3-7:不死鳥
偽りと真。
純粋なる希望。
「キィアアアアァァァッ!!!」
「・・・!」
まるで煌々と輝く太陽のような、目が眩む光を体現しているかのような、耳に突き刺さる威嚇の叫び。
俺はティアに退避するよう指示し、固有武器を収納。
吹き出る余剰魔力の量は気にせず、全身に魔力を紛らせ、肉体を最大限に強化した状態で両手を前に突き出した。
すると、次の瞬間。
「ギアアアッ!!!」
まるで閃光のように、瞬く間すら与えられない神速の突撃が、俺の肉体に正面からぶち当たり、凄まじい衝撃波を辺りに撒き散らす。
ギリギリと音が響き、魔力の衝突によって火花が散り、スパークが走る。
身体が熱く、激しく鼓動している。
油断していると、一瞬で消し炭になってしまいそうだ。
「・・・今だあッ!」
しかし、俺にはティアがいる。
俺の渾身の合図と同時に魔力を解放し、飛翔魔法に蓄えた凄まじいエネルギーを全身に乗せたティアが両足を突き出して垂直に直滑降。
次の瞬間にはフェニックスの背中に渾身のドロップキックを叩き込み、フェニックスの移動ベクトルを瞬時に垂直方向へと変化させた。
対して俺はその隙を見逃さず、瞬間移動でフェニックスの落下起動に転移し右手を突き出し魔法を構築、タイミングよくぶっぱなす。
「ばっ!」
「!!!」
再び移動ベクトルが一瞬にして変化したことで、今度は水平方向にぶっ飛んでいくフェニックス。
俺は左手で構築していた魔法を右手に移動させ、ティアの準備が整うと同時に魔力を解放しつつ、準備が完了した魔法を乗せて右手を再び前に突き出す。
「ヴォイド・イーターッ!!!」
「ドゥル・ハイト」
漆黒に歪む魔力の光線と、黄金に輝く魔力の光線が螺旋状に合わさることでツートンの巨大な光線を構築し、凄まじい速度と圧力でフェニックスへと襲いかかる。
そこで大きく羽ばたいたフェニックスが、体勢を立て直そうとしたか、回避しようとしたのかは定かではないが、もう遅い。
俺とティアが放った魔法は見事にフェニックスを捉え、確実に魔力の奔流にフェニックスを放り込んだ───はずだった。
「ゴォ・・・ォァアアアアアアアッ!!!」
突然、俺の耳に飛び込んできた、まるで炎が燃え盛っているかのような荒々しい音。
それを聞き、なんだ、様子がおかしい・・・と思い、俺が顔を怪訝に歪ませた、その時だった。
俺の隣から、少しばかり絶望的な言葉が飛び出る。
「・・・魔法を、吸収してる」
「マジかッ・・・」
アレで魔法が効かないなら本当に冗談じゃないぞと、俺が心の中で舌打ちをした瞬間───視界の先で、確実にヤバい何かが輝いた。
そして、その輝きを見た俺は瞬時に魔法を解除し、腕をクロスして来る驚異へと備える。
すると、次の瞬間、再び俺の体に神速の物体が突っ込んでくる。
「グレイアっ!」
ティアの珍しい声色の呼びかけは一瞬で過ぎ去り、今度は一切合切の受身を許さない勢いの突進が俺の防御を穿たんと只管に加速を続けた。
だが、ただ受け止めているだけの俺ではない。
生憎と、手前らみたいな魔物にも有効な手を、俺は持っている。
「くっ・・・だぁらあああああああッ!!!」
雄叫びと、魔力の滾り。
そして迸る白銀色のスパークは、次第に勢いを増し───ついにはフェニックスの肉体をまるまる飲み込み、特大の魔力の真球を構築する。
「キアッ!? ギッ???」
「ようやく顔を歪めたな? フェニックスッ!」
やっとフェニックスの突進から開放された俺は、フェニックスが怯んでいる隙に可能な限りのダメージをぶち込むため、特大の水球を左手で構築しつつ右手に固有武器を取り出した。
このデカさの魔物が相手だということを考えれば、ストーム・プロテクションによる妨害は長くは続かないと踏み、俺は完成するなり特大の水球をフェニックスに全力で投げつける。
続けて間髪入れず、刃を構えてフェニックスの背中目掛けて全力で突撃を敢行。
燃え盛る炎なんて気にも留めず、水蒸気爆発で馬鹿みたいに熱い中にある、燃え盛るフェニックスの背中に刃をぶち込んでやった。
そして、まだ攻撃は終わらない。
俺は魔力を固有武器の刃に集中し、詠唱を叫びながら解き放つ。
「ペルフ・ラミナ!」
すると次の瞬間には魔法が発動し、フェニックスの心臓を中心とした刃が、フェニックスの体を食い破りながら四方八方に突き出した。
「ギ・・・イィッ!!!」
最後に、俺は刃を離して空中へと飛び上がり───両手の間に魔力を生成して魔法を構築、最大限に圧縮した氷の塊を作り出す。
「これで、最後だ・・・ッ!」
「イアアアーーーッ!!!!!」
力を振り絞って最後まで抵抗してくるフェニックスだったが、俺の方が一歩だけ早かった。
魔力を解き放ちながら放ち、投げつけた氷の魔法は一見すれば直径が7センチほどの小さな球体だったが───その、燃え盛る肉体に触れた瞬間、真価を発揮する。
ほんの少し、薄皮一枚触れたか触れないかくらいのタイミングで魔法は付与された効果を発動。フェニックスの上半身を一瞬にして氷漬けにし、一切の身動きを取れなくした。
そして、そこからさらにもう一発。
「・・・・・」
かなりの移動距離を全て加速に費やした、馬鹿みたいな威力の一撃。
哀れ、氷漬けにされたフェニックスの上半身は跡形もなく砕け散り、なんか復活に使いそうなパーツすら綺麗に粉々になった。
「・・・終わった───」
「まだ終わってないっ! 早くここから離れて!」
「は? うおわっ!?」
だが、余韻に浸る暇はなかった。
俺が深呼吸をしながら、落下していくフェニックスの下半身を見ていると、凄いスピードで俺の所に戻ってきたティアに手を引かれ、これまた凄いスピードでフェニックスの下半身から距離を離されていく。
なぜティアがそんなに必死になっているのか、俺は暫くの間、まったく分からなかったが───数瞬の後には、その理由を嫌でも知ることなる。
「まぶしっ!」
突然、フェニックスの下半身が目が眩むほどの閃光を放ち、膨張したかと思えば、次の瞬間には凄まじい爆発を引き起こす。
まるで炎の嵐だと形容すべき光景が目の前で巻き起こったことで、俺は今さっき、ティアが必死でフェニックスの下半身から距離を離そうとしていた理由が理解できた。
「・・・ティア、ありがとう。もう大丈夫だろ」
「・・・・・うん。ここなら、あれも届かない」
離してもらい、空中に浮遊しながらティアに礼を言う。
それと、今回ばかりは相手が強すぎたせいか、ティアにしては珍しく、肩で息をしている。
俺も馬鹿みたいな距離をぶっ飛ばされた挙句、不死鳥が纏ってる炎に真正面から突っ込んだせいで身体中が火傷だらけだ。
「悪いな。だいぶ心配かけたみたいで」
「・・・大丈夫。きみなら死なないって、もう分かってるから」
俺の手を取り、重度の火傷が刻まれた腕に治癒魔法を施しながら、ティアはそう言った。
だが、流石に分からないわけがない。
さっきの俺の行動を、お前は不服に思っているんだろう?
「・・・・・うん。痛々しいのは見たくない。私が怪我をしない分、尚更きみが怪我をしているみたいで嫌だから」
「それについては善処するが、今回ばかりは見逃してくれ。あの隙を逃していたら、だいぶ面倒なことになってただろうからな」
「・・・そうだけど」
それこそ、フェニックスが手段を選ばずに抵抗なんてした暁には───軽く、その辺の山一つくらいなら消し飛んでいたって不思議じゃない。
決して、俺のこの怪我が軽いとは言わないが、それでも十分に怪我をしただけの価値がある行動だったはず。
申し訳ないが、ティアには少し我慢してほしい。
『マスター、ティアちゃん、お疲れ様でした。フェニックスよる被害や都付近の情報についてはサクラさんから説明されるそうなので、ギルドの建物で合流しましょう』
突然、俺とティアの頭に響くニアの声。
ティアは治癒魔法に集中しているため、いつも通りに俺が応答する。
「把握した。あと、できたら軽食でいいから食べ物が食べたいって伝えてくれるか。朝飯食べてないのに動いたからもう腹が・・・・・」
『把握しています。既に、サクラさんが料理の手配を』
「ありがとう。それじゃあ、すぐ行く」
『はい。お待ちしております』
離れているからか、短く済ませるために事務的なやり取りだけを交わすと、ニアは早々に通信を切った。
味気ないな・・・なんて思いながらティアの方を見てみると、どうやら火傷の治癒が終わったらしく、暇そうに俺の前腕のあたりをぷにぷにといじくり回していた。
そして俺の視線に気がつくと、じっと俺の目を見ながら、怪訝そうに言葉を投げかけてくる。
「・・・・・痛くない?」
「痛くない。治癒、ありがと」
端的に質問に答え、礼を言うと、ティアは安心したような微笑みを向けてきた。
なんというか、捨て身の戦法はちゃんと控えよう。
今度からは分身にやらせればいいな。
うん。
「んじゃ、戻ろう。後片付けは・・・流石に要らないだろ」
「うん」
そうして、俺達は瞬間移動でこの場を去るのだった。
〇 〇 〇
数分後、ギルドの建物に到着し、会議室のような場所に案内された俺達は、サクラを初めとした数人の職員が真面目に座っている部屋の中で、呑気にも飯を食べながら話を聞くことになった。
用意されたのはトンカツと豚汁と白飯。
結構なエネルギーを使ったとはいえ、普通に朝から食べる内容ではない。
恐らく、大人なら胃もたれすることだろう。
「ということで、まずはフェニックスによる被害から」
そして始まる報告会(?)。
ニア曰く、俺にとっては意義がそこまでない会議になりそう、ということなので、飯の片手間に参加する程度に留めておこう。
こいつ本人としても、魔力やらなんやらから犯人を特定するのに集中したいだろうし、俺としても話はあまり興味がない。
そもそも、飯を食い終わったらここを発つつもりなのだ。
ある程度の参加はすれど、積極的になるつもりは一切ない。
「先ず、出現の際の大規模な爆発によって、昨夜の襲撃によって滅ぼされた三和町と都とを結ぶ街道が破壊されました。道には巨大なクレーターが形成され、巻き込まれた川の水が溜まっていっているとのことです。
続いて、フェニックスがここ村木町に向かう直前に放った攻撃によって、第一国境橋を中心としたかなりの範囲に甚大なダメージが発生しました。既に検問は機能不全に陥っており、橋は跡形もなく崩壊。現在は船による移送を試みていますが、状況は芳しくありません」
そういえば、この国は千葉県みたいなタイプの陸の孤島だったな。
しかも国境の川は日本の川とは比較にならないほど広く、対岸との距離だって遠い。
この国に来る前に調べた情報を思い返してみれば、たしか国境には橋が3本くらいしか掛かっていないと書いてあったはず。
軍事面だって、戦力については魔法などがあるため心配する必要はないとしても、有事に王国側から援軍が来るとなれば、兵站線は非常に制限されたものになるだろう。
物流ルートも混乱し、少なくとも一週間は混乱が続くはず。
まだ相手側の組織構成や人員などが全く理解できていない状況ではあるが、ただ一つ把握できたことがあるとすれば───それは、相手のトップはそれなりの実力者であるということ。
少なくとも、二流の戦略を組めるだけの頭はある。
「・・・それと、グレイアさん」
「ん?」
「フェニックスを倒したっていうのは・・・本当なの?」
「ん・・・・・。本当。それと、上半身ぶち抜いたら馬鹿みたいな範囲の自爆をかましたから、それも被害に含めてもらって」
「あ・・・うん。はい。じゃあそれも被害で・・・・・」
現地のメンバーが焦る中で、冷静に頭を回しながら、食べ物をゆっくりと飲み込んでからマイペースに会議に参加する俺。
そんな俺が発した言葉(恐らくはフェニックスを倒したこと)が衝撃だったせいか、現地のメンバーがざわざわと騒ぎ始めた。
だが、俺は構わず箸を進める。
申し訳ないが、そちらに意識を集中することはできない。
情報の提供や、個人的な推測を口に出すつもりもない。
今はただ、聞かれた事のみ答えるだけだ。
「・・・皆、静かに。
とりあえずは村木町に対する驚異は無力化された・・・ってことでいいんだよね? グレイアさん?」
「んん・・・・・。相手が俺の実力をどう見積もっているかにもよる。仮にフェニックスを倒すことすら計算のうちなら、まだ驚異はやってくるかもしれない」
「・・・・・そう、なんだ?」
「現に、この襲撃は二段構えだったろ。つまり敵は、あのくらいの規模の魔法なら無力化できる可能性もあるってくらいに、俺の実力を見積もっているわけだ」
要するに、現状、俺の周り───いや、この国全体を見て、完全に安全だと言える場所はひとつもない、と断言できる。
俺の移動や生存を察知されれば先程のようなクソデカ魔法が飛んでくる可能性は大いにあるし、そうでなくとも、またあのフェニックスみたいなクソ強い化け物が出現して移動ルートや建造物、人里などに甚大な被害を与えるかもしれない。
敵の全てが分からない以上、確定的な情報が一切ないために、危機の予測をしたとしても無限に「かもしれない」が出現してしまう。
それが、今まさに進行している現実だ。
「・・・それなら、一体どうすれば?」
頭を抱えたサクラからそう問われたが、その質問に答えを返すのであれば、俺にはどうすることもできない・・・としか答えられない。
あの魔法が事前に準備されたものであろうが、そうでなかろうが、あの規模の魔法が突発的に起こってしまえば連続の対処は難しいだろう。
真面目に対処法を挙げたとしても、それは単なる「神頼み」だとしか言えない。
まあ、もっとも───現状の、この驚異を発生させているのは、その「神」が遣わした人間である可能性がほぼ確実なのだが。
とりあえず、事実を突きつけるよりも希望を示す方が良いと判断した俺は、俺自身の次の行動を口にすることにした。
「休憩したら直ぐに都に向かう。仮に俺が狙いだとするのなら、これで標的を───」
と、俺が言葉を締めようとした瞬間だった。
俺の言葉を耳に入れるために静寂が流れていた部屋に、ひときわ大きな音が飛び込んでくる。
「し、失礼しますッ!!!」
やはり、と。
突然入ってきた汗まみれの青年を見て、俺はそう思った。
なんならティアは、青年に構わず豚汁を口に含んでいる。
「たった今、都の周囲に大量の魔物が出現! 奴ら、このまま都を責め滅ぼすつもりですっ!」
「「「!!!」」」
俺とティア、ニアを除いた全ての人達に、激しい驚愕が走った。
そしてこの瞬間、俺のすべき行動は完全に決まった。
「・・・来てしまったか」
「だが都にはアレが居るだろう・・・!」
「しかし、防衛するにも敵方の情報がなければ・・・・・」
「・・・いや、都に意識を向けている場合では無いのでは?」
バラバラに会話し、思考し、錯誤し、意見がまとまるどころか対話さえ不安定になっていく会議室。
その中心に座っているサクラは、ついに耐えられなくなってしまったのか、姿勢悪く肘をつき、目元を隠し、苦しそうな声で俺の名前を呼ぶ。
「・・・・・グレイアさん」
俺の名前が出た瞬間、会議室は静寂に包まれた。
それほどまでに俺の名前には影響力があるのだと再認識する。
「・・・・・ん」
最後の一切れを口に放り込み、口を拭ってから立ち上がる。
会議室の皆からの視線が集まったが、もっとも、俺はとくに何も語るつもりはない。
ただ一言、皆が混乱しないように、勝手に動かないように、安心できるように。
ちょっとした言葉を、口に出すだけだ。
「───任せろ」
ただの何気ない一言だが、俺は知っている。
圧倒的な実力者の、何気ない一言の価値を。