幕間:静かな夜の街で
目的は後で作る。
どうせ、運は良いのだから。
夜も更け、時刻は21時。
俺はひとり街に出て、なんの目的もなく足を進めていた。
『商業エリアはそこを右に。
そうすると路地を抜けて、通りに出ることができます』
「ありがと」
まあ、深夜である。
こんな時間に出歩いている理由というのは、まあ、お年頃なので深夜に街をぶらつきたいと思ってしまったから。
あとは最初に王都の街並みを見た時、夜に出歩いたらさぞかしイイ感じの景色が見えるんだろうなと思ったから・・・というのもある。
ただ、今はテキトーに進みすぎて迷ったので、ニアにナビゲートをしてもらっている状況だ。
道端でぶっ倒れてる(寝てるのかもしれない)ホームレスや子供、てくてくと自由気ままに闊歩している猫やらなんやらを横目に、俺はひとりで路地を進んでいく。
そうして歩いていった先に見えた路地の出口をくぐると、そこはどこか見覚えのある通りだった。
『ここはマスターが騎士団長にペンを買っていただいた文房具店がある通りです。
人はゼロに近いですが、どうやらこの時間帯でも経営している店はあるようで』
「ふーん・・・」
ニアが色々と解説をしてくれているが、まあ、べつに店に寄っていく気はない。
今日は街をぶらつきたいだけだ。
「・・・・・」
俺はテキトーに方向を決め、再び歩き出す。
わずかに点灯している店の明かりと、常に仕事を全うし続ける街灯の明かりで、この通りは随分と明るい。
下手をすれば、現代のビル街に匹敵するほどの明るさではないだろうか。
人通りも非常に少ないが、全くないとは言えないくらい。
恐らくは夜職の人だとかで、近くの通りに娼館やらなんやらの大人のお店が建ち並ぶ場所があるのだろう。
事実、通行人の割合は、際どいドレスを着た豊満な女性か、ガタイの良い異種族系の黒服男性が殆どだ。
稀に1ヶ月くらい風呂に入ってないんだろうな・・・という服装の人が歩いているのは、たぶん浮浪者だな。街中を普通に歩けているということは、まあ、死にはしない程度には王都の治安が良いことの証左だろう。
さっきの路地裏も、血だとか死体だとかは無かったし。
「・・・うん?」
そんなこんなで、ぶらぶらと歩いていたのだが。
ふと俺の視界の隅に、覚えがあるタイプの明かりが見えたような気がした。
「あれは・・・・・」
遠くなのでよくわからず、じっと凝視してみたら、まあ驚いた。
あれはテレビだ。
しかもガラス張りの店頭展示とかいう、昭和の商店街でしか見なさそうな売り方のやつ。
確かに「アーカイブ」とかいう映像記録媒体の存在があることから、何らかの手段で映像を見ることができるデバイスがあるというのは予想していた。
だが、まさかテレビだとは。
しかも旧式の、それこそブラウン管のタイプと同じような見た目で売られているなんて。
「・・・・・」
近づいて見てみた。
画質や色彩は申し分なく、ざっと見た感じ、映像を映し出すための媒体は魔力を用いた何らかの技術によって成り立っているのだと思う。
現に、探知魔法を展開してみると、めっちゃ空気中の魔素が揺れているのが見える。
電源もないだろうし、恐らく、こういうところに魔物からぶち抜いた魔石とかを使うんだろう。
それと、映されているアーカイブの映像が、俺とナギの戦いの時の映像だったりして少し嬉しい。
あの戦いからは割と時間が経っている気がするのだが、それほどまでに話題性がある戦いだったのだろうか。
それとも、こういうアーカイブというのは、そうそう面白いものが更新されるようなものではないコンテンツである・・・ということなのだろうか?
「・・・・・あの」
あっと、夢中になりすぎていたな。
肩を叩かれてやっと、右隣に立っていたお姉さんの気配に気がついた。
「まだ・・・お店、開いてますよ・・・・・? 」
もじもじとした態度の、店員らしきお姉さん。
時間が時間であるが故に客が居ないのか、外で商品を見ている人間を引き込みに来たらしい。
「・・・店に入る程じゃないんで遠慮しときます。
ここに立ってたのも、これを久しぶりに見てびっくりしたからですし」
「え、あっ・・・勘違いしてしまってすみません・・・・・」
存外よく喋ったからなのか、お姉さんは驚きつつ、たどたどしい態度で謝罪を返してきた。
そして、その間も音と映像を垂れ流し続けるテレビ(?)。
どこで撮ってたんだってくらいの綺麗なカメラワークで映し出される、俺とナギの掛け合い。
『・・・ちょっと、ピキったかな』
『言ってろ』
この会話が出たということは、そろそろ戦いも中盤に差し掛かる頃か。
それにしても、本当にどこで撮ってたんだろう。
「・・・あ」
「?」
と、急にお姉さんが何かに気づいたように声を上げる。
なんだと思い、俺がお姉さんの方を向くと───お姉さんは物凄く驚いている表情で、かつ口を抑え、俺を信じられない物を見るような目で見ていた。
そして、震える右手を俺の方に差し出し、恐る恐る質問を口にする。
「もしかして・・・・・グレイアさま・・・ですか・・・?」
間違っていたらどうしようという顔と言い方だが、まあ、ここまで材料が揃っていたら聞きたくなるのも無理はない。
というか、そこまでビビっていて尚、あんたの中では恐怖心より好奇心の方が強かったんだな。
「・・・驚いたか?」
「・・・・・!!!」
なんか、心底嬉しそうな顔をされた。
ついさっきまでの怯えた表情が嘘みたいだ。
「あれ・・・でも、グレイアさまがどうしてここに?」
「・・・少し散歩を。
異世界に来たんだったら、こういう景色を楽しんでおくのも良いなと思って」
「景色・・・ですか?
楽しむといっても、ただの道と建物ですけど・・・・・」
首をかしげ、キョトンとした顔でそういうお姉さん。
まあ、しかし、こればっかりは理由を説明しないと現地の人は理解に苦しむことだろうから、こういう反応をされても仕方がない。
かく言う俺も、海外の人が何の変哲もない住宅街を見て感動しているのを見かけた時は、その理由を知るまで頭の上にハテナを浮かべていた。
ちなみに、その外国人さんは「アニメで見た景色と一緒だ!!!」ってカンジで感動していたらしく、そういう目的で来日するという例もあるのかと感心したのを記憶している。
「ただの道と建物だからだ。
新鮮な気持ちでいられるうちに、初めて見た景色を楽しんでおきたい」
「新鮮な気持ち・・・・・」
実際、人間が物事に慣れる早さというのは凄まじい。
もう既に、俺は昼間の王都の景色に、当初のような新鮮さをあまり感じなくなった。
観光地には行っていないから、そういう所に行けばまた話は別なのだろうが───それでも、もう既に慣れてしまったというのは事実。
だからこそ、こうして特異なシチュエーションを作り、その空気で酔うことで楽しもうとしている。
「・・・なんだか、私が思っていたよりもロマンチストなんですね。グレイアさまって」
「否定はしないよ」
思わず笑顔を零しながら、俺はそう言った。
すると、お姉さんは何か戸惑ったような様子を見せた後、再びもじもじとした態度をしながら俺に言葉を投げかける。
「ちょ・・・ちょっと待っていてください。すぐに戻りますから」
「?」
そう告げると、そそくさと店に戻り───10秒もしないうちにまた出てきた。
そんな彼女の右手には、何か四角い物体が握られている。
「はいっ、これです」
「・・・カセットテープ?」
差し出されたものを見て、俺は咄嗟にそう口にしたものの───これはどう見たってオーディオ用のカセットテープにしか見えない。
「アーカイブの記録媒体です。
私のお店、アーカイブとモニタの専門店でして」
「・・・・・サインでも書けばいいのか?」
「はいっ。家宝にしますから・・・!」
「・・・わかった。少し待ってろ」
俺は返事をすると、虚空からキクさんに買ってもらったペンを取り出し、魔力を込めてから筆を走らせる。
どうやら空のカセットテープらしく、表にも裏にも題名は何も書かれていない。
そして、どうにも名前だけでは物足りないと思った俺は、表面に名前を、裏面に何か追加で書くことにした。
あまり字は綺麗じゃないが、読める筆記体ってだけでまあマシだろう。
「・・・・・」
と、ここまではいい。
いいのだが、まだ何か足りないような気がする。
「・・・・・ニア」
『把握。手伝います』
ニアが俺の呼びかけに応え、端的な回答をしてくれる。
なんとなく、まだ何かが足りないような気がした。
だから、らしい要素を付け足してみようと思う。
HUDに表示された情報を頼りにして、頭の中でカセットテープに刻む術式の構成を固めていく。
そして、空中に放り出したテープに魔力を込め、色々とフィーリングで術式を刻む。
「眩しー・・・」
ついでに、なんかよくわからないが光っていて眩しい。
近所迷惑にはならないだろうが、まあ、とにかく眩しくて仕方がないな。
「・・・できた」
ゆっくりと落下するカセットテープをキャッチし、両面を確認する。
とくに文字が薄れたりだとか、そういうことはなさそうだ。
「えっと・・・・・今のは・・・?」
「ちょっとしたお遊び。
このカセットテープに、少しギミックを仕込んでみた」
俺はそう言いながら、手元にあるカセットテープをお姉さんに手渡した。
「・・・とは言っても、そのギミックは滅多に発動しないだろうけど」
「それは・・・どうしてですか?」
「こいつのギミックが発動する時があるとすれば、その時は、この街がヤバい状況だろうからだ。
この国の、ましてや王都がヤバい状況になるなんてこと───万が一、億が一にでも有り得ないってのは、あんたら国民が1番よくわかってるはずだと思う」
「はい」
転生後の短い間でも感じられるほど、正義の寵愛者というのは凄まじい権力があると思う。
暇神様の根回しも多少はあるだろうが、それにしたって今の俺は活動の殆どをナギにバックアップしてもらっていて、その上で、今後の活動のためにと金すらくれると言われた。
金はべつに問題のない程度の額面だったのだが、留意すべきはバックアップの質。
ただの善意ならまだしも、俺は「受けた恩の分は仕事をする」と断言しているため、何かをさせられるのだと思われる。
まあ、そのバックアップがなかった場合は、それこそ1から名声を得る必要があったため、感謝はしているわけだが。
「構成内容は秘密。
それこそ、発動しない方が良い内容だから一生お目にかかれないことも─────」
と、ここまで口にした時だった。
「───ん」
ぽつ、ぽつ・・・と、露出している肌に雨粒が当たるのが感じられる。
そして、10秒もしないうちに雨は勢いを増し───傘を刺さなければ風をひくくらいの勢いになった。
「あっ・・・雨・・・・・」
カセットテープをぎゅっと握り、なんだか惜しそうな表情をしているお姉さん。
そんな彼女を横目に、俺はさっと魔力を操作し、体と服に雨が当たらないように魔力の膜を形成する。
要は合羽だ。
「・・・どうやら時間らしい」
少し話しすぎたな・・・なんて思いつつ、次の行き先を決めるためにHUDの調整をしていると、お姉さんが俺の肩をぽんぽんと叩いた。
なんだろうとお姉さんの方を向いてみると、こちらを向き、ぴしっとした姿勢になった彼女が、めちゃめちゃ綺麗なフォームで頭を下げる。
「あ・・・ありがとうございました・・・・・嬉しかったですっ・・・!」
「どういたしまして。風邪ひくから早く室内に戻りな」
俺はそう返事をすると、瞬間移動魔法を使って店の屋根の上に移動する。
すると、お姉さんはキョロキョロと辺りを見回すような素振りを見せた後───もう1回、次は何も無いところに頭を下げてから、室内に入った。
そんな彼女を見て、礼儀正しい人だったなと思っていると、ニアが話しかけてくる。
『補足。彼女の言動は嘘偽りないものであり、マスターとの接触によって幸福になったというのは事実です。余計な自己嫌悪はなさらないように』
「・・・薮蛇だぞアホタレ」
なんだ突然。
いくら前世の俺の自己評価がネガティブ寄りなものだったとはいえ、流石にもう自己肯定感は回復してきているはずだ。
いや、もしかしたら自分の気づいていないところで自己嫌悪をしているのかもしれないが、気づいていないなら知ったことでは無いし、知ろうとも思わない。
『そうですか。では、次はどこに行きますか?』
「冒険者ギルドに行く。あそこの酒場に寄ってみたい」
『把握。位置を特定し、HUDにマークします』
淡々としたやり取りを済ませ、少し待機する。
すると数秒後、俺の視界の隅にひし形のマークが出現し、ギルドの建物の位置を通知してくれた。
「んじゃ、行くか〜・・・」
ぐい〜っと伸びをしてから、軽い身体強化魔法を脚に付与し、迷惑をかけないようにバリアを生成しつつ街中を駆け抜ける。
人通りの少ない路地に入ってみたり、飛び上がって鳥を避けながらダイナミックに空を駆けたり、はたまた愚直に最短距離を詰めてみたり。
とても気持ちのいい道中を楽しみながら進んだ結果、3分かからなかったくらいでギルドの建物の前に到着した。
『・・・楽しんでおられるようで何よりです。マスター』
「ふふん。楽しんでるぜ」
気分が乗ったのでドヤりながらそう言うと、なんだか頭の中でため息が聞こえたような気がした。
ニアのやつ、なんか凄い器用なことしてるな。
『・・・・・まあ、いいです。とにかく、ギルドの建物に入る際は、できるだけ「虚無の寵愛者」で居ることを推奨します』
「ん、それは臨機応変にな」
わりかし重要そうな忠告だが、まあ、その辺はフィーリングでなんとかなると思っている。
だから忠告は聞くだけだ。
「・・・・・」
そうしてギルドの建物の中に入ったものの、中はあまり煩くはなかった。
入口から見て左側の食堂兼酒場みたいな場所で、数組のパーティーが騒いでいるのが確認できるだけで、それ以外の人たちは静かに食事だったり晩酌だったりをしているっぽい。
右側の依頼系のものが集まる場所は、だいたい2,3組のパーティーが依頼を選んでいる。
どちらも、思っていたよりは静かだ。
「───おい」
突然、俺の左肩を男性がぽんと叩いた。
なんだろうと思いつつ声をした方を向くと、そこにはいかにも冒険者ってかんじの格好をした渋めのおじさんが樽ジョッキ片手に立っている。
「こんな時間にお出かけか?
子供はもう寝る時間だぜ、ガキんちょ」
おじさんはそう言うと、樽ジョッキに入っている飲み物を一気に飲み干し、俺の言葉を待つ。
どうにも敬語じゃダメそうだなと思った俺は、特段飾ることもなく、普通に言葉を発する。
「・・・この世界なら成人してる。
それに、背が伸びることは望んじゃいない」
「ほう」
成人の年齢は15だか16だか・・・自分に関係無さすぎて忘れてしまったが、どちらにせよ成人はしている。
まあ、肉体の年齢は知らないが。
「お前、転生者か。名前は?」
「グレイア。2つ名は虚無の寵愛者」
「ほうほう。お前があの・・・」
興味深そうな素振りを見せたおじさんは、樽ジョッキを虚空にぶちこむと、俺の顔をまじまじと見つめた。
「そんで? 虚無の寵愛者サマがどうしてここに」
「少し依頼を見に。どうせ24時間開いてるなら、人が少ないうちに色々と見ておいた方が良いから」
「なるほどな。それは正義サマの入れ知恵か?」
「いや、違う」
「なら自分で判断したと?」
「そう言ってる」
ナギの入れ知恵といえば・・・なんだろう。
最初の方に「お世辞は言うな」的なことを言われた気がするが、俺には関係ないことだと判断した気がするな。
「ふん・・・冒険者としての意欲よし。
それなら、お前さえよければだが、俺が少し依頼選びのコツを教えてやる」
「・・・そうしてくれるなら」
「そうか。よし、決まりだ・・・ついてこい、グレイア」
手招きをしつつ歩き出すおじさん。
すると、歩きながら手を顎に当て、ぽつりと一言を発する。
「・・・と、まずいな。俺の名前を言ってなかった」
「・・・・・」
「飲んだくれのオッサンの名前なんて知りたかねえとは思うがな。まあ、聞くだけ聞いてくれ」
ニッカリ笑いながらそういうおじさんは、依頼が張り出されたボードの前で立ち止まると、胸に手を当てつつ自己紹介を始めた。
「俺の名前はバンス・ウルフマン、Aランク冒険者だ。
こんなナリでも50年は冒険者をやってるから、聞きたいことがあれば遠慮せずに聞け」
「・・・わかった。なら、早速質問をしても?」
「ああ。ドンと来い」
胸をドンと叩きつつ、バンスは自信ありげに笑う。
対して俺は、色々と知りたいことを頭の中で纏めつつ、分かりやすいように伝えられるよう努力する。
「俺たちは近いうち、遠出をしようと思ってる。
だから、護送系の依頼の見極め方を教えてほしい」
「ほう。カルを稼ぎながら移動とは、転生者にしては懸命な判断だな」
なんか褒めてくれた。
優しいな、この人。
「端的に説明する。
護送系の依頼で注視すべきは『依頼主』と『推奨ランク』及び『推奨活動期間』、そして『依頼主の所属ギルド』だ」
『・・・マスター。記録はこちらで取っておきますので、安心して説明に耳を傾けてください』
静かにしていたニアが突然、頭の中でそう言った。
なんだか有難いな・・・と思いつつ、そういえば、現代でもそういう機能を持ったAI製品があったような気がするのを思い出す。
「この依頼書を例に出す。
まず依頼主だが、もし割の良い依頼を取りたいのなら、こいつは絶対に気にしろ。
組織や貴族、その他の豪商や金持ち諸々・・・・・当たりを引けば、基礎の依頼料金に加えてチップを得られるチャンスがある」
「・・・お得意様にでもなると」
「そうだ。名前に苗字があったり、組織の名前がそのまま依頼主にされていたりすれば、当たりの可能性が高くなる。
だが生憎、この依頼書は木っ端の商人が出した依頼らしいな」
バンスがそう言うので、どれどれと見てみると、確かに名前に苗字がない。
それに「木っ端」ということは、まあ、お察しの通りか。
「推奨ランクと推奨活動期間についてはお前も知っての通りだろう。
こいつらと、今の依頼主の情報を合わせて考えれば、さらに当たりの依頼を引ける確率が上がる」
確率が上がる・・・ということはつまり、結局は運が絡むということだろう。
だが、心配は要らない。
俺の運の良さには定評がある。
望んだ50%を外すものの、望まない0.5%を引き当てることができる俺の運命力は、こういう時でこそ発揮されるべきなのだ。
「そして最後、依頼主が所属している商業ギルドについてだが───こいつは口で説明するよりも、冒険者協会が毎年公布している情報を確認する方が早い。
もし必要なら、あそこにある協会の出張窓口でリストを受け取れる」
ああ、そうか。
たしか前に、ナギから「冒険者ギルド」と「冒険者協会」は別物だということを教えて貰っていたな。
知識として受け取って以降、個人的に冒険者協会の存在意義がよくわからなかったのだが、これで理解できた。
冒険者協会というのは、現代社会では国(ナントカ省とか)がやっている情報収集などをやったりしてくれる、サポート特化な機関なんだな。
「そんで、今説明した事を踏まえて、この依頼書を見てみるとだな・・・」
「・・・見てみると?」
むむむ・・・と、なんだか勿体ぶるバンス。
まあ、今までの情報から鑑みれば、彼が今から言うことはわかる。
「・・・・・大ハズレだな。受ける価値ナシ!」
「断言・・・」
まさかエクスクラメーションマークが付くほどの断言をするとは思わなかったが、裏を返せば、それほどゴミと言って差し支えない依頼なのだろう。
それに、冷静に考えてみたら、ここまで清々しく言われるとこちらもスッキリしちゃうので、むしろ有難いんじゃないかとすら思えてくる。
「・・・そんで、後は無いか?」
かと思えば、彼はスっと雰囲気を切り替え、依頼書を元に戻しつつ聞いて来た。
「無い、知りたいのはこれだけだ。
教えてくれてありがとう」
俺が笑顔で返すと、バンスはいぶし銀ぎみな渋い容姿に似合わないニカッとした笑顔を見せると、俺の肩をバシバシと叩く。
そして酒と煙草の臭いを漂わせながら、俺にひとつの提案をしてくる。
「感謝があるならよ。ちいとばかし、ベテラン冒険者の集いに付き合っちゃくれないか?
もちろん飲み食いは奢りだ」
どうにも、冒険者というのは集まって飲み食いするのが好きなのだろうか。
前に出会ったシエと言い、先日出会った傷だらけの戦士と言い、やたら飲みに誘ってくる。
俺としてもコミュニケーション自体は苦じゃないどころか楽しいし、歳が離れているからと言って恐縮したりするようなタマでもないので、参加すること自体は構わない。
ただ、多少ばかりとはいえ気は使うので、少しだけ気疲れするのが苦しいところだ。
「・・・酒は飲めない。向こうじゃ成人は20だから」
「構わないぜ。というかお前、さっき年齢を盾にして話を進めてなかったか?」
「なんの事だか」
酒を初めて飲むのは、信頼出来る人間が近くにいる時でないと嫌だ・・・という我儘を、なんかそれっぽいやり取りで押し通す。
相手方も俺の言動が置きに召したのか、ふっと笑いながら言葉を返してくる。
「言うじゃないか。頭がお堅い馬鹿の一つ覚えよりは、よく頭が回ってるように見えるぞ」
「どうも。昔取った杵柄ってやつだよ」
「おお、出た。その異世界ことばはどういう意味なんだ?」
「・・・・・」
存外、知られていない言葉も多いんだな───なんて思いつつ、俺は歩き出す。
「・・・それは向こうで話した方が盛り上がる。
なんてったって、あんたらベテランが使いやすい言葉なんだから」
「はっ、なら案内してやるぜ」
慣れない口調に戸惑いつつも、俺はどうにか会話を進めるためのデッキを用意する。
どうせなら、冒険者として活動する時のための口調の出し方を───こういう時に慣らしておくべきだろう。
帰りたい時間までにはまだ猶予があるし、ある程度は満足する結果が得られそうだ。