2-6:告白
ドラマチックなんてものはなく。
───人を殺す。
最初の事件を除けば、俺はついさっき初めて意志を持って人を殺したわけなのだが、結果として何を感じたのかという話である。
結論から言えば、とくに何も感じなかった。
これは大方、俺の自己証明による精神力の矯正のせいなのだろうが、俺なりに理論的に、言い換えれば屁理屈を組み立てて言うのであれば、もう既に1人殺しているのだから今更だという話。
要は、割り切るのだ。
自分の倫理観と、この世界の特性を。
反省すべき点は反省しなければならない。
だが、この世界で転生者として生きていく上で、多数の人間から命を狙われるという状況が常態化した時───いつまでも俺の倫理観が足枷になっていては、周りの人間が普通に死ぬ。
ゆえに、割り切らなければならない。
先に殴りかかってきたのは相手なのだから。
殴ったら殴り返されるというのが当たり前の世界である以上、こちらが大人の対応をする必要はない。
やられたら、振りかざされたら、こちらに危害が及ぶ前に全力で殴り倒す。
降り掛かってきた火の粉を払う判断というものを、自分の周りに火がつく前にしなければならないのだ。
「・・・・・安心した」
ふと、ティアがそう呟いた。
俺の思考を見ていたのだろう。
「きみなりに、心の整理をきちんとつけていたみたいで」
「・・・そうだな」
心の整理というか、言い訳というか。
綺麗な言葉で表すなんて烏滸がましくはあるが、確かに、自分の精神に負担がかからないような思考はしている。
それに加えて自己証明による精神的な補助もあるため、少なくとも、罪悪感で病むことはないはず。
「何にも感じないなら、それが一番。
だってここは、きみが生まれ育った世界とは『当たり前』が違うんだから」
達観しているかのような言葉だ。
まるで、もう既に手が血に塗れているかのような・・・・・
「正解。驚いた?」
「・・・いいや、納得した」
「そう」
ようやく立ち止まって振り返ったかと思えば、なんともまあ、優しい顔で言う。
あれやこれやと思考していた俺が馬鹿みたいだ。
「・・・・・大人だな。俺よりも、ずっと」
「?」
俺は苦笑し、そう呟く。
思い返せば、あの場で情緒を乱さず、冷静に状況を見れていたのはティアだけだった。
そう考えると、俺は本当に未熟なんだと思えてくる。
いや、実際未熟なんだろうな。
あんなに取り乱して・・・
「何か、勘違いしているみたいだけど───」
キョトンとした表情を浮かべ、俺の目をじっと見つめながら言葉を発するティア。
「私はべつに、冷静だったわけじゃない。
きみが大切だから戦ったし、能力だって使ったけど・・・・・もし、私がひとりであの場に居合わせたのなら、私は普通に逃げていたと思う」
「・・・そうなのか」
「うん。だって、どうでもいいから」
どうでもいい。
そんなシンプルな理由をなんの躊躇もなく述べたティアは、さらに言葉を続ける。
「私は、私が大切だと思っている人と、私が大切だと思っている人が大切だと思っているモノや人にしか興味がない。
だから平静でいられるし、冷静沈着なように見える」
あの場で被害者のことを慮って怒った俺とは真逆の、完全なる無関心とも言うべきその割り切りの良さ。
俺も、少しくらいは学ぶべきだろうか。
「私はきみが好き。だから戦ったし、人を殺した。
それ以上でも、それ以下でもない」
「───は」
その瞬間、俺の動きは止まる。
頬を赤く染めながら・・・なんてことはなく、顔色すら変えず。
ティアは淡々と述べて言った言葉のなかで、物凄く普通に、あっけらかんと俺への好意を言ってのけた。
あまりに平然と言うものだから、流石の俺も返答が思いつかない。
「・・・・・大胆な告白だな」
「肯定してくれる?」
頭を抑え、震える声で反応する俺に対し、ティアはまた微笑みながら問いかけてきた。
「・・・否定なんてできるか」
「ふふっ。嬉しい」
頑張ってひねり出した回答も、内心を見られているせいで肯定だと捉えられてしまう。
いや、実際、マイナスな感情は一切ないから、肯定寄りだと言えばそうなのだが・・・・・
「・・・・・っ」
ああもう。
俺の情緒をめちゃくちゃにして楽しいかホントに。
さっきまでクソほど思い詰めていたのが、本当に馬鹿らしくなってきた。
「はあ〜〜〜・・・・・」
今までで一番深いため息が出てくる。
ティアはもう、俺の扱いを心得てしまっているようだ。
顔を上げて彼女の方を見てみれば、その表情から俺に対する感情やらなんやらが察せる。
本当に嬉しそうな顔しやがって。
「どう? 自分を責めるの、馬鹿らしくなった?」
「・・・ああ。おかげさまで」
「よかった。それなら、次の話に行こう」
くるりと振り返り、またティアは歩き出す。
どこか哀愁を感じる背中に目を向けつつ、俺はいつもより遅い速度で彼女の後ろを歩く。
濡れた土を踏みしめる音と、木の葉が擦れ合う音ばかりが静かにこだまする森の中。
この静寂を先に破ったのは、ティアだった。
「・・・私は今夜、悪夢を見る」
「悪夢?」
「そう。それも、現実で起こりえたかもしれない『もしも』を形作った代物を」
「なんだそれ・・・」
今、ティアが言ったことが本当なのであれば、つまり、彼女は今夜、有り得たかもしれないIFの世界線を悪夢として見ることになる。
例えば、俺がこの戦いに負けて殺されてしまったり、逆に彼女自身が死んでしまったり、もっと前の時間軸でのバッドエンドなんかも見てしまうかもしれない。
本当、なんというか、あれだけの強化に付随するデメリットにしては、異常な内容をしているように思う。
ナギの時も思ったが、やはり───この世界においての能力に付随するデメリットというのは、クソみたいに陰湿なものであるらしい。
控えめに言って、くそったれだ。
「これは、私の固有武器が持つ特性。
私自身の内にある黒い感情を表面化させて、攻撃性を付与するっていう原理になってる」
「・・・だから、悪夢を見ると?」
「うん。精神に作用する能力である以上、デメリットとしては順当なところ」
「・・・・・そうか」
・・・・・恐らく、俺は今、苦虫を噛み潰したかのような表情をしているのだろう。
なにが順当だ。
精神に作用する能力のデメリットを構築するのであれば、それが「もしも」を形作ったものである必要はないだろうに。
つくづく、この世界の能力関連は陰湿極まりない。
ナギが持つ、能力には記載されていないデメリット然り、俺の「自殺しなければ死ぬ事ができない」というデメリット然り。
ティアのだって、単なる悪夢であればマシだったのに。
簡単には悪夢だと割り切れない、現実感のある代物を見せてくるだなんて。
「はあ・・・・・」
今度は浅いため息。だが、先程のように、多少なりとも肩の荷が降りたからというポジティブな理由ではない。
俺は、呆れたのだ。
「・・・お前は、俺が大切だから能力を使ったと言ったな」
そして、俺は俯いたままの姿勢でティアへの問いを口にする。
先程の言葉に、嘘偽りはないのかと。
否、あるいは───突発的な好意の連続に、元々は低かった俺の自己肯定感が耐えられなかったのか。
まあ、どっちでもいい。
問題は、いつの間にかこちらを向いている彼女が、どう答えるかだ。
「そう。迷惑をかけてごめ───」
「・・・・ありがとう」
───迷惑。
この言葉が聞こえた瞬間、俺は無意識に、ティアに対して感謝の言葉を口にしていた。
謝罪なんて、言わせなかった。
「───?」
ティアの、鳩が豆鉄砲を食らったような表情。
あまりの予想外だったのか、ぴたりと人形のように固まってしまった彼女を見て───俺は、不思議と笑いがこぼれる。
「っは。説教でもされると思ったか」
俺がそう言うと、ティアは表情を強ばらせたまま、ぱくぱくと口を開閉させた。
本当に、予想外であったらしい。
「でも、呆れたって・・・・・」
「俺が呆れたのは世界に対してだ。
決して、お前にじゃない」
確かに、事前に説明して欲しかったという気持ちはある。
だが、突発的に起こった事象である以上は予測なんてできるわけがないし、そもそも、俺達は勝利しているわけで。
むしろ、ロクな説明もしないまま生命を削るような行為をしてくれたのだから、感謝はすれど、責める理由なんてものは俺にはない。
「・・・随分とまあ、心配性なんだな。お前は」
そして、俺はふと抱いた感想を口にする。
毎度毎度、戦ったあとは怪我がないかを確認してきたりだとか、以前のギルドマスターとの戦いでは、自分の戦い方に俺が嫌悪感を抱かないかを気にしていたりだとか。他にもティアが心配症なのだと感じた理由は幾つかあるが、大きいものを並べるとこの2つだと思う。
「・・・・・杞憂だったってこと?」
「ああ」
淡白な回答だが、それ以上はない。
ティアの心配は、恐れは、全て杞憂であり───対して俺は、身内に対してはわりと単純な思考であるということ。
それだけだ。
「考えすぎる性格なんだろうな。俺も、お前も」
「・・・そっか」
多少ベクトルは違うものの、俺もティアも、何かと自分の中で深い思考に陥ってしまうようだ。
しかも、全てを自分で抱え込んでしまうというオマケ付き。
まったく、本当に面倒くさいな。
「・・・・・」
だが、結果的には気持ちが楽になったのだからよしとしよう。
もうこれ以上、しんみりしている必要はない。
「何も無いなら行くぞ。
死体の片付けが面倒になる前にな」
「・・・うん」
俺は雰囲気をばっさりとぶった切り、ティアの返事を待ってから歩き出す。
今度は俺が先導だ。
「・・・・・ああ、それと」
そして、ひとつだけ言いたいことがあったため、俺は歩きながら言葉を続ける。
これから伝えることは、ずっと一緒に活動していく上で、ティアには気に留めておいてほしいこと。
何よりも単純で、何よりも大切なこと。
「俺はこれからもお前を頼る。
だから、お前も遠慮せずに俺を頼ってくれ。いいな?」
それだけ。
たったそれだけのことを口にしつつ、俺は引き続き、森の中を先導するのだった。
お久しぶりです。
何も書かなかったら書かなかったで気が狂いそうだったので、無理やり書きました。
拙い部分が多かったかと思いますが、まあ、許してください