3-4:気ままな選択
仕掛けられたというわけではない。
アレを回収した後、俺はティアと回収した魔物を家に置いて、ニアと2人でギルド支部長の執務室までやって来ていた。
要件は仕事が終わったという報告と、回収したアレについて。
「つまり・・・・・」
「・・・仕事を増やして悪いな。どうも、殺す気にはなれなかった」
端的な説明を終えて、改めて謝罪の言葉を口にした。
素人から見ても忙しい時期なのに・・・と。
「いえ、謝らないでください。仮にわたしが同じ状況にあったとしても、あなたと同じ選択をするでしょうから」
「・・・そうか」
まあ確かに、あの状況でアレを殺せるかと言われれば───普通に無理だと答える人は多いだろう。
依頼書を見た限りでも、討伐を指示した理由は「驚異となる可能性が高いため」だし、魔力の反応を見ても、直近で人間やその他の知的生命体と交戦した痕跡もなかった。
だから、わざわざ命乞いを無視するとかいう普通に精神衛生上よろしくない事をする必要が無いわけで。
「・・・それに、人殺しをしていないのであれば幾らでも言いようはあります。とくに今回は、無力化した人があなたですし」
「正義に認められたとなれば、多少なりとも信用はあるか・・・?」
「はい。それはもう」
「断言するねえ」
しかし気がかりなのは、討伐を依頼してきた組織が「商業ギルド」だということ。
俺が今ここで信用について気にしているのも、この世界における転生者の立ち位置を理解した上で、俺の実績がまだ少ないことを知っているがゆえ。
これでなんか言われたら、不利益を被るのはサクラだ。
それはかなり避けたい。
・・・なら殺せって話なんだが。
「ただ、問題なのは・・・あの魔物が本当に無力化されているのかという証明が取れるか否かです」
「あー・・・・・」
無力化されている証拠か。
わりかし難しいな。
交渉の場で堂々とアレをボコボコにするわけにもいかないし、かといってアレが自力で弁明したとて、相手に鼻で笑われるだけだ。
何か、この世界のシステム的に証明出来るものは・・・・・
『マスターに通知。対象、グリムは既にマスターに服従しており、特別な証明は不要です』
「ん、マジ?」
「・・・・・?」
『肯定。マスターがグリムを撃破後、弱体化した状態のグリムの首根っこを引っ掴んだ瞬間、マスターの魔力量とグリムの魔力量のギャップによって、ごく自然的な隷属関係が結ばれました』
「へえ」
どうやら、おあつらえ向きなシステムがあったようだ。
アレの首根っこを引っ掴んだ瞬間・・・ということは、野生動物的な感覚で俺が親判定になったということだろうか?
なんというか、猫を飼っていたお陰だと言えそうなカンジ。
まあアレ、見た目ほぼ狼だけど。
「こいつ曰く、俺があいつをぶっ倒した時点で自動的に隷属関係が結ばれたんだと」
俺は頭をコンコンと指で軽く叩きながら、何が起こったか分かっていないサクラに内容を簡潔に伝えた。
すると彼女は顎に指をあて、少し考えているかのような仕草をした後───俺に向かって、ゆっくりと、自分の思考が正しいか否かを確認するために口を開く。
「つまり、既にあの魔物は単なる魔物ではなく、グレイアさんの使い魔になっている・・・ということですか?」
「魔物の隷属イコール使い魔だってんならそうだろうな」
「それなら簡単です。後ほど来ていただければ、冒険者に関連付けて登録可能な魔物隷属証明が発行できますから」
「・・・午後か?」
「はい。できれば4時頃が有難いですかね。その頃なら、わたしもある程度の引き継ぎは終えているでしょうし」
べつに今日じゃなくてもいいのにな・・・なんて思いつつ、俺はサクラの提案を承諾する。
「4時頃か・・・・・了解。それじゃ、4時過ぎあたりにまた来る」
「わかりました。それと、今あの・・・使い魔? は、どうしてるんですか?」
去り際、サクラはなんとなくみたいな感じでアレの状態を聞いてきたので、俺はついさっき家で見た光景をそっくりそのまま伝えてやることにした。
「ティアの膝枕で爆睡中。マジで呑気すぎて笑うわ」
なんだかペットみたいだった、アレの姿。
ふっ、と鼻で笑いつつ、彼女にそう話すと───俺はそのまま扉を開け、執務室を後にした。
〇 〇 〇
「ただいま〜」
それから少し後、それなりに買い物をした俺は足早に帰宅し、昼飯の内容を色々と考えながら扉を開ける。
すると、廊下の奥から、ついさっき覚えたばかりの小さな魔力反応が近づいてくるのが見えた。
「おかえりなさいっす! アニキ!」
「ん、元気だなお前」
元気いっぱいに出迎えるグリムを横目に、俺は扉に鍵をかけつつ靴を脱いでから屈んで向きを揃え、まあ文句は言われなさそうな程度に整えた。
そんな俺の様子を見ていたグリムは、とても不思議そうに俺の方を見ながら口を開く。
「・・・アニキ、なんで靴なんか揃えるんです?」
「なんでって。そう育てられたから」
「へえ。普通は脱ぎ散らかさないんっすか?」
「家ごとの教育によるだろ。それに、文化が違えば靴を脱がないことだってあるし」
「なるほどっすね・・・・・」
俺の場合は口酸っぱく教育されたからだし、ティアも恐らく同じだろう。
程度は違えど、俺もティアも育ちは良い方だ。
意識しなくても行動できるくらいには、ある程度の礼儀作法が身についている。
「んで、お前はどうして急にそんな質問を?」
「今まで我が千里眼で覗いてた人達の行動と、今ここでアニキがしてた行動が違かったからっす」
「・・・ふーん」
千里眼持ちか。
強さを見た時も思ったが、こいつは多分、かなり上位に位置している魔物なのだろうな。
この世界では無属性魔法と分類されている、あのビーム系の魔法を放つ魔物、こいつとクソデカ鯨以外で見たことないし。
「ティア、ただいま」
「・・・んぅ」
と、そんなことを考えながら居間に到着し、障子を開けながらティアに声をかけると───これ以上ないくらい腑抜けた返事が帰ってきた。
めちゃめちゃお眠なのか、じいちゃんの家でしか見たことがないクソ高そうな装飾がされた木の四角いローテーブルに突っ伏している。
「コイツにやられたか」
「うん・・・」
「ふえっ!? なんの事っすか!」
俺が買ってきた荷物をテーブルの上に置きながら質問してみると、ティアは素直に答えた。
それに対し、グリムは自分が責められるのではないかと考えたのか、わたわたと焦りを顕にし始める。
普通にやかましい。
やかましいので、俺はちょこまかと動き回っているグリムを魔法で引き寄せてから抱きつき、ティアの横に座った。
「ひゃあっ!?」
情けない悲鳴を上げながら縮こまるグリムのうなじに顔を埋め、俺は少し呼吸をしてみた。
するとなんか、無臭なのにさわやかさを感じるとかいう意味不明な状態に陥ったため、俺はすっと顔を離してグリムをティアに手渡す。
ティアは起き上がってグリムを受け取ると、俺と同じようにうなじの部分に顔を埋めて呼吸をしてから顔を上げ、困惑に満ちた表情をこちらに向けた。
そりゃそうだろう。
俺ですら宇宙猫になるんだから。
「ふぁ・・・!? はえ・・・・・!???」
そして、俺の思考を見て納得したのか、ティアは胸の中で激しく困惑しているグリムを膝に移動させてから、そのままグリムの純白の体毛を撫で回し始めた。
「・・・・・」
ぶっちゃけて言えば、ティアが無心でグリムを撫でている様をそのまま眺めていても良かったのだが、俺の腹がそろそろ悲鳴をあげそうだったので仕方がない。
俺はすっと立ち上がり、机の上にある荷物を魔法で持ち上げると、そのまま台所に向かおうと歩き始めた。
すると、魔法でくいっと物理的に後ろ髪を引かれる感覚がしたので振り返ると、ティアがこちらを向いてグリムを撫でながら口を開く。
「手伝う?」
「いいや、大丈夫だ」
この身体で料理をするのは初めてだが、まあ、問題はない。
もう慣れたし、そもそも身体の感覚だってまるっと更新されている。
失敗はしないだろう。
「それより、嫌いな食材はあるか?」
「ない」
「おっけ。じゃあ作るから待ってな」
「うん」
久しぶりの料理だ。
一応、作るものは決めているが・・・・・
「作りすぎないように注意しなくちゃな・・・」
なんか、今回も短くてすんません。
話の中でさらっと「グリム」という名前を披露しちゃってますが、気にしないでください。
前回のあとに彼女(?)が名乗ったとでも思っていただければ。
因みに彼女(?)ですが、昼寝する時はティアの膝の上で、夜に寝る時はグレイアの腕の中で・・・と、随分とまあ贅沢な生活をします。
扱い的にも、もはや狼というか猫ですね。