閑話:そういう人間
余計なことを言うよりも。
私も、少し後悔している。
なぜなら、彼が急に飛び出して行った時に、全てを察したから。
彼の思考を見て、やっと自分が見逃していたことに気がついたから。
「・・・ここかな」
地面に降り立ち、目の前にある洞窟の中を探知する。
中には魔力の反応が3つ。
ひとつがグレイアのものだとするのなら、あと2つは生存者だろう。
・・・幸運だとは言わない。
言わないけれど、少なくとも、全滅は避けられたようだ。
「・・・・・」
洞窟に入り、足元に気をつけながら進んでいく。
少しだが魔石が散らばっているあたり、本当に全滅寸前だったところに彼が到着したのだろう。
だからか、洞窟の奥には、かなり濃いグレイアの魔力が染み付いているのを感じる。
ストーム・プロテクションを使用したみたいだ。
それも、おそらくは全力で。
「・・・グレイア」
私が洞窟の最奥に到着すると、グレイアは何も言わずに左手を上げた。
彼の右手から感じる魔力の反応を鑑みるに、どうやら負傷者の治療をしている最中らしい。
「・・・・・状況は」
短く、そう話しかけると、彼はぎりっと歯ぎしりをしてから、自分を落ち着かせるように溜め息をついて、小さく言葉を発する。
「・・・5人死亡、2人生存。そのうち片方は右足以外の四肢がちぎり取られてる」
今グレイアが治療をしているのは、おそらく五体満足な人の方。
そして私が顔を上げ、少し視線を右にずらした時に目に入った悲惨な身体が───その、右足以外の四肢がちぎり取られた人なのだろうと察する。
意識を失っているのか、その人は生命反応を発しつつも、目を瞑り、ピクリとも動かない。
グレイアに治療されている人も同様だ。
大方、両者ともに眠らせてから治療を開始したのだろう。
「・・・そう」
「・・・・・最初、ある地点を中心にして事件発生場所が点在しているという事実をニアが発見してくれた時点で、俺は気づくべきだった」
魔法を使いながら、彼は心情を吐露する。
後悔と、懺悔。
あの時にこうしておけば良かったと、気づいておくべきだったと。
悔しさを滲ませる声色で、そう、苦しそうに言葉を垂れ流し続ける。
「簡単なことだった。被害者の位置と、加害者の活動範囲。俺はニアに頼りすぎて、簡単な考察すらも忘れてしまっていたんだ」
とても悲観的だが、彼のような人間にとっては事実だ。
彼のように、他人であっても慮ることを忘れない人間であれば、逃れようのない事実であり、罪。
私には理解できないが、否定する気はない。
なぜなら、その思考回路こそが彼の良いところだからだ。
「・・・・・」
私はそもそも、私自身が大切だと思う人や物が無事ならそれでいいと思っている。
赤の他人が死のうが、生きようが、知ったことではない。
ひとりになって、色々なものを見てきて、孤児院に入って。
今までの短い人生で、私は他人を慮って行動することなんて一度もなかったし、する必要も、メリットもないと判断して過ごしてきた。
だから、かつての彼と、今の彼。根本は同じ人間であろう2人とともに過ごす中で、自分とはまったく別の思考回路を持った人間がいるということを理解して───同時に、そんな彼の性質を、私はとても好ましく思った。
「・・・・・どう説明すればいいんだろうな」
依頼を受ける時でさえ、彼は理由を求め、それが不足している相手にはチャンスを与えた。
対等な相手として振る舞いたいのなら、一度提案を切ってしまうということもできたはずだし、仮にそうしたとしても、誰も反論はできない。
それでも、彼は答えを求めるどころか───根本的に、思考のどこにも、依頼を受けないという選択肢が存在しなかった。
そして依頼を受ければ、何の関係もない木っ端の冒険者の命を慮り、後悔し、苦しんでいる。
「・・・・・」
挙句の果てには、これら全ては自分の責任であると抱え込み、私に対する相談すらしようとせず、1人で頭を抱えている。
べつに今、そのまま報告したところで───誰一人として、彼を責めることなんてできはしないのに。
彼が依頼されたのは、容疑者の確保だけなのだから。
そもそもの責任は彼にはない。
依頼した側にある。
「・・・少し、外の空気を吸ってきたら」
「・・・・・そうだな」
弱々しく返事をする彼を見送ってから、私は今いる空間をざっと見回す。
どうやら彼は、負傷者を治療するとともに、殺された被害者の遺体を集めた後、綺麗に並べるまでをしていたようだ。
「・・・ん」
そして、並べられた遺体にはそれぞれ、顔が隠れるくらいの小さな布きれがかけてあった。
「・・・・・」
それらの遺体に残された傷跡を見て、私は思う。
確かに、弱っていたのも頷けると
布をめくるなんてことをしなくても、ある程度は推測できることだ。
あの布の下にはきっと、苦痛に歪んだ顔が貼り付けられているに違いない。
「・・・けど、位置くらい教えてほしかったな」
彼のしていた治療を引き継ぎながら、そう呟く。
『・・・・・』
生存者の男女は、彼の魔法の影響ゆえか深い眠りにつき、すうすうと寝息を立てている。
「・・・・・」
彼の思考はある程度見えたけれど、きっと、ネガティブな方向にばかり考えているわけではないと思う。
でも、おそらく、暫くは戻ってこないかな。
▽ ▽ ▽
きっと、俺は油断していたのだ。
強い弱いしか考えず、調子に乗るくらい。
見え見えの事実に、まったく気が付かないくらい。
明らかな優先順位を、堂々と間違えるくらい。
「・・・・・」
何も、言い訳なんてない。
俺は間違えた。
あの5人が死んだのは、俺のせいだ。
「・・・はあ」
キクさんの言葉を思い出す。
冒険者や軍属の人間にとって、仲間の訃報は当たり前のことである・・・という言葉を。
その時、俺は口に出したはずだろう。
「この世界はお気楽な気持ちでやっていけるほど、甘くは無いんですね」と。
確かに、口にしたはずだ。
それでなんだ、この体たらくは。
前世から言われてきたことだろう。
慣れてきた頃が一番危ないのだと。
なぜ、それを思い出さなかった?
なぜ、ほんの少しも思考しなかった?
なぜ、明らかな非に気が付かなかった?
「─────」
俺の脳裏に、被害者の顔が想起される。
あの、苦痛に満ちた表情。
苦しんで死んだことが容易に想像できる、無数に刻まれた傷跡。
決して、忘れてはならないと決意する。
俺は他人より経験が豊富だったんだろ。
なら、相応に対応できて然るべきじゃないか。
こんなミス、本来はできないはず。
「・・・・・ああ」
割り切れ。
仕事は仕事だ。
転生者でいるとか、冒険者でいるとかじゃない。
仕事は、仕事なんだ。
それを理解せず、依頼を甘く見ていたからこうなった。
今回は全て、見通しが甘かった俺の責任だ。
「・・・・・」
ぱちんと頬を叩き、目をきっと開く。
「・・・そうだ」
目を覚ませ。
楽しむだけの生活は終わりだ。
俺は、しっかりしなきゃいけない立場なんだ。
メリハリをしっかりとしろ。
「─────」
もう、叱ってくれる人はいないんだから。