5-3:答え合わせ
全ては、確信へと変わる。
「とんでもないものを隠していやがったな、お前は」
よくもまあ、こんなクソみたいな厄介事を抱え込んでいたものだ───と、俺は顔を顰め、頭を抱えながら呟いた。
俺とティアが抱えるソレに比べれば、厄介事の度合いとしてはまだマシな方だとしても、大勢の命が関わるという点に置いては同じ。
覚悟していたし、まあ、仕方のないことだとも考えている。
暇神様とチャラい神様が言うには、この国が滅びることは確定事項であったようだから、独善の一派が狙っていた本来の目標はその子で確定。
これが世界の奔流、言わば運命だとするのなら、本当に気持ちが悪い。
「・・・どういうことっすか、アニキ」
と、やたら思考にふけっていたところに、状況があまり飲み込めなかったのか質問を投げかけてきたグリム。
こいつは一連の流れを全て知っているわけじゃないから質問をしてくるのは当然だとして、質問のタイミングについても、非常に良いタイミングだと褒めてやりたい。
状況の整理も踏まえて、色々と説明ができる理由ができた。
「グリム、お前には伝えられていなかったことだが、俺達がこの国に来た理由は、俺の友人であるナギ───もとい正義の寵愛者から、こいつの依頼をこなすように頼まれたからなんだ」
「てことは、アニキはあいつらを倒すために来たんじゃないんっすね」
「ああ。それから、依頼についての話をされた時、こいつの依頼の要項にはこう書いてあった。
可能なら転生者であり、Sランク冒険者以上の実力を有していること。加えて、気性が穏やかであるほど好ましい・・・ってな」
「・・・そうね。確かに、そう書いたと記憶しているわ」
俺の説明に対して、ユカリは認識の一致を確認した。
それから、俺は自身の思考の変遷について口にしていく。
「当時の俺は何も知らなかったから、てっきり、転生者を複数人相手取る仕事をさせられるのかと思っていたが───まあ、今なら納得する」
「・・・?」
「・・・・・」
グリムはそれこそ、色々と荒事が起きてからの俺としか関わってこなかったから、当時の何も知らなかった俺について言われてもピンと来ないのは仕方がない。
だが、依頼を出した側であるユカリは、どこか思うところがあるようだ。
「この国が永世中立国だってんなら、そりゃあ抑止力のひとつやふたつ、持っていて然るべきだと考えるもんな」
こいつが何歳で、いつ転生を経験したのかは知らないが───ごく一般的な日本人であれば、きっと知っていることだろう。
名前や表面上の情報だけでは絶対にわからない、永世中立国という存在の過酷さを。
「・・・・・ええ」
俺の問いに対して、ユカリは静かに頷き、俯く。
というのも、この国が名乗っている「永世中立国」とは、「戦争が起こった際には、誰にも関与しない」というだけであり、だからといって何かがあるわけではない。
つまり、他の国にとっては「永世中立国」に攻め込まないことによるメリットは場合によって変動するため───それこそ、場合によってという話をするのであれば、第一次および第二次世界大戦よろしく、中立であることを無視して侵攻される可能性が十分にある。
故に、「永世中立国」を名乗る国には、相応の「抑止力」がなくてはならない。
とくに、軍勢の力より個の力のほうが勝る場合が多かったり、暴力の境界線が曖昧だったりするこの世界においては、俺が前世で暮らしていた世界より強力な抑止力が、例えるならナギのように「核爆弾」と表現するに値する人間が必要であるはず。
「つまり・・・?」
「合縁の寵愛者は、グレイアをその子の師匠とするために呼び出した。だから、彼女の本来の目的は彼をこき使うことじゃなくて、その子を育てることだって話」
「・・・なるほどっす」
ティアの説明の通り、ユカリは俺をこいつの師とする計画を立て、実行しようとしていたのだろう。
点と点が繋がった今、彼女からの言葉がなくとも───確実にそうだと確信できる。
「・・・・・いつから、気付いていたの」
「疑念なら着実に積み上がってきていたが・・・確信に変わったのはついさっき、お前がこいつを「切り札」だと暴露した時だ」
問いの意図に沿った答えが出来たかはわからないが、俺は正直にそう答えて、こちらに視線を向けた彼女の目を見つめ返した。
すると、彼女は納得したかのような表情を浮かべると、やはり、と言わんばかりに顔を歪ませ、小さな声で言葉を続ける。
「・・・ずっと、疑念を向けられてはいたのね」
「疑念を向けていた、とは少し違う。グレイアが違和感を感じて、それを私とニアさんが整理してはいたけれど、その疑念は決して、あなたを責め立てるためのものじゃない」
ずっと全員の思考を把握し続けてくれていたティアが、これでは会話がスムーズに進まないと思ったのか、それとも単に彼女を慮ったのか、彼女を慰めるような言葉を口にしてくれた。
だが、流石にこれでは弱いと思い、俺も続けて話し出す。
「俺はこの件を「仕方のないこと」だと考えていて、それは既にグリムを除いた全員に共有済みだ」
「エッ・・・?」
「お前がそいつをどう扱おうと、俺には知ったこっちゃない。それに、国を守ろうと試行錯誤するのは確実に「必要なこと」であり、その過程で、正義の寵愛者が推薦する強者として俺が頼られるのは「仕方のないこと」であると考えた」
グリムはちょっと可哀想、というか申し訳ない気持ちではあるものの、これで、今の話に嘘はほとんどなくなった。
この話、要は「お前を責めるつもりはない」ということ。
それから、俺は上に立つ者ではないから、そっちの内情には一切口を出さないつもりだということ。
以上の二つを伝えた上で、ユカリがそれを理解できさえすれば構わない。
「俺がさっき狼狽えたのは、お前の無能さが云々とかいうアホみたいなモンじゃない。むしろ、お前はきっと、よくやってる方だろうな」
「なら、どうして・・・?」
「・・・もう、手遅れなんだよ」
「え・・・・・」
なんというか、上げて落とす形になってしまったような気がするが、事実だし仕方ないと割り切る。
今ここで優先すべきは、現状と、対策についてを彼女に伝えることなのだから。
「お前も薄々、気がついていただろ。あの女性・・・リオとか言ったか?
その人が攫われ、性的暴行を受けた時点で───こいつの存在については、あいつらに補足されている、とまでは行かなくとも、輪郭くらいは捉えられているだろうってな」
ただ、こればっかりは俺の推測の域を出ない。
だから、重要なのは次に話すことだ。
「近々、独善の一派は自分らの戦力が俺に撃退されたことを察して、もう一度、今度はオーバーキルも辞さないレベルの戦力を率いてミコト国を取りに来る。
その時はきっと、今回みたいに着実な手を使うとかはせず、俺やそいつを確実に仕留められるよう、真正面から馬鹿みたいな戦力をぶつけてくるはずだ」
これが、この見通しが、現状の俺が最も重要だと考えている事柄。
暇神様に呼び出された際に聞いた「自由の寵愛者」についての話から鑑みるに、その「独善の寵愛者」とやらは、きっと、あの襲撃で懲りることは決してないと思っていいだろう。
普通に考えれば、組織として存在している以上、良いように使える駒には───言わば、使い捨てられる能力には事欠かないだろうし、どうアプローチしてくるかなんて千差万別。正確な推測は難しい。
だが、暇神様からの話を聞いて、俺は考えた。
きっと奴は、独善の寵愛者は、俺を全力で殺しにかかってくるはずだと。
根拠なら勿論ある。
それも、確実なものが。
「期間は・・・持って一週間か?
襲撃の詳細が不明である以上、犠牲は大量に出るだろうな。それこそ───」
補足するように時期の推測を述べつつ、そのままの勢いで、襲撃の対策について話そうとした時だった。
ふと、彼女の表情が変わるのが見え、俺は口を止める。
次に、彼女は、確固たる意志を持っていそうな表情で俺に視線を向け、口を開く。
「・・・いえ、犠牲は最小限で済むわ」
今までの受け身の体制とは違う、自信。
ようやく見えてきた、国のトップとしての雰囲気。
「・・・そうなのか?」
「ええ。確実に」
俺が聞き返すと、彼女は断言し、さらに言葉を続ける。
「貴方達のお陰で、私も確信を得た。
この「合縁」の号を以て、これより先に起こりうる襲撃での犠牲者は、可能な限り少なくすることが可能だと宣言する」
───「合縁」の号を以て
この言葉で、俺は彼女が自信を得た理由を察する。
「・・・自己証明か」
「ご名答。やっぱり、貴方は頭の回転が早いわね」
察した事柄については見事に正解した。
であれば、この場は一度、外界からシャットダウンされなければならない。
「なら、少し・・・」
「?」
俺はユカリに声をかけると、指を鳴らしてバリアを展開した。
それから、展開したバリアに追加でいくつかの魔法を付与することで、このバリアの外からでは、俺達の会話や動作を認識することができないように取り計らう。
「これで外からは何も見えないし、聞こえない」
「・・・気が利くわね。ありがとう」
「だろ?」
堅苦しさはなし。
加えて重苦しさもなくなり、肩は少し軽くなった。
これで、会話と情報に集中できる。
「・・・私の自己証明についてだけど、二つあるうちの片方は精神力補填の軽いものだからそれは説明しないわ。主に利用するのはもう一つの方」
「ああ」
「私は、幾つかの縛りを設けることで、任意の相手の「縁」をこの目で見ることが可能性なの。縛りについては自由で、縁についての説明は単純。よくある情報を見るタイプの能力だって考えてもらえれば構わないわ」
「・・・ステータスが現れるタイプのやつか?」
「平たく言えばその通り・・・だけど、少し違う。私の能力の場合、通常の画面に加えてもう一つ、これからできる縁についての記述が見れるの」
「なるほど・・・」
まあ、合縁って名前なんだから、人と人との縁に関する能力なのは当然か。
視覚的に赤い糸が見える・・・とかではなく、UIで表示されるタイプの能力であるということは、情報は整理済みであるようだし、能力の行使によって疲れたりはしなさそうに見える。
「きっと貴方達は不思議に思ったことでしょうね。
何故、あの家は豪華な身なりをしていながら、新品同様かつ内装も完璧な状態で貴方達に引き渡されたのか」
なんて呑気に考察していたら、暗に外堀を埋めたんだぞと言われてしまった。
そういえば確かに、あの家は綺麗で、かつ不自然なくらいに最初から家電(?)が大量に置いてあった。
ということは、アレか。
その能力の真髄は・・・
「・・・擬似的な未来視」
「流石ね、虚無の寵愛者。
貴方が今しがた察した通り、私はこの能力を用いることで擬似的に未来を見ることが可能となる。つまりは誰が誰と関わるのか、そしてどういう関係になるのかまでを見て、その縁に介入することが出来るのよ」
聞いた限りでは一人一人をいちいち調べなければならないようだから、一発でポンと確定した未来が見えるというわけではないらしい。
バランスが取れている・・・のかはわからないが、擬似的とはいえ未来視が使えるというのは他ではあまりないアドバンテージだろう。
「・・・だから、なのか」
「そう、だけれど・・・ひとつ、この能力でも把握できない事柄がある」
彼女の言葉を聞き、ああ、きっとあの女性に関連した事柄なのだろうと思った、その時だった。
俺の視界の端で、ぴくりと少年の顔が動く。
「───意識外、または無意識での縁。違いますか」
かと思えば口を開き、一丁前に会話に入ってきた。
「・・・正解よ」
「狸寝入りとは感心しないな」
苦々しい表情で肯定するユカリと、あまり良い気分がしなかったせいでつい、口から嫌な言葉が零れ出てしまった俺。
すると、その言葉のせい───ではなく、恐らくは先ほど襲いかかってきた理由の延長線上なのか、彼は立ち上がって剣を構え、俺の顔を睨む。
「虚無、あんたは信用できない」
「・・・なんだ急に」
「ハルト、待ちなさい・・・!」
困惑する俺達と、焦るユカリ。
心外だとは言わないが、PTOはわきまえてほしい。
「虚無っ・・・! あんたのせいで、母さんは・・・!」
「ちょっ、待って! 待ちなさい! 氷川 ハルト!」
「おい、落ち着け・・・」
意味がわからず対応しなかった俺の態度が鼻についたのか、彼はさらに激昂し、彼女の体を張った抵抗さえも振りほどかんと体をよじる。
無論、俺が宥めたところで状況は変わらない。
「うるさいッ! 離せ───」
「きゃっ・・・」
ついに振り解き、対応しなくちゃなと呑気に思考を回し始めた、その時だった。
「か゛っ!?」
俺の横を一本の白くて細いビームが通り過ぎ、彼の首を貫く。
一瞬の出来事ではあったが、少ない魔力の反応から、そのビームの犯人を断定したところで───彼は血の泡を吹きながら地面に倒れ伏す
「か・・・ぁ゛っ・・・!?」
「・・・あーあ」
そんな事をしなくても、俺は別に対応したのに・・・と思いながら、俺は自分の後ろ、ティアに抱えられた白い毛玉に目を向ける。
するとその瞬間、グリムは極限まで不機嫌な感情を固めたような表情で少年───ハルトを見つめ、口を開く。
「・・・・・目に余るっすよ、糞餓鬼」
お前が言うか、と発しそうになった口をどうにか抑えてから、俺は右手でグリムの頭をぶん殴った。
流石にやり過ぎである。
「痛いっ!?」
「やり過ぎだアホタレ。仕置きで喉貫くバカがどこにいる」
同じことをしてやりたいが、まあ、今回の非はそっちにある。
無駄な事に時間を費やすより、可能性が少ないとしても、万が一にでも後遺症が出ないよう、さっさと彼を治療しなくては。
「悪いな、すぐに治療する」
「ええ・・・こちらこそ・・・・・」
とはいえ、そういやグリムは強い方の魔物だったなとも思う。
今回はやりすぎだと怒ったが、それこそ使い方とタイミング、手加減なんかを学ばせれば色々と楽になるかもしれない。
「・・・ちゃんと急所じゃないトコロを貫いたのに」
ティアに撫でられながら、ぶつぶつと文句を垂れるグリム。
さっきの行動は一応、というか確実に俺を想っての事・・・ではあるのだろう。
少し手加減やらをミスっただけで。
「・・・とりあえず安静。治癒は済ませたから大丈夫だ」
「そう・・・ね。なんだか、締まらないけれど」
より理解が深まったと言えばそうだから、無駄ではなかったな。
互いに、こいつについての認識のすり合わせができた。
「それで? 次に話そうとしていたことは?」
「・・・単なる確認よ。ひとつ、大切な事柄を確認するだけ」
大切なこと、か。
大方、襲撃の日時に関する事なのだろうが、一体何を───
「貴方、天沢 凛という人物について心当たりは?」
・・・残念ながら、俺は見事に絶句した。
暇神様から伝えられてはいたし、あいつの性格的に、本人の意図の是非に関わらず、一番タイミングが悪い時に現れるのだろうと予想していた。
が、にしたってソコか。
「・・・ある」
俺は今、苦虫を噛み潰したような表情をしていると確信している。
本当に、今そこで来るかと───ある種の嘆きを心の中で訴えながら。