2-4:粗末
黒い自由。
私は、少し期待していたのかもしれない。
「・・・・・もう終わった?」
目の前で起こっていた茶番が見苦しすぎて、なんだか、凄く深いため息が出てくる。
何が「彼を救うために」だ。
行き過ぎた独善も、流石にここまで来ると呆れてくる。
それに、ここまで来て実力差が見えていないだなんて、目の前の女どもは馬鹿ばっかりなのか。
それとも、この場を任された私が、グレイアより実力が劣っているとでも思っているのか?
「・・・ええ、お待ちかねだったようだけど」
「攻撃してこないなんて。常識はあるみたいじゃん」
ああ酷い。
本当にいい加減にしてほしい。
「・・・・・グレイアならそうする。だから待った」
いちいち付き合うのも疲れた。
だから、これでお喋りはもう終わり。
今からこいつらを全力で殺す。
「へえ。随分とあのチビのことを愛して───」
黒猫の獣人が私のことを煽るが、まあ、事実を言われたところでなんだと言う話。
私はうざったい馬鹿どもに構わず両腕を広げて力を込め、固有武器を取り出す。
「小さな悪夢」
端的な詠唱によって、固有武器の鍵が「パキン」という音とともに外れる。
そして、鍵が外れた固有武器は私の肉体から液体となって滲みだし、重力を無視して空中へと集まっていく。
数秒後、それは汚い泥が空中でまとまったような、どす黒い液体の塊となった。
私はその中へ両手をすっと入れると、一気に引き出す。
「─────」
ぱしゅん、という音を発してから液体は消え、残されたのは私の両手に握られた一対の剣。
漆黒の結晶が組み合わさったような形状となっている双剣は、常にどす黒いオーラを薄く纏っている。
「禍々しい・・・」
「ラン、魔法の準備して」
この固有武器には、グレイアの固有武器のように特殊な能力が付与されている。
それこそが、私がこの固有武器を使おうとしない一番の理由であり、この固有武器の一番のデメリット。
「・・・・・」
それは、私が明確な殺意を抱いた瞬間に起動する。
「───ッ!?」
「何っ・・・!? これ・・・?」
目の前の2人に襲いかかる、凄まじい重圧。
私から滲み出た殺意、悪意、その他諸々の爆発的な悪の感情が膨れ上がり、彼女たちには耐え難い精神的デバフが付与される。
これは私の夢が「もしも」を形作った悪夢に汚染されることと引き換えに使える能力。
そのため、私はこの能力をあまり使いたくない。
「くっ、ラン! 相手の出方は待ってらんないよ!」
「わかってるわ・・・!」
相手方が焦り、魔法を起動する。
空中には無数の火の玉が出現し、私の目では、あれのひとつひとつに大規模なものを圧縮した爆裂魔法が付与されていることが確認できた。
先程の焼け焦げた死体は、あれが直撃したものだったのだろう。
「行くわよ!」
相手方はプレッシャーのせいか、わざわざ宣言して魔法を放った。
放たれた魔法の速さは、何も付与していない状態の矢くらいの速度しかない。
もはや止まって見える。
「─────」
私は自己証明の助けも借りながら、こちらに向かって飛んできた魔法弾をひたすらに避け、弾幕から抜けて飛び上がる。
すると、私の動きに気が付いた黒猫の獣人が、奇襲しようと上から斬りかかってきた。
「逃がさないっ!」
決意と体重が乗せられた刃を、私は右手の刃で受け止める。
そして、相手側の体重が十分に乗っていることを確認すると───私はわざと力を緩め、彼女の体勢を崩してやった。
「に゛ゃ゛っ゛!!」
間抜けな声を上げてバランスを崩した彼女の腹に膝を決め、固有武器を一旦空中に放り出してからのスレッジハンマーで地面へと叩き落とす。
次に、今の行動の隙を突かれて撃たれた魔法を右手の手刀で弾き飛ばしてから、放り出しておいた固有武器の片方を引き寄せてキャッチ。
あの魔法使いっぽい女が更に魔法を放とうとしていたため、私は左手の固有武器を投げて妨害。
剣は避けられ、魔法使いの女の背後の地面に突き刺さったが、狙い通り。
「ナイスアシスト!」
私の狙いに気づかないまま向かってきた黒猫の獣人の、下から入れ込むような切り上げを避けたところで、あの魔法使いの女が隙を着くように魔法を撃ち込んできたが、そこまで連携の精度は高くない。
それに、グレイアまでとは行かずとも、私だって瞬間移動は得意分野だ。
目標さえ補足していれば、一瞬のうちに狙いを定めて転移することだってできる。
「にやっ!?」
「なっ!?」
そうして魔法使いの女の背後に瞬間移動した私は、傍に刺さっていた固有武器を回収後、そのまま振り抜いた。
「─────」
どしゃり、と、汚い音が森に響く。
私によって首を落とされた魔法使いの女が、水と血に塗れた地面に倒れたのだ。
「───は」
取り残された黒猫の獣人が、着地しながら間抜けな声を上げる。
まるで、この状況を全く信じられない───とでも言いたそうな表情を張りつけて。
「・・・・・」
そんな彼女を、私はじっと見る。
ひたすらに間抜けな面を浮かべた、その顔を。
「き・・・きっ・・・・・」
そうして数秒ほど待った後、ようやく状況を飲み込んだ彼女は、怒りに塗れた表情でこちらを見つめながら力み始めた。
拳は震え、過剰な身体強化によって漏れ出た余剰魔力がオーラのように吹き出している。
「きさまあああーッ!!!」
暫く無言で待っていると、彼女は次にブチ切れ、突撃してきた。
だが、激怒しているわりにはパワーアップしているわけでもないようで、速度はそこまで早くない。
・・・否、少しだけ魔力の質が上がっているような気がする。
どちらにせよ意味はないが。
「ああああああーーーッ!!!」
怒りによって乱れ、さっきより避けづらくなった太刀筋による斬撃を、私は自己証明によって軽々と避けていく。
赤黒く瞳を染め、怒りを思うままに暴走させている彼女は、暫くの間、ひたすらに私を切ろうと斬撃を繰り出し続けていたが───私が避け続けていたせいで、どうやら痺れを切らしたらしい。
同じ目に遭わせてやろう、とでも考えたのだろうか。
彼女は腕がちぎれそうなほどに刃を振りかぶり、力のままに私の首を切り飛ばそうと刃を振るった。
並の冒険者であれば反応すらできずに殺されそうなほど素早い太刀筋だったが、私は普通に屈んで回避し、お返しとして魔力を極限まで込めた左手を腹に叩き込んでやる。
「げぼっ・・・」
血を吐き、腹を抑えながら後ずさる彼女。
私は追撃として左手の掌を顔面に押し当て、思いっきり風魔法を放つ。
「いぎゅっ・・・!?」
そして、無様な声を上げて吹き飛んで行った彼女の頭を目掛け、今度は右手に握っていた剣を投擲する。
流石にそれなりの実力があるせいか、ギリギリのところで回避されてしまったが───むしろ好都合。
顔を動かして回避したせいで視線がブレており、相手は私の瞬間移動を認知できていない。
私はその隙を突き、さっきのように瞬間移動で剣の場所へと転移してから、タイミングを合わせて固有武器を掴んで振り抜いた。
「─────」
再び汚い音が響く。
今度は黒猫の獣人が、私によって首を飛ばされて死に、地面に倒れたのだ。
「・・・・・はあ」
ため息が出てくる。
「・・・・・」
正直に言ってしまえば、今回の相手は、私もグレイアも全力を出す必要は全くない。
全てを回避できる私は言わずもがな、グレイアでさえ、彼がまだ不完全だと称する20パーセントなどの低倍率の身体強化でも十分に勝利できるはず。
なら、どうして全力を出したかと言われれば───少なくとも、私は、彼の意志を尊重したのだと答える。
「グレイア・・・・・」
少ししたら、彼のもとへ行こう。
私とは違い、彼は自分の意思で人を殺すのが初めてだ。
そのケアのためにも、私なりに言葉を浮かべておかないと。
▽ ▽ ▽
一方、グレイアとヒナタである。
この2人の戦いは一方の優勢が続いており、逆にもう一方は、まさしく手も足もでないといった状況だった。
「ぐっ・・・」
「ざっこ。それが本気か?」
ただ、一方的とは言っても、ヒナタにはまだ耐えられる理由があった。
それは、爆発と炎の魔法を無力化する自己証明。
ただひたすらに回避に専念していれば、まだ味方が来るまで耐え切れるだろうという、そういう算段を決め込んでいたヒナタ。
しかし、それは無惨にも砕け散ることとなった。
「・・・これならどうだッ!」
逃げの状態から飛翔魔法による高速移動で反転し、グレイアの後ろから横薙ぎをするが、その刃はノールックで受け止められる。
そして、分身と入れ替わったグレイアに首根っこを引っ掴まれ、下へとぶん投げられた。
次に、ぶん投げられた先に瞬間移動していたグレイアから、さらなる攻撃として腹と顎に1発ずつ拳をくらい、上へと打ち上げられていく。
「・・・・・まだだ!」
空中で体勢を立て直し、グレイアを迎え撃つ構えをとったヒナタは、下から突撃してきたグレイアに向けて魔力の波動を放ち妨害。
それを瞬間移動で回避し、横から蹴りを入れてきたグレイアの攻撃を瞬間移動で避け、グレイアの上へと躍り出た。
「くらえッ!」
そして繰り出されたのは、上空からの、体重を乗せた斬撃。
しかし、グレイアはそれを軽々と受け止めてしまった。
「くっ・・・うおおおおおおおッ!!!」
負けじと魔力を滾らせ、飛翔魔法のブーストによって押し切ろうとしたヒナタ。
だが、それはグレイアの罠だった。
次の瞬間、一瞬だけ力が緩まったグレイアの刃はするりとヒナタの刃を通し、それによってガクンと姿勢が崩れたヒナタは大きく隙を晒す。
グレイアはそれを見逃さず、ヒナタの腹に膝蹴りをぶち込んだかと思えば───あの時のナギのように、スレッジハンマーでヒナタを地面へと叩き落とした。
「・・・ぐはっ!?」
着弾とともに大きなクレーターを作り出し、全身に重大なダメージを負ったヒナタは、上手く立ち上がることができない。
それもそのはず。
打撃系のダメージを軽減する自己証明や、その他諸々の自己証明は、もう既に失われているのだから。
「・・・・・」
そして、グレイアの興味は別の方向へと移る。
「・・・・・まさかバレるなんてね。やるじゃない」
厄介な自己証明を有した赤き竜の亜人。
彼女はあろうことか、ヒナタにトドメを刺そうとしたグレイアに向けて、不意打ちをかまそうとしていた。
「死にたいらしいな」
冷徹にそう言い、再び魔力を解き放つグレイア。
しかし、そんな一触即発の現場の下で、ヒナタ達の策が進行していたのをグレイアは見逃さなかった。
先程の少女がヒナタの方へと向かい、治癒魔法を施している。
恐らくは、ヒナタを治療させて戦線に復帰させ、そのまま挟み撃ちをするという算段なのだろう。
(粗末すぎて反吐が出る)
さっさと、このウザい竜の少女を殺してヒナタにトドメを刺そうと決意するグレイア。
果たして、既に仲間を2人失った彼女達の作戦は、無事に成功するのだろうか。