1-7:マイホーム
念願というわけではないけれど。
まだ17年と少ししか生きていない俺が、こういった話をするのはなんだという気がするのだが。
なんか、人生というのは、どうにも勉強の連続なんだなあと。そう、実感するわけである。
今回、報酬として家を貰い受けるということになった時、俺は無意識のうちに、貰い受けるような家の価値と、その上限を勝手に決めつけてしまっていた。
その理由は恐らく「依頼の報酬」という前提条件があったことと、何より、俺の価値観が未だに前世の方へ偏っていることに起因するだろう。
そして、そのうちの前者は俺の勝手な推測、偏見から来たものだ。
金を払って手に入れるわけじゃないから、相応のグレードの、それこそ一般の民家のような物件を用意されるのだろうと───勝手に、そう思った。
対して後者、価値観の件について。
こっちはまあ、簡単に言うなら「こちらの世界の価値の基準がよくわかっていないから、上手く予想が立てられなかった」とでも弁明するべきだろうか。
現代日本における一軒家の価値。
これはもう、中学生は少し怪しいくらいだとしても、高校生くらいになれば誰だって理解するものだろう。
どう頑張ったって届きそうに思えない、額面。
かつて暮らしていた世界では、日本では、そう思えた。
だが、それは異世界の職業と立場、転生者の云々と照らし合わせた時に、簡単に狂ってしまう。
転生者というのは往々にして、初っ端から未知の通貨の、未知と言って差し支えないくらい大きな額面に触れる。
俺の場合は、アリスにパトロンになってもらって、ナギから簿記のテストでしか見たことがないような額面の支援を受けて───最終的に、それを管理するための書類を、自分で纏めた。
俺は元商業生ということもあって、物の値段なんかを見ながら通貨の価値をなんとなくで推測していったが、それにしたって限界はあるものだ。
推測できるとは言っても、所詮は高校生。
もちろん、専門家の足元にいることすら烏滸がましい程度の知識しか持ち合わせていないし、その上、特別その教科が得意だったわけでもない。
それ故に、この世界の特性を、経済へと結びつけるまでには思い至らなかった。
だから、すさまじく驚くわけである。
「───でっか」
思わず、口から声が漏れる。
町の景色には似つかわしくない、言うなれば、浮いていると言っていい塀と門の内側にあったソレは、俺達の驚愕を引き出すのに十分なインパクトを有していた。
目の前にある、でかい建物。
その地域のトップ層が住んでるタイプの、家の造り。
まず庭が広く、当然のように石で作られた池があったり、どデカい松の木が塀の近くに生えていたりと、とにかく管理が大変そうだ。
「グレイア、本当にここで合ってる?」
「・・・・・残念ながら。書類も住所もばっちりだ」
手元の書類を何度見たって、ここが目的地であることに変わりはない。
ティアのように、凄まじく疑心暗鬼になる気持ちというのも、とても理解できる。
ただ、向こうの立場になってよく考えてみれば───ここまでの代物を用意する理由というのも、まあ、推察できないことはないと思われる。
「・・・・・つまり?」
家から目を離し、こちらを向いたティアが、首をかしげながら続きを求めた。
やっぱり見ていたか・・・・・と思いつつ、俺は考えを語る。
「こっちは実感しにくいから感覚が麻痺しやすいだけで、俺達は転生者のパーティーであることに変わりはない。そのうえ、俺達は現時点で、依頼とはいえ国に招かれている立場だ。半端なことなんて、とてもできやしないだろ」
「そっか・・・・・」
かなり調子に乗った物言いではあるものの、こればっかりは、仮に当たらなかったとしても遠くない所は掠ることだろう。
もし俺が彼女らと同じ立場、同じ状況にあったとするなら、俺も同じ選択をする可能性は高い。
俺は俺だから、自分のことをよく理解しているつもりで物事を考えられるが、相手方はまったく違う。
虚無の寵愛者は現れたばかりの転生者であり、実力も性質も、どう扱うべきかも未知数だ。
情報といえば、よくわからない依頼を簡単に受けるという点と、正義の寵愛者と懇意にしているという点。
あとは、Sランク冒険者の称号を簡単に得てしまうくらい強いという点くらいか。
・・・・・やはりと言うべきか、改めて文字として纏めてみると、どう考えたって得体の知れない存在すぎる。
一歩間違えて敵対したら───なんて、向こうとしては考えたくもないだろう。
昼頃は「爆弾みたいな扱い方」だと比喩したが、こう見ると、サクラ達は本当によく考えて行動していたんだなと感心する。
『実際、誘拐犯確保の依頼をする際の支部長は、確かに恐怖の感情を抱いていました。それを表に出さなかったのは優秀だと言えるかもしれませんが・・・・・』
「予告されなければ、誰だって自分の感情が読まれてるかどうかなんて分からない。そればっかりは不可抗力だ」
人は中身を見て判断するべきって言ったって、誰が相手したところで同じ状態になるだろう事柄については、べつに判断材料に入れる必要はない。
このまま活動を続けていけば、俺がどういう転生者かという話もじきに伝わっていくことだろうし、そうなれば、こうして恐怖を抱かれる確率も減っていくはずだ。
今はそんなに躍起にならなくても問題はない。
「・・・・・というか、早く家の中に入らない? そろそろ日が落ちちゃう」
長々と思考をしていた俺に対し、ティアはなんだか申し訳なさそうにしながら話しかけてきた。
べつに気にしなくてもいいのになと思いつつ、俺は言葉を返す。
「そうだな。入るか」
色々とやらなければならない事もある。
だから今は、頭の中を煩くするのをやめよう。
〇 〇 〇
さて、渡された書類と照らし合わせながら家の中をひととおり見回った結果、以下のことがわかった。
・この家は何らかの目的のため、用意された空き家であること。
・家の中にある設備のうち、照明器具や水周り、キッチンの家電なんかは、普通に生きていること。
・2階にある寝室には丁寧に2台のベッドが用意されていて、管理までしっかりと行き届いていること。
他、まあコンロがIHみたいな感じだったりで色々と驚いたところもあったのだが、大まかにまとめるとこの通りである。
そして、書類を見ていて気がついたのは───この家が、まだ建設されてからそう時間が経過していないこと。
まだ1年すら経過しておらず、かといって、誰かに売ろうとしていたような形跡もない。
まるで、誰かに引き渡すことを前提に建設したかのような、そんな気持ち悪さを感じる。
「なんなんだろうな・・・・・」
寝室にて、ベッドに座りながら独り言を呟く。
今考えても仕方がないというのは重々理解しているのだが、いかんせんティアがお風呂に入っていて暇なので、他にすることもないのである。
設備は生きていて、お湯も水も出るし、他の照明やらなんやらも、全てこの家単体で解決することは確認済み。
家がスタンドアロンで機能するというのは、なんというか、これだけ見れば現代より進んでいる気がする。
「・・・・・マスター。悩み事ですか?」
「ん。ちょっと心配性が出た」
「そうですか」
まあ、心配性については仕方がない。
元々の俺の性格が所以だし、強く出てきたからといって周りに被害が及ぶわけでもない。
単に俺の頭の中が喧しくなるだけだ。
「マスター。今はそんなことより、もっと楽しいことを考えましょう」
「・・・・・例えば?」
「夜ご飯とか。マスター、食べるの好きでしょう?」
「ああ」
浮いた金でちょっと良い夜ご飯を食べるってことを、確かに考えていたなそういえば。
頭の中が喧しくなると、どうにもすぐ忘れてしまう。
「ですので、この街の料理店をリストアップしておきました。資料はここに」
「・・・・・いつの間に」
ニアの手元にある紙の束を見て俺が驚くと、ニアは優しく微笑み、資料を差し出してきた。
「ありがと」
礼を言いながら受け取り、ペラペラとめくりながら大雑把に中身を読んでいく。
「暇な時間が多くありましたので、その分だけ調べる時間も多くありました。出来る限り分かり易く要点を纏めたつもりです」
報告を聞きながら一通り見終わったが、確かに、ざっと見た限りでも俺が理解しやすいようにまとめられている感じがした。
「・・・・・んじゃ、ティアが帰ってきたら決めるか」
「そうしましょう」
俺は上半身を後ろに倒し、資料を見ながらティアの帰りを待つ。
時刻は6時にならないくらい。
夜ご飯を食べに行くには、丁度いい時間だ。
なんか絶望的にやる気が出なかったんですが、いつもの事だろうと思って数日ROMったら治りました。
なんだったんでしょうか。
ただ、依然として筆の進みは悪いです。