1-3:不可視の握手
孤独な正義は、対等な友人を求めている。
───結論として。
俺は「受けた恩の分は協力する」とだけ言い、詳細な契約は後回しにした。
あまり良くない手であることは、他でもない俺自身が重々承知しているが───しかし、まだ世界の情勢が理解出来ていない以上、特定の勢力に肩入れする判断はできない。
そのため、ナギは俺を図書館に連れていってくれるという話だったのだが・・・
今の俺の周りに居るは、色々な道具を持った五人の女性。
この体の色々な場所を採寸し、リアルタイムで服を作っている。
「なあ、これって・・・」
「心配しなくてもいいよ。
君の意向はちゃんと反映されるから」
言葉足らずな質問に対して、しっかりと的はずれな回答がされるのは、もはやお約束と言うべきか。
たしかに、俺はまともな服を持っていないし、かといって自分で作るほどの技量が無いのも事実。
その点では、服を無償で制作してくれるというサービスは非常にありがたいことだ。
ありがたいこと・・・なのだが。
「そういえば、まだ君は自分の体を見たことがないんじゃない?
部屋にも鏡は置いてなかったし」
「・・・ああ、まあ。
身長がだいたい分かってればいいかなと思ってた」
動くなと言われていて暇な時間、俺とナギはこうして雑談を続けている。
そして、ニアは部屋の入口でマネキンのように突っ立っていて、全く動かない。
椅子があるから座ればいいのに。
「かなり自分に無頓着だね。
転生して体の感覚が変わってたら、真っ先に見た目が気になったりしないの?」
「それどころじゃなかったんだよ。
少なくとも、今のところは疲れてばかりだ」
ご都合主義とはよく言うが、レールが敷かれていると伝えられている分、かなり忙しくても、こちらの方が多少は気が楽かもしれない。
そのレールの中継地点や終着点が知らされていないという、これ以上ないほど致命的な欠点があることに関しては───少し、いや、一旦目を瞑ろう。
そんなに気苦労を負って何になるという話だし。
「それに関してはまあ、僕としても申し訳ないけど・・・外交の絡みと議会に報告する分も含めて、しばらくの間、君は王都に滞在してなきゃいけないから。
そこはよろしくね」
「俺が動きやすくなるなら喜んで従う。
べつにデメリットもないし、王都近辺なら自由に活動できるんだろ?」
「監視は付けるけどね。
そうしないと議会の老害が煩いから」
「・・・苦労してるんだな」
そんなことを話しつつ、採寸が終わるのを待つこと数分。
なんとなく高校入学前のワクワクを思い出す数分間だった気がする。
「ちなみにだけど、どうして昨日、あの人が直々に君に会いに来たんだと思う?」
「俺が善人かどうかを確かめたかったんじゃないのか」
「それもある。だけど、本当に確かめたかった事は別だ」
本当に言っていいことなのか・・・と思いつつ、俺は彼の言葉に、引き続き耳を傾ける。
「彼が君と会うという判断をした本命の理由は、僕の自己証明にある」
んなことわかるかいと思ったが、俺は口に出さず、彼の言葉を待つ。
「君はあの馬車の中での会話で、一切の嘘をつかなかっただろう?
僕にはそれがわかる自己証明があってね」
「・・・逆に聞くが、あそこで嘘ついて得られるメリットはなんだよ」
「それはもう、みんな初対面なんだから、印象の操作だってし放題じゃあないかい?
とくにフリーで活動したいなら、あそこで僕の好感度を稼いでおくことだってできたはずだからね」
誰がそんなことするか・・・と思ったが、そうか、そうだよな。
世の中、俺が思っている以上にずる賢い輩は多いわけで。
こうして彼が提案できるほどに、中途半端にずる賢い輩ってのは大量に居たのか。
それなら警戒するのも納得できるし、ふたりからの好感度が絶妙に高かったのも頷ける。
「後ろめたい事が無いから───もしくは、後ろめたいことを作りたくないから。
だから俺は嘘をつく必要がないし、嘘をつく気もない」
普通の状況であれば、俺のこの考えは嘘ではない。
もっとも、ハッタリや嘘が必要な場面であったのなら、俺は喜んでそれを使うが。
そしてナギは、俺の台詞を噛みしめるように聞いたのち、納得したような表情で口を開いた。
「・・・だから、今もこうして反応していないんだろうね。
僕の自己証明は」
「反応?」
嘘を見抜く自己証明だと言うのなら、何かを代償にして嘘つきを攻撃する・・・というものだったりするのだろうか。
「うん。僕の自己証明は単純明快───僕を含め、周囲の人間が一切の嘘をつけなくなる能力だよ」
かなり絶妙な能力だ。
使いようによっては心理戦において最強の能力となるが、能力が割れていると逆に不利になる。
それこそ、冷静沈着な相手には効果が薄いかもしれないし、それを裏付けるように、現時点で俺も対処法を思いついているが───嘘をつくことができないという事実は、少しだけでも相手の判断能力を揺らがすことができるかもしれない。
「・・・上に立つ人間には向いてないな」
「そうかもね。
なんてったって、能力そのものは発動していなくても、相手が嘘をついているか否かは把握できるんだから」
言われて気がついた。
反応していない・・・というのは、そういうことだったのか。
「ならどうして、嘘をつく輩を警戒していた?」
「・・・端的に言うなら、僕が甘いだけなんだけどね。
普段は能力を発動せず、嘘を把握できるだけの状態にしてあったんだ
「会話が不便だからか?」
「それもある。
とくに、僕の自己証明を知っている人が話し相手の時は───あからさまに警戒されていたから」
この世界のシステム───自己証明は、随分とねちっこい対価を要求するらしい。
しかし同時に、合理的でもあるのが小賢しい部分でもある。
能力そのものに対価を付属させるのではなく、日常的な、対人において対価が発動するようにするとは。
それも踏まえれば、あの神様はかなり良心的な能力設定をしてくれた。
「漫画とかゲームでさ、心を読めるキャラクターが孤独になる演出ってあっただろう? 」
「ああ」
「似たようなものなんだ。
だから僕は、君のような新入りの転生者と対面する時は、基本的に自己証明を発動させておかなかった」
「・・・それで、その結果が」
「想像の通りさ」
まあ、そうだな。
かける言葉が見つからない。
「みんな欲まみれだ。
確かに、異世界に来て楽しさや欲望が優先される気持ちは理解できる」
「・・・・・」
「それでも、希望に縋って頑張っても───片手で数えられるくらいしかいなかったんだ。
純粋に、この世界を現実だと認識している転生者が」
気持ちはわからなくもない。
俺だって、あそこで現実だと思い知らされていなければ、この身体が確かな命であることの実感ができなかったはずだ。
普段は「もしも~なら」を考える性分ではないが、命がかかっている状況だったことを踏まえれば───振り返らざるをえない。
あの時の選択や返答次第では、ここに居なかったかもしれないのだから。
・・・そして、俺はひとつ気になったことを、端的な言葉にして投げかける。
「そんなに話していいのか。
俺達は、まだ初対面に近いんだぞ」
話題を選ばない人間というのは、どの界隈にも一定数いるものだ。
大抵、そういう人間はコミュニケーション能力に難があったり、家庭内で何か問題があったりするもの。
彼も何かしら、そういう問題があるのか。
「・・・そういうところがあるからだよ」
「なんのことだ」
答えになっていない。
察しろと言わんばかりの文言だが、俺は彼ではない───と、そんな思考をしていると、頭を抱えたナギが少し笑ってから答えを口にする。
「よく考えてみて。
正義という、八方に敵を作りかねない肩書きを持っている人間が、君みたいに純粋な話し相手と出会う機会があったと思う?」
「・・・話し相手になるような存在は。
それこそ、専門の人間みたいなのは居なかったのか」
「・・・・・言われた文言に混ぜられたお世辞が分かってしまう体で・・・という条件も追加しようか。
それに、僕が欲しかったのは対等な関係で、主従や恋人はもちろん、英雄と一般人みたいな関係も望んじゃいない」
「───ああ」
なるほど。
意図しないものではあるのだろうが、俺に対して色々と説明するうち、彼の言葉が、表情が───少しずつ険しくなってきた。
「・・・・・」
随分と重い。
そういう人間には寛容であると自覚しているが、彼は今まで出会ってきた人間の中では重さが随一だ。
下手すれば、彼は前世の友人に似通っているかもしれない。
あいつは彼女を作ってソレを発散していたが、彼はそれが出来ないようだ。
確実に求めるものを手に入れるまで、一切の妥協は許さない性格らしい。
まさに正義らしい性格と言えるものの、相対する側としてはたまったものではない。
「・・・お世辞も、気の利いた言葉のひとつも言えない俺の脳みそが、こうも役に立つ相手が居たとはな」
淀みかけていた空気を払拭するため、俺は自虐混じりに言葉を吐く。
こういう時に限って手助けというものは来ないもので、ニアは突っ立ったままこっちを───いや、寝てる。寝てるんだが。
「むしろ、君のその個性は、こっちの世界の需要にぴったり合わさるだろうね」
「・・・なんだそれ。
だとするなら、この世界じゃ上辺だけの甘言は通用しないってことになるが」
俺の吐いた台詞に対し、言葉にはせず、ナギが頷いた。
「───マジで言ってる?」
「本当だよ。
お世辞や心無い褒め言葉・・・そんなものは、この世界じゃ空気に溶けやすい木っ端の泡沫に過ぎない」
かなり辛口だ。
しかしそれほど、この世界における「上辺だけの文言」は薄っぺらいものという実感になる。
「とは言っても、伝わらないわけじゃなくてね。
とくに一般人に近い人たちの感性は前世の僕らと大して変わらないから、問題はそれ以外。
君がこれから頻繁に関わっていくであろう人たちは、それらの文言が基本的に意味をなさない。
だから少なくとも、僕は苦労した」
自己証明なんて目に見えて価値のあるスキルが存在する時点で、実力主義な社会であることは目に見えている。
そう考えれば、お世辞を初めとした文言が通用しないのは当然なのだろうな。
「・・・・・はあ。少し話しすぎたかな」
「喉乾くよな」
「ほんとにそう・・・お水飲みたいよ」
先程の話を踏まえれば、こうした何気ない言葉を交わす相手すら居なかったと見える。
ハーレムの主人公も行き過ぎると大概、心労から大変だな。
なんて、そんな感想を抱いていると、俺たちの会話がひと段落つくのを待っていたかのように───後ろから声がかかった。
「虚無の寵愛者様、お召し物が出来上がりましたので、確認と着替えを」
「───わかりました。今行きます」
咄嗟に出てきた敬語で返し、俺は席を立つ。
「じゃ、行ってくる」
「僕は君の相棒を眺めて待ってるよ」
「・・・手ぇ出すなよ」
俺が怪訝な顔でそう返すものだから、ナギはクスクスと笑いだした。
先程の雰囲気とは違って、こんなしょうもない事で笑えるなら上々だ。
「・・・・・」
さて、大まかな指定はしたとはいえ、一体どんな服が出来上がっているのか。
この短時間でも、そわそわとしてしまうな。