4-10:掌上
彼の、意のままに。
「この世界の、管理者になってもらう」
冗談では無い。少なくとも確実に冗談なわけが無い。
俺は、今この瞬間、目の前に座る確実な、絶対的な存在に、ヤバいくらいエグい内容の通達をされた。
自分の耳は疑わない。
聞き間違いはなかった。確実に。
俺は間違いなく───虚無の神その人から、この世界の管理者になるよう通達を受けた。
「・・・・・」
意味がわからないとは言わない。
だが、頑張って思考を回す度、今までの記憶を反芻した結果に感じる納得と同じくらい、疑問がボコボコと俺の頭の中に湧き出てくる。
「・・・何故、グレイアなのですか」
「・・・・・っ」
テーブルに肘をついて考え込む俺の隣で、ティアは真っ直ぐに暇神様へと疑問をぶつけた。
俺も答えが気になり、暇神様の方へと目を向けると───彼は「ふん」と鼻を鳴らし、紅茶のカップを手に取ってから目を瞑って口を開く。
「今更、言うほどのものでもない」
「・・・どういうことですか・・・・・!」
珍しくぶっきらぼうに言葉を投げ、紅茶をすする暇神様。
ティアは何故か怒った様子で追求するが、彼は意に介さずにカップを更に置く。
そして一呼吸置くと、珍しく、仕方ない───と言わんばかりの表情を浮かべてから言葉を続けた。
「理由はお前達が一番よく理解しているからだ。
私はただ、かつての空閑 葛の精神性に興味が引かれ、ここに転生させたのみ。決して、元から管理者にすることが意図であったわけではない」
「・・・じゃあ、あの理由は」
「嘘偽りない本音だ。
しかし、今は状況が変わり───我々は、お前達の成長と旅路を大人しく見守っていられるような暇がなくなってしまった」
「つまり、単にちょうど良かっただけだと・・・?」
「肯定する。その通りだ」
言葉をそっくりそのまま受け取るのなら、管理者になるのが何故俺なのか───の理由については、まあ、暇神様達の勝手としてだ。
であれば、ティアが一緒に指名されているのはどういうことだろうか。
彼女も、何故か俺が指名されていることに怒っていたようだし。
「それはね・・・ちょっち複雑なんだよねえ」
「説明を頼めるか」
「おっけー。任せてよ」
やけに軽薄な承諾。
名乗ってすらいないためになんと呼べばいいのかすら分からない神は、説明をするからといって姿勢を変えるなんてことはせず、その腰を最速でぶっ壊しそうな姿勢のまま口を開く。
「忘却くんが指名されたことにお嬢が怒ってる理由は、お嬢の祖父が自由の寵愛者だったことに関係しているんだよねー。彼、オレの担当だった子なんだけどさ」
「・・・自由の寵愛者を端的に説明するのであれば、世界の流れに干渉できる存在であると言える。この間抜け、もとい自由の神が分け与えた力によって、本来在るはずだった運命を捻じ曲げて、未来を変えることが可能なのだ」
「ま、要は神みたいなことができるってコト。運命とともに存在している物語に思っきし干渉することで運命を変えて、死ぬはずだった人を救ったり、滅ぶはずだった国をまるごと救ったりできるわけよ。
そんで、ここでいう物語を「世界の奔流」、運命をひん曲げる力のことを「虚構断壊機構」って読んでるんだけどさ。後者は血筋にも力を混ぜちゃってね」
整理すると、俺達の役満度合いが思ってたよりも深刻だったということか。
ロクなもんじゃないな。
しかも今の説明、聞いてたら自分の行いが・・・・
「ほら、心当たりあるでしょ?」
「・・・ミコト国」
「そ。本来はその国、滅ぶはずだったんだけどね」
「運命の強制力を振り切る力を持つ存在がお前の傍らに居たことによって、お前は国をひとつ救った。これが、自由の神が有する権能の力なのだろう?」
「さっすがカタブツ。よくわかってんじゃんね」
「・・・それで、ティアが怒っていることとなんの関係が」
暇神様が整理してくれたお陰でスッと情報が入ってきたが、まあ、俺が今いちばん知りたい事柄はこれだ。
と、そう思うよりも早く口に出た質問は───俺が思っていた相手とは違う神の口から答えが放たれる。
「自由の寵愛者は、その権能のせいで殺されたのだ。お前達が今日この日に相対した、「善き御心の失楽園」の手によってな」
カップを手に取り、中身をすすりながらそう口にする暇神様。
次いで、自由の神と呼ばれた方の神様もまた口を開く。
「あの子が殺されただけじゃない。あんの愚者はさ、たかだかひとつの玩具のためだけに自分とこの神力を総動員して、世界のパワーバランスを滅茶苦茶にしやがった。ほんと信じらんない」
「かの愚者、独善の一派の手によって、ティア・ベイセルの両親も「善き御心の失楽園」の手に落ち、没した。ゆえに彼女は憤怒する」
「オレらを含めた、自分の大切な人達をめちゃくちゃにする存在をね」
粗方、事情は把握した。
本人が話さないからと過去を聞くことはしなかったが───まさか、こうした形で聞くことになるとは。
薄々だが可能性を頭の片隅に置いてはいたものの、しかし、実際に第三者から伝えられると妙に気持ち悪いというか、引っかかる感じがある。
それと、最後。
ひとつだけ、決定的に足りない情報がある。
「・・・俺が管理者でなくちゃならない理由は?」
他の人間でもいいんじゃないかと。
くっそ今更だ。
今更だが、重要だ。
「ない。指名した理由以上の言葉はない」
「・・・・・そっすか」
理由はない、か。
ということは、まあ、そうだな。
暇神様が断言するってことはつまり、俺がその役割を受けなくたって、特に状況が変わるってわけじゃあないってことだ。
「なら、俺は虚無の神からの通達を蹴ります。管理者にはなりません」
「そうか」
いつも通りの、淡白な返答。
まったく変わらない、表情。
俺は恐らく正解を引き、会話は進むが───どうやら、自由な方の神様は納得ができないらしい。
「・・・・・ねえ、オレから聞いていい? なんで?」
「目的を見失いたくないからです。二つ返事で受けるものでもない」
かなりの圧を感じながらも、俺は端的に理由を述べる。
今までとはとくに変わらない価値観で、自分が一番よく行動して結果を出すことが出来るように、と。
すると、自由の神様は馬鹿みたいに深いため息をつくと、頭を抱え、暇神様の方を向いて文句を零す。
「・・・なあニヒリス。キミの言う通りになったの、スッゲー気に食わないんだけど」
「だから間抜けだと言っている。その浅慮に満ちた思考を叩き直したらどうだ、軽薄者よ」
「こーれは忘却くんがおかしいだけだって〜」
サラッと暇神様からキツいディスりをくらっている自由の神様は、随分とまあ効いた様子で仰け反り、背もたれに体重を預けて天を仰ぐ。
暇神様はつまらなさそうに鼻を鳴らすと、カップを皿に置き、俺の方を見ながら口を開いた。
「グレイアよ」
「はい?」
「提案はした。あとはいつもの通り、お前の選択だ」
「やりませんってば」
「そうではない。適任を見つけられるだろう、お前ならば」
「えー・・・・・」
蹴ったんなら探せよ、ってことで、まあ探さなければ面目が立たない。
とはいえ、今のところ「これだ!」って人は居ないし───否、居ないことはないが、彼が転生者でなくならない限りは任せられないわけで。
「まあ、一通りやることが済んだら考えます。今の世界、わりかしギリギリで平和保ってるっぽいですし」
取り敢えずは頭の片隅に置いておいて、色々と片付けてから整理することにしよう。
時間ならある。
それなら、人との出会いだって数え切れないくらいあるだろうし。
「というか、なんで二人体制だったんです? その辺知らないと適任決める時に大変なことなりそうなんで、予め聞いときたいんですけど」
「あ、それはオレが話すよ」
「はい」
と、ふと思いついた質問を口にしてみると、自由の神様はいつの間にか姿勢をさっきの腰を悪くしそうな座り方に戻し、質問に応じた。
どうやら、暇神様とこの神様で専門の箇所が違うらしい。
「簡単に言えば、隙がないようにしたいのさ。キミらが永遠を生きるってなった時に、互いを支え合いながら生きていけば、孤独に永遠を生きるよりはずっと長生きするでしょって」
「なるほど」
つまり、先日の俺がやった「命」をある種の愛情表現として消費する行為は、この神様にとってはわりかし的を射たものだったのかもしれないということ。
それもあってか、さっきの若干不機嫌な様子とは異なり、彼はちょっと上機嫌に見える。
「だから一応、キミらは最強として作ってある。きっと、もう一段階くらい成長すれば、二人とも単体じゃ負け知らずになるだろうね」
「成長ですか」
「そ、成長。お嬢の方は特殊だからあれだけど、キミの方はカタブツのことだし、アイデアさえあれば直ぐに成れるはずだからさ」
「わっかりました・・・」
得意げに説明を続ける彼の言葉を整理しつつ、俺は彼に視線を向ける。
多少ばかり上機嫌になった風に見えるとはいえ、ただの人間である俺にとって、この神様の内心なんて把握できやしない。
かと思えば、俺の思考を見たのか───彼は前のめりになって頬杖をつき、不貞腐れたような表情をしながら口を開いた。
「・・・ホント、やってくれたよね。オレはてっきり、忘却くんがすんなり話を受け入れてくれるもんだとばかり思ってたのにさ」
「私は満足だ。管理者への推薦という建前を利用して自由の神を引き摺り出し、詳細な説明をお前達に伝えることができた。全くもって、計画に狂いはない」
「・・・・・てことは、俺を選ぶ理由の説明の時に「状況が変わった」とか言ってましたけど。あれやっぱ嘘だったカンジですか?」
「無論、方便だ。この間抜け、もとい自由の神は驚くほど視野が狭い。ゆえに私はそれを利用し、間抜けの口から確実な情報を吐き出させたまで」
じゃあ、俺達がここに来てから、暇神様はずっと「情報を渡すため」という目的のためだけに芝居を打っていたのか。
「肯定しよう。そして、途中からはティア・ベイセルも状況を察した。余計に口を挟まなくなったのはそのためだ」
「・・・はい。その通りです」
ティアが暇神様の言葉を肯定し、俺に視線を向ける。
先程から色々と思ってはいたものの、やっぱり神という上位存在がいち転生者のためにここまでするというのは、他の転生者のアレコレを見聞きしてからだと、なおさら有難く感じてくる。
とくに、殺したうちの一人はその神に唆されていた側だったから。
「加えて、私はお前達だけに情報を提供するつもりはない。この場に呼んだことに対する詫び・・・というわけではないが、ハイト。お前にもひとつ、提供できる情報がある」
「何さ・・・」
「お前が自由の寵愛者と行った、契約についてだ」
なんだかんだ言いつつも、俺達だけでなく自由の神様にも情報を渡すのかと、暇神様の優しさがめっちゃ輝いて見えたところで───何やら、自由の神様の様子がおかしくなった。
右肘を膝につき、左手で両目を覆っている。
今しがた暇神様が口にした「契約」に原因があるようだ。
「・・・なあんでそれを知ってんのかなキミは」
「調べさせてもらった。難しいことではない」
左手をずらして口に持っていき、口を隠しながら威圧的に暇神様へ問う自由の神様。
だが暇神様はそれを全く意に介さず、余裕のある上から目線で淡々と応えた。
「なんですか、それ」
「・・・・・約束したのさ。オレのもとで永遠に働くことと引き換えに、そこのお嬢の運命を、必ず幸せなものにするって」
「・・・っ」
「忘却くんがすんなり推薦を受け入れるものだと思っていたから、オレのすべき事は、単に目の前で行われる契約達成の瞬間を見守るだけのはずだった。
はずだった・・・んだけどねえ」
俺から視線を外しているから考えることだが───契約については良い話なふうに言っているが実際はどうか怪しいし、なんなら、その怪しさを彼自身が「勝手に契約達成されたらいいな〜」とかいう甘ったれた見通しをすることで更に拍車をかけている。
まあ、そりゃあティアが怒るわけだ、という感想を抱かざるを得ない。
こんなテキトーなやつに大切な人の運命が決められるなんてな。
「・・・まさか、契約達成もクソもないなんて思わないよホント」
「これで肩の荷が降りたようだな。結構だ」
「ニヒリスこの野郎・・・。このオレを手のひらの上で転がしやがってカタブツめ・・・・・!」
「感謝はされど、恨まれる筋合いはない」
「こんの・・・・・ッ」
また目を隠したりキレたり、感情が昂って立ち上がりそうになったり。
忙しいなこの神様。
「・・・はあ。まあ、いいさ。手ぶらで帰るわけじゃないんなら」
そして結局、俺とティアは完全に蚊帳の外の状態のまま───なんだか一人、というか一柱で納得して落ち着いてしまった。
続いて俺達の方に向き直り、自由の神様は俺に視線を向けて言葉を続ける。
「それに、管理者が依然として不在のままになるのならさ。
忘却くんには、人々の成長と自由を阻害する「停滞」を生み出す独善を、必ず仕留めてもらわなくちゃ」
「やりますよ。命を狙われている以上は」
「そう? それじゃ、頼んだよ」
何故か念を押されたものの、とりあえずは目標を「独善の寵愛者の討伐(?)」として行動し、合間で余裕がありそうだったら管理者になれそうな人材の候補を立てておく・・・ということにしておこう。
「・・・じゃ、こんくらい?」
「ああ。もう話すことは終わった」
と、これで終わりか。
長いようで短かった気がする。
「こっちも別に質問はない・・・よな?」
「ない。大体は把握したから」
まあ、聞き洩らしがあってもニアが補完してくれるようだし、そこまでピリピリする必要はないだろう。
今のところ、急ぎでしたい質問なんかもないしな。
「・・・では、目を覚ますといい」
すると、俺の思考のタイミングを見計らったであろう暇神様が俺達の方に掌を向けた。
いつも通り、目が眩むほどの光が視界いっぱいに広がったところで、暇神様が言葉を続ける。
「夢については案ずるな。お前達の睡眠によって生じた夢は、私の権能によって上書きされた。ゆえに───」
不思議と不快ではない閃光の中、俺達は暇神様からの配慮を受けとりつつ、意識を失っていく。
身体が浮くような感触を纏い、気持ちの良い入眠のように。
「お前達が目覚めるのは、睡眠が済んだ後のこと」
そして数秒後、俺は意識を手放した。
〇 〇 〇
「・・・・・ん」
妙な感覚で目が覚める。
例えるなら、まるで頭の中で直に鳴り響く目覚ましのような───絶妙に不快な感覚で。
「っ・・・」
僅かだが頭痛がする。
俺は一体、どれくらいの時間寝ていたのだろう。
暇神様は「睡眠が済んだ後」と言っていたが、生活のルーティンを崩すのはあまりよろしいことではない。
「・・・・・」
身体を起こしてから辺りを見回し、状況を確認。
ティアは寝ていて、ここは居間。状態は俺達が茶を飲み始めた辺りのままだと思われる。
外の様子は・・・おそらく午前中。魔力探知に引っかからないからニアとグリムは家にいない。
「・・・ティア、起きろ」
俺は座ったままの状態で這って行き、ティアの肩を揺らす。
「・・・・・グレイア?」
すると、ティアはすんなり起きて腕を伸ばし、俺の顔を確認すると───寝ぼけ眼で俺の名前を呼んでから、安心したように力を抜いた。
「・・・」
まあ、大丈夫なんだろうと思った俺は立ち上がり、数歩歩いて障子を開ける。
時刻はわからないが、昼間だ。
太陽が出ていて、少し暑さすら感じるほどに昼間だ。
魔法の存在もあって、室内の空調は完璧だが。
「・・・グレイア」
「ん?」
ふと、ティアが俺のことを呼んだ。
なんだろうと思って振り返ってみると、その手には一枚の紙が握られている。
「ニアさんからの置き手紙・・・だって。読み上げていい?」
「いいけど。あいつ何しに出て行ったんだか・・・」
それに、メッセージなら録音できるだろうに。
あいつなら文字に起こすよりも、録音した方が手間ではないはずなのだが。
まあ、それも含めて説明されるのだろうな。
『マスター、そしてティアちゃんへ。私とグリムはサクラさんと共に三和町の調査へ行ってきます。
帰宅は十七時頃になるでしょう。また、早めに終わっても、それまでは暇を潰します』
「・・・なんで時間を」
俺が内容に疑問を浮かべていると、ローテーブルの上に置かれた手紙を呼んでいくティアの表情が、読み進めていくにつれて曇っていくのが見えた。
なんだろうと思いつつも、俺は耳を傾け続ける。
『・・・創造主から事情は伺っておりますゆえ、心配には及びません。
それでは、良い休日を・・・・・』
「・・・・・?」
結局、なんのことか理解できなかった。
帰宅時間の言い方に多少の含みがあったことと、暇神様からの説明があったこと。
暇神様つながりで言うなら、なんか自由の神様がお詫びとか言って運命を弄ったとか言っていたが、俺には心当たりがない。
あの神様曰く、ティアには心当たりがあるようだが・・・・・
「・・・んん? ティア、ちょっと紙貸して」
「うん・・・」
ティアから紙を受け取り、読んでみるが───これといって変におかしい所は見当たらない。
まあ、可能性がありそうなものは幾つかあるが、帰宅時間を指定されているのならあり得そうなものが・・・・・
「ん、おい。ちょっとまて何飲んでる」
俺が思考を回している隙に、ティアが怪しいものを口に含んで飲み込んだ。
ティアが持っていたのはピンク色の瓶で、見た目はもうホントに怪しいヤツ。
「・・・ん? ピンクの瓶?」
自分で特徴を口にして初めて思い出した。
そういえばあったな・・・と。
「あっ・・・」
そして、視界に移るティアの様子を見て思い出した。
そういえばコイツ、俺が出て行ったあとも部屋を物色していたな・・・と。
「おわ」
最後に、瞬間移動でベッドに押し倒されて悟った。
これ多分、最初っから全部狙ってたんだな・・・と。
あけましておめでとうございます。