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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
二章:運命を壊すは世界の奔流
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2-7:空海の貪鯨

 成功と失敗。







「・・・ティア、どうだ?」

「こっちも駄目。全員、漏れなく事切れてる」


 おそらくは午前10時に差し掛かったであろう時間帯。

 俺とティアの2人は、今回の事件に巻き込まれたサクラの部下たちの死体を回収していた。


「ギルド側の死者は5人、軽傷が1人。襲撃者側の死者は4人で、捉えたのが1人」

「あれを軽傷と言っていいのかは疑問かも」

「・・・五体満足な時点で軽傷だ」


 強姦に関しては、俺がとやかく言える範囲じゃない。

 とくに精神状態やらなんやらは、男である俺があれこれ想像するよりも、事のあらましを本人に直接説明させた方が早いし正確だろう。

 それに、言い方は悪いが───利用価値があったから、という幸運があったとはいえ、あの場で五体満足のまま生きて帰ってこれたのは奇跡に等しい。

 それこそ、相手からすれば、サクラが達磨だったとしても利用価値そのものは存在しているわけだし。


「・・・・・想像はしたくないけど」

「まったくだ」


 俺は死体のそばにしゃがみ込みながら、相槌を打つ。

 本当、叡智の寵愛者が甘ちゃんで本当によかった。

 あの自己証明で手段を選ばない性格をしていたのなら、その時は、俺達でも手に終えるか怪しいくらいの凄まじい化け物がこの世界に爆誕していただろうからな。


「・・・・・はあ」


 それにしても、だ。


「・・・本当に酷いな」


 あらかたは片付けて、死体はそれぞれで分けて道に並べたのだが、どうにも絵面がクソッタレだ。

 叡智の寵愛者側のうち、ヒナタとユスティは向こうで放置したままだから並べてはいない。

 ただ、まあ、そうだな。

 魔法を使ったとはいえ、死体を移動させるというのはだいぶ精神的に来る。

 首チョンパ組はティアがやってくれたが、ほぼ誤差。

 普通にキツい。


「・・・・・やめた方がいいって行ったのに」

「ああ・・・」


 ティアが呆れたように呟く。

 実際、俺はこの作業を始める前に、彼女から同じように警告を受けていた。

 まだ慣れていないなら、やるべきじゃない・・・と。

 だが、俺はその警告を突っぱねた。

 その理由は単純。


「・・・でも、キツいからって目を逸らすのは違うだろ」


 要は、ただの意地。

 自分のせいで起こったことなのだから、自分はその事柄から絶対に目を逸らしてはならないという───ただの、くだらない意地があるってだけのことだ。

 だから、ニアにも死体の回収は命令しなかった。

 あれは、あの死体は、俺が始末をつけるべきモノだから。


「・・・・・くだらないね」


 浅くため息をついてから、ティアが心底呆れたようにそう言った。

 流石、無関心を名乗るだけはある。


「っは。手厳しい───」

「・・・・・でも、だから君が好き」


 そこで俺が反応をしようとしたところで、ティアが食い気味で俺の事を肯定してきた。

 驚いて振り返り、彼女の顔を見上げてみれば───俺の事を手玉に取れたのがそんなに嬉しいのか、とても得意げな表情をたたえているのが見える。


「・・・・・っはは」


 そんなティアの顔に、思わず笑いがこぼれる。


「なんだそれ。お前、どこでそんな緩急を?」


 俺はティアの脚を小突きながら、今の綺麗な飴と鞭をどこで覚えたのかと尋ねる。

 すると、彼女は微笑みながら口を開いた。


「どこでって・・・そんなの、きみ以外にないから」

「・・・・・そういうことか」


 やけにグイグイくると思ったら、そうか。

 思考と言動、それらを俺から見て学んだな。


「うん。とはいっても、会話が上手くなったのはきみが相手の時だけだけど・・・」


 その言葉から鑑みるに、どうやら謙遜しているようだが、にしたって学習から習得に至るまでが早すぎる。

 あまり想像ができなかったから有用性を限られた面でしか見れなかったが、思考を見る能力というのは、こういう所でも有用性を発揮するのか。


「・・・なんだっけ、いつかのきみが考えてた異世界ことば」

「・・・・・異世界ことばがどうした?」


 なんだ。

 そんな重要そうな事、俺は思い浮かべたことは・・・


「あ、思い出した。「好きこそものの上手なれ」ってやつ」


 確かに知ってはいるが、そんな言葉、いつ思い浮かべたのだろう。

 少なくとも、俺は覚えていない。


「それは・・・確か、騎士団長と戦った時じゃなかった?」

「・・・・・よく覚えてるな」


 それは転生直後の出来事だから、だいたい1か月前ってところか。

 ・・・いや、本当によく覚えていたな。

 1か月に他人が言っていたことなんて、記憶力に自信がある俺ですら、正確に覚えている自信なんてない。


「だって、()()だから」

「・・・くどいぞ」

「嘘。嬉しいくせに」

「・・・・・」


 もう、何を言ったって痛いところを突かれる気がする。

 嘘は看破されるし、黙りこくってたって思考を見られるし、実力行使で黙らせようにも、ティアは俺より強いわけで。

 単純にどうしようもない。

 つまり俺は、甘んじて彼女のからかいを受け入れるしかないというわけだ。


「・・・とはいえだな」

「?」


 今は一応、ニアを待たせている。

 単なるじゃれ合いなら家でもできるのだから、ここはどうか、ちょっとばかし我慢してくれないかな・・・なんて思ったり。


「・・・・・わかった」

「よし。んじゃ手早く済ませるぞ」


 ティアの反応を聞くなり、俺は通信魔法を起動。

 現状の報告も踏まえて、ニアに情報を送ることにした。


『はい、マスター』

「・・・・・ニア、状況の整理が終わった。次は───」




 ▽ ▽ ▽




『だから、死体の処理は全て俺がやる。お前はそいつを連れて街に戻って、あの地下室に監禁しておけ』

「命令を把握。では、彼女の処遇についての説明は」

『こいつは既に、虚無の寵愛者の所有物になった・・・とでも伝えておけ。そうすれば、怨みがあったとしても手出しはできない』

「承知しました。実行に移します」

『ああ、頼んだぞ』


 マスターの言葉を最後に、通信が切れた。

 恐らくは現状の報告と次の命令という体なのだろうが、マスターの精神状態はあまり良いものでは無いと見える。

 感情の比率としては、良いものが4割、悪いものが6割といったところ。

 先程の1:9よりは良くなったところを鑑みると、どうやら、ティアちゃんはアプローチに成功したようだ。

 とはいえ、やり方としては褒められたものではない。

 言うなれば、私がマスターに隠れてティアちゃんに提案したやり方は、傷心につけ込む輩の所業と同義。

 本人の精神状態を鑑みた上での行動だとしても、きっと、マスターはあまり良い顔をしないはず。


「・・・・・何を、するつもりですか」


 だが、それは知られなければいい。

 マスターにとっての私は、創造主の意向の影響で隠し事だらけの存在だという認識なのだから、それを逆手に取れば容易に隠し通せる。

 想起の天使の思惑なんて、知ったことではない。


「貴方の身柄を移送します」

「・・・どうして。何故、私を殺さないんですか・・・・・?」


 閑話休題(それはさておき)

 先程から、彼女、ルネはずっと困惑したまま。

 だが確かに、マスターは容赦なく彼女の仲間を殺したのだから、その、なぜ自分を殺さないのかという疑問は順当なものであるように思う。

 しかし彼女は、私達が行ったことを正しく理解していない様子だ。


「前提として、我々は身に掛かる火の粉を払ったに過ぎません。であるならば、我々に直接的な危害を加えなかった貴方を殺さないのは、至極当然だと言えます」

「・・・そんな」


 恐怖、困惑。

 そびえ立つ、圧倒的な実力の差。

 相容れることなどありえない、余りの意識の違い。

 文字通り死ぬ気でやっていた自分達とは違う、まるで害獣を駆除するが如き考え方。


「・・・・・私、達は・・・」


 大方、彼女が絶望に打ちひしがれている理由は、今しがた並べ立てた事柄の通りであるはず。

 その証拠に、彼女の呼吸は浅く、速い。

 最早、言葉すらロクに並べられていない。


「・・・・・嫌」


 私は狼狽える彼女を魔法で持ち上げ、まずは街道に出ようと歩き始めた。

 だが、彼女は独り言をやめない。

 頭を抱え、苦しむ。


「・・・私、は、まだ・・・・・死にたくない・・・!」


 ・・・どういうことだろう。

 私はついさっき、彼女に対して「殺さない」という旨の言葉と、その理由をはっきりと伝えたはず。

 それでも尚「死にたくない」と言ったのであれば、私達に対する恐怖の他に、また何か、彼女が自らの死を想像できてしまうような要素があると言うのだろうか。


「・・・? 貴方に危害は加えないと───」

「そうじゃ・・・ない・・・・・!」


 ここで私は脚を止め、魔法を解除して彼女を降ろす。

 たった今、頭を抱えて苦しむ彼女から放たれた食い気味の否定によって、私の推察は正解であることがわかった。

 ということは、やはり───


「ヒナタ様の攻撃は、まだ・・・・・終わってないんです・・・!」


 あの時の「逃げろ」という発言には、単に私達から逃げろという意味以外にも、何か重要な意味があった。

 そして、彼女が苦しんでいる理由からも、その()()の正体の大枠が掴めてくる。


「はあ・・・はあつ・・・・・!」


 苦しむ彼女に鎮痛魔法を付与しながら、私は思考を回す。

 私は身体の特性上、通常の人族よりも感覚が薄いが───それでも感知できるくらいには、現在進行形で周囲の魔素濃度が上がり続けている。

 空を見上げてみれば、先程まで広がっていた青い空は黒い雲に隠れ、不穏な雷が鳴り響く。

 風は勢いを増し、声を上げて吹き荒れる。


「・・・・・」


 この現象は、直接的な攻撃によるものではない。

 それどころか、私達が扱うような魔法とは全く違う、正義の寵愛者が扱っていた魔法のような雰囲気を感じる。

 恐らくは、何かが召喚されるはず。

 それも、とてつもなく強大な力を持つ何かが。

 そして、その()()が現れる場所を推測するなら、それは私から見て街の方向へ、森を少し抜けた平原の───


「・・・中央付近」


 そう、私が小さく呟いた次の瞬間、つい先程まで吹き荒れていた暴風が唐突に止み、荒々しく叫び声を上げていた雷も姿を表さなくなった。

 続いて、数秒後。


「ボゥオオオォォォン!!! ウゥオォォォン!!!!!」


 絶望的なほどに強大な魔力反応が平原の中央付近上空に出現すると同時に、どうにも形容し難い、凄まじい声量の叫び声が大気を揺らした。

 ビリビリと空気が揺れ、木々はざわめき、地面はビキビキと異音をたてる。

 そこで、私は視界を魔法で切り離し、今しがた出現した化け物を観測しようと視界を持ち上げた。


「─────」


 その先で私が見たものは、私の語彙ではとても形容できないものだった。


「・・・・・」


 きっとマスターであれば、あの存在を、私の視界に映る全ての現象を、「空に現れた逆さの海を泳ぐ、巨大な鯨」だと表現するはず。

 先程まで快晴で、ついさっき黒い雲に覆われた空は、今しがた現れた化け物によって海へと代わり、地面と海が向き合うという異常な様相を生み出している。

 また、その海に浮かぶ巨大な鯨は、村ひとつくらいであれば軽々と飲み込んでしまえそうな大きさ。

 こんな存在が現れるとあっては、確かに、彼女が絶望に打ちひしがれるのも無理はない。


「・・・・・終わった」


 私の足元でぼそりと、彼女が絶望を口にする。

 その内に秘める感情は今や、恐怖や困惑ではなく絶望へと塗り代わっており、今まさに起こっている状況が、彼女にとってどのような代物であるかが容易に想像できた。


「ウゥオオオォォォォォンッ!!!!!」


 叫び声。

 何者かに対して威嚇をしている。

 だがまあ、恐らくその相手とは、今しがた上空へと飛び出し、あの化け物と相対したマスターのことだろう。

 自己証明による身体強化も、単純な魔力による身体強化も施されていない、完全にまっさらな状態で上空に飛び出したマスター。

 一見すれば無謀とも思えるような出で立ちでも、あのような強大な獣にとっては、相当な脅威に思えて仕方がない様子。

 その証拠に、先ほどの叫び声を上げた瞬間から化け物は位置を固定し、口を大きく開けて魔力を貯め始めている。

 油断なんてない、本能のままに放たれる圧倒的な魔力。


『・・・・・来いよ』


 対するマスターは・・・・・まあ、私からはとくに何もコメントをすることはない。

 そもそもが()()()()()()()()()()()であるわけだし、何より、結果はもう火を見るより明らかだから。


「ボゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛!!!」

『ヴォイド・・・イーターッ!!!』


 次の瞬間、雄叫びを皮切りに始まった攻防。

 凄まじい爆音と光、余剰魔力によって揺れる木々と、吹き荒れる暴風。

 私はバリアを展開して彼女を守りつつ、視界を飛ばして観戦を続けながら腕を組み、仁王立ちで決着を待った。


『っははは!!!』


 先程から仕掛けていた通信魔法から、マスターの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 そこから場が動いたのは、放たれた魔力がぶつかり合ってから10秒もしなかった辺り。

 それまでは互角に思えた魔法のぶつかり合いも、所詮はマスターのお遊びの内であることには変わりない。

 カッコつけたいタイミングになったのか、それとも単に飽きたのかは定かではないが、マスターはある瞬間を境に魔力を全て解放して一点に集中した。

 例えるなら、内側から突き破るようなイメージ。

 面と面でぶつかり合っていた魔法の勝負に、いきなり尖った点が突撃していき、化け物が放った魔法を突き破って消し飛ばしながら突き進んでいく。

 そして、最後には魔法の起点すら消し飛ばし、化け物の身体に巨大な風穴を開けることに成功した。


「ボゥウオオオォォォォオオオオオ!!」

『っはは! よし、次だ・・・!』


 化け物は苦しみ、のたうち回っているが、まだ終わっていない。

 続いてマスターが行ったのは、手のひらの上に魔法を出現させ、その魔法が起爆する直前に瞬間移動させて至近距離の直撃を計るやり方。

 本来は不意打ちで使うやり方である上、今のような対象が暴れ回っているような状態では、致命的な自爆の可能性も含めて非常にリスキーな技術なのだが───どうやら、マスターには関係ないらしい。

 瞬間移動によって転移した魔法は見事に化け物の体内で爆発し、開いた風穴を起点にして化け物の肉体をえぐり取ってのけた。


「オ・・・オオォ・・・・・!?」


 化け物は力の大部分を失い、体がボロボロと崩壊していく。

 盛大な顕現からの実質時間は5分と持たず、化け物は圧倒的な実力を有する「最強」によって、完膚なきまでに打ち倒された。


「・・・・・何が」


 黒い海が晴れ、青い空が覗く。

 日差しが差し込み、身体を照らす。


「マスター」

『・・・ん』


 どうやら、創造主の予想は───


「巨大な鯨の討伐、お疲れ様です」

『っは、風穴ぶち開けてやったぜ。ざまみろ』


 とても良い方向に、大きく外れてきているようだ。









 どうも、げびゃあG81です。

 プライベートのゴタゴタが終わりを告げ、ようやく趣味に没頭できる環境が整いました。


 ところで、今回は珍しく、ニアという余り主張のないキャラクターの主観で話が進みましたが、如何でしたでしょうか。

 物語上の役割に加えてクッソ重要な設定があるせいで、個人的にアホほど扱いにくいキャラではあるのですが、それはそれとして心情の描写はしたかったり。

 唯一の救いは、自我がしっかりしていることですね。

 表の機械的な雰囲気とは裏腹に、彼女の内心はわりと「個」がしっかりしています。

 なんなら、能力を使った時のティアより曲者だったり。


 あと、そろそろ新しいシリーズを始めるかもしれません。

 それだけです。

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