5-1:先行する感情
信用に値しない。
ゆえに、彼は虚無に挑む。
───件の襲撃から二日が過ぎた。
が、特段変わったことはない。
というか、昨日については、朝っぱらからティアに貪られたこともあって何もできていない、というのが正しいか。
べつに文句は無い。
文句は無いが、ここ最近の事件ばかりの数日に比べると───一切合切の魔法を使わない一日に、違和感を感じてしまっていた。
「・・・暇なのが嫌?」
「不安。普通になんか、なんかね」
あとは、ニアが優秀すぎて俺のやることがない、というのも、俺が妙な感覚に首を傾げている理由のひとつだ。
今しがた見送った、叡智の寵愛者の仲間である「ルネ」という少女を護送する手筈を整えたのもニア。
俺が何時やるべきかと悩み、とりあえずはと手紙だけ拵えていた事柄を、パッと報告だけ済ませてからサッと処理するガチ有能ムーブ。
何時も前に出ないのも敵の情報を解析してくれたり、状況を客観的に見てくれているからだし───なんか、俺は本当にニアにおんぶに抱っこなんだなと痛感させられる。
「それがニアさんの仕事なんじゃないの?」
「・・・そう、なんだけども。なんか俺だけ動かないの癪で」
でもまあ、そのうち治るだろう。
だから今は、前世ではパソコンやスマートフォンにあたる、手持ち無沙汰を解消する手段が現状では存在しないため、それによる違和感が今ようやく俺の頭に押し寄せてきている───のだと思うことにする。
理由なんてわかんないし。
今ここで深々と思考を回すほど気力ないし。
あと、これからたぶん頭使うだろうし。
「もしかして、私が思ってるより気にしてない?」
「うん。べつに死にゃしないしな」
「・・・ならいいけど」
他に優先するべきことがあるのなら、そっちに意識を向けるべき。
そう心に決めているから、直ぐに気持ちを切り替えていく。
たった一時の、本当によくわからない感情ごときに邪魔されるほど、俺の芯は柔くないだろう?
「んじゃ、そろそろ都に行かなきゃか・・・」
今日の目的は先ず、都でユカリに会うことだ。
場所やらなんやらの約束はニアがつけてくれていたらしく、俺はその場所に向かうだけで良いらしい。
はてさて、昨日だけでニアはどれだけの仕事をしたのだろうか。
「ニアさんは起きてる?」
「いんや、寝てんじゃね。今グリム居ないし」
家に向かって歩き出しながら、俺たちは他愛もない会話で時間を潰していく。
回答自体は勘だが、まあ、ちゃんと気になるものは気になるため、俺は探知魔法を使って自宅の位置を少し探知した。
すると、確かに生命反応がふたつ、全く同じ場所にあるのが見える。
たぶん居間だな。
「・・・すっかりグリムは抱き枕になっちゃった」
「な。あっという間よホント」
なんとなくで拾って、防犯として家に置けたらな───くらいに思っていたら、いつのまにか完全にペット扱いだ。
もはや、あいつを防犯に置くなんて以ての外。
ティアも猫吸い(になるのかはわからない)の魅力に気づいたようだし、もう仲間といっても過言じゃない。
・・・それと、猫吸いといえば、だ。
「お前も、最初は変態とか言ってたくせにな」
俺はわざとらしく、ニヤつきながらティアの顔を覗き込む。
最初の頃、キクさんと会話する中で俺が猫吸いについて言及した時───ティアは確かに、俺のことを「変態」と言った。
そのことについてアレコレ言うつもりはないが、当の本人はどうだろう。
存外、気にしていたりとか・・・・・
「いぃっで!」
なんて調子に乗っていたら、魔力を込めた脚で尻を蹴られた。
歩きながらだと威力が出ないからって、まさか魔力を込めるなんて。
「っ〜・・・。ひっさびさにケツしばかれた・・・・・」
俺は右手で尻をさすりながら、うじうじとぼやく。
それは脚が長い人間の特権だろうに・・・
「自業自得、でしょ」
「いで〜・・・・・」
いやはや、一時の感情ごときに邪魔されない、とかほざいたばかりだと言うのに情けない。
やっぱり、キュートアグレッションに流されるのは良くないことだな。
─────五節:虚無の思惑は掌を揺らす
それから二時間後。
だいたい待ち合わせの時間から数えて十分前くらいの時刻。
そんな折、俺達は何故か、だだっ広い平原のど真ん中に立っていた。
「・・・ホントにここか?」
『座標に間違いはありません。確実にここです』
HUDが示す情報を見る限りでは、ここは都から五キロくらい離れている名前付きの土地。
辺りに人が居ないため、ここらは魔物が湧いたりはしない・・・のだと思われるが、まあ、よくわからない。
まだ探知はしていないが、たぶん、この辺に居るはず・・・
「・・・アニキ、上に誰かいるっす」
「ん?」
と、物思いにふけっている俺の横で、グリムが正面の少し上方向を見ながら静かに告げた。
なんとなくだが、あまりよろしくない登場の仕方だなと警戒しつつ、俺はグリムが見上げた方向に視線を向ける。
すると、そこには薄い空色の髪の毛をゆらめかせている少年が浮かんでおり、なんだかイヤ〜な目つきでこちらを見下しているのが見えた。
どうやらサクラ達は居ないみたいだし、なんだか嫌な予感がする。
「グレイア、あれ・・・」
「うーん」
話しかけるべきか、否か。
とはいえ、あんな態度で見下している以上、俺達に何らかのネガティブな感情を抱いていることは確実なのだろう。
その辺のアニメみたいに、コミュ障だから───なんてことは、それこそ根暗風お姉さんの特権なわけで。
あんな元気そうな少年に似合うような性格ではないと思うし。
「・・・ん?」
妙な空気の十数秒が流れたところで、あの少年の腕が動いた。
先程までは組んでいた腕をゆっくりと解き、右手をゆっくりと掲げていく。
「・・・そういうカンジ?」
『攻撃の意志を検知。マスター、警戒を』
そう、ニアが端的に警告をしてきた次の瞬間だった。
少年は掲げた右手を、横から薙ぎ払うようにブワッと仰いでみせる。
すると、彼の動きに連動して氷が出現し───一瞬にしてバカみたいな範囲を凍りつかせながら、俺達に襲いかかってきた。
「っぶね・・・」
俺は反射的に魔力を放出して簡易的な防御膜を展開し、襲いかかってきた氷を弾く。
威力からして、俺達を完全に殺す気だ。
まさかサクラのやつ、よからぬ事を企んでいるんじゃないだろうな。
「魔力を感じない。あれはたぶん、自己証明」
「・・・まーじで?」
なんて呑気な会話をしていると、恐らくは聴覚系の魔法で会話を盗み聞きしていたであろう少年は俺達の危機感のなさにピキったのか、今度は左手をこちらに向けた。
すると次の瞬間、彼の左手から火球が出現して、瞬時に膨張、目測で十メートルを超えるくらいまで膨れ上がっていく。
「・・・ホントに自己証明か?」
「たぶん・・・」
とはいえ、温度は大したものじゃない。
あのフェニックスと比較するのは可哀想な気がするが、あの中に突っ込んだ時の熱さ・・・というか、自分が展開している魔力の膜が瞬時に削り取られて身が焼けていく感覚に比べれば、あんなものは生ぬるいだろう。
それに、いつも通りなら既に決着はついている。
今回は要人の可能性があるから待っているだけであって、サクラにはさっさと現地入りしてもらいたいものだ。
「アニキ」
「できるか?」
「もちろんっす」
それはそれとして、あの火球の処理をどうしようかと、煌々と輝く光を見上げつつ悩んでいたところ───横からグリムが顔を出してきて、火球の処理を担う意志を見せてくれた。
ほぼペット扱いだったうえ、一昨日の戦いも実際に敵と戦ったのは俺とティアの二人だけだったから忘れていたが、そういえばグリムは強い方に分類されるタイプの魔物だったな。
・・・と、俺が余計なことを考えているうちに、火球は少年のコントロールから外れたのか、ゆっくりとこちらに向かって落下してくる。
「おッッッそ」
「・・・うん」
まーた能力頼りかと呆れた俺と、欠伸が出そうになっているのを我慢して相槌を打つティア。
そんな呑気な俺達を横目に、グリムは魔力を凝縮して機を待つ。
そして、火球がわりと近くまで迫ってきたところで、グリムは絶叫とともに溜めた魔力を一気に解放する。
「アオオオオオオオオ!!!」
あの時もやっていた、叫びに魔力を乗せて放つ技術。
改めて見てみるとカテゴリは魔法ではなく、俺のストーム・プロテクションと同じタイプの代物であるようだ。
加えて、今回の叫びには前回と違って威力に指向性がある。
前回のものは俺達を怯ませるためだったようだから、感じる魔力の量が変わっていないことも踏まえて、今回のものは戦闘態勢の俺達を一瞬怯ませるレベルの叫びを一点に集中したもの・・・だと考えておく。
仮に俺の推測が正しいとすれば、これを受けて無傷だった場合、あの少年は普通に強めの人間ということになるな。
「・・・・・ビンゴかあ」
爆炎が消えた向こう、先程も少年が浮かんでいた位置が見えるようになって、俺は少しため息をつく。
当たってほしくはなかった。
とくに、こういう時の予想は。
「・・・グリム、ティアと一緒に下がってろ」
俺は少し降りてきたグリムの前に出て、体を手で後ろに下げる。
「え、我で倒せますよあんなやつ・・・」
「雰囲気的に、アレは俺との勝負をご所望だ」
とにかく、俺はあの無口で過激すぎる少年を相手しなくちゃならない。
仮に俺がここで勝負をしなかった場合、面倒なことになりそうな予感がする、というか確実にそうだろう。
さっきから彼、俺にめっちゃガン飛ばしてきてるし。
「グリム、行くよ」
「えーっ。無理しないでくださいっすよ」
「わかってる」
本当に意味が分からないが、相手するならちゃんとしないと。
ここで油断してポカやらかしたら、たぶんダサすぎて死にたくなる。
「・・・はあ」
俺はため息をつきながら、身体強化を二十パーセントほど解放する。
次にニアの魔力探知をHUDに映し出してから、身体に力を込めて魔力を解放して白銀色の魔力を立ち登らせた。
最後に少年の方に再び視線を向け、一言。
「いい加減、なんか喋ってくんないかなホント」
だが、返事は無い。
その代わりと言わんばかりに、彼は右手に氷の剣を生成した。
「・・・・・」
これまでの少年の動きを反芻した感じ、どうやら彼は攻撃的なコミュ障だと思われる。
それか、口なんて聞きたくないレベルで俺が嫌われているかのどっちか。
仮にどちらだとしても、俺としては気が滅入る。
「・・・まあ、来い。相手してやるよ」
俺は構えず、静かに告げた。
・・・それとユカリ。
お前はさっさと来いよマジで。
年始はゲームのアプデが多かったですね。
はい。
マジでごめんなさい。
もう学校終わるからって調子乗りました。




