閑話:かつてのカラダ
ふたりきりの夜。
決戦前夜、村木町に戻ったニアとグリムとは別に、現場である都で寝泊まりすることになった俺とティア。
住民が避難し、空っぽとなった城下街の旅館にて───俺は明日に向けて肉体の最終調整を、ティアは特定の場面で用いる特殊な魔法の調整を行っていた。
身体機能の調整についてはスタンドアロン(この能力単体)でGUIが展開されるため、とくに気にせずニアと別行動できるのが地味に利点だったり。
色々と切羽詰まった状況ではあるが、こうして自分の好きなことができるのは嬉しい限りだ。
「・・・ふう」
やりたいことを終え、見直しが終わった俺は───何も問題がないのを確認すると、一息ついてから上体を後ろに倒す。
何時でも寝れるようにと敷いておいた布団の上に、前世でもパソコンに疲れた時によくやっていた寝方で。
「すー・・・・・」
落ち着き、目を閉じ、息を整える。
ほんの少しだけ緊張していた身体を、解すように。
「・・・」
気が済んだら、目をゆっくり開けて、ティアの方を見てみる。
「・・・・・」
彼女はいつにも増して真剣な表情で、いくつかのGUIが重なった、照準系の魔法の集合体を弄っている。
やろうと思えば十キロくらい先に置いてある看板の文字を読めるくらいに設計したソレを、彼女は真面目な顔で調整していく。
照準の先に専用の魔法を設置した状態で、順繰りに、ピントを合わせ、照準ごとのボヤけを無くそうと試みる。
「・・・・・」
こういう時だけは、彼女の自己証明が羨ましく感じてしまう。
俺には決して、常に湧いて出てくる情報を処理し続けるほどの技量はないが、こうして好きな人が何か集中して物事を進めている時、果たして相手はどんな事を考えているのか、と。
そんなことが、気になってくる。
「・・・きっと、きみが望むようなものじゃないよ」
と、そんなことを考えていれば、ティアが作業の片手間に俺へ言葉を投げかけた。
でも、少し認識が違う。
「俺は、単に知りたいだけだ」
やってみたい、知ってみたい。
本当に俺が望むことは、いつだって変わらない。
興味があるから知りたいし、やりたいし、やってみる。
だから、結果はあまり気にしない。
間違えたのなら、立ち去るだけ。
「なら、教えてあげる」
魔法の状態を保存し、掌の中に仕舞うようにしてGUIを消したティアは、いつも通りの表情のままで、姿勢を崩して倒れ込んだ。
アホみたいな姿勢で寝ている(?)俺の横で、あざとい姿勢でこちらを向き、寝転ぶ彼女。
そして一言、小さく口にする。
「今すぐにきみを、押し倒してしまいたい・・・と」
「・・・いやーん」
地味に俺の思考に合わせてきたティアの言葉に対して、俺がぶっきらぼうに喘ぎつつ、足を崩してみれば───彼女は瞬間移動で俺の腹の上に乗り、両腕を俺の顔の横に突き立てた。
だが、表情は変わらない。
やる気になった時の、獣の表情ではない。
「・・・・・早速?」
俺がそう問うと、彼女は頷き、腹から降りた。
一体全体、彼女は何を意図してこんなことをしているのか、俺は心当たりがありまくりすぎて確認をするまでもない。
「よっ・・・こら」
声を漏らしながら立ち上がり、伸びをして、ひと息。
ここまでするのは初めてだから、緊張と期待が半々と言ったところ。
「・・・うん」
そして、両手と両足がしっかり動くのを確認したら、準備は万端。
目を瞑り、姿勢と呼吸を整え、ひと言。
「プリセット、101───起動」
肉体を改造する自己証明の、さらなる応用。
俺が今まで渋ってきた、前世の肉体の情報を用いた肉体。
「・・・ッ」
変化の際に生じる痛みに耐えながら、俺はじっと立つ。
最初の変化は慣れのためにもゆっくりに設定してあったから、あと十秒ほど痛みに耐えればいい。
失敗はしないはず。
リスクがあるとすれば、服が弾け飛ぶ可能性があるくらい。
「・・・・・」
じっと待ち、数秒。
痛みの余韻に不快感を覚えながらも、肉体の変化が収まっていることを感じた俺は、ゆっくりと目を開けてみた。
「・・・!」
するとまあ、驚いたことに───全くもって視界に違和感を覚えなかったのだ。
転生してきた時もそうだったため、薄々勘づいてはいたが、それでも結構驚いた。
なんてったって、変化した数値は身長だけで四十センチ弱。
例えるなら、竹馬に乗るレベルの変化だからだ。
「手足も・・・問題ないか」
視線を落とし、手足を動かして感覚を確認してみても、とくに違和感はない。
というか、小さい時の身体よりも違和感がなく、遠近感というか、そういう感覚がとくに馴染んでいると感じる。
これは、前世の影響だろうか。
「・・・すごい変わった」
横で、ティアが呟いた。
いや本当、マジでそうだと思う。
「顔はちっちゃい時の身体のまま、成長した先の顔を予想して造形したたから、そこまで違和感はない・・・はず。どうだ?」
ティアの方を向き、両手を広げた状態で全身を見せてみた。
すると、彼女はパパッと視線を流していき、全体を見終わったかと思えば、直ぐに俺に目を合わせて感想を述べる。
「大丈夫だと思う」
「そうか。なら良かった」
服が変わっていてもまあ、どうせ身長は高いし、こっちの顔は良さげだしで、誰が見ても恥ずかしくはないはず。
上半身はシンプルに、無地じゃないけど名前はわからない、微かに黒い模様が入った白地のゆったりとした長袖Tシャツを身につけ、下半身は水色のタイトなジーンズにハイカットのスニーカー。
シルエットとかは高身長なせいで気にしてなかったから、色合いだけ明るいカンジで整えているつもりではある。
なんか、そっちの方が威圧感ない気がしてたから。
「じゃあそれ、きみのお気に入りなの?」
「・・・いいや?」
お気に入りと言うよりは、着る服がなかったというか。
股下なんて九十センチあるし、そのくせウエストは細いから、服選びなんてオンラインか専門店かアウトレットの三択くらいだった。
でもオンラインは試着できないのが嫌だったし、専門店は高いしで、結局はアウトレットを駆けずり回るのが一番よかったり。
「・・・・・きみの前世、変なところで大変だったんだ」
「まあ・・・うん」
こんなところで変な苦労を露呈させたくはなかったが、とりあえず、結果としては上々といったところだ。
まだ身体を変えての戦闘は行ったことがないから、明日はぶっつけ本番という、ぶっちゃけガチで終わってる状況の中で、この有り余るリーチを使いこなさなければならない。
とはいえ、この身体のことは概ね理解しているつもりではある。
それに、最初の頃に暇神様が用意してくれたデータもあることだし、身体の動かし方で苦戦する・・・なんてことはないはずだ。
まあ、仮にそうなったとしても、どうせ一瞬で戻せるので問題はない。
「・・・じゃあ、いい?」
「えー・・・」
なんて考えていたら、ティアからの催促が入った。
そろそろ、いい加減にやらせろ・・・とのお達しだが、素直に従うのも癪。
「・・・・・やれるもんならな」
だから、俺は少し彼女を挑発してみた。
両手を腰に起き、脚を肩幅くらいに広げて仁王立ち。
せっかく身体のスケールが戻ったことだし、これを機に、握られっぱなしだった主導権を奪ってみるのも───
「え」
あれ、何故だろうな。
体から離していたはずの両腕が胴にぴったりとくっつき、締め付けられている感覚がする。
視界も一瞬ちらつき、これでは・・・
「あだっ!?」
なんて、呑気に思考を回していたら、すっかり気分が乗ったティアによって一瞬のうちに拘束され、布団に押し倒されてしまった。
地味な痛みに耐え、何をされたのかと思って目を開いてみれば、俺の腹の上に跨る彼女と目が合う。
視線がかち合うなり、彼女は艶かしく俺を嘲り、一言。
「・・・勝てると思った?」
今まで見たことない表情に焦る俺だが、もう遅い。
だが、遅いとしても、ちょっと待って欲しい。
ホントにマジで待って欲しい。
せめて少しくらい、水分補給がしたい。
でも、なんか、ティアは俺の下半身に一切手は触れてないはずなのに、何故か俺のズボンが脱げていく・・・・・
「え、ちょっ・・・待った・・・・・!」
必死の呼び掛けに、ティアは答えない。
それどころか、俺を嘲るように見下ろし、ズボンを脱がしきった。
そして粘膜に触れる、妙な感触。
俺が知らない、よくわからない、何らかの何か。
「しっぽ。私が猫の獣人だってこと、忘れた?」
「・・・あっ」
最後に、ティアは俺の耳元でそう囁き、しっぽをいやらしく、くにくにと操作し始めた。
ナンテコッタイと、そんな感想を抱く暇もなく。
俺はただ、いつも通り、彼女に抱かれるだけだ。