3-9:軍勢の残滓
流石に疲れた。
唐突に現れ、我々を現在進行形で襲い続けている脅威。
幾人もの犠牲を出して尚、その尻尾さえ掴めていない事象の数々。
そして今日、トドメだと言わんばかりに我々に襲いかかってきた、圧倒的な物量による攻撃。
まず初めの隕石によって都は結界を失い、次に現れたフェニックスは隣国との物流を絶ったかと思えば目を離した隙に姿を消し、最後には大量の魔物と中隊規模の敵魔術師が現れた。
市民を対比させるので精一杯で、もう都を捨てる以外の選択肢はないのではないかと考えたその時───これまた突然、なんの前触れもなく、我々の前に一つの希望が現れる。
だが、その希望についての報告は、私の頭を混乱させるのに十分な要素を孕んでいた。
「───シグレ、もう一度だけ説明を」
「・・・はい」
私は頭を抱え、俯く。
理由は単純だ。
目の前にいる側近の言葉が、彼女の報告が、理解できなかった。
この世界に再び生まれ落ちたいち転生者として、同胞であるはずの虚無の寵愛者のことが───私には、全くと言っていいほど理解できなかったのだ。
「ユキからの報告によれば、虚無の寵愛者が我々に加勢する意志を示すと同時に、仲間の女性を派遣して敵勢力の将校を我々に譲渡。派遣されてきた女性によれば、虚無の寵愛者ともう片方の仲間は、あの不明物体を破壊しに向かったと・・・」
「情報が・・・多すぎる・・・・・」
最早、脳が処理を拒んでいるとさえ言ってもいい。
ここに駆けつける速度も去ることながら、たった一分足らずで中隊規模の魔術師を殲滅し、その中から捕虜を確保し、挙句の果てには軍勢の残滓を手ずから潰しに行くと?
本当に意味がわからない。
どんなに彼が強かったとしても、それは自殺行為だ。
「どうしますか? ユカリ様」
「・・・・・」
わからない。本当にわからない。
ただ、ここで彼を見殺しにすることが、この世界にとって、どれだけの損失であるかは理解できる。
「・・・援軍を派遣しなさい。今すぐに」
「ですが、都の防衛は・・・」
「市民の避難が終了しているのであれば問題はない。とにかく、今はそれよりも、あの虚無の寵愛者を失うことの方が損失・・・!」
「・・・承知しました。直ぐに調整を行います」
ようやく掴んだ糸口なのだ。
そう簡単に失ってなるものか。
▽ ▽ ▽
数キロ先の空中に浮かぶ、ビル6階建てほどの大きさをした正八面体の物体。
その物体を破壊すべく近づく俺達に、あの物体は大量の魔物を寄越してきた。
『グレイア、雑魚は私に任せて!』
「・・・・・ああ」
陸から空まで、無数の大小様々な魔物が俺達に襲い来る。
山の中からは植物の刃が亜音速で接近し、空中には声に特殊能力を持つハーピィや、単純に戦闘能力が高いガーゴイルなどが出現。俺とティアにバインド系だと思わしき魔法攻撃を放ってきたり、空中で6本くらいに増殖する槍を投げてきたりしていた。
一体一体はそこまで強くないし、あの物体も都の方にリソースを割いているのか、魔物の密度も薄い。
だが、非常にウザい。
とくにハーピィの声による魔法攻撃がウザく、それを回避するために現在、俺とティアは聴覚を遮断している。
俺は自己証明によって鼓膜の存在を消し、ティアは空気圧で計4つの耳の鼓膜を全て破壊した。
まったくもってハラハラする荒業だったうえ、なんなら少しフラついていたが、仕方がない。
魔法をモロにくらって行動できなくなるよりはマシだ。
「・・・邪魔だあッ!」
体内の魔力残量が心許ないため、俺は派手な魔法を使用せず、自己証明による身体強化と固有武器のみで戦っている。
進行方向にいる魔物は斬撃を飛ばして一度にまとめて切り裂き、横から攻撃してくる魔物は無視。魔法も聞こえないため無効。増殖する槍投げも、瞬間移動を駆使すれば反撃しつつ回避することだって可能。
「・・・・・」
とにかくローコストで、手早く、あの物体をぶっ壊す。
一丁前に転移阻害やらなんやらが付与されたバリアを張っていやがるせいで、普通の瞬間移動はおろか分身による入れ替えもできないため、接近は飛翔魔法でなくてはならない。
だが、それだけだ。
『マスター、警戒を。都を襲っていた魔物が全て消えました。どうやら対象、「軍勢の残滓」は、マスターの排除にリソースの大部分を用いるようです』
「上等だクソッタレ・・・!」
と、案の定ニアからの悪い報告。
あの軍勢の残滓とかいう名前のクソッタレは、どうやら俺を本気で殺しにかかってくるらしい。
しかしまあ、問題ない。
たったそれだけのことで、俺が怯むかと───心の中で勝手に啖呵をきった、その瞬間だった。
「───!」
馬鹿みたいな速度で飛んできた、ビーム状の何か。
俺が咄嗟に瞬間移動で横に回避したソレは、クソッタレのこちら側に向いた角から放たれていた。
「ちいっ!」
これは省エネなんて考えていられないと判断した俺は速攻で体内に魔力を充填、解放し、とんでもないパワーで亜音速近くまで加速。コントロールよりもスピードを優先しながら、全速力でクソッタレの所まで飛んでいく。
すると負けじとクソッタレの奴も追尾するタイプの光線を放ってきたが、今更そんなものに当たる俺ではない。
むしろ、後ろにティアが控えている分───今の俺には、些か心の余裕が生まれている。
コンディションは最高、この程度のビームなら掠りもしない。
「っは・・・!」
依然として加速は続けながらも、バラバラに追尾して飛んでくるビームを着実に回避しつつ、俺は左手に魔力を溜める。
あのクソッタレが展開しているバリアは、恐らくはそう簡単に敗れる代物ではないはず。
それこそ、俺が予測する限りではナギのバリアのような───ぶっちゃけ言ってクソ性能すぎるバリアではないのかとすら予想している。
だから、圧倒的な性能でぶち抜くのだ。
有り余るなら上等、無駄がなんだという話。
それに、損得の話をするのなら、中途半端に手を抜いてバリアを抜けなかった時が一番クソなのだから。
「パイル・・・ッ、バンカァーッ!!!」
瞬間、クソッタレのバリアにぶつかる魔力。
音はよくわからないが、目で見えるほどの衝撃波が辺りに散っていくのが見え、バリアとぶつかった杭状の魔力の先端からはバチバチと火花が激しく散る。
一見すれば、この身体に付与された全てのエネルギーをぶつけた渾身の一撃は、余裕綽々で構えている(ように見える)クソッタレの物体にビタリと止められてしまった───ように見えなくもない。
「・・・へっ」
否、そう見えるだけだ。
俺の気付きと乾いた笑い、そして、俺の攻撃が当たった場所に生まれた、ほんの小さなバリアの綻び。
その、ほんの小さな綻びは一瞬にしてバリア全体に広がっていき、ついには魔力のバランスを崩し、バリアを崩壊させる。
するとクソッタレは俺に向かって極太のビームをノータイムで放ってきたが、真正面からでは流石に当たらない。
避けるついでにクソッタレを俯瞰で見下ろせる位置に移動した俺は、左手を上に向けて魔力を充填、巨大な魔力の塊を、銀色に輝く光弾を生成していく。
何故このタイミングで、こんな見え見えの隙を晒したかは至極単純。
今ここで起こる、こいつの悪あがきを───真正面からこの手でぶっ潰してやるためだ。
「っはは!」
俺の目の前で次々と沸いてくる、空飛ぶ魔物の数々。
ハーピィにガーゴイル、小さなドラゴンからグリフォンまで。
物量で時間を稼ぎ、少しでも消耗させようという魂胆なのだろう。
「そうするしかないよな! お前は!」
自分が放つ魔法は回避され、直接的な防御手段も破られた。
護衛は相手の仲間に気を取られ、機能していない。
そして恐らく、知能は持っていても逃げることは許されていない。
限られたリソースでこの状況に対応しなければならないのなら、きっと、俺だってそうするだろう。
・・・と、そんな事を考えながら、俺は左腕を振り下ろす。
直径20メートルほどの光弾が、それなりの速度で魔物の群れに突っ込んでいく。
暫く落下していった光弾は、クソッタレが召喚した魔物のうちの一体に触れると、途端に魔力を解放して特大の爆発魔法をぶちかました。
『グレイア、まだ終わってない』
「ああ。大丈夫だ」
流石に、この程度で壊せたとは思わない。
右手の刃を逆手持ちに変え、魔力を充填すると───俺は全速力でクソッタレの面に向かって直滑降。
速攻で魔法を起動するため、俺は詠唱のうちの半分を済ませておく。
「ペルフ───」
最後の悪あがきとして放ってきたであろうビームすら避けずに接近していき、ついに面に刃を突き刺したところで、俺は残りの半分を叫んだ。
「ラミナッ!」
たった一発の魔法、されど一発の魔法。
俺の一言でクソッタレの肉体に浸透し、その中心から効力を発揮した魔法は、その凄まじい大きさの肉体を食い破り、叩き割り、大量の破片を散らしながら無数の巨大な針を出現させた。
視界の端に、パラパラと赤い破片が飛び散っていくのが見える。
上を向いてみれば、特徴的な深紅のヘイローがちかちかと点滅し、今にも消滅しそうになっていた。
それを確認した俺は、もう一押し、あと一押しだけ、こいつをぶっ壊すための何かが必要だと判断。
固有武器を収納し、浮遊魔法を駆使してこいつの面に沿うように直立すると───握りこんだ右の拳に、今ある魔力を全てかき集め、局所的な爆発魔法を形成した。
「決死爆裂魔法───!!!」
莫大な魔力を圧縮した拳を掲げ、全力で足元を殴る。
すると、魔法は気爆し───俺の肉体をもろとも、クソッタレの面をまるまる吹っ飛ばした。
空中に放り出されながら確認した限りでは、どうやら、直撃した箇所にでかめのクレーターができており、そこを基準として肉体にヒビも入っているようだ。
十中八九、もう長くない。
俺は安心して身体操作を行い、鼓膜の消失を解除。
そのまま空中に体を預けた。
「・・・っ」
「・・・・・無茶してる」
「っはは、ナイスキャッチ・・・」
そして、放り出された先でティアにキャッチされ、お姫様抱っこで抱えられた俺は、あのクソッタレの───軍勢の残滓の末路を見守る。
俺の攻撃が最後のトリガーとなって肉体が崩壊した軍勢の残滓は、その頭上に浮かぶヘイローを消失させながら地面へと墜落していく。
その様子はさながら、死にゆく天使のよう。
悪魔みたいな能力のくせに、なんだか無駄に神々しいのがムカつく。
『魔力反応の消失を確認。軍勢の残滓の破壊、お疲れ様でした』
「うん・・・マジで疲れた・・・・・」
『私は都で待機を。マスターはマイペースにどうぞ』
「へい・・・・・」
青空に輝く太陽を見た感じ、時刻はまだ昼じゃない。
だが、恐らく俺の魔力は殆ど尽きている。
理由はまあ、デカい魔法をポンポンぶっぱなしたせいだ。
自業自得である。
「てか・・・まだ昼じゃないってマジかよ・・・・・」
「本当。残念だけど」
俺は力を抜き、右腕で目を覆いながら弱々しい声で嘆く。
これはマジで心の底からの嘆きだ。
軍人でもないのってのに、こんなクソ辛いことをさせられている状況に腹が立ってくる。
唯一の癒しになりそうだったグリムだって置いてくるしか無かったし。
「・・・あの」
と、なんだか後ろから声が聞こえてきた。
俺を抱えたままのティアが振り返り、俺も腕を下ろして見てみると、そこには10人ほどの侍っぽい人達の姿が。
まあ、恐らくは援軍として参戦しようとしてくれていた人達なのだろう。
戦う気満々な服装してるし。
空飛んでるし。
魔力滾ってるし。
「グレイア氏・・・でございますね?」
「・・・ん。情けない格好で申し訳ないけど許して」
依然としてティアに抱っこされながら、俺は目の前の侍達に向かってそう話す。
本当に情けない。
これが割と強めの転生者の姿かよって話である。
「この状況は・・・一体・・・・・?」
ガチ困惑な表情でそう問われたが、いや、見て理解してほしい。
いつもなら説明をする所でも、今の俺は満身創痍だ。余裕が無い。
できることなら今すぐに眠ってしまいたいまである。
「・・・後で説明する。だから案内を・・・・・」
重い瞼を頑張って開きながら、俺は目の前の人達にそう頼み込む。
もう、そろそろ限界だ。
恐らくは魔力が尽きたことによる、何かしらの症状だろう。
・・・もう、頭も回らない。
「・・・・・グレイア、もう寝てていい。あとは私が話す」
すると、見かねたティアが、俺の目を手で覆いながらそう言ってくれた。
嬉しい。
これで寝れる。
「───ありがと。ティア・・・・・」
そして、意識は落ちていく。
こんなにも抗えない睡魔は何時ぶりだろうか。
さて、願わくば、次に起きた時は───きっと、何にも襲われていないことを祈ろう。
今日はもう、戦うのは懲り懲りだ。