3-6:動き出した影
気がついた時には。
しゃーっとカーテンを開ける音が聞こえて、目が覚めた。
日差しが目に刺さり、眩しい。
俺は腕を盾にして、目に刺さる日差しを遮る。
「グレイア」
「・・・ん」
だが、ティアによって引き剥がされてしまった。
モロに朝の日差しを受けた顔面は、太陽から発せられた痛みすら感じそうなほどの光量のせいで起床モードがスイッチオン。
どうやら二度寝はさせて貰えないらしい。
普通に厳しすぎて泣きそうだ。
「きみが作った方が美味しいから。朝ごはん、作って」
「・・・ん〜」
だが、眠いものは眠い。
俺はティアの要求を右から左に聞き流しながら、腕で抱えているグリムを抱き寄せて寝返りをうち、日差しを遮った状態で目をつぶろうとしたが───それを予期していた彼女によって、グリムをあっさりと取り上げられてしまった。
その結果、俺の手元に残ったのは、少しばかりの眠気と胸らへんに微かに残るグリムの温もりのみ。
めっちゃかなしい。
そんな無理くり起こさなくてもいいだろ・・・
「駄目。さっきギルドの人が来て、10時までに2人で来て欲しいってお願いがあった」
「・・・マジぃ?」
「本当。それに、かなり急いでいるように見えた。だから朝の運動をする時間も含めて、早く起きてもらわないと困る」
「あーんひどぅい」
「・・・・・」
俺は不満を漏らしながらも起き上がり、ベッドから降りてティアの横を通り過ぎようとした。
すると急にティアが右手で俺の腰をがしっと引っつかみ、ぐいっと引き寄せてくる。
「ん・・・!?」
「ちゅ・・・・・」
そして唐突なキス。
くっそビックリした。
「っあ・・・。なんだお前急に・・・・・」
「・・・これで、目は覚めた?」
いやもう、それはもう。
なんなら驚いたのは俺だけじゃなく、驚きすぎてグリムが目をまん丸にして虚空を見つめている。
可哀想に。
朝っぱらから大変な目に逢ってるなコイツ。
「明日からも、モタモタしてたらこうするから」
「・・・ん」
なんだその、逆まんじゅうこわいみたいな。
べつに嬉しいからいいけど。
『・・・マスター、おはようございます』
「んあ、おはよう」
『起床後すぐで申し訳ないのですが、ひとつ通知を』
「・・・・・なんか深刻そうだな?」
『はい』
最近のニアにしては珍しく、こんな時間でも・・・というか、声色の具合から察するに、俺が起きるよりもだいぶ前から起きていたようだ。
そして、今から語られる内容は確実に重要なものだろうと察した俺は、魔法を用いてニアの声を外部に出力してから耳を傾ける。
『本日午前2時半、この町より東に10キロメートルほど離れた中規模の町が、何者かの襲撃によって壊滅しました。探知をする限りでは、生存者はゼロです』
「・・・まーじか」
『残念ながら。そして恐らく、本日マスターらがギルド支部に出向くよう言われているのも、それが要因かと』
非常に面倒なことになった。
あまりにも、敵方の動きが早すぎる。
「グレイア、どうする?」
「とりあえず朝飯は食う。話はそれからだ」
ティアに問われ、俺は冷静に返す。
現状、事をせいては敵の思うつぼである可能性が限りなく高い。
であれば、冷静に状況を判断しつつ、可能なら今日のうちに合縁の寵愛者と顔を合わせたいところだ。
こうなってしまっては仕方がない。
もう、悠長にしている時間は無いのだ。
「・・・・・あっ」
と、一階に降りようと歩き出したところで、グリムが急に声を上げた。
それによってティアが立ち止まり、俺も一歩歩いたところで立ち止まる。
「・・・グリム?」
「ん、どうした」
カタカタと震えるグリムの瞳には、白い六芒星が浮かんでいた。
これが件の千里眼かと、俺が呑気に考えていた───その時。
グリムがキッと俺の方を向き、叫ぶ。
「アニキ! 町を守って!」
「は?」
「早く! じゃないと間に合わない!」
「やるけど。ちょっと説明くらい───」
俺は文句を垂れながら、全身の魔力をかき集めて広域のバリアを起動。町を覆うような形で展開し、グリムの言うことに従う形をとった。
すると続いて、ニアも驚き声を上げる。
『ッ! 上空から強大な魔力反応! 超規模の攻撃魔法です!』
「はあ!?」
嘘だろと。
そんな急にやるかと。
それはまあ馬鹿みたいに驚いたが、ゆっくり落ち着くほどの時間もない。
だが、魔法を無力化しようにも俺はバリアを展開中で動けないため、ティアにどうにかしてもらうしかないだろう。
「わかった」
俺の思考を見ていたティアは、思考の中にちらついた俺の思惑にノータイムで反応すると───グリムを空中にほっぽり出し、廊下から寝室を経由し、窓から外へと出ていった。
「・・・・・はあ」
ため息が出るな、本当に。
「グリム、よく見とけ」
「?」
その場に取り残されたグリムは、何をすればいいのか分からなかったのかワタワタと焦ったままで目に煩かったため、俺はグリムを安心させるために声をかける。
また、その傍らでバリアに送る魔力量をさらに高め、ティアが放つ魔法の養生魔力によってバリアが破壊されないように取り計らう。
「ティアは・・・俺よりもずっと強いからな」
「───え」
俺がグリムにそう告げ、グリムが間抜けな声を上げつつも再び目に六芒星を灯した、次の瞬間だった。
凄まじい爆音と魔力圧力が俺達を襲い、同時に、俺が展開したバリアがティアの放った魔法の余剰魔力によってバキバキと歪む感覚が襲い来る。
どんな魔法が来たかは知らないが、仮に爆散するタイプの魔法であれば、俺が中途半端なタイミングでバリアを解いた時に起こる被害は計り知れない。
そのため、俺はニアからの通知が来るその時まで、バリアを展開したままの状態で耐えなければならない。
「ぐっ・・・・・!」
とてつもなくデカい衝撃の余韻を受け流す間もなく襲い来る、小規模な衝撃の数々。
本当でなんなんだこれ。
隕石でも降ってきたのか?
「ア、アニキ・・・」
「・・・大丈夫だ」
とは言いつつも普通にキツかったため、秒数は数えられていないが───まあ、1分はなかっただろうといった具合。
もう衝撃が来なくなったなと思ったその時、ようやくニアからの通知が入る。
『超規模攻撃魔法、完全消失。町や建物に損害はありません。お疲れ様でした』
「・・・十中八九、まだ終わってないけどな」
『はい。警戒を』
「ああ・・・」
あーめんどくさい。
朝くらい好きにさせてくれよと。
「グリム、首掴むぞ」
「え・・・ひぁっ!?」
可愛らしい反応をしたグリムを横目に、俺は瞬間移動で家の屋根の上に転移してきた。
金色の魔力の粒子が雪のように待っているのを見るに、ティアはバカでかい魔法で超規模の攻撃魔法を無力化したのだろう───なんて、そんなことを考えていると、ティアがゆっくりと降下してくる。
「・・・グレイア、向こう」
「ん・・・」
降りてきたティアに肩を叩かれ、彼女が指差した方を向く。
やたらギラギラと赤く輝いてるなと思いつつ、そのギラギラとした光の中心に目を凝らしてみると、恐らくは輝きの元凶と思われる物体が目に付いた。
「・・・・・正八面体?」
少し縦長でサイズはクソデカ、なんか頭上には二重になった真紅のヘイローが浮かんでいる、馬鹿みたいな物体。
HUDに見えるコンパスが指し示す方角と、この国に入る前に頭に入れておいた地図から概算すると、あの物体があるのは恐らく・・・
「首都の近く」
「・・・だよなあ」
ティアの表情がやけに厳しいのは気になるが、今はこの状況をどうするべきかという話だ。
もうゆっくり朝飯を食べる雰囲気でもないし、なんなら朝飯を食う気も失せてきたし。いっそのこと、ギルドに行ってしまおうか。
向こうなら軽食くらい出してくれるだろう。
「それよりアニキ、アネキ、今のは・・・・・」
「・・・ん、待った」
グリムに質問をされかけたが、俺はそれを遮った。
なぜなら、視界に見覚えのある人影が2人ほど写ったからである。
「───グレイアさん!」
「サクラ、アヤカ。やっぱ来たか」
恐らくは、超規模攻撃魔法とかいう馬鹿みたいな代物を無力化した様を見て、急いで来たのだろう。
2人とも息を切らしているし、手には何も持っていない。
「要件は色々あるだろうが、こっちからはひとつ。
この襲撃は、十中八九、まだ終わってない」
「「!」」
「そして聞きたいこともひとつ。夜中に襲われた町以外で、被害に遭った町や村はあるか?」
「いや、まだ報告はない!」
「そうか。ありがとう」
少しだけだが冷静に思考を回せる時間が出来たため、この襲撃の意義と目的を考察してみたが、どう足掻いても俺の殺害か、もしくはアレの口封じしか思い浮かばない。
いや、もしくはその両方か。
初手でいきなり町を消し飛ばそうとする理由なんて、それくらいしかないだろう。
「・・・グレイア」
「えー、早くね」
「? 何が───」
面倒だなと思いつつ、俺達は最大限に警戒を高めたまま、遠くに在る正八面体へと目を向ける。
すると、その数秒後、正八面体は目が眩むほどの凄まじい輝きを数瞬ばかり放ったかと思えば、今度はその輝きをどんどんと弱めていく。
そして、遂には輝きを失い、二重になった真紅のヘイローを湛えた巨大な正八面体のみが残った。
「・・・・・ティア、わかるか」
「強いのが出た。けど、何処に出たか・・・」
言葉の意味合いを察するに、どうやら叡智の寵愛者の悪あがき的な何かを、あの正八面体は引き起こしたらしい。
どうしてティアがそんなことを知っているのかは定かではないが、とにかく、今はそんなことを気にしている暇はないだろう。
警戒を緩めず、その強いのとやらを早急に補足しなくては。
「グリム、あの2人を守れ。ピンチになったらデカくなったって構わない」
「あ・・・はい! 分かりましたっす!」
とりあえず、指示できることはできる間にして置かなければと考え、俺はグリムとニアにそれぞれ命令をすることにした。
グリムにはサクラとアヤカの警護を、ニアには、先程の俺が展開したようなバリアを展開してもらうことにする。
「ニア、バリアを起動しろ。さっき俺が展開したヤツと同じのをな」
『承知しました。ですが、それではマスターへの支援はできなくなります』
「構わない。この状況なら、俺とティアが全力で戦った方が良い」
『把握。バリアを展開します』
恐らく、というか確実に、敵は図体がでかい魔物なはず。
であれば、戦闘時に使う感覚は視覚と聴覚で事足りるため、魔力探知は必要ないと判断した。
「・・・グレイア、国境の方」
「まじ?」
暫くすると、ティアが再び俺の肩を叩き、先程と同じように指差しで視線を示してくれた。
だが、その瞬間、俺の頭に嫌な予感が過ぎる。
そして、俺の嫌な予感は見事に的中した。
ティアに示された方向を向いて数秒後、山の向こうでピカッと白い輝きが一瞬だけ光ったかと思えば、昨日の俺が放った魔法と同じかそれ以上に凄まじい爆炎が立ち上る。
「・・・・・!」
「まじ・・・?」
轟々と音を立て、数秒のみ顕現した巨大な炎の竜巻は、ゆっくりと勢いを弱めていき、その中心に浮かんでいる魔物の姿を顕にした。
『・・・ヒットしました。個体名、フェニックス。冒険者ギルドのネームドリストに名を連ねる、S級の魔物です』
ニアの解説が俺の脳に響き、この状況をどう片付ければよいのかと思考がぐるぐると回り始めたその時、視線の先に居たフェニックスが行動を開始する。
炎を纏い、まるで俺達が飛翔魔法を使って加速する時のように、一瞬で最高速に達したかのような動きでこちらに迫ってくるのが見えた。
「ちいっ、ティア! 上るぞ!」
「・・・・・」
この場に居てはまずいと判断した俺達は瞬時に魔力を解放し、雲を突き抜ける勢いのつもりで上昇を開始。
突進してきたフェニックスの攻撃をギリギリで避けつつ登っていき、地上に攻撃が届かない場所で戦いを始めようという算段だ。
「キシャアッ!!!」
「っぶね!」
目標地点付近で追いつかれ、噛み付かれかけたが問題は無い。
分身魔法を駆使して距離を離し、フェニックスが分身に気を取られている隙にティアと合流して横に並ぶ。
そして互いに魔力を解放し、俺は身体強化能力を起動。
すると、そこでフェニックスはこちらに気がついた。
「!」
羽ばたきながら、こちらの様子を伺うフェニックス。
対して俺達は固有武器を取り出し、構えて攻撃の体制をとる。
「やるぞ、手早くな」
「うん」
さあ、戦闘開始だ。
時間は無い。
できる限りの全力で、さっさと倒してしまおう。
「キアアアアアアッ!!!」
超規模の攻撃魔法の詳細は、直径1キロくらいの隕石だと思ってください。
魔法が得意ななろう系主人公がぶっぱなしてそうなクソデカ魔法です。
ティアに一瞬で消し飛ばされましたけど。