4-3:刺々しい善意
言葉は厳しくとも。
ミコト国、都のど真ん中、焼け焦げて煤にまみれた大広間で、俺とティアが合縁の寵愛者とその部下に向き合っている。
狡猾の寵愛者を始末してから、少なくとも五分は経過。
お世辞にも余裕があるとは言えない。
「・・・時間が無い。端的に済ませる」
「え、ええ・・・・・」
だが、彼女らが萎縮しているお陰で余計な気を張らなくていいのは助かった。
これで、話を淡々と進められる。
「先ずは現在の状況についてだ。
本来、俺達が狡猾の寵愛者との戦闘を行う直前に構想していた計画では、俺達はお前から出された依頼を受けながら襲撃者を探すつもりだった。だが、今は状況がまるっきり違う」
「・・・さらなる襲撃で、都が壊滅状態。これじゃ依頼どころではないわ」
「違う。俺達が懸念している状況というのは、敵が狡猾の寵愛者の死を察知することだ。
襲撃に向かった仲間が帰ってこないとなれば、敵は必ず警戒を強め、援軍を呼ぶか防御を固めるだろう。しかも、俺が殺したのは相当な強者だ。事前情報がなければ、俺ですら危なかった」
「・・・・・つまり、貴方は何を求めるというの?」
眉間を抑え、弱々しく問いかけてくる合縁の寵愛者。
隣に待機している二人すら萎縮しきっているのを見るに、ここまでアッサリと転生者を殺してしまう存在というのを初めて見た、もしくは見てしまったという認識をしているのだろう。
きっと、彼女達の目には、俺とティアは地に塗れた殺人者や、もしかしたら般若にでも見えているはず。
というか、隣の二人は確実にそう見えているだろうという表情をしている。
だから、俺はこのまま言葉を続けていく。
そうすれば、余計な時間をかけなくて済むから。
「俺からお前達に要求することは二つ。
まず一つ目は、俺に魔力の供給をすること。手段は関係なく、補充さえできればなんでもいい。次に二つ目は、この国の禁足地についての情報を俺に提供すること。詳細が聞きたければ説明する」
俺の要求を聞いて、彼女は俺の意図を大まかに察したのだろう。
合縁の寵愛者は顔を少し上げ、綺麗な紫色の瞳を覗かせると、振り絞ったような声色で俺に言葉を投げてくる。
「・・・まさか、襲撃をかけるつもり? 流石に無謀よ」
「これ以外に手があると? あるなら聞かせて欲しいが」
「貴方のお陰で、敵の戦力はかなり削られたわ。流石にこれ以上の戦力を投入することは、相手にとってリスクに───」
「ならなかったらどうする? 敵側の状況の一切合切を知らない俺達が、勝手に敵の戦力状況を予測することがどれだけのリスクか。お前はそれを理解して、言葉を発しているのか?」
「それは・・・・・」
どうやら、俺に休みを取らせようとしていたようだ。
心配してくれているのか、それとも何らかの名前がついていそうなバイアスか何かで現在の状況を完全に見誤っているのか。
まあ、どちらにせよ、今の状態の彼女なら無駄に議論を広げるよりかは意見をぶった切ってしまった方が都合がいい。
「勘違いするなよ、俺はお前達のために行動するんじゃない。俺は、勝手に背負わされた二つ名のお陰で降り懸かってきやがる火の粉を払うために、お前達に少しばかりの協力を仰ぐだけだ」
勝手に背負わされた・・・とは言うが、全て他責にできるかと言われれば全く違う。
というか、今思えば、初手で知名度を上げにかかったのは明らかに間違いだった。
べつに知名度を上げることそのものが間違いだったとは言わないが、俺の場合はそれが過剰すぎたのだ。
ただでさえ虚無の名が売れているというのに、それを知らずに自分の名前と現在地、世話になっている組織をひけらかしてしまったものだから、もう大惨事。
現在進行形で命を狙われている。
「・・・・・」
さて、相対する合縁の寵愛者はというと、床に座ってるタイプの考える人みたいな格好をして固まっている。
俺が思考を回している間も固まっていたから、相当悩んでいるらしい。
べつに、そう悩むようなコストでもないような気がするが。
「・・・わかったわ、協力する。シグレ、部下にすぐ準備をと」
「は、はい!」
と、どうやら決心がついたらしい。
合縁の寵愛者は隣にいる部下に命令をすると、直ぐに何処かへ向かわせた。
「感謝する。合縁の寵愛者」
「・・・ひとつ、私からも良いかしら」
「ああ。何だ?」
俺が礼を言うと、彼女は姿勢を直し、改まった様子で俺に話をしてくる。
何やら、重要な事柄であるらしい。
「もう盗聴を警戒しなくていいから言ってしまうことにしたの。本来、私が貴方達を呼んだ理由は脅威の排除ではなかった、ということを」
「そうなのか? てっきり、この国はずっとアイツらに襲われていたのかと・・・・・」
「正確には襲われていたけれど、正直な話、転生者の支援組織が暗躍しているなんてことは珍しい話じゃないわ。行方不明者が少数出たところで、私達には一々対処している余裕はないの」
「・・・それが変わったのは何時だ?」
「貴方達が入国したその瞬間からよ。本当に突然だったわ」
「・・・・・何が変わった」
「行方不明者と殺人の件数が唐突に増えたことで、各地から警備の強化を要望する声が上がった。けれど、それらは貴方達が入国してから三日後にピタリと収まったの。不気味な程にね」
彼女の話をまとめると、今起こっていることの大半が俺のせいってことになるし、間違ってもいないだろう。
そして、この話から推測できることは、この襲撃は以前から計画されていたものではなさそうだ、ということ。
内通者がいるならナギの方だと思われる。
少なくとも、こっちの国ではなさそうだ。
「それで身構えていたら、この襲撃が来た。私達では到底対処しきれない程の物量で」
「・・・はあ」
面倒だな、本当に。
そこまでして俺を殺したい理由を聞かせてもらいたい所だが、聞いたところでどうせ下らない理由だとか、担当の神からテキトーに唆されただけってオチだろう。
さっきの狡猾が言っていた言葉から鑑みると、どうやら俺達は全員が厄ネタの宝庫みたいだし、イチャモンなら付け放題だ。
相手がそれを知っているか否かは定かでなくとも、襲ってくる側からしたら好都合なことこの上ない。
「とりあえず、俺達を呼んだ本来の目的は後で話してくれ。今はとにかく、敵の拠点をぶっ潰すことを考えなきゃならない」
「・・・わかったわ。でも、どうして禁足地なんかを・・・・・」
怪訝そうに疑問を述べる合縁の寵愛者。
対して俺は、確実な持論を持って回答する。
「強大な力を持った転生者で、幻惑系の能力だって言うのなら、だ。仮に俺が同じ立場に居たら、きっと人目につかない場所を利用する」
「・・・当たるかしら、その予想は」
「転生者なんて往々にしてそんなもんだろ。真面目に計画を練ってるなら街まるごと占領したりするだろうが、手っ取り早い手段って言われたらな」
「・・・・・そうなのね」
敵の自己証明を俺が知っていることについては触れてこない彼女。
俺達が情報を入手した手段を明かしていない以上、先程の事前情報という言葉も含めて、存在しないはずの情報を入手しているために俺達が自己証明を利用したことは勘づいているはず。
それでも指摘してこないのは、俺達が企業秘密よろしく答えて貰えないと思っているのか、それとも単に触れてはならない禁忌チックな何かだと思っているのか。
まあ、どちらにせよ好都合だ。
「それに、外れたなら他を当たればいい。生憎と、候補は大量・・・とまでは行かなくとも、そこそこはあるんだ」
「・・・・・」
だから時間に余裕を持たせたい。
俺が急ぐ理由はこのためだ。
「・・・なら、一つだけ頼み事をしていいかしら」
「ああ。良いぞ」
二つ返事だが、彼女は警戒しない。
じっと俺の目を見つめながら、彼女は弱々しく言葉を続ける。
「・・・・・一人、とある重要人物が誘拐された。もしかしたら、貴方達が向かう拠点に囚われているかもしれない」
「デカい破壊は無しってことだな。了解した」
「・・・可能なら連れて帰ってきてほしい。できる?」
「可能ならな」
確実に、とは言えない。
俺はその人間の重要度を知らないため、生きているかは運だ。
「・・・・・その分だけ報酬は弾む。お願いね」
「そうは言われたって、べつに成功率は上がんないぞ・・・?」
少しでも安心したいのは理解できるが、運ばかりは俺が何とかできるようなものじゃない。
ただ、彼女にとって、その人物がどれだけ重要なのかが少しだけ理解できた気がする。
可能な限りの無傷で返してやる努力をすることにしよう。
〇 〇 〇
さて、あれから二十分後。
俺達はさっさと準備を終え、万全の状態で敵の拠点をぶっ潰すために最初の禁足地の上空にやってきた。
・・・のだが、どうやら一発目で当たりを引いたらしい。
「黒」
「だな」
視界に映る、カクカクとしたコンクリート造の建物っぽいシルエットを見ながら、俺とティアは互いに確認をする。
『自己証明のみが隠蔽として使用されているのは、僅かに放出される魔力から位置が把握されるのを恐れたからだと思われます。ゆえに、現時点で我々から見えている情報は正しいものとみて間違いありません』
今の俺達が使っているのは、魔力の反射を見ることで、肉眼では見えないはずのものを感知することが出来る技術。
戦闘中に使っているような、相手の魔力の反応を肌で感じるものとは違うタイプの探知魔法で、名称は魔力視覚というらしい。
そして今、俺達の視界には、建物の外に合計で十二人の人影が映し出されている。
恐らくは敵、それも普通に強い奴らだ。
「・・・とりあえずは敵を一人残らず殲滅することが先決だ。デカい破壊はできないし、人質を回収するのは後でで」
『敵は外に十二人、中に控えているのが三十人ほどでしょうか。控えの人数には誤差が生じるかもしれません』
「十分だ。どうせデカい敵は幻惑の寵愛者だけだろ」
あと気に留めておくべき敵といえば、今回の戦闘の中で一番強い奴になるであろう、幻惑の寵愛者。
対象の認識を誤魔化すとかなんとかで、戦闘中は魔力視覚を強制してくるらしい。
「・・・最悪、私になら間違えて攻撃しても大丈夫だから」
「お互い、特徴的すぎる魔力を見間違えるかって話だがな」
だがまあ、俺達は魔力に色が付いている「色付き」というタイプの人間らしいから、魔力視覚に集中してさえいれば見間違えることはないだろう。
情報から鑑みても、幻惑の寵愛者の自己証明が持つ優位性は、相手に身体強化魔法を使用させない事みたいだし。
肉眼にしか干渉してこないのであれば、俺達が圧倒的に優勢だ。
「じゃあ、行くか」
「怪我、しないようにね」
「お前もな」
外側からの逆探知を恐れてか、敵は探知魔法や逆探知魔法を展開していない。
だから、この奇襲は───俺達が優位な状態から始まる。
「千変万化・短剣」
「・・・小さな悪夢」
絶対に撃ち漏らしがあってはならない。
これ以上、無駄な犠牲者を出さないためには。