1-5:慣れてきた頃が一番
こういう時の嫌な予感は、必ず的中する。
戦いが終わってから30分ほど経過した頃。
俺たちは5人の容疑者を引きずって町まで戻り、成果の報告をしようとギルドに向かっていた。
時刻はまだ15時にすらなっていないので、余裕がありすぎてもう1つくらい依頼を受けようかなと考えている。
ギルドで適当に探せば手頃な討伐系の依頼はあるだろうし、その報酬で夜ご飯をちょっと豪華にしたりだとか、そういうのもアリだったりするだろう。
とはいえ、まだ重要な依頼は終わっていない。
これから報告をするわけだし、態度なんかはしっかりしておかなくてはならないな。
『通知。約10分前に、支部長へ目標を無力化した旨を伝え、容疑者の引渡しをするための場所を用意するように連絡しました。現在は入口にて職員が待機しているかと』
「ん、ありがとう」
もうそろそろ支部に到着するという頃合で、俺たちが楽に事を済ませられるように、ニアがしっかりと段取りをしてくれていたことを知らせてくれる。
俺の認識ではべつに苦じゃないことも、ニアにとっては省略すべき事柄なんだなと思ったり。
有能すぎてダメ人間になりそうだな・・・なんて、いつも思っている気がすることを考えていると、建物の入口にガタイの良い2人の男性が仁王立ちしているのが見えた。
普通に歩いて近づいてみると、彼らは俺の方を向き、少し会釈をしてから口を開く。
「早いご帰還ですね。虚無の寵愛者様」
「ああ。たまたま、こいつらの自己証明が都合の良い方向で噛み合ってな。多少ばかり運が良かった」
もちろん、天地がひっくり返ったって「弱かった」なんて口走りはしない。
こういう状況に慣れてしまったら、自分を基準に物事を語るようになってしまうかもしれないと、そう気をつけているのは───如何せん最初っから決して弱くはなかった身の上である以上、意識して言葉を選ばなければ、そのうちやらかしそうだからである。
取り繕うことはできるが、やらかさないことに越したことはない。
それに、いつも気をつけていれば、そのうち配慮することに慣れていく。
そしたら俺の勝ちだ。
「・・・案内します。荷物は持ちますか?」
「いいや、構わない」
「左様で・・・」
いつも通りに思考がうるさい俺はさておき、どうやら、もう既に準備はできているらしい。
丁寧な職員の案内に従い、俺たちは建物の中に入った。
〇 〇 〇
「それで全部なの?」
サクラと合流した俺たちは、ギルドの支部を離れ、なんだか治安が悪めな雰囲気を漂わせる路地裏を進んでいた。
どうやら尋問をする場所は別にあるらしい。
「どうだろうな。そうだと信じたいが」
「・・・まだ尋問はしていないんだね」
「そうなるな。生憎、俺はお話しが得意じゃない」
べつに尋問や拷問なんかに興味はないしな。
最悪、力づくや能力を駆使して聞き出せばいい。
「意外だね。正義の寵愛者と懇意にしているものだから、あなたには特別な話術があるのかと思っていたけれど」
「・・・特別なのは話術じゃなくて運だ。ナギとの出会い方から距離の縮め方とかを色々と引っ括めて考えても、俺は凄まじく運が良い」
「謙遜・・・じゃないね。あなた、自分の運に自信を持っていたりするカンジかな?」
「絶対的な自信・・・とまでは流石に行かないが、人脈だとか、出会いだとか、俺自身の歩む道だとか。その辺の局所的な運の良さになら、ある程度の信頼を寄せてる」
よく分からないところで発生する豪運が俺の長所のひとつ・・・だと言えたらいいな、って感じだ。
発動した時は信頼しているが、かと言ってポンポンと発動するものじゃないし。
どう転んだって、自信を持てはしないだろう。
「人脈とか出会いに関して言うなら・・・そうだな。俺のファンクラブを立ち上げたのは、スネス王国の五大侯のうちのひとつ、ニンフェア家の長女だったりする」
「・・・確か、水を司ってる家だったっけ」
「そうなのか? どうりで水魔法が得意なわけだ」
俺の記憶が正しければ、あいつは自己証明のせいで水魔法以外の魔法が殆ど使えない体質だったはず。
ただまあ、それが自己証明であることを言ってしまうと、この世界の常識的にマズかったような気がするので我慢。
「どうりで・・・って、もしかして戦ったことがあるの?」
「向こうから頼まれてな。アーカイブも残ってるらしい」
「へえ・・・」
なんだか、サクラは興味ありげな反応をした。
意外だなと思いつつ彼女の方を見ていると、彼女は顎に手を当て、ぽそりと一言。
「・・・・・あとで取り寄せようかな」
俺はこの世界のカルチャーに疎いから下手なことは言えないが、貴族がああいう戦闘シーンを配信するというのは、どれくらい普通なことなのだろうか?
ここで気にするくらいなら、この前の夜の散歩で出会ったあの店員に聞いておくべきだったな。
丁度おあつらえ向きなタイミングだっただろうに、惜しいことをした。
まあ、とはいえ、疎いは疎いなりに言えることはある。
「・・・もし気に入ったなら、これを機にコレクターにでもなればいい。俺のはまだ2つしかないから始めるにはピッタリだ」
「宣伝? そういうの、やるタイプなんだね」
「生憎だが、それの大切さはよく理解してる。今のは些かあからさまだった気がするがな」
俺が自嘲ぎみに笑うと、サクラもふふっと笑い、再び案内を続ける。
「なるほどね・・・」
そのまま少し歩いていくと、見覚えのある人影が扉の前に立っているのが見えた。
彼女はその前で立ち止まると、俺たちの方を向いてから注意をしつつ、下へと降りていく。
「それじゃここ、階段暗いから気をつけて」
「はいよ」
軽い返事をして、足元に注意しながら下へと降りていく。
すると、そこにあったのはファンタジーでしか見たことの無い、閉鎖的な独房につけられているような扉がずらりと並んでいる光景だった。
「取り巻きはそこの2人に任せて、リーダーはこっち。あなたは私についてきて」
「りょーかい」
その命令が伝わると、横から急に現れた職員(?)が、女以外の容疑者を受け取ってそれぞれの部屋に入っていく。
あまりにもスムーズすぎて少し怖い。
「その女はそこに座らせてね。起こすのはわたしがやるからさ」
目的の部屋に入ると、彼女は俺に対してそう支持してきた。
俺は彼女の指示通り、担いできた女を椅子に座らせて拘束をする。
「・・・これでいいか?」
「バッチリ。それじゃあ、少し離れてて」
そう言われたので、俺とティアは椅子から少し距離をとった。
すると、俺の視界の右側から唐突に水鉄砲が発射され、女の顔面に直撃する。
・・・何をするかくらい言ってほしかったな。
「・・・・・っ」
「おはよう、容疑者さん。そのケバいメイク、もっと高圧の水魔法で落としてあげようか?」
「・・・礼儀がなってない子ね」
「誘拐犯に礼儀が必要だと?」
「少なくとも、アタシが攫ったヤツらは皆、アタシに対して多少なりとも礼儀を弁えていたけれど?」
「何・・・?」
がっつり挑発に乗り、額に青筋を立てるサクラ。
まずいなと思った俺は数歩前に出てサクラを後ろに引き、女の目の前で威圧感たっぷりに口を開く。
「いいか、ご婦人。端的に言おうか」
「・・・あら、何かしら?」
さっきのトラウマもあるだろう女が、額に少量の汗を垂らしたのを俺は見逃さない。
俺は周囲への影響を無視して魔力を爆発的に放出し、自らの実力を大々的に示すとともに、言葉を続ける。
「お前の目の前に居るのは虚無の寵愛者だ。正義すら足元に及ばない強者の前でその態度とは、あまり感心しないな」
多少の誇大情報を織り交ぜながら話しつつ、俺は右手に固有武器を出現させてナイフに変化。
そして女の首元に当て、威圧する。
「・・・それとも、今度は喉元を掻っ切られたいか?」
「・・・・・何を言っているのかしら。もしアタシを殺せば、それこそアンタ達が求める情報は───」
俺の脅しに対しても、汗は流しつつも余裕そうな態度を崩さずに言葉を吐く女。
その姿を見て、俺は思う。
言葉で何かを引き出すことは、今の俺の実力では不可能じゃないかと。
なら、今すべきことは一つだ。
そう判断した俺は女の首元に当てていたナイフを逆手持ちにして、思いっきり振り下ろす。
「っ───!?」
凄まじい激痛が走ったのだろう。
女が必死に悲鳴を堪えている。
そして、女の左太腿からはどくどくと血が流れ出ていく。
「・・・・・」
だが、俺は何も言わない。
ただ真顔で女の顔を見つめれば、勝手に気圧されて勝手に口を開いてくれるから。
「っ・・・・・そうね。残念だけれど、流石に殺されるのは勘弁だわ」
女は汗をだらだらと流しながら、上を向いて喉元を無防備に露出し、両手を開いてこちらに向ける。
どうやら、もう抵抗する気はないということらしい。
そして、女は俺が固有武器をしまうのを確認すると、ほっと溜め息をつきつつ、項垂れてから独り言を呟いた。
「せっかく良い値で売れそうな子もいたって言うのに・・・・・これじゃあ台無しじゃない」
「・・・?」
少し、引っかかった。
わざわざ言う必要があるのかと。
だが、嫌な予感を感じた俺の思考は、すぐ隣から発せられた威圧感を纏う言葉によって妨害される。
「それを阻止するために彼らに依頼した。あなたが今すぐに場所を吐けば、処分は軽くしてあげる」
黙っていろと暗に伝えたのにな・・・と、サクラの怒りに満ちた表情を見ながら呆れる俺。
胸糞悪いし、さっさと吐かせるか。
・・・そう思い、女の顔を見てみると、何やら笑みを隠しているかのような表情をしていた。
人が怒っているのを見るのがそんなに楽しいかと、女の性分に少しばかり呆れたその時、女のニヤけ面から、再び言葉が吐き出される。
「・・・もし売れたとしても、使い物にならないわ」
「売らせないし使わせない。あなたの思惑は───」
サクラがまた反応しているが、いや、それどころではない。
「〜〜〜ッ!」
女の言葉を聞いて、俺は気がついた。
やっと、気がついた。
そして、凄まじい焦燥感が俺を襲う。
本当にやらかした、と。
「くそったれ・・・!」
俺は思わず湧いてきた一言を吐き捨て、全力で走って部屋を出た。
そして走りながら自分の体にプリセット1の身体強化を付与し、少し手こずって転びかけながらも、すぐさま外に出て空中へと飛び上がる。
続いて飛翔魔法を発動し、俺の思考を汲んだニアがHUDに表示してくれたマーカーを頼りに、全力で飛翔魔法を起動して移動を開始した。
その瞬間、俺の行動に驚いたティアから通信が入る。
『グレイア、どこに・・・!』
『攫われた人たちの所にだ! 早く───』
ばっと要件だけを言い残し、俺は通信を切った。
思考は焦燥と絶望に染まり、想定される中での最悪が起こりうる可能性が非常に高い現状に、俺はひどく気持ちの悪い汗を流しているのを感じる。
数秒後、マーカーの地点の上空に到着し、固有武器を短剣に変質させながら下を向いたところで───俺が思う最悪が、今まさに起こっていることが確定した。
「ッ・・・!」
俺の目下に魔物が3匹いる。
緑色の体色、小柄な体躯、持っているのはナイフや棍棒。
間違いない。あれはゴブリンだ。
「あの女郎、証拠隠滅を図りやがった・・・!」
これで確定した。
俺が見逃した事柄と、あのクソアマが図ったことが。
「─────」
だがもう、時間がない。
思考をしている時間はない。
俺はすぐさま瞬間移動魔法を使って転移し、まず一体の脳天を上からぶち抜く。
そしてもう2体はこちらに気づく前に、俺の分身がそれぞれ首を跳ね飛ばす。
『魔力反応は計7体、そのうちの4体が洞窟奥に固まっています』
降りてから気づいた、崖下の洞窟。
その中には、あのクソどもに誘拐犯された人たちと、証拠隠滅のために誘引されたであろうゴブリンたちがいる。
俺はニアの情報と自分の目に映るHUDの情報から、ゴブリンたちの大まかな配置を見積もり───一気に殲滅せんと、凄まじい力を込めて地面を蹴った。
「ギギッ!?」
「ギキャッ!?」
入口から入って少しの所に居た見張りを2体、片方は額に刃をねじ込み、もう片方は額から引き抜いた勢いで放つ斬撃で首を飛ばす。
そして襲撃に気づいていないもう1匹は、上段から振り下ろした刃で真っ二つにぶった切り、無力化。
最後、洞窟奥で群がっていたヤツらは、丁度そいつらの中心に瞬間移動するように調整し、魔力を全身に巡らせながら魔法を起動。
続いて剣を地面に突き刺すと、俺は力いっぱい魔力を放出しながら、辺り一帯の魔素をかき乱す。
「だああああああッ!!!」
絶叫を詠唱代わりにして放たれたストーム・プロテクションは、洞窟奥に群がっていたゴブリン達の肉体を容赦なく消し飛ばし、普通は残るはずの魔石すらも残さない。
それどころか、あまりの魔力圧力により壁が抉られ、部屋が一回り大きくなった気すらする。
ぱらぱらと聞こえる小石の音も、きっとそれが原因なのだろう。
「はあっ・・・! はあっ・・・!」
息が苦しい。
一時的とはいえ肉体から全ての魔力を吐き出したがゆえに、肉体が重度の魔力不足による発作を起こしているのだろう。
本来は物理的な破壊力がゼロに等しいはずの技が壁を抉ったのだ。
こうなるのは必然だと言える。
「はあっ・・・・・はあっ・・・・・」
俺は頑張って息を整えながら、HUDに写った生体反応の方を見る。
点はふたつ。
だが、この場に漂う鉄臭さが、もう既に事切れた人間が居ることを暗に示してくれる。
「・・・・・・・」
「・・・ご・・・・・が・・・ぁ」
・・・性的な意味で襲わないだけ、この世界のゴブリンはマシだと言うべきだろうな。
「・・・畜生」
俺が見た生体反応はふたつあった。
そして、俺が見た生存者は見るも無惨な姿だった。
片方は息をしているのかすら怪しく、両腕と右足をちぎり取られている。
もう片方は五体満足なものの、腹と胸に刺し傷・・・というか、何かをねじ込んだような痕が大量にあり、今にも失血死しそうな勢いで穴という穴から血を垂れ流している。
「・・・・・ニア」
『はい』
転生して最初の、あの地獄絵図を思い出す。
まるで、調子に乗るなと───そう、言われているようだ。
「生きているヤツらだけでも助ける。手を貸せ」
『・・・了解です』
気を引き締めよう。
絶対に、死なせるわけにはいかないのだから。
良く考えれば回避出来たことだろ───みたいなツッコミはナシでお願いしますね。
誰しも、その仕事や状況に慣れてきた頃が最もミスをしやすいですし、ミスをした事実なんかも見逃しやすいんですから。