1-1:大々的な入国
ミコト国。
世界で唯一の、永世中立国である。
───ひとつ、現状に対して不満な点がある。
まあ、確かに俺は望んで名を売った。
ナギからも、民間人からは相応の対応をされるだろうという話をされたし、俺はそれに同意して戦いに挑み、無事に有名になったと言える。
そして、何回も同じことを想起して、その度に考えるのだ。
・・・ここまで有名になるとは思わなかったな、と。
「見送りはここまでとなります、グレイア様」
「ありがとう。助かった」
見送りを担当してくれたキクさんの部下が、俺に対して敬礼をしながらそう言った。
この場所、ミコト国との国境検問所までは馬車で移動しており───国境以降は諸事情のため、あとは3人で移動してくれとのお達しだ。
そうするなら、見送りは王都の門までで良かったものを、王国側は何故か国境まで見送りに来た。
そっちにも事情があるとは言われたが、まあ、それによって起こる事を分かっていてこうしたのなら、ナギの野郎は一度殴ってやらないと気が済まない。
『ギャラリーは300人ほど。憲兵も出張っているということは、これは正義の寵愛者が予め計画していた事象である可能性が高いです』
「・・・だろうな」
幸いな点は、ここがもう検問所まであと一歩のところであるという点か。
仮にもう少し遠くに降ろされたとしたら、両脇に居るギャラリーに見られながら歩くことになる。
そうなると、注目されていることに慣れていない人間には難易度が高すぎる状態となってしまう。
となると、流石にここは配慮してくれたのか。
「・・・では、我々はこれで」
「ああ。ナギによろしく伝えておいてくれ」
「承知しました」
そう言うと、騎士達は帰りの支度をし始めた。
俺達ももう、ここにいる理由はないし、検問だって特例で必要ないことになっているため、ここを発つことにする。
「じゃあ、行くか」
「うん。行こう」
ティアと2人で検問所をくぐり抜け、憲兵の敬礼を受けながら歩いていく。
あとはこの長い橋を渡れば、ミコト国だ。
─────1節:縁のお膝元
ミコト国。
この世界に存在している国の中で唯一の永世中立国であり、唯一、転生者が国のトップを務める国である。
また、この国は体制だけでなく、その土地にも特筆すべき点があるそうだ。
というのも、このミコト国は大陸の端に位置しているのだが、立地の関係上、完全に大陸から切り離されているような構造をしている。
西と北には巨大な川が流れており、橋を使わなければ移動することができないうえ───北側の対岸には世界有数の山脈が連なっているという、天然の要塞みたいな環境。
東と南には大海原が広がっており、穏やかな海流が故に海運や漁業がとても盛んで、固有の特産品も大量に存在しているそうだ。
今回は仕事なので観光には行けないが、首都で何か楽しめるものがあったら良いな・・・なんて思ったり。
ちなみに、依頼主である合縁の寵愛者曰く、1ヶ月以内には顔を合わせたいとのことだ。
なので、だいたい2週間くらいで首都にたどり着ければ良いなと思っている。
「・・・それなら、どういう道順で行くの?」
橋を渡り終えて街道を歩いている最中、俺の思考から事情をあらかた悟ったティアは、ひとつの質問を投げかけてきた。
「ほぼ最短で行く。寄り道をすると中継地点での時間が短くなるし、俺個人としても、可能ならリミットの1週間前には首都に到着しておきたい」
「把握・・・。というか、きみは時間に余裕を持たせたいタイプなんだね」
「ああ、そう育てられた」
育てられた・・・とは言っても、べつに言って聞かされたわけじゃなく、親の行動を真似ていたらいつの間にか身についていたというだけの話。
とくに明確な目的地がある場合なんかは、道中のタイムスケジュールは可能な限り把握しておきたいし、移動手段は待ち時間があっても構わないから確実な方を選びたい。
だからこそ、今回は最速のルートを選ぶのだが、まあ、ニアには苦労をかけた気がする。
何せ、今回の移動経路のタイムスケジュールは全てニアが組んでくれたのだから。
ニアにはだいぶ感謝している。
「マスター。そのまま道なりに進んだ場合、本日の目的地に到着する時間は11時です。参考までに」
と、噂をすればニアが通知をしてくれた。
現在時刻は9時半だから、かなり歩くことになるな。
国境から最初の街まではかなり長いらしい。
「・・・どうするの?」
なんてことを考えていると、ニアの通知と俺の思考を慮ってか、ティアが静かに問いかけてきた。
当初の予定ではスネス王国内で護衛系の依頼を受けることで移動手段を確保するつもりだったのだが、ナギの中途半端な気遣いのせいで予定はパー。昼過ぎ以降の予定に支障は出ないにしても、本来は必要なかった選択が必要になっている。
ナギのやつ、本当に余計なことをしてくれた。
どうせ政治的なアピールがどうのだろうが、そもそも俺はスネス王国所属じゃないだろうに。
「・・・・・今は活動拠点を探すのが先決だ。昼前に宿を確保できれば、今日はもう自由になる」
「それじゃあ、今から走る?」
「走るし跳ぶ。どうせ速く移動するなら、とんでもなく近道した方が気持ちいいし」
「・・・少し同意できるかも」
少し前に夜の街を駆けた時も然りだが、素早く移動するのは本当に気持ちが良い。
それにティアも同意してくれると言うのなら、いよいよやらない理由がなくなってくる。
『把握。マスターのHUDに、目的地のマーカーを表示しました。役立ててください』
「ありがと」
目的地までは直線距離で5キロメートル。
そして、ナギの命令か何かで検問所を一時封鎖していたためか、現状、規模の大きい街道にしては人や馬車の量が少ない。
これなら、誰かに迷惑をかけることは限りなく少ないだろう。
「・・・行けるか?」
「うん。いつでもいい」
ティアに確認をとった後、俺は20パーセントの身体強化状態に入ると、目に広がる山々より高く跳び上がる。
次に、跳躍した先でバリアを展開し、HUDに表示されたマーカーを頼りに目的地の街を目視した。
建物の詳細は見えないが、なんだか日本チックな街並みが見えるような見えないような。
あと気にすべきことは・・・・・
『───補足。現在地点であるミコト国西端は、地理的な特性から魔物が多く、農地が少ないことで知られています。そのため、移動の際に農地を気にする必要はないかと』
気にすべきことは・・・と、ついでに聞こうとした事柄を、ニアが勝手に察して通知してくれた。
だが、なるほど。
それなら、今の状況に色々と噛み合っているな。
「・・・ニアさんは何て?」
「移動する時に気にすべき事は無いって。なんか、魔物が多いから西端は農地が少ないらしい」
俺はそう言うと、バリアの角度を少しだけ変えてからバリアを蹴って跳躍し、そのまま飛翔魔法を起動して空を飛ぶ。
バリアを伝って行くのも良いのだが、やはり幼少期に憧れていたエフェクトを放出しながらの飛翔は、その燃費の悪さに目を瞑りなくなるくらいの魅力がある。
まあ燃費の悪さと言っても、実用上十分なくらいに速度は出るから有用ではあるのだろうが───にしたって燃費が悪すぎるので、結論、こいつは浪漫枠がピッタリだろう。
現に、ティアは馬鹿やっている俺を横目に、真面目に魔力をコントロールしながら飛んでいる。
「─────」
そんなこんなで飛んでいるうちに、マーカーまでの直線距離が1キロまで縮まった。
もうとっくに山は越えているし、空中にいることを踏まえれば、既に降りていてもいいくらいの頃合だ。
「・・・ん」
そして、いざ降りるぞと思って飛翔魔法のコントロールを行おうとしていたところ、近づいてきたティアに肩を叩かれた。
なんだろうと思って振り返ってみたら、ティアは俺の方に右手を差し出し、手をとれと言わんばかりに視線を向けている。
「・・・・・瞬間移動、しないの?」
すっごい純粋に疑問に思っているんだろうなって顔でそう言われ、ようやく思い出した。
そういえば前回こうして移動した時、最後の方に俺が横着して瞬間移動したんだったな。
そんでもってその時、ティアの手をとって魔法に巻き込んだんだった。
「・・・忘れてたわ」
「・・・・・」
まあ、とにかく。
ええ・・・。って顔をしているティアが差し出した手をとり、着地しようとしていた場所に向かって瞬間移動魔法を使用した。
今度は前と違ってコツを掴んでいるため、移動位置のダブりを恐れたせいでああなった、そこそこ荒々しい着地にはならない。
ちゃんと手を繋いだまま、直立して出現する。
「よっし・・・到着」
街道のはずれに着地し、繋いでいる手を離す。
すると、ティアが目を丸くして俺の後ろを見ていたので、なんだろうと思って振り返った。
そして飛び込んできた景色には、俺も随分と驚かされる。
『目的地、村木町に到着です』
同時にニアの通知が飛んできて、ようやく全てを察した。
国の名前も、制度も、街並みも。
その全てが、既に知っていることで満ちていて───これはもう、中世の日本国と似通っていると言って差し支えないだろう。
というか、普通にお侍さんが歩いている。
べつに頭ちょんまげじゃないけど。
『・・・王都に存在していた情報から、クオリティが保証されている宿泊施設にマーカーを設定しました。尚、4分の3が冒険者協会の提携店です』
「ああ、ありがとう」
たしか、冒険者だと割引してくれるんだったか。
今の俺たちにはナギに貰った資金があるため、べつに必要ないと言えばそうなのだが、まあ、1円でも安くなるなら利用しない手はない。
「・・・じゃあ、まずは宿を取るぞ」
「うん。泊まる所の目星は?」
「ニアがつけてくれた。俺たちはそこを巡って、良さげな所を適当に選ぶだけでいい」
「・・・ニアさん、すごいね」
「・・・・・ぶっちゃけな、有能すぎて全部任せてる気がする」
本人が『構いません』とか言うものだから甘えているし、元々そういう存在として俺の所に送られてきたのだろうから、ニアの仕事量を俺が気にする必要はない。
ただ、どうしても便利過ぎると不安になる。
ダメ人間にならないためにも、少しくらい不便にする所を探さなきゃな。
どうも。
ようやく2章が始まりました。
そして、ようやく敵対する転生者も多数出てきます。
私が書くのが大好きな戦闘シーン、いっぱい書けます。
モチベ爆上がりですね。