3-8:瞬く間に
情け容赦など当然ない、圧倒的な最強。
・・・ああ、わからない。
私は一体、どれだけの魔物を斬ってきただろうか。
いつもなら楽しく数え、皆で競い合う討伐数も───こんな危機的状況下では、気にする余裕なんて微塵もなかった。
突然の襲撃に都が混乱した時、民が避難する時間を稼ぐためという名目で戦いに駆り出され、防衛線を始めてから半刻は経過しているはず。
そう思い、私は懐から懐中時計を取り出してみると、針は9時52分を指しながら動いている。
このままでは少し、余裕がない。
と、私が思考をしていたその時、私の左耳に着けている白い結晶付きのイヤリングが輝いた。
どうやら、指令からの、シグレからの通信が来たらしい。
『───ユキ。魔物の第一波は防ぎ切りましたが、依然として、奇妙な正八面体の容姿をした不明物体は存在しています。市民の避難が完全に終了するまでは警戒を緩めないように』
「・・・・・了解。そっちも監視は怠らないでよね」
『・・・はい』
イヤリングから聞こえたシグレの声は、お世辞にも平静とは言えないものだった。
声が震え、固まり、明らかな緊張を私からも感じることができる。
「しっかりしなきゃね・・・・・」
皆、都の防衛戦を経験するのは初めてだ。
私のように心が強い者はともかく、シグレをはじめとした司令部や、私と一緒に戦っている警備隊の皆みたいな、俗に言う普通の人達にとっては緊張が物凄いはず。
戦線の一番前に立つ人間として、私もしっかりしなくては・・・と、私は自分の頬を叩き、喝を入れる。
「おーい! ユキ隊長ー!」
そんなことをしていると、背後から私を呼ぶ声が聞こえた。
声に応えて振り返ってみると、そこには私が率いる隊が少し遠くの位置で並んでいるのが見える。
どうやら、私の命令がなくとも大勢を整えてくれていたらしい。
私は飛び上がって空中を蹴り、高速移動で隊の皆の所へ戻ってくると、皆は一斉に敬礼をして私を出迎えた。
「我ら第一小隊含め、都を防衛せんと集まった兵力は皆、いつでも戦闘態勢に移行する準備があります!」
「ありがと。それじゃ、とりあえずは待機を───」
報告を受け取り、私が彼らに指示をしようとした、まさにその瞬間。
「ッ!」
「「「!!!」」」
背中を向けていても分かるほどの輝きを、あの不明物体が数秒だけ放った。
そして私達が身構え、全員が固有武器を握りしめたその時───次なる魔物の波が、私達の目の前に現れる。
一閃の雷が私達の正面に落ちた瞬間、その雷が纏っていた雷鳴は一瞬にして私達に対して壁になるように左右へと展開していき、また次の瞬間、大きく爆ぜて特大の雷撃を巻き散らした。
おおよそ45分前の現象と全く同じ光景に、私達は再び、背筋に蛇が這うような錯覚に襲われる。
『総員へ! 魔物の第二波が出現! 繰り返す! 魔物の第二波が出現っ!』
シグレからの通信によって皆の緊張感が高まっていく中、雷撃によって展開されていた目くらましのようなものがようやく晴れることで、魔物達の姿が現れた。
ざっと見回しても、明らかに45分前のものより数が多く、ゴブリン系の雑魚を中心とした群れの中には巨大な一つ目の魔物───恐らくはサイクロプスも出現している。
大きな魔物の数は3体。
正面、右翼、左翼にそれぞれ1体ずつ出現しているため、私は雑魚の相手を部下に任せ、正面のサイクロプスを引き受けることにした。
「私は正面のアレを相手する。皆は援護しなくていいから」
「了解です! 背中はお任せください!」
「役に立ってみせますよーっ!」
「・・・援護はしなくていいっての」
部下達の冗談めかした言葉を受け流しながら、私は固有武器を腰に持ってきて、居合の構えをとる。
そして右手に魔力を流し、武器である刀へそれを伝えると───私の刀は、その全身が淡く桃色に輝き始めた。
私はその姿を確認すると、前傾姿勢をさらに強め、脚に力を入れる。
「紅狐一刀流───」
敵は見ず、意識は全て刀に集中。
全身からは純白の魔力が迸り、刀に纏われた桃色の魔力はさらに勢いを増す。
狙うは正面、敵の群れの最後尾に鎮座する、一つ目の化け物。
一撃以外は他でもない、この私が許さない。
「絶閃・断!」
脚に籠った力を全て解放し、全てを跨ぐ勢いで私は地面を蹴る。
すると、私の肉体はその二種の魔力を纏った状態で音速を超え、純白の奇跡を残しながら、凄まじい衝撃波とともに魔物の群れを通り過ぎた。
そして、私は僅かに露出した刃を鞘に納め、魔力を解放する。
チン・・・と気持ちの良い音が響くと同時に桃色の魔力が散ると、私が通り過ぎてきた軌跡に重なる魔物すべてが、まるで桜のように舞う桃色の血飛沫を首から散らしながら地面に倒れ伏した。
「・・・・・」
全身から魔力が迸っている状態の私は、その魔力を制御することなく振り返り、次は何をしようかと思案した。
範囲型の斬撃を放つには味方がノイズであるため、とりあえずは合流をしようか・・・などと、敵の背後で堂々と思考をしていたその時。
突然、私の正面───ちょうど部下が居る当たりが大きく爆発した。
「!」
すぐに気が付き、私は常時発動魔法を身体強化から探知魔法へと移行。
部下の状態を確認しつつ、爆発の現況を探そうとした瞬間、私の立っている位置から少し左に逸れた場所に爆発魔法が着弾し、私は爆発に巻き込まれて吹っ飛んでいく。
「くっ・・・」
なんとか空中で体勢を立て直して着地し、発見した敵の反応を確認しようと、私は防御魔法を展開しつつ空を見上げる。
そして目に入った光景に、私は口を開けられなかった。
「ッ・・・!」
空に浮かぶ人影が20、40、50。
おおよそ50人ほどの人影が、魔物の群れに重なるように展開している。
今の爆発魔法はあの人影から放たれたもの。
つまり、あれは敵だ。
「叩き落とす───」
『待ってユキ! 伏せて!』
私が全身に魔力を滾らせ、今まさに飛び上がらんと脚に力を込めようとしたその時、シグレから待ったがかかった。
流石に無視はできない・・・が、それはそれとして理由が気になる。
しかし、長々と聞くこともできない。
「・・・は?」
『総員へ! 今すぐ防御魔法を展開して地面に伏せて!
特大の攻撃魔法が来るっ!』
「なっ・・・!」
誰による攻撃なのか、どんな勢力の攻撃なのか、そもそも味方なのか。
色々と疑問は湧き出てきたものの、しかし長考していては私そのものが吹っ飛んでしまいかねない。
そこで私は急いで刀を鞘ごと地面に突き立て、それを軸にした小規模の結界魔法を展開すると、膝を立ててかがみ、空を見上げた。
上空では敵が困惑し、爆発魔法を空撃ちしている。
私がその様子に顔を顰め、ため息をつこうとした、その瞬間。
奴らの中心が、キラリと輝いた。
「!」
目が眩むほどの閃光、巻き起こる巨大な爆発、響き渡る轟音、襲い来る爆風と、余剰魔力が重なった魔力圧力。
私は爆発が怒った数秒後に遅れてやってきた圧力に対して、刀を強く握りこんで結界の固定力を強めることで耐えようと試みた。
地面が揺れ、振動が腕に伝わってくる。
「く・・・うっ・・・!」
爆風だけでも殺人級。
何も強化していない状態でこの爆風にさらされれば、恐らく私はあっけなく死亡してしまうことだろう。
「・・・ぷはっ!」
圧力に耐え始めてから30秒くらい経ち、ようやく魔法が必要無くなるまで爆風が収まったため、私は刀を地面から引き抜くことで魔法を解除し、勢いを弱めながら吹き荒れている爆風の最中に身をさらした。
ぱらぱらと何らかの残骸が降り、空は黒く染まっている。
まさしくこの世の終わりだと言えそうな光景に私が困惑し、空に視線を向けたまま呆けていると、一瞬の小さな閃光の後に何らかの魔法が発動し───私達の頭上を覆っていた黒い爆炎が、瞬く間もなく消え去った。
「・・・・・」
そして、私が援軍であろう人物の魔力反応を拾おうと展開していた探知魔法が、ようやくその人を発見し、その人が在る位置を指し示す。
私の背後、かなり遠くに見えたソレは、たった一度視界に入れただけで、絶対に戦っては勝てないと───そう思わせるほどに、圧倒的な何かを纏っていた。
「─────」
黒い銀色に輝く魔力と、煌びやかな黄金に輝く魔力。
私の目に写ったのは、どう表現を試みても圧倒的としか言いようがない、凄まじい魔力を纏う色付き二人の姿だった。
▽ ▽ ▽
『敵勢力、30人の殺害を確認。残りは右翼と左翼に飛び出た20人です』
「了解だ」
都を見下ろし、ニアの報告を聴きながら、俺は右手に残った魔力の残滓を投げ捨てる。
今しがた放った爆発魔法は的確に敵勢力へダメージを与え、陣取っていた奴らを一網打尽にできた。
次は俺とティアで、左右に取り残された奴らを叩く。
「俺は右、お前は左な」
「わかった」
ティアにさっと命令した俺は飛翔魔法に意識を集中し、ニアが操作するHUDは右手に取り残された魔術師達をロックオン。
一瞬にして亜音速にまで加速した俺は身体から噴き出す魔力を操りながら、混乱して立ち尽くしている魔術師達へと迫った。
『なっ! 敵、来るぞ!』
『総員構えーっ!』
何やら銃のようなもので俺を狙う魔術師達。
陣形は単純で、指揮官らしき人物は中央に露出。
武器を出すまでもない。
『今だ! 撃───」
次の瞬間、俺の脚は指揮官らしき人物の顔面に突き刺さり、その男をぶっ飛ばしていた。
続いて、俺はぶっ飛んだ男の背中に斜め上方向からスレッジハンマーをくらわし、男を地面へと叩き落とす。
「ごはっ・・・・・!」
指揮官らしき男はそのまま、ろくに抵抗もできずに地面へと落下していった。
「隊長!?」
「怯むな! 標的が変わるだけだ───」
そして残った、9人の敵。
個人特定を恐れているのか、頑なに固有武器を取り出さない彼らは、たった100メートルほどしか離れていないにも関わらず、俺に銃らしきものを向けて何らかの攻撃を放とうとした。
しかし、彼らはそのトリガーを引く前に、俺が瞬間移動させた爆発魔法に巻き込まれ爆散。
その銃らしき魔道具もろとも、全員が力無く地面へと落下していく。
『敵、指揮官を除いた全ての人間の魔力反応が消失』
ニアからの報告も入ったことで、この戦いが呆気なく終わってしまったことを確認した俺は、瞬間移動で場を離れ、たたき落とした敵が居るはずの場所まで転移してきた。
そこそこの大きさのクレーターの真ん中にくたばっていた隊長格の敵は、腹から地面に突っ込んだはずなのに仰向けになっている。
寝返りを打つまでの体力は残っていたようだが、流石に逃げられはしなかったようだ。
「き・・・さま・・・・・ッ!」
俺が近づくと、男は力を振り絞りながら腰のホルスターに刺さったレトロなデザインのトグル式自動拳銃を取り出し、その銃口を俺に向けた。
また、銃を持っていない方の手には、何やら首から垂れたアクセサリを握っており───恐らくは家族の写真でも入れているのだと思われる。
身体がガタガタと震え、汗が吹き出している様子を見るに、どうやらこの男は俺に恐怖しているようだ。
「・・・ふん」
ざっと見た感じ、特に特殊な仕掛けはない。
これなら、普通に送り届けても大丈夫そうだな。
「ニア。こいつを拘束して城内に連行してくれ」
『了解しました、マスター』
俺はニアに命令をしつつ、男の銃を魔法で奪い取ってマガジンを取り出し、トグルを引いて排莢をした後に無力化。
そして、俺の命令を受け取ったニアは実体化してから男を拘束魔法で動けないようにすると、魔法で持ち上げて移動を始めた。
「ティア」
『何、グレイア』
去りゆくニアの背中を横目に、俺はティアに通信を投げつつ思考を回す。
現在、魔物の波は現地の防衛隊が対処してくれているが、魔物の量や先程の魔法の被害を鑑みれば、防衛隊だけでは確実に持たない。
何が行動を起こすにしても、うかうかしていては防衛線が突破されてしまうなんてことも十分にありうる。
つまり、俺達の行動には時間制限があるわけで。
「今からアレを叩く。対処法は?」
『破壊する。それだけ』
「なんだ、単純だな」
となれば、俺達はあの正八面体を真っ先に叩くべきだと判断した。
俺の読み通り、ティアはしっかりとあの正八面体についての知識を有しているようだし、後でしっかりと話を聞かなければ。
「んじゃ、やるぞ。さっきみたいに全力でな」
『うん』
まあ、それはそれとして。
ティアにそう告げた俺は自己証明を用いた身体強化を起動し、全身から黒銀色に輝くオーラを滲ませた。
「・・・よし」
フェニックスを相手にした上、さっき特大の魔法をぶちかましたせいで魔力の残量は心許ないが───ティアが居るなら無問題。
俺は気合いを入れると、出発するときに着てきたジャケットを脱ぎ捨てて収納魔法にぶち込んだ。
さあ、サッとやって、バコンとやろう。
昼寝ができそうになるまでは、あと一歩だ。
なんだか、いつも以上に文が拙くて申し訳ないです。
ここまで来たらなんか、寒暖差で体調とか崩さないかなって思ったり。