1-6:心情と反芻
割り切ってしまえ。
「冒険者ギルド所属、後方支援部隊です」
「・・・Sランク冒険者、グレイアだ」
あれから10分ほどが経過した頃。
ニアが呼び出してくれた支援部隊が到着し、あとは彼らに状況を任せる運びとなった。
「依頼書などはございますか?」
「ない。詳細は支部長に直接聞いてくれ」
「了解しました。では、あとは任せてください」
「ああ、ありがとう」
いそいそと洞窟の中に入っていく職員達を見送ってから、俺達はこの場を離れることにした。
もう、この場にいる必要はない。
それに、この場にいなかった被害者達に関しても、既にあの女の口から「商品」という言葉が出ているため───これ以上、俺達が何かを気にする必要はなくなった。
「・・・・・じゃあ、戻るか」
「うん。戻ったら、宿泊場所に解約することを伝えないと」
「そういやそうか・・・」
そういえば、依頼を終わらせた報酬として家をくれるという話だったな。
日が沈む前に色々と済ませておきたいし、できる限り早く町へ戻った方が良さそうだ。
「・・・どした?」
「・・・・・手、繋いで帰りたいの?」
と、瞬間移動するために差し出した手をまじまじと見ながら、ティアが不思議そうに聞いてきた。
申し訳ないが、今は手を繋いで歩いて戻るよりも、さっさと家の件やら宿泊施設の件やらを済ませておきたい。
便利な技術も習得したことだし。
「あ、そう・・・」
ティアの表情が少し曇ったのを見て、俺は少し申し訳なく思った。
思ったが、仕方ない。
俺はこういう時、さっさと事を済ませて休みたいタイプの人間なのだ。
何かをしたいのなら、あとの自由時間にすれば無問題。
むしろ道中は、あとで何をしたいかを考えてみればいい。
現に、余裕がある時なら俺だってそうしてるし。
「じゃあ、今日は添い寝して」
「・・・判断が早え」
ここぞとばかりに即答したティアは、俺が差し出した手をぎゅっと握り、こちらの目をじっと見つめてくる。
俺はそのまま記憶を頼りに瞬間移動をして、この町に来た時に最初に着地した場所に転移してきた。
「ん。到着〜」
ぶっつけ本番だったが、普通に成功。
俺が伸びをしたあとにティアの方を向くと、何やら驚いたような表情で俺の方を見ていた。
「なんか、日に日にきみの瞬間移動魔法の練度が上がっていってる気がする」
「ああ、今回のはアレだ。もっと早くに現場に到着するにはどうしたらよかったか・・・みたいなことを考えてたら、頭の中でイメージが固まったんだ」
ぶっちゃけ、人が死んでいる以上は如何とも言い表しづらいが───とにかく、俺は今回のミスを反芻したことで、瞬間移動魔法に関する新しい技術を身につけた。
要は、タダでは転ばない精神。
それに、こういうことを思いつくということは、いざと言う時に打てる手が増えたということ。
内容だって、事細かに理解しているつもりだ。
「一度行った場所ならもう転移できるし、仮に行ったことがない場所でも、ニアが座標を示してさえくれれば、転移そのものは可能になった」
「・・・その魔法があるだけで、サポート職としてAランク冒険者になれちゃいそう」
ただでさえ難易度が高い瞬間移動魔法に加えて、ニアがいない場合は絶対的な記憶力が必要になってくるとかいうクソ仕様なのが欠点だが、それを補って余りある優位性がある。
言ってしまえば、この技術を使えば理論上は太陽の中心だろうがブラックホールの中だろうが行けてしまうわけで。
要求スペックさえ目に入らなければ、バカほど便利だしバカほど強い技能だ。
「そもそも、俺は視界外への瞬間移動は元からできてたからな。目の届かない所って点で言えば、理論上は近距離だろうが遠距離だろうが、意識する点は何ら変わりはない」
「視界外への瞬間移動、文字だけ見たら簡単そうなのに」
「ああ。でも生憎、それは俺の得意分野ド真ん中だった」
「・・・正直、ずるいと思う」
ずるい、か。
前世で説明したら頭がおかしいヤツ扱いされた代物が、こっちだと羨ましいと思われるようなモノだったのは、まったくもって嬉しい限りだ。
それこそ、事細かに説明したところで「何言ってんだお前」みたいなことをよく言われたし。
「それは・・・きみのいた世界では、魔法が現実じゃないから?」
「まあ、多分」
ただ、ちょっと冷静になって考えてみれば、「目の前の建物が急に爆散する幻覚を、その場のノリかつ自力で見れる人」なんて、なんかもうクスリやってんのかって疑いたくもなる。
「・・・わかりやすく表すとしたら、人力の拡張現実って言うべきなんだろうけども」
自分の妄想を視覚に引っ張ってくる・・・みたいな。
そんな感じの説明をするのが、個人的な最適解だと思っている。
もっと正確に言えば、俺の語彙力ではこれ以上の例えが思いつかない。
難儀なものだ。
もっと語彙力が豊かであれば、色々と便利なこともあっただろうに。
「・・・私にとっては、きみでも十分に語彙力はあるように見えるけど」
「・・・・・べつに謙遜してるわけじゃない。ちょっと今は心が不安定だから、上手く自惚れられないだけで」
そういう意味で考えれば、ティアが添い寝をしてくれるのは本当に嬉しい。
昔と違って人肌を感じていられるのなら、なんかもう、自己肯定感の修復速度が凄まじい速度で早まるかも。
こう見えて、頭の中はかなり傷だらけだ。
「───マスターが休憩を望むのであれば、後にすべきタスクは私が全て行いましょうか?」
とまあ、そんなことを考えていたら、突然ニアがひょっこりと顔を出しながら提案をしてきた。
いつの間に実体化したんだ。
あまりにも無音すぎて普通にビビる
「・・・・・」
そういえば、あの馬車の中で言われていた。
ニアは俺のサポートをするよう、暇神様からの命令を受けてきたと。
あの時は「所有物」という言い方にあまり良い気はしなかったが、よく考えてみれば、今この瞬間で一番ニアをモノ扱いしてるのは俺だな。
べつに本人が良いと言うのだから、この思考を変えるつもりはないが───だからと言って、人として活動させては駄目なんてルールはないだろう。
それこそ、ニアの言動に甘えて楽をすることだって、べつに禁止されているわけではない。
「・・・じゃあ、宿泊施設の件は任せた」
「承知しました。では、家の場所がわかりましたら私に連絡を」
「了解だ」
俺の返事を確認したニアは、前世の俺みたいに足長高身長特有の凄まじい早歩きを見せながら、素早くこの場を離れた。
そんなニアの背中を見ていたら、なんだか肩が軽くなったような気がしないでもない。
さっきは鬱っぽかったから「怒ってくれる人は居ない」のだと思考し、無理やりにでも自分を奮起させようと試みたが、そうだな。
こっちに来てから、俺には頼ってもいい人ができたんだ。
「解決した?」
「・・・ああ。気を使ってくれてありがとうな」
「うん。きみなら多分、何も言わない方が良い方向に向かうと思ったから」
「経験則?」
「そう。同じだと思って」
「間違いじゃなかったな」
互いに顔を合わせ、けらけらと笑う。
「・・・ふふっ」
「っはは・・・」
まったく不謹慎なことだ。
ティアはどうか知らないが、本当に。
俺は立ち直るのが早すぎる。
こういうのは普通、もう少しくらい引きずるものだろうに。
〇 〇 〇
数分後、ギルドの支部に到着した俺達は、報酬の受け取りなどはとくに何も指定されていない為、とりあえず相談系のカウンターへと向かった。
対応してくれている受付嬢は、なんだか、サクラに似たような顔つきをしている。
姉妹か何かだろうか。
「グレイア様・・・ですね」
「ああ。支部長は居るか?」
俺の問いに対し、何故か彼女は少し怪訝な表情をした。
しかし、残念ながら心当たりはない。
「・・・ひとつ、質問をさせてください」
「?」
続けて投げつけられた言葉に染み付いた疑いの色にも、俺はまったく心当たりがない。
頭の上に疑問符が出現している。
「先程、姉さんが怒りの感情を必死に隠しながら現場へと向かいました」
「うん」
「・・・何があったんですか」
「うん・・・」
何があったかと言われてもな。
彼女の様子を見るに、サクラのことを心配しているようだから、素直に伝えたい気持ちはあるのだが───いかんせん、仕事は仕事だ。
依頼の内容を無闇に口外するのは如何なものか。
「・・・ひっ捕らえたクズがやらかした事が相当だった上、中々に口が回るヤツだったんだ。だからまあ、色々と言われたせいで堪忍袋の緒が切れたんだろ」
「それだけですか・・・?」
「俺が把握してるのは」
「・・・・・」
俺とて、心配ではある。
組織のお偉いさんをやっている以上、ある程度の理性を持っていることを信じてはいるものの───相手は、あれだけのことをやらかした上、反省の色なんて微塵もない屑の坩堝。
身内から見ても相当な激高ぶりだったことを鑑みても、何か余計なことをしていても不思議ではない。
「・・・そうですか」
彼女は縮こまり、俯いて、弱々しく返事をする。
あれが激怒しているのが、そんなに珍しいことだったか。
それとも、何か大切な人だったりが誘拐されたりしていたか。
「・・・・・すみません。少し、姉が心配になりまして」
「構わない。兄弟の様子がおかしくなった時の気持ちは、俺もよく理解してる」
「・・・ありがとうございます」
深深と頭を下げ、礼を言う彼女。
姿勢を戻し、一呼吸を置くと、彼女は小さな封筒と大きな封筒を取り出してカウンターに置いた。
「・・・では、こちらが報酬になります。地図と鍵は小さな封筒の中に、土地や建築物の所有権に関する書類などは大きな封筒にあります」
「ありがとう」
俺は封筒を受け取ると、その場で中身を確認する。
小さな封筒の中には紙が1枚と、リングでまとめられた鍵が2本入っていて、大きな封筒の中には計5枚の書類が入っていた。
鍵は多分、片方がスペアだな。
複製する必要がないのはありがたい。
「確認した。揃ってるな」
「はい」
「ん。それじゃあ」
軽く確認を済ませた俺は、封筒2つを持ち、普通に歩いてカウンターを離れる。
どうせ手早く済むからと、ティアとは別行動をしていたため、どこにいるのだろうと辺りを見回してみた。
『入口から見て右奥に居るから』
キョロキョロしていると、ティアから通信が来たので、その通りに視界を動かしてみると───奥にある食堂みたいなところで1人で座っているティアと目が合う。
小腹が空いていたのか、おにぎり系のものを食べているっぽい。
「・・・・・」
こちらをじっと見つめながら口をもごもごと動かしているのが見えるので、俺は普通に歩いて近づくことにした。
「・・・何食ってんの」
『あそこに売ってた鮭おにぎりってやつ。おいしい』
「鮭か」
『うん』
めっちゃ笑顔だ。
鮭おにぎり、美味しいからな。
向こうと同じ味かどうかは知らないけど。
『グレイアも食べたら?』
「食べる」
俺はノータイムでそう答え、カウンターの方へ向かう。
まあ、時間はあるし良いだろう。
ニアを少し、待たせることになりそうだが。
この物語を描き始めた頃に比べて、なんか、グレイアのモノローグが柔らかくなった気がするんですよね。
気のせいでしょうか。