5-4:手探りの師事
伝わる意思。
あれから二日が経った。
俺はあの時、自分の予想よりもずっと速く───そして、ずっと厄介なタイミングでやってくる凛のやつに半分くらい呆れながらも、それはそれとして独善の襲来を予知できるのはあいつのおかげだと言うことで、これもまた半分くらい感謝しつつユカリとの意見のすり合わせをした。
取り敢えず、独善の奴らを迎え撃つにはどうしても俺達がフルで動くしかないという結論に至り、状況次第ではあるが、攻めてくる軍勢の大部分を俺が負担する予定だということだけは伝えておいた。
それから、この子供、氷川 ハルトについて。
こいつは俺が鍛えるということにはなったものの、しかし、俺はこの世界の一般常識に欠けている部分が多々ある。
だから、念の為にユカリから「完全に俺なりのやり方で鍛えるが構わないか」と確認を取った。
まあ、答えは勿論「構わない」だったのだが。
手探りでやらなければならない上、時間が無さすぎて俺もこいつも一切合切の挫折が許されない現状は、正直言ってプレッシャーが凄まじいために宜しいこととは言えない。
とはいえ、これは俺が俺自身の意思で乗りかかった船であり、同時に、神様が直々に敷いてくれたレールを走る船でもある。
俺が今できる全力を以て取り組めば、きっと、少なくとも、最後まで走りきることはできるだろう。
今は、そうだと信じたい。
「・・・・・」
それから、ハルトの現状についてだ。
「・・・ほら、何時でもいいぞ」
「じゃあ遠慮なく・・・ッ!」
俺が一切の身体強化を付与せず、姿勢すら自然体のまま告げると、ハルトは自己証明をフルに使って地面を氷漬けにしつつ、身体にも鎧のように氷を纏う。
相変わらずコイツは俺のことが気に入らないらしく、やたら突っかかってくるが───べつに寝首を掻いたりとか、不意打ちで一本取ったりとか、そんな卑怯な手は一切使おうとせず、徹底的に正面から喧嘩を売ってくる。
どうやら、コイツは変なところで真面目な性格をしているようだ。
「だっ!」
地面が割れる程度の力で地面を蹴り、そこそこのスピードで迫ってくるハルト。
ぶっちゃけスピードとしては遅いものの、まあ大体こんなもんだろうと思いつつ飛び上がって、ハルトが放つ炎をロケットブースターのようにして加速させたパンチをスレスレで回避。
するとハルトは急停止し、反転しながら腕を振り抜くと、俺を巻き込んで空中に氷の波を生成するが───俺は瞬間移動を用いて巻き込まれないようにハルトの背後に退避し、牽制として爆発魔法を右手の上に生成してぶん投げる。
これに対し、ハルトは着弾スレスレで察知し、起爆寸前で足から炎を放出させてジャンプの高度を上げつつ爆発を回避、それから空中に生成したバリアを蹴って俺へと迫る。
「だあッ!」
瞬間的な破壊力は十分にあり、地面に大きなクレーターができてしまうレベルではあるが、如何せんスピードがイマイチであるため、俺は後ろに飛んで攻撃を回避。
すると背中が氷の壁に当たったところで、しめたとばかりにハルトは一直線で俺の位置まで迫り───前回のように肘からロケットブースターのように炎を放出して威力を上げた、そこそこの速さのラッシュを叩き込んできた。
それから、前回の失敗で学んだのか氷には魔力が混ぜてあり、温度を上げたくらいでは溶けないようになっている上、転移阻害が周りを囲っているお陰で瞬間移動魔法での回避は不可。
少なくとも考え無しで戦っているわけではないと分かったところで、ハルトは俺がピーカブースタイルのようにしていたガードを死角からのアッパーで崩し、顔面に右ストレートを叩き込もうとしてきた。
「隙ありぃッ!」
しかし刹那、ハルトの足元から生えてきた氷の柱が彼の顎を穿つ。
「ぶっ!?」
「・・・隙あり」
完全に意識外からの攻撃に、ハルトは何の対処もできずに吹き飛ばされ、体勢を立て直すことも叶わず地面に激しく打ち付けられた。
「あ゛っ・・・ぐ・・・・・」
うつ伏せで打ち付けられたために腹の中身がイカれたのか、ハルトは仰向けになると、そのまま腹を両手で抑えて動かなくなった。
それから、氷の鎧もいつの間にか解除されている。
呼吸はゆっくりで、何やら痛みを抑えようとしている様子。
「はーっ・・・・・はーっ・・・・・」
今は他の二人と一匹とは別行動であるため、俺は歩いてハルトの所へ近づくと、片膝を立てて座って右手をかざし、治癒魔法と透視魔法を起動。
治癒魔法そのものは特別得意というわけではないものの、何度か使ってはいるし、透視魔法と併用することができれば、幾らでもやりようはある。
「はー・・・・・はー・・・・・」
段々と傷が癒え、それと同時に呼吸が安定していく。
ティアほど速く治すことはできないが、まあ、人並みには治癒魔法を使いこなせている気はする。
「・・・はい、終わり」
「・・・・・ありがとう・・・ゴザイマス」
コイツもコイツで、なんだかんだ態度はツンケンしつつも感謝やらは欠かせないのは好印象。
良いとこのお坊ちゃんかは知らないが、まあ、どちらにせよ、コイツの根が真面目クンなのはガッツリ透けて見える。
「取り敢えず、お前が試行錯誤をし続けてるのは分かった。
ただ、どうしても自己証明の使い方が中途半端だから、大着するくらいなら片方に特化させるように。あと足元注意」
「・・・ハイ」
それから、俺は簡単なアドバイス・・・というか、感じたことをそのまま伝えつつ、伸びをしてから位置を変えた。
次に、自然体の状態でハルトの方を向き、告げる。
「じゃあ次、始めていいぞ」
とはいえ、次の模擬戦が始まるのは十分後だったが。
〇 〇 〇
はてさて、それから何回戦ったか。
俺は体力を温存しながら戦っているから何ともなかったが、ハルトは常にフルスロットルに近い状態で戦っているため、いくら魔力の消費が少なく済む自己証明とはいえ、きついものがあるようだ。
「ちぃっ・・・」
だが、それはそれとしても、逃げながら戦うことは許さない。
ハルトはどうやら、体力の消耗に合わせて遠くからチクチクと攻撃を続ける戦法を選んだようだが、勝ちに行かなければならない状況でその戦法を選ぶのは、もはや負けたいと言っているようなもの。
体力的にもジリ貧は確定で、間違っても選んではならない戦法だ。
「くどいッ!」
しかも、よりによって選んだ攻撃は氷の触手と弾丸を飛ばしてくる攻撃。
そんなもの、軽い衝撃波で簡単に消し飛ばせる。
「ッ・・・」
それから、この「軽い衝撃波」を撃たせることも悪手で、今みたいに衝撃波で怯んでしまえば、必然的に大きな隙を晒すことになる。
だから、俺は絶対に「飛び道具を放ちながら後退する」という行動をすることはない。
何故かと問われれば、俺にとって体勢を整えたいのであれば、瞬間移動魔法と行動の先読みを駆使する方が確実だと感じるからだ。
というか、ハルトの自己証明は「逃げる」ことが絶望的に不向きであるため、そういう戦法を取る事そのものがナンセンス。
だから攻撃させたというのに・・・・・
「俺は攻撃しろと言ったはずだ! 逃げろとは一言も言っていない!」
俺はこれ以上やっても埒が明かないと判断し、全身に魔力を滾らせて簡易的な身体強化を付与すると、そのまま地面を全力で蹴ってハルトに迫る。
「・・・クソッ!」
すると彼は、俺がワンテンポずらした瞬間移動から放った右ストレートを、事前に用意したであろう瞬間移動で回避して後ろに回ったようなので───俺は固有武器を右手に取り出しながら、斜め下方向に向かって思いっきり振り抜く。
「千変万化───」
「冷炎轟々ッ!」
瞬間、俺の短剣とハルトの青く燃え盛る刀が衝突し、火花を散らす。
俺がハルトの動きを読んでいたためにドンピシャで始まった鍔迫り合いは、少し浮いている俺が片手で押さえつけるように短剣を振るい、地面で踏ん張っているハルトが両手で押し上げるように刀を振るう。
ギリギリと鳴る刃が火花を散らす最中、ハルトはニッと笑い、刀身に宿る炎の勢いを増大させた。
「これで一本ッ!」
そして、彼が掛け声を上げた刹那、俺の固有武器の刃が崩壊し、それによって押さえつける力が無くなった彼の刀が俺の身体へと迫る。
「へっ」
だが、何の対策もしていないわけがない。
俺は思い通りになった状況に嬉しくなって鼻を鳴らすと、空いていた左手を手刀の形にしつつ魔力をピッタリとスーツのように纏わせ、横から刀に押し付けていく。
「なッ!?」
ギャリギャリと火花が散らしながら、刀の軌道を変えつつ迫る俺の左腕に、ハルトは驚いて身をかわすが───しかし、間に合わない。
捨て身で耳のあたりからロケットブースターのように炎を放出しようとしたのは良かったが、何らかのエネルギーが足りなかったのか、ブーストは不発に終わり、俺の手を避けるまでには至らなかった。
「がはっ・・・・・」
俺はハルトの首を掴み、地面に叩きつけないように注意しつつ持ち上げ、パッと離してやる。
すると、彼はへたり込んで首を押さえ、苦しそうに息を吐き出した。
「かはっ・・・けほっ・・・・・」
俺が着地して落ち着くまでに、三、四回ほど軽い咳をすると───彼は俯いてひと呼吸置き、落ち着いた様子で固有武器を収納してから、ゆっくり俺の方を向いた。
「・・・・・武器を破壊するべきじゃなかった・・・ッスカ」
「・・・どうしてだと思う?」
そして、ようやく汐らしくなったかと思えば、なんと反省点を自分から述べ始めたではないか。
俺は初対面の対応を思い出して「成長したなあ」なんて感想を偉そうに抱きながら、その言葉の続きを問う。
すると、ハルトは暫く考えるような素振りを見せた後───とても真面目な表情と視線をこちらに向けながら、言葉を続ける。
「上から押さえつける攻撃なら、武器を壊すよりも・・・相手の体重のバランスを崩した方が効果的だから・・・スカ?」
「その通り。実戦なら空中で同じようなことが起こるだろうから、その時は今の反省通りに行動してみるといい」
「・・・わかりました」
いきなり素直になったせいで面食らってしまってはいるが、俺としては隠しているつもりなので、どうか俺の内心が勘づかれていないことを祈ろう。
それから、今の彼の傾向が良いものであるという事実は確かなものであるため、どうかこのまま、ストレートに色々なことを教えたり、気付かせてやりたい。
「・・・・・じゃあ、今日はこのくらいで終わりにするか」
とはいえ、時刻はもう午後の四時。
昼頃からぶっ通しでボコボコにしてしまっていた以上、ここらで切り上げた方が良い───のだと、俺は考えていた。
「いや、もう一回・・・オネガイシマス」
だがしかし、意外や意外、彼が直々に延長の申し出をしてきた。
俺は非常に驚き、表情のコントロールが間に合わない。
「・・・まじ?」
「はい」
だが、彼は動じずに肯定した。
躊躇うことなく、俺の顔をじっと見つめながら。
「・・・・・わかった」
初めて顔を合わせた時からの、あまりの変わりよう。
俺はもはや違和感すら覚えたが、詮索はしない。
「じゃあ、もう一回だ」
色々と考えるのは事が済んでから。
今はただ、只管に仕事を全うするだけだ。
氷川 ハルトについて。
プロフィールを説明する予定は無いので、ここに載せちゃいます。
年齢:14歳
身長:167センチ(グレイアより19センチ高い)
髪:水色の短髪
目:淡い赤色
顔立ち:幼さが残る少年顔
体型:わりと筋肉質