3-8:正義からの依頼
仕事の依頼。
───宗教
この世界におけるファンクラブというのは、おおよそ宗教としか形容できないものであり、相応に厄介な活動を行っているのが常。
代表例は正義の寵愛者を慕う者達の集い、「広義なる正義の僥倖」が持つ権威の大きさ。
国内でしか活動するなというナギの方針が故に、国外への布教活動はしていないものの───しかし、王国に籍を置いている者であれば「広義なる正義の僥倖」にマイナスなイメージを持つことは、半ば自殺行為であるとすら言える。
───正義の寵愛者の意思は崇高なもの
───絶対的な正義であるため、敵対存在は須らく悪
───神に認められた人間が間違っているなど有り得ない
そんな馬鹿らしい思想、造語として表すなら「正義神授説」とでも表すべき代物が、「広義なる正義の僥倖」が持つ方針であり、当然のルール。
彼が死ねと言えば死ぬし、脱げと言えば脱ぐ。
無論、そんなことを言うわけがないと、皆は信じているが。
だが事実上、この組織は正義の寵愛者直轄の諜報部隊のような側面も持っており、他国では警戒の対象。
正義という名の独善を盲目的に信仰し、その他を排除せんとする、ある意味で言えば凶悪極まりない宗教。
「そういえば、名前は何にしたんだい?」
そして、そんな「広義なる正義の僥倖」に相対する可能性を持った宗教───否、正しい意味でのファンクラブが、もう既に誕生しているわけである。
かの組織とは対照的に、自由で奔放、何にも縛られないことだってできるし、べつに縛られたって構わない。
上は下に命令しないし、下は上に絶対を求めない。
本当の意味で、グレイアの「ファン」達が集うコミュニティ。
「・・・べつに。俺はコミュニティを認知しているだけで、それ以上でもそれ以下でもない」
「というと?」
「コミュニティの運営や活動に、俺は一切の関与をしないってことだ。
もちろん名称にも口は出さない。俺のことが好きな物好きがいるというのなら、そいつらだけで好きにしててくれ」
現時点での参加者は50名弱。
このコミュニティに思想はなく、ただ単に、虚無の寵愛者を慕っているという旨を示すだけである。
「・・・だが、もし無関係の人に危害を加えるのであれば───俺は忠告をせずにコミュニティを潰す」
「・・・・・凄まじいね。覚悟ガンギマリだ」
「これに関しては口頭でしっかりと伝えておいた。
流石に最低限のラインは示しておかないと」
それが最低限の良識だと、ナギからすれば当て付けだと捉えられるような言葉を口にしたグレイア。
続けて彼は、だが・・・と言い、急に悪い笑顔を浮かべると
「───俺を慕っているのなら精々、俺の好きなように利用させてもらう」
そう、なんだか可愛らしくも感じる自分勝手を宣言し、ナギに少しばかりの微笑みを提供するのだった。
▽ ▽ ▽
「───待たせたか」
疲れている。
人目見て、何も知らない俺にそう感じさせるほどに、彼は───この国の王、エドワルドは酷い色で顔を染めながら、俺たちが居る部屋に入ってきた。
本当に酷い顔色だ。
まるで、3日間連続で徹夜をした上に、大量のエナドリをキメてしまったサラリーマンみたいな。
「あまり、無理はしない方がいいと思うよ?」
「・・・同意する。俺との顔合わせは初日でやってるし、そう無理して顔を出す必要なないと思うんだが」
ナギの心配に同調し、あまり酷いようなら居る必要は無いという旨の文言を伝える。
だが、まあ、当然と言うべきか、彼は構うなと言わんばかりに右手のひらを突き出し、制止の意思を見せた。
「・・・・・すまない、公務が立て込んでいてな。
3日ほど寝ていないゆえ、こんな醜態を晒していることを許してほしい」
「理由が理由なら気にしない」
「・・・感謝する」
それに、そこまでして俺と顔を合わせるということは、何か大事なことを伝えたいということなのだろう。
なら、もう余計なことを言う必要はない。
「では、まず初めに・・・私が君をここに呼んだ理由を」
彼は表情を立て直し、俺と真っ直ぐに目を合わせて話を始めた。
初めて会った時の、あのトンデモブラックジョークを飛ばしてくるオジサンとは別人みたいだ。
「・・・少し前、交友関係にある隣国から、ひとつの文書が届いた。ナギ、渡せ」
「了解だよ」
ナギは端的な返事をすると、俺に3枚の紙が束になった書類のようなものを手渡してきた。
なんだろうと思いつつも、話が続くのかなと思って王の方を向いたら、彼は目を瞑って頷いた。
どうやら読めということらしいので、俺は文書に視線を落とす。
「─────」
書き始めは何の変哲もない、日本語らしい挨拶。
今は初夏らしいので、それに合わせた異世界らしい情景が浮かんでくるような文言が綴られている。
というか、1枚目は裏表ともに何の変哲もない手紙であるようだ。
内容は日記の延長線上みたいな、それこそ交換日記のソレと言って差し支えない内容。
だが、2枚目に差し掛かった瞬間、文字から受ける雰囲気は変わった。
なんというか、端的に言えば「依頼書」といった雰囲気で、事務的な説明とともに募集要項が表記されている。
されているのだが・・・どうにも様子がおかしい。
「・・・・・理解できたか」
「可能であれば転生者。そして実力はSランク以上、気性は的穏やかであるほど良い・・・と。
素人目から見ても、どう考えたってリクエストがシビアすぎる」
「・・・そうだ」
要求する人材について。
おかしい・・・は少し言い過ぎだとしても、かなり無茶だ。
転生者のアベレージが高いということを想定しているとしても、これでは一度に2,3人の転生者と戦うことを想定しているみたいではないか。
「切羽詰まっているのは確かだ。確か・・・なのだが」
「・・・もしかして、王国側も人手が足りないと?」
「・・・・・肯定しよう」
「なるほど」
となれば、俺が呼びつけられた理由も明確に見えてくる。
そして、ここで俺が依頼される事柄についても。
「不躾な頼みであるというのは理解している。だが・・・」
「───問題は、だ」
また謝罪を並べられそうだったので、俺は彼の言葉をぶった斬って言葉を吐き出す。
そんな意味の無い文言より、こっちには聞きたいことがあるんだ。
「あんたがその依頼をさせたい相手はどっちだ?
冒険者として活動している方のグレイアなのか、それとも、強大な実力を以て正義を打ち負かした虚無の寵愛者なのか」
「・・・・・」
「・・・まあ、依頼を受けたのが前者であれ、後者であれ、俺が依頼を遂行するという意思が変わることはない。それは断言できる」
「・・・・・つまりは、仮面選びか」
「厨二病みたいで嫌だな、その表現」
仮面選び。
嫌な表現ではあるが、間違ってはいない。
ここで彼が依頼をする相手が、冒険者としての俺なのか、転生者としての俺なのか、それぞれで依頼主に対する対応が変わってくる可能性は高い。
イメージというのは大事だ。
べつに俺は聖人じゃないし、視界に入るものを片っ端から助けていくような正義感があるわけでもない。
だが、そうだとしても、転生者という時点で一定以上の影響力や拡散力がある以上、ある程度「虚無の寵愛者」としてのイメージを固めておく必要があるわけで。
もし後者として依頼してくれるのなら、それが楽になる。
名乗るだけでも知名度は変わるし。
「だけど、肯定はする。
もし、今ここであんたが後者の俺に依頼するって言うなら、べつに報酬の話とかは無くていい。
名声を得てもいい名分があるってだけで、俺にとってはその辺の金銀財宝より価値がある」
「律儀だね。君は」
「・・・好き好んで名声を上げたいわけじゃないから、パッと見そう感じるだけだ。
わざわざ選ばせてまで名分を得ようとする方が意地汚いだろ」
「どうかな。少なくとも印象は良いと思うよ?」
「そうだといいな」
自分の行動を客観的に見て、それに対して否定的な意見を述べる俺と、考え方が食い違ってるせいかフォローをしてくれるナギ。
はたから見たら、俺はただ友人のフォローをないがしろにしているネガティブなヤツに見えることだろうな。
・・・と、何やら王の顔つきが変わった。
多分、何かを宣言するのだろう。
そんな雰囲気だ。
「・・・・・了解した」
「・・・ん」
「私は、ミコト国救援の依頼を虚無の寵愛者に任せる」
転生者としての俺に依頼する・・・か。
色々と心配事も増えるだろうが、まあ、彼には頑張って欲しいところ。
「厳しい依頼になるだろうが、頼まれてくれるか」
「・・・ああ。任せろ」
嘘偽りない、返事。
頼まれたものは最後まで遂行するという意思を、しっかりと示しておく。
「そうと決まれば、ブリーフィングを始めようか」
「・・・今から?」
「そうさ。情報の共有は早い方が良いだろう?」
ナギはなんだか得意げな顔をしている。
たぶん、最初からこうなると予測していたな。
「了解だ・・・。分かりやすいようにしてくれよ、ナギ」
もし、本当にこの結果を予測していたのだとするなら、これから始まるブリーフィングの内容も、それ相応にしっかりとしたものであるはず。
ただまあ、情報量は少ないだろう。
言葉の意味や手紙の内容を踏まえても、それは明らかだ。
あとはその情報の中で、いかに使える情報があるか。
・・・聞き逃さないようにしないとな。
以上で、1章は終了となります。
次回からは2章に入り───主人公達は半ばチュートリアルの舞台だったライ・スネス王国を出て、問題解決のために奔走することになるでしょう。
強大な能力を有する転生者との戦いや、新たな組織による陰謀など・・・沢山の要素が出てきます。
どうか、これからも、この作品をよろしくお願いします。