4-4:強襲
目には目を。
ついさっき、ほんの数秒前までの間。
ずっと、彼はただ命令を受け取り、それを遂行していただけだった。
独善の寵愛者の右腕として、志を共にする男と己の部下を率い、何時もとなんら変わりない任務を遂行していただけ。
そして、その任務は順調に進んでいた・・・はずなのに。
「・・・・・」
やるべきことを終えて帰ってきた彼が目にしたのは、慌ただしく動き回る部下でごった返した司令室の有様。
帰ってくる際に警報らしき音が鳴っていたことが、彼としても気がかりではあったものの───自分を呼んでいないということは大事ではないのだろうと高を括り、特別急いで行動してはいなかった。
だが、現実はどうだろう。
己の任務の一端に折り合いをつけて帰ってきたかと思えば、司令室は警報と部下達の混乱でカオス状態に陥り、目の前に広がるモニターには大きく警告が張り出されている。
そして、彼は、幻惑の寵愛者は、映し出された画面の警告を見て、全身が硬直するような感覚に襲われた。
「虚無・・・だって?」
この世界には、強者の魔力を登録した「ライブラリ」という、軍事または組織的な活動のために使用するツールが存在している。
一般の人間がこの「ライブラリ」に登録されることは稀だが、それに対して転生者は、能力の脅威度や本人の実力に関係なく、必ず登録されなければならないと決まっている。
そして無論、活動の都合上、様々な強者と相対する場面が多い彼らは当然のようにこの「ライブラリ」と敵の魔力を照合するツールを有しており、現在進行形で照合を行っているのだ。
「馬鹿な・・・どうして・・・?」
動揺する幻惑の寵愛者ではあるが、しかし仕事はせねばならないと奮起し、部下を押しのけながら中央のモニターへと歩み寄る。
モニターに映し出された映像には、今まさに部下達と戦闘を行っているグレイアと、ティアの姿があった。
(銀髪にノースリーブのワイシャツ、そして相方は金髪の猫獣人とエルフのハーフ・・・!)
確定だ、と彼は絶望する。
そして同時に、画面に映る戦況を見てさらに絶望を重ねる。
(こいつら、僕の自己証明の対処法まで見抜いているじゃないか・・・! 一体、どこでそんな情報を・・・・・)
心当たりはあるが、有り得ない。
しかし、それが起こり得たのかもしれないと、彼は可能性に頭を回していく。
司令塔である彼に、そんなことをしている時間は無いというのに。
(まさか加瀬木がやられた・・・? だとしたら、この状況は凄く不味いということになる・・・・・)
悩み、無駄な思考を回す。
きっと、彼は司令官に向いていない。
たった一つの可能性だけで、こんなに動揺してしまうのだから。
「ち、チャーリーが全滅ですッ! 特殊持ちの二人で何とか・・・!」
「・・・・ッ!」
特殊持ち・・・とはまあ、文字通りに特殊な自己証明、もとい転生者が持つような自己証明を有した人材のことである。
要するに、今この瞬間、戦いの場には強い単体が二つしか残っていない。
(まずい、すごく不味いぞ、この状況は・・・ッ!)
故に、彼は焦る。
そして、自らの焦りを落ち着かせるためにも声を張り───できる限り部屋全体に聞こえるように息を吸い込み、命令を放つ。
「総員戦闘態勢! 今すぐに武器を用意して、僕の出撃命令に備えるんだッ!」
「「「了解ッ!!!」」」
忠実な部下からの返事が直ぐさま帰ってきたところで、彼は冷静さを取り戻すために手頃な椅子に腰掛け、魔力を集中して視力を向上させる。
司令官としての責務と、今まさに進行中の任務を完遂するために。
(今すぐに・・・対応策を考えなくては・・・・・!)
彼は、フルスロットルで思考を回すのだ。
▽ ▽ ▽
一方、戦場では当然のようにグレイア達が優勢の状態で状況は進んでいた。
警備として配置されていた雑魚はすべて蹴散らし、残るは少し厄介な隊長格らしき二人のみ。
また、能力の大体は推察できたため、グレイアとティアはそれぞれ別れて敵の相手をしている。
「・・・・・」
「くッ・・・なんで・・・・!」
そして、先ず最初に決着が着きそうなのはティアの方だった。
今はティアが敵の能力を警戒して距離を取っているが、それでも確実な殺傷攻撃が可能な射程範囲内には入っている。
現在、彼女が狙っていることはただ一つ。
戦いの際の思考で、自己証明の弱点をポロリすることである。
(なんで私の不可視砲が当たらないの・・・? 絶対に感知できないはずなのに───)
不可視砲。
まあまあダサいネーミングだが、しかし、相手がティアでなければ凄まじい脅威となる自己証明である。
この自己証明の効果を端的に表すのなら、それは「攻撃魔法は一度に一つしか場に放てない代わりに、放った攻撃魔法はどんな手段を用いても観測することは不可能となる」能力だ。
故に彼女は動き回りながら魔法を放つわけだが、これが最強にティアとの相性が悪かった。
元よりグレイア達が相性を念頭に置いた状態で相手を選んだ訳だが、この瞬間、彼女が思考をポロリしたその瞬間、この状態からさらに「思考の盗み見による裏付け」が出来てしまう。
「ッ!?」
裏付けさえできてしまえば、あとは簡単。
ティアは左手に持っていた固有武器を彼女の顔面に向けて投擲すると、彼女は咄嗟に首を捻ってそれを回避。
そこからティアは投げ飛ばした固有武器を軸にした瞬間移動を行い、転移した先て固有武器をキャッチ。
ついでのようなノリで刃を振るい、回り込まれたことにすら気づかせないまま、不可視砲の使い手を葬った。
(次・・・は、そろそろ)
刃に付着した血液を振り払いつつ、ティアはコンクリート造の建物へと目を向ける。
魔法によってフィルターを付与しているため、現在は魔力の色とシルエットしか見えていない彼女は、コンクリート造の建物の中で慌ただしく動く十人ほどの色がついていない魔力のシルエットが目に入っていた。
そして、あれは援軍なのだと察しがついた彼女は、魔力を集中して迎撃の準備を開始し始める。
グレイアのサポートをしに行かないのは、その信頼ゆえ。
彼なら確実に、援軍が来る前にカタを付けられるという信頼ゆえだ。
「この野郎ッ!」
対して、彼もその信頼に応えられるほどの実力を有していることは察するに堅くない。
自己証明によるバリアを展開し、仲間の死に激昂しつつも彼に対して正確な魔法の掃射を行ってくる女についても、彼は既に対処法を思いついているところだ。
「効かないって言ってんだろうがーッ!」
幻惑の寵愛者の能力によってか弱い村娘に扮している女に対し、グレイアはただの高速移動で接近して魔力の弾丸を連打。
(やっぱり、あれは攻撃であれば、すべてを弾くらしいな・・・)
しかし効果はなかったため、距離を取りつつ爆発魔法を生成。
その後、瞬間移動魔法によって爆発魔法をバリアの中に転送することを試みるが───失敗。
仕方なく女の横に転送した爆発魔法は、多少ばかり地形を抉るのみ。
(瞬間移動も無効。だが、僅かに発している魔力を見るに、転移阻害は後付けの魔法だろう。となれば・・・・・)
掃射され、追従してくる連射型の爆発魔法を飛翔魔法を駆使して回避しつつ、彼は右手からとある魔法を瞬間移動させ、女の周囲にばらまく。
その数秒後、魔法は起動し───彼がやろうとしている事を、この場を監視しているであろう幻惑の寵愛者達に見られないための、いい感じのカモフラージュとして機能する。
「なっ、煙幕・・・! こんなもので───」
続く瞬間移動で女の探知魔法から逃れ、彼女の真後ろに移動してきて一言、彼は冷酷に呟く。
「ストーム・プロテクション」
魔力を全身に纏って圧縮し、スパークを纏った状態へと移行。
そして一気に解放し───直径三メートルほどの、小規模なスパークのドームを作り出す。
解放された魔力が生み出す奔流は、その流れに巻き込まれたありとあらゆる魔法や人間に流動する魔力を阻害することで、魔法であれば一瞬にして破壊し、魔物なら核となる魔石ごと消し飛ばし、人間が喰らえば数秒間は体内の魔力活動が完全に乱されて指一本動かすことすらできなくなる。
「がっ・・・!?」
(・・・予想通りだったな)
すると、何かが割れるような音とともに転移阻害魔法が消失し、同時に女も苦痛に顔を歪めながら跪いて項垂れる。
体が痺れ、思うように筋肉が動かない。
対してグレイアは淡々と魔法を構築し、手のひらの上にギラギラと銀色に輝く大規模な爆発魔法を構築すると、それを彼女のバリアの中に転移させた。
「身体がっ、動かな───」
次の瞬間、吹き飛ぶ女。
バリアの中で巻き起こった大規模な爆発のエネルギーをすべて身に受けたことで、一瞬にして彼女は絶命する。
(時間稼ぎ・・・ではあるか。多分、相手側が想定するよりも、ずっと早く終わったんだろうけど)
消失していくバリアから視線を離し、コンクリート造の建物に目を向けつつ思考を回すグレイア。
周囲を警戒しながら敵の動向を予測していると、ちょうど背中合わせの位置にティアが瞬間移動してくる。
「・・・ん」
「警戒。敵は人間だけじゃないかも」
「だろうな・・・・・」
現在、二人は肉眼で互いを見た際、それぞれが魔物に見えてしまう状態に陥っている。
事前に能力の把握が済んでいるとはいえ、認識を誤魔化す能力を有しているということは、戦う上で相手の情勢をしっちゃかめっちゃかにする方法は腐るほど生み出せるという事。
故に、二人は警戒しているのだ。
無論、混乱の末に敗北することではなく、逆に、勝利することは前提で───その過程で、認識のすり替えによって、要らぬ犠牲を出してしまうことを警戒する。
ましてや、限りなく愚かな悪手ではあるものの、人質をそのまま囮として出すことだって理論上は可能なのだから。
『マスター、第三波が来ます。前方より多数の魔力反応、後方より召喚魔法の反応が検出されました』
(・・・挟み撃ちか。俺達が相手じゃ焼け石に水だな)
「・・・・・」
そして今、まさに幻惑の寵愛者達が動こうとしている。
油断や奢りは一切なく、ただひたすらに、持てる戦力を全て動員し、一気に虚無の寵愛者らを叩きのめすために。
場面はまた、司令部に移る。
先程とは打って代わり、今度は混乱ではなく、戦意に満ちている司令室。
その真ん中で、一人の青年が声を荒らげた。
「総員、傾注!」
大きなモニターの前に立ち、その淡藤色の魔力を紛らせながら、幻惑の寵愛者は声を出す。
「我々はこれより、虚無の寵愛者らと交戦する!
既に、奴ら二人によって仲間の約半数が犠牲となり、計画の破綻も見えてきた!」
中身のない、根拠の無い、強がり。
この場にいる人間の中で、どれだけの人数が彼の言葉を信じるだろうか。
否、もしかしたら、彼らを取り巻く状況は───こんな下手くそな演説さえ魅力的に感じてしまうほどに、とてつもなく絶望的なものなのだろうか。
「だが! 未だ希望は潰えていない!
あの二人を我々の全兵力を以て打ち倒してしまえば、独善の御旗を一国の中心に建てることさえ容易となる!
いいか! ここが正念場だ!
我らが元首、独善の寵愛者が右腕である、この幻惑の寵愛者が総員に命ずる!」
クライマックスとばかりに彼は声を荒らげ、魔法さえ使用して、彼自ら全員の耳の穴をかっぽじって希望を植え付けてやろうと試みる。
「虚無の寵愛者とその取り巻きを殲滅せよ!」
単純な命令。
だが、この世で成し得ることができる人間は居ない。
「僕より先に死ぬことは許さない! いいな!」
「「「はっ!!!」」」
絶望か、忠誠か、憎悪か、はたまた全てか。
もう既に特殊な自己証明を持った人材は幻惑の寵愛者ひとりとなり、それ以外は、辛うじてチームワークで乗り切っている、言わば砂上の楼閣とでも表すべき軍勢。
そんな彼らの団結が生み出す蛮勇は、果たして、どれだけグレイア達に通用するのだろうか。
決して、希望など無いというのに。