5-2:不問ではあるが
余裕ある振る舞いを。
彼のことだから、変に真面目になって勝負を受けるだろうなと考えていた私と、まだ彼の思考のパターンを理解できていないが故に、困惑と不服の表情をたたえて向こうを見つめるグリム。
そんな、彼が戦いを始めてから数秒ほどしか経過していないところに、覚えのある魔力が全速力らしき速度で迫ってきているのを感じた。
視界の外だから思考は見えないけど、ある程度は覚えている。
私は近づいてきた人に対して、振り返らずに話しかけた。
「遅かったね。合縁の寵愛者」
「貴方は・・・いや、今はそれよりも・・・・・」
着地点を私の傍にしたのは色々なことを気にしたからか、それとも他の理由があったからか。
どちらにせよ、彼女は私でも予想がつく程度の理由で焦燥を露わにして、彼らの元へ向かおうと小走りを始めた。
きっとグレイアは彼女の到着を待っているけれど、今は少し、私の我儘で待っていてもらうことにする。
「残念。もう、始まってる」
「な、んてこと・・・っ!」
私が端的に告げると、彼女は思惑通りに立ち止まり、膝から崩れ落ちた。
そこまで絶望することはない・・・と思うのは、きっと、私が常に彼の思考を見続けているせいで、客観視が出来ていないからなのだろう。
「勝ち目はないのに、なんで・・・」
「・・・・・さあ」
彼女の思考は絶望ばかり。
絶望ばかりではあるけれど、彼女の思考を見てみる限りでは自責ばかりで他責をすることがないというのは、彼女の人格が善いものであることの証左には違いない。
だけど、あの子の扱いがどうであれ、この戦いを許してしまっている以上は、為政者や、人を導いたり管理したりする立場での彼女が、そこまで優秀すぎるという訳でもなさそうなのが正直なところ。
あの家の件も含めて、私は、彼女が未来視かそれに相当する能力を持っているのだと予測するが、実際はどうかはわからない。
それと、さっきからグリムが思考をぐるぐると回している。
何か言いたげだけど、どうしたのだろう。
「・・・アネキ」
「なに、グリム」
私に抱えられたまま、グリムはぽそりと呟く。
そのまま私が反応を示すと、彼女は心配そうに問いかけてきた。
「アニキ、本気出さないっすよね?」
「本気・・・というか、全力は出すだろうけど大丈夫」
フォローにはならないし、もっと心配するだろうけど問題はない。
「殺しはしないから」
仮に、彼が真面目に、殺す気でやっていたとするなら───きっと、既に勝負は着いていたはずだから。
▽ ▽ ▽
襲い来る氷の触手の間を飛び越え、くぐり抜け、時には破壊しながら、俺はひたすらにあの少年からの攻撃を回避し続けている。
ティアの位置に合流した魔力が移動をやめるのを確認してから一分くらい経っただろうか?
まさかアイツ、わざわざ引き止めたんじゃないだろうな。
いや、確かに意図せずとも崩れ落ちそうなメンタルしてるタイプの人間ではあった気がするし、実際そうなってる可能性が捨てきれないとしても───八割くらいの確率で意図してるだろ、ティアのやつ。
「・・・ふー」
まあ、いい。
この戦いの原因には心当たりがあるし、その原因の、あの少年が抱いているであろう動機には、俺としても非常に思うところがある。
「ニア」
『はい』
俺が立ち止まり、彼女の名を読んだ瞬間───俺を囲むように、計十二本の巨大な釘のような刃が出現して、迫り来る氷の触手を一瞬で打ち砕く。
「!?」
それなら、簡単だ。
あの少年が俺の実力を疑っているのなら、その通りに、彼が望むように、正面からぶちのめしてやればいい。
それに、あいつがこちらへ来る意志を示さないのなら、俺は俺のやり方で、こいつをぶちのめして───そのちっこい頭に、俺の実力を刻み込んでやるだけだ。
『フロンティス・アルマトゥーラ』
だが、単にぶちのめすだけじゃ割に合わない。
「はっ」
「・・・ッ!」
この力を、ニアと共有した、俺にとって二つ目の固有武器を使うこと。
とどのつまり───彼には、俺の新しい戦い方の実験体になってもらう。
それが、ある意味での「報酬」だ。
これ以上、何も要求するつもりはない。
仮に、あいつが何を言おうとも。
「虚無の・・・寵愛者ッ!」
「よーやく口を開けたなお前・・・」
俺が見あげると、彼は空中に展開したバリアを蹴って急接近。
そのまま俺ごと突き進む勢いで突進してきたところに、俺は一本の刃を設置して回避を誘発。
「・・・舐めるな!」
だが彼は肉体の側面から炎をブースターのように放出して突進の起動をズラし、俺が設置した釘を軽々と回避。
そのまま地面に突っ込むかと思いきや、彼は角度をつけて設置されていた氷の足場を使って、突進の勢いをそのままに、かなりの近距離から俺の方向へと突進を続けてきた。
わりと勢いのある突進だったため、流石に身体強化を全くしていない状態で真正面から受けるのはマズいと判断した俺は、地面の薄い氷で滑らないように、大着せず瞬間移動で空中へと退避。
それをまた氷のオブジェクトで起動を変えながら突進してきたところに、そろそろいい加減にしろと思いつつ攻撃を行う。
「避けてばかり───がっ!?」
回避行動をしない限りは予測がしやすい軌道であったため、俺は彼の視界の範囲外から刃を飛ばしてきて、刺さったところで魔法を起動して空中に固定。
「ぐうっ!?」
そこから続いて四本を使って四肢を固定し、もう三本くらいを使って腹の固定をさらに強める。
「がっ・・・あぐっ!?」
こうして少年は空中に完全に固定され、身動きが取れなくなった。
俺はそれを確認すると、固定をしている分を除いたニアの固有武器を収納しつつ、少年に話しかけようと近づいていく。
・・・が、どうやら早計だったようだ。
「・・・舐め・・・るな・・・ッ!」
「・・・ん?」
ぶっちゃけ眠らせてもよかったのだが、多分、それじゃあ納得はしないだろうと黙認する俺。
そうとも知らず、少年は怒りに身を震わせ、俺の方をキッと睨む。
「ボクの炎は・・・全てを燃やす・・・っ!」
『マスター、対象の温度が上昇するとともに、私の固有武器が消耗されていきます。警戒を』
「例え・・・それが・・・・・」
ニアの警告とともに進みゆく固有武器の消耗。
目に見えてボロボロになって行く様は、この少年の自己証明の異常性をこれでもかと物語っていた。
「アンタの・・・固有武器であってもだッ!」
「!」
そしてついに吹っ切れ、特大の炎をぶちかました刹那、彼は俺ほどとは行かなくとも、そこそこ正確な瞬間移動で俺の目の前に接近してきて、拳をブースターがついたロケットのように加速させながら殴ってくる。
「だあっ!」
俺はそれを防御魔法を展開しつつ正面から受け、そのまま地面に着地。
すると彼は巨大な氷の壁を俺の背後に出現させて身動きを制限すると、何本かの氷の触手を出現させて攻撃をしてくる。
ぶっちゃけ魔力の圧を放つだけで消し飛ばせるので、攻撃としての意味があるかどうかは定かではない───と、俺が考えたところで、彼はまた瞬間移動で俺の目前、というか懐にまで移動してきて、今度は両肘からロケットブースターのように炎を噴出して無数のパンチを繰り出してきた。
「だあああああああッ!!!」
氷の壁を背にしているため逃げ場はない状態ではあるものの、攻撃の精度はわりと杜撰だったため、受け止めるのに苦労はしないが───それでも重いものは重いので、俺はさっさと退避して攻撃しようと企んだ。
だが、そこでひとつ、あることを試したくなったので、俺はそこから離脱するのではなく、敢えて裏をかくことに。
「これでもっ・・・くらえ───」
最後に片手でのラッシュに切り替わり、そこから大振りの攻撃が来たところで、俺は攻撃を捌く片手間で準備していた作戦を実行。
背中で発動しておいた魔法によって氷の壁を溶かし、最後の大振りを空振りさせることに成功した。
「なっ!?」
見事に作戦が成功したことは置いておいて、俺は後ろに体重を預けた状態から地面に両手をつき、攻撃を空ぶったことによってかなりの隙を晒している少年に向けて、思いっきりドロップキックをぶちかます。
「がはっ!?」
身体強化がかかっていないとはいえ、魔力は普通に巡らせているため、彼くらいの体重の人間をぶっ飛ばすことは造作もない。
また、結構な速度でぶっ飛んで行った少年の軌道上に瞬間移動した俺は、彼が体勢を立て直せていないのを確認しつつ、今度は後ろから思いっきりダブルスレッジハンマーをぶち当てて地面へと撃ち落とした。
「ごぁっ───」
情けない声を上げて地面に激突した少年は、どうやら衝撃で気絶したようで、そのままピクリとも動かなくなった。
対する俺は、普通に全力で動いて殴ったり蹴ったりしていたため、普通に息切れしてしまっている。
というか、身体強化をしていないとはいえ、まさか全力で戦うことになるとは思ってもみなかったな。
「・・・あっちー」
『お疲れ様です、マスター。気分はどうですか?』
「まーじサイアク・・・」
それと、あれだ。
前言撤回だ。
当然だが、温度が下がってても炎は熱い。
とくに今回は、魔力の膜を張っていなかったせいで余計に熱かった。
「よっ・・・こら」
そして、俺は地面に降りると、少年を持ち上げてから飛翔魔法を起動。
息切れした身体を冷ましながら、ゆっくりとティア達の方へと飛んでいく。
あまり速度は出さず、この面倒なヤツを起こさないように気をつけながら。
「・・・・・」
無言で飛び続け、息切れが治ってきたころ。
俺はようやくティア達のところへ戻ってきて、この少年を、焦りに焦っているユカリの傍に下ろした。
「本当に・・・申し訳ない・・・・・」
「・・・まあ、監督不行届だよな」
そこで平謝りされるが、べつに何も言うつもりはない。
ちょっとイラッとしてた俺は彼女を多少おちょくったが、それで気は済んだ。
ティアが俺の隣に歩いてきても何も言わず、不服そうなグリムを抱き抱えたままでいるということは、つまりそういうことで間違いは無いのだから。
「とりあえず、今回は不問。今はそれより、お前に聞きたいことがある」
「・・・感謝するわ。それで、聞きたいことって───」
ただでさえ貸し借り云々で面倒なのに、これ以上面倒なことを増やしてたまるか、なんて俺の思考は、どうやら俺の態度もあって彼女に上手く伝わったらしい。
それから彼女は少年をどこからか取り出した広い布の上に寝かせると、俺の言葉に耳を傾ける。
「こいつは何。俺が聞きたいのはそれだけ」
芝生の上に正座したままの彼女に対して、俺は端的に問う。
既に彼の存在についての推察は、疑念が確信に変わる程度には進んでしまっているが───有り得るかもしれないハズレのため、念には念を入れて、ということだ。
「・・・そうね。もう隠す必要もないわ」
俺の言葉を聞き、そのまま俯いた彼女は沈黙するかと思いきや、寝かせた少年の手を撫でながら、静かに告げる。
「この子は私達にとっての切り札なの。
一般人の夫婦から産まれ、他に類を見ない突然変異の自己証明を有する天才児であり───同時に、まだ未熟な、若葉にすら至らない種」
まあ、確かに弱くはあったが。
それにしたって、アレで種はないだろう。
仮にこのままの勢いで成長して、俺が見つけた癖や欠点を克服するような花になったなら、こいつはその辺の転生者程度なら簡単に葬れるレベルのヤバい戦力になるぞ。
「・・・・・これで理解したかしら」
「あー・・・」
ユカリにそう言われた俺は顔を顰め、頭を抱える。
なぜなら、今ここで、俺がこれまで抱いていた疑念が全て核心へと変わり、点と点が全て繋がったんだ。
呼び出された本当の理由から始まり、村木町の襲撃に際する集まりの席で聞こえた存在についてや、その他諸々を経て───極めつけは、あの女性がどうして監禁され、性的暴行を受けていたか。
・・・そういうことだったのかと、俺は納得する。
「・・・・・とんでもないものを隠していやがったな、お前は」
ああ、頭が痛い。
よくもまあ、こんなクソみたいな厄介事を抱え込んでいたものだ。