4-1:虚無との会合
ようやく見つけた、希望。
どれだけ、眠っていただろうか。
意識は霞んでいるというのに、記憶は鮮明だ。
ここに至った過程も、自分が何をすべきかも。
一時の感情で宣った弱音さえも、ハッキリと記憶している。
「・・・・・」
意識がだんだんと戻ってきた。
それに乗じて、思考も何時もの通りに回るようになってくる。
魔力切れ云々の話が記憶にあるため、その辺から考えると、恐らくはティアが何らかの処置を施してくれたのだろう。
もしくは、単に魔力を分けてくれたのか。
まあ、それはどちらでもいい。
「起きて、グレイア」
「・・・ん」
声をかけられ、完全に意識を取り戻す。
ティアに軽く返事をしながら目を開け、眩しい光源に手のひらをかざしながら、ゆっくりと上体を起こしていく。
起きた勢いのままに俯き、二、三度ほど深い呼吸をした後、俺はようやくティアの方に目を向けた。
「おはよう、気分は?」
「だいぶマシだ。魔力、分けてくれたんだろ」
「うん。相性は良いみたいでよかった」
そう言われ、ある事が気になった俺は、脱力して太腿の上に置いてある右手に魔力を流し、少しだけ魔力を放出してみる。
すると、放出した魔力の黒い銀色に加えて、少しだけ黄金の粒子が混ざっているのが確認できた。
俺の魔力の中で雪のように宙を舞う黄金の粒子は、恐らくは俺の魔力の色に染まった彼女の魔力のうちの、染まらなかった部分なのだろう。
綺麗だから見ていても良いのだが、せっかく分けてもらった魔力を無駄遣いするのも嫌なので、俺は魔力のコントロールを止めて放出を停止。
それにより、右手から放出されていた魔力は、まるでガスが止まったコンロのように一瞬で魔力を消失させた。
「とりあえず、簡単に状況を伝える」
「・・・ああ」
「きみが眠った後、私達は都の中に案内されて、城に到着。相手側の準備が整い次第、私達は合縁の寵愛者と顔を合わせることになる」
「・・・そうか」
この道を選んだのは俺だという前提での話ではあるが、まあ、思っていたよりも数段忙しいなと───勝手ながら、そんな感想を抱いた。
現状を鑑みて、最善の手はこれなのだと、十分に理解した上で。
実際は俺よりも働いてくれているティアを、堂々と差し置いて・・・
「・・・!」
俺は、少し驚いた。
なぜなら、唐突にティアが抱きついてきたからだ。
優しく抱擁されて、頭まで撫でられている。
そして、彼女は俺の耳に顔を寄せ、優しく囁く。
「・・・今のきみは、弱い。だから、仮面はまだ着けていて。まだ、意識すればできるはず」
「・・・・・手厳しいな」
すっかり、理解されてしまった。
俺の思考も、弱るパターンも、下す判断とその内容、切り替えるタイミングすらも。
今しがた俺を抱きしめ、耳元で囁いたのも───単なる俺への慰めではなく、俺達の評価を鑑みた上で、監視されている可能性を考慮したが故の行動なのだろう。
本当に頭が上がらない。
きっと俺はもう、ティアが居なければ、やって行けないかもしれないな。
「私だって、きみが前に出てくれることには感謝してる」
体を離し、体の向きを変えて座った俺に対して、ティアは真っ直ぐにそう言ってくれる。
だが、どうにもそのまま受け取るのが小っ恥ずかしい俺は───少し、捻くれた回答をすることにした。
「・・・じゃあ、そんな俺に完璧な援護をしてくれるのは誰だろうな?」
「何も伝えなくても、私の行動を読んで行動してくれるのは?」
すると、俺の思考を見て準備していたのか、ノータイムで俺の言葉に対する補完をし始めるティア。
何も知らない人間が見れば、どうにも特殊な口喧嘩をしているようにしか見えないだろう。
現に、ニアにはそう見えていたようで、困惑したような様子でティアの横に出現したニアが、怪訝そうに言葉を零す。
「・・・・・持ちつ持たれつじゃ駄目なんですか? 二人とも」
だが、俺とティアは単に互いを褒め合っていただけだ。
やり方が特殊だったのは、俺が単に素直になれなかったからというのと、ティアがそれに合わせてくれるような柔軟さを持っていて、ちょうど良い具合に実行出来る能力があったからというだけで。
ニアには少し悪いことをしたな。
「なんだよ、ちょっとじゃれてただけだろ」
「冗談。グレイアはちゃんとわかってる」
「そうですか・・・」
笑顔で顔を合わせる俺とティアに、まだ納得していなさそうな雰囲気のニアだったが、感情を覗き見たのか、無駄に気を張るのはやめた。
その代わり、何かを察して小さなため息をつくと、俺の方を見て口を開く。
「・・・とにかく、今しがた、こちらに近づいてくる魔力反応を確認しました。そろそろ時間のようです」
「了解。ありがと」
「準備・・・」
ある程度は休めたし、ティアのおかげで調子も戻った。
同じ転生者とはいえ、相手が相手であるが故に、これからは非常に気を張らなければならないだろう。
言動に気をつけ、順調に事を運ぶ。
「・・・よし」
自分を客観視することを忘れずに。
慢心はせず、しかし気を張り過ぎることはないように。
簡単ではないが、俺ならできる。
それらが実行できるだけの教育は、ずっと前に受けてきているはずだろう?
─────4節:脆く崩れ去る独善の意企
私は一国の長として、様々な人間の姿を見てきたと自負している。
そして、その「様々な人間」のうちには、もちろん転生者も数え切れないほど含まれているし、記憶にだって残っている。
だからこそ、私は怖かった。
例えナギが認めた人間であったとしても、どんなに人格者である一面を持っていたとしても。
強さの次元が違う時点で、私は彼が恐ろしい。
国一つ程度なら簡単に滅ぼせてしまう実力を有している時点で、一国の長にとって手に余る存在である時点で、ひどく恐ろしいもの。
報告からでも分かった、実力。
たった数分で軍勢の残滓を破壊して見せた、異次元の実力。
自由の暴君が再来したのではないかとすら疑った、神威の実力。
極めつけは、虚無という名前。
「・・・ユカリ様」
「大丈夫」
身体が震える。
民を、部下を守らねばならないと、頭が打ち付けられる。
可能なら今すぐにでも、逃げてしまいたい。
だが、それは許されない。許してはならない。
私には義務がある。
守り、受け継ぐ義務がある。
ゆえに、私は成し遂げねばならない。
虚無の寵愛者と交友関係を結び、我が国と確実な同盟を締結してもらうこと。
今から行われるのは、試練だ。
覚悟を決めろ。
「ユカリ様、客人が到着しました」
横に立っているシグレから、端的に声がかかった。
それに対して、私は息を吸い───呼吸を整えてから、応える。
「・・・入れなさい」
襖が厳かに開き、虚無の寵愛者とその一行の姿が見えた。
銀髪で背が低い少年、金髪で猫耳とエルフ耳が生えた少女、茶髪ロングで無機質な表情をたたえた女性。
たった三人の姿が現れただけで、この大広間の空気が一気に冷えた。
「・・・・・」
一歩、一歩と、着実に足を進める虚無の寵愛者。
魔力は放っておらず、むしろ明らかに素の状態。
しかし確実な威圧感が私達に伸し掛る中、彼は綺麗な所作で畳の上に胡座をかいて座り、後ろの二人は正座で腰を下ろした。
「お初にお目にかかる。虚無の寵愛者、グレイアだ。よろしく頼む」
拳を床につき、会釈くらいに頭を下げた彼。
威圧感は依然として在るが、その荒々しい圧力の中に、どこか品を感じる。
敬意を払いつつも、あくまで対等なのだと───まるで、そう言い聞かされているような気がしてならない。
無論、胸ぐらを掴まれながらだ。
「ミコト国元首、合縁の寵愛者。稲葉縁よ。貴方の活躍、私もよく聞いているわ」
「そうか。まったくもって光栄なことだな」
「この度、貴方々をここに呼びつけた理由については、今朝より始まった襲撃の激烈さを感じていた貴方々なら理解できるわね?」
「ああ。ナギから説明された分も含めて、アンタらが非常によろしくない状況に在ることは理解できている。
アイツから人手不足だとは聞かされていたが、ここまでとはな」
胡座をかき、ぶっきらぼうに言葉を続ける虚無の寵愛者。
嫌味───ではなさそうではあるものの、気がかりなのは「アイツ」という呼び方。
本来、正義の寵愛者であるナギは、共に戦ってきた仲間以外の人間とラフな関係になることはないはず。
彼の言葉に嘘が混ざることはないのだろうか?
「ええ。だからこそ、我々は希望を求めた」
「随分と無謀な賭けだったな」
「そうね。認めざるを得ないわ」
「・・・だが、お前達は賭けに勝った」
膝を肘掛にして、手を前で組み、不敵な笑みを浮かべながら上目遣いでこちらを見る虚無の寵愛者。
何を考えているのかが全く分からない。
「さあ、合縁の寵愛者。お前は俺達に、何をやらせたいんだ?」
・・・本当に、目の前の男が何を考えているのかが分からない。
どういうことだろう。
そちら側からすれば、私達を追究し、報酬を毟り取る方法や口実なんて幾らでもあるはずなのに。
私もそれを見越して、あの町の家を初めとした───様々な報酬を、事前に用意しておいたというのに。
なんなんだ、彼は。
素直すぎて気持ちが悪い。
何を企んでいるのだろう。
「・・・頼もしいわね。それなら、先ずは現状の説明を───」
しかし、後でどんな苦行が待っていようと、今ここで現れたチャンスを掴まない手は無い。
仮にそれが計算されたものであったとしても、私には、それを掴む以外に道は残されていないのだから。
・・・と、私がそう決断した、その時だった。
「マスター」
「・・・・・ちぃっ」
私から見て、彼の左後ろに正座していた、焦げ茶色の美しい長髪をたたえた女性───ニアが、無表情のままに彼のことを呼んだ。
すると彼は表情を歪ませると、小さく舌打ちをした後、左手で床をトンと突き、もう1人の仲間に声をかける。
「ティア、頼む」
「わかった」
「・・・? 一体、何を───」
私を含め、私の横に待機していたシグレも、ユキも、何が起こっているのかが本当に理解できなかった。
しかし次の瞬間、虚無の寵愛者が左手をこちらに向け、魔法を構築した瞬間───私は、全てを悟ったのだ。
襲撃は、まだ終わっていないのだと。
「あぐっ───」
私達が反応をする間もなく、ニアという女性の姿が何処かへと消えたその瞬間、私達は天守閣の壁を突き破り、空中へと投げ出された。
たったそれだけの時間で、それだけの威力を出せるのかと驚き、空中で姿勢制御をした、また次の瞬間。
「降りろバカ」
いきなり現れた虚無の寵愛者に首根っこを掴まれるのと同時に、天守閣の大広間から上が、正体不明の爆発によって吹っ飛んだ。
それはもう綺麗に、跡形もなく。
「ちょっ、何が・・・」
「痛い・・・」
そして私達は近くの平原まで運ばれ、そこで降ろされた。
ユキは虚無の寵愛者にくってかかろうとしたが、すぐに気圧されてへたりこみ、シグレは文句をぶつくさ言いながら腰をさすっている。
対して、私は襲いかかってきた困惑の感情を隠しきれず、吹き飛んだ天守閣跡を見ながら口を開けるばかり。
すると、それを見かねたのか、虚無の寵愛者は私の額をぺしんと叩くと、驚いた私の目を見ながら口を開いた。
「よく聞け、伝えることはひとつだ」
「ええ・・・」
「・・・狡猾の寵愛者とかいう奴が攻めてきた。今から俺はソイツを殺しに行く。異論は聞かないからな」
「あっ・・・ええ・・・・・?」
私に言葉を言いっぱなしで飛び去っていく虚無の寵愛者。
まるで、私の言葉が聞こえていなかったかのように無反応だったが、それは余裕が無いのか、置いてきた仲間を心配したからなのか。
今は、わからない。
そして、私は何をするべきだろうか。
「・・・はあ」
本当、嫌になる。
でも、希望は掴んだらしい。
・・・願わくば、逃げ遅れた民が居ないことを、と。
今の私には、こればかりを願うことしかできない。
見てわかる・・・かは知りませんが、グレイア、すっごいイラついてます。
何故かって?
そりゃあ、ちゃんと敵が殺しにかかってくるからですね。
あんまし無いと思いますよ、こんなハイテンポに人員を投入してくるタイプの敵組織。




