幕間:ファンクラブ会員第一号の女(上)
虚無の寵愛者、まさかのファンクラブ設立済。
「・・・・・それで、俺をここに呼び出した理由は?」
王城敷地内、前にキクさんと戦った場所にて。
俺はファンを名乗る貴族に呼び出され、ここにいる。
今の所、どうして呼び出されたのかは不明だが───大方の予想はついているつもりだ。
「はじめまして、グレイア様。
今回わたくしが貴方様を呼び出した理由は、この場所を見ていただければ理解できるかと思います」
「・・・戦うんだろ。
だけど生憎、俺が知りたいのはそっちじゃない」
べつに戦うこと自体は構わないから、そうすると言われたところで拒否する理由はない。
だが、どうして戦うのか。
今はただ、これを知りたい。
「理由でしょうか?」
「そう。わけも分からず戦うのは嫌だ」
というのも、今の俺にはニアがいないから、相手の感情や声色で物事の是非を図ることが難しい状況にある。
予定通りなら、今頃はふたりでショッピングの最中だろう。
楽しんでいるといいのだが。
「そうですね・・・ではまず、自己紹介から」
彼女はそう言うと、絵とかでよく見るスカートを摘んでやるタイプのお辞儀をしてから、名乗りと身分の紹介を始めた。
「わたくしの名前はアリス・ニンフェア。
五大侯のうちのひとつ、ニンフェア家の長女」
五大候、か。
初めて聞いた単語だが、パッとイメージした感じでは、すごい力を持っている諸侯っぽい。
めっちゃデカい領地を持っていそうだ。
「この度は、貴方様のファンクラブの長として───ではなく、個人的なお願いとなります」
「・・・ちょっと待った。ファンクラブ?」
思わず聞き返してしまった。
転生して間もない頃には既に、ナギの口から転生者にはファンクラブがあるというのを説明されたのだが、にしたって設立されるまでが早すぎるだろう。
まだ1ヶ月も経っていないんだぞ。
「はい、ファンクラブですね」
「・・・・・いつから?」
「貴方様が魔法実技試験に合格なさった時から」
「・・・見る目があるな」
確かに、あの時に見物していた貴族の中に彼女が居たのだと言われれば、とくに違和感はない。
それどころか、思い返してみれば確かに、観客席の貴族に「こいつ中々やるくね?」みたいな雰囲気があったような気がしないでもないような気がする。
よく覚えているわけじゃないが、まあ、目をつけられる程のことをしたんだろうな。あの時の俺は。
「そんなに褒めてくれるなんて。
ファンクラブを設立した身としては本当に嬉しいことです・・・!」
長として・・・とは言っていたが、ファンクラブ立てたのあんただったのかよ。
ってことはマジであの時の観客席に居たんじゃないか。
「ホントにな。こっちとしても貴族とのコネクションは必要だと思ってたし、好き好んで接触してくれるなら嬉しい」
「本当ですかっ?」
「もちろん。でも、そっちが適度な距離感で居たいって言うなら、俺はその選択を尊重する」
まあ、彼女がどういう分類の「ファン」かにもよる。
俺の事を推しと見てるか、それともガチ恋なのか。
ぶっちゃけ後者ではないと思いたいわけだが、どちらにしても距離感というのは俺が決めていいものじゃない。
というか、有名人になったことがない以上、ファンをどう扱えば良いのかすら分からないわけで───だから大事をとって、自分を慕う人間はできる限り大切にして行きたいのだ。
「そんな、とんでもない!
わたくしは貴方様に認知していただきたくてここに来たのですっ。
それに、タダで関係を持とうだなんて考えていません!」
「・・・賄賂?」
言い方が怪しげだったので、つい怪訝な顔をしながら聞いてしまった。
すると、彼女は驚いたり焦ったり、見ていて面白いくらいの表情の変化を経てから、落ち着いて返答をしてくれる。
「わ・・・賄賂なわけないじゃないですか・・・。
わたくしはただ、貴方様に対する援助をする立場になりたいな、と考えているだけでありまして・・・・・」
つまり、彼女は俺の支援者になりたいってことだな。
早くから俺という存在の優位性に気付いたのか、はたまた賭けだったりするのか。
前者だとするなら、彼女らは俺でも気づけていない価値に気づいているということになるし、後者なら相当なギャンブラーで、俺の好きな人種だってことになる。
どちらにせよ、受けない手はないだろう。
ナギもこの程度なら容認するはずだ。
「・・・俺のパトロンになってくれるのか」
「あ・・・ご存知だったのですね」
パトロンなんて言葉、口に出して使ったのは初めてだ。
どこで覚えたのかは忘れたし、そもそも覚えた場所以外で使われている所を見たことがない気がする単語であるものの───俺の記憶が正しければ、確か資金面における支援者みたいな意味を持っていたはず。
「知識としてはな。
けど、実際そうしてくれるなら、俺としても都合がいい」
下手な言い回しをしているが、要は後ろ盾があった方が得だという話。
他の転生者と相対する可能性が高い以上、敵対してしまった転生者を殺害する場合と、その転生者の仲間をどう処理するかについて考えなければいけない。
そうなった時に選択肢を増やすためにも、できるかぎり繋がりは多い方が良いのだ。
「その提案、呑んだ。
あとは今から何をすべきかを教えてくれ」
「はい。では本題に入りますね」
「・・・ああ」
「今回、貴方様にはわたくしと戦っていただきます。ルールは安全装置が作動するか、どちらかが降参するか。
審判はわたくしの執事が行いますゆえ、ご心配には及びません」
「把握した」
随分と前、まあ大体・・・初めて本格的な戦闘をした、あのダミー人形との戦いの時から思っていたことが、ようやく回収された。
というのも、とにかくこの世界は「殺傷」に躊躇がない。
俺が全力でナギやキクさんを殺しに行ってもお咎めはないし、それどころかナギとの戦いの後半は本当に「殺し合い」をしていたようにすら思う。
だから俺は、こういうアリーナには総じて「安全装置」みたいな代物があるのだろうと思いつつ戦っていたのだが、こうもサラッと回収されるとは。
「・・・そして、わたくしの自己証明は「水に関連した魔法以外の魔法が殆ど使えなくなることを対価に、水を自由に操ることができるようになる」ものとなっています。
この自己証明は貴方様と同じく、知られていたとしても問題がない能力ですね」
1属性縛りとは、これまた難儀な自己証明だ。
水オンリーということは身体強化は勿論、魔力探知や通信魔法すら使えないということだろう。
というか、知られて問題がないわけがない。
弱点モロバレだぞ。
「言ってよかったのか?
知られても問題がないとはいえ、知ってるか知らないかじゃ対応の仕方も変わってくるだろ」
「良いのです。こちらが貴方様の自己証明を知ってしまっている以上、開示しなければ不公平ですから」
「・・・っは。好きだ、そういうの」
とまあ、暗に「知られちゃマズイだろ」というカンジの文言を言ってみたものの───俺の思考とは裏腹に、あまりにノータイムで問題ないと言われてしまったので驚き、思わずそんなことを言ってしまった。
すると、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まり、にやけた口を隠したいのか、左手で口を隠す。
そして俺から目を逸らしつつ、もごもごと反応をした。
「た・・・ただの騎士道精神ですっ・・・」
「・・・そうだとしても、今の言葉は変わらない」
「っ・・・・・」
俺の言葉を聞き、さらに赤面するアリス。
最初は新人の転生者なんかにうつつを抜かす様子のおかしい少女だと思ったが、話してみると非常に初心で可愛らしい。
「さあ、手早く準備して始めよう。熱が冷めないうちにな」
ただまあ、そうやって眺め続けるのも如何なものかということで、俺は彼女から見ていい感じの距離になるよう移動しつつ、そう声をかける。
「・・・はいっ。戦闘開始は3分後です」
「了解だ」
彼女の言葉に返事をした俺は、自己証明のプリセットを使用して身体強化を20パーセントに固定し、戦闘の準備を整えていく。
あとは時間まで、テキトーに準備運動をしながら待つだけ。
「ふーっ・・・」
さあ、楽しもう。
彼女の期待に応えられるように。




