火球となり、着弾時の爆発効果を纏いながら、ハルトの身体へと迫った。
「これは、まずい・・・・・」
(土壇場で・・・やるしかない・・・・・!)
決意を固め、ハルトは、ついさっき思いついた策を試行するために両手を突き出す。
そこへ迫り、着弾したかに思われた火球。
「・・・・・まあ、こんなものか。
じゃあ、次は───」
戦いを見限り、移動しようとしたユルだったが───しかし、彼は、どこか状況が変であることに気がついた。
再び火球の方を向き、疑問を探る彼。
「・・・?」
頭にハテナを浮かべながら追撃をしようとした刹那、火球は輝きを増したかと思えば、突然、凄まじい勢いで弾け飛んだ。
爆発の直径は五十メートルほどだろうか。
かなりの範囲を巻き込み、クレーターさえ作り出す勢い。
・・・だが、依然としてグレイアの仲間、もといティアは動かない。
「なに・・・か・・・・・」
ユルは彼女が立っている方向を一瞥した後、ハルトが居た場所へと視線を戻す。
「・・・ぁッ!?」
瞬間、彼は大きく息を飲んだ。
そして、さらに大きく後悔した。
(あの威力を・・・まさか・・・・・!)
彼が見た光景、それは───
「・・・・・」
ハルトが莫大な量の冷気を纏い、空中に生成された氷の板に立ち、じっとユルを睨んでいる様であった。




