幕間:冒険者としての関わり
人間関係が増えるだけ。
これといって特筆すべきことはない話。
冒険者になってから1週間くらい経っただろうか。
これから外に出ることもあるだろうということで、俺たちは小遣い稼ぎのために、無理のない程度の依頼をポンポンとこなしつつ、依頼の副産物である魔石を集めていた。
受ける依頼は基本的に「採取系」か「討伐系」のふたつ。
それ以外にも人探しや荷物の運搬、重要人物の護衛や個人的な護衛の依頼などなど・・・
さすが王都と言うべきか、一般人が思いつくような依頼は一通り揃っていて、探そうと思えばどんな依頼でも受けることができそうだった。
まあ、もう少しキャリアを積んだらの話だが。
「・・・あれじゃね?」
「あれって・・・どれ?」
「上にあるやつ。あの崖っぷちの」
張り出されている依頼書には受領条件みたいなものがあり、パッと見で難易度が高そうな依頼には「経歴3年以上またはBランク以上」なんて表記があった。
ランクより経歴が先に来るということは、冒険者という職業において重視されやすいのは強さより経歴・・・ということなのだろうか。
俺はSランクだから、殆どの募集条件には引っかからないが───その辺はよくわからないな。
後で詳しそうな人に聞いてみよう。
「う〜ん・・・?」
「まいいや。とりあえず採ってくる」
「わかった、気をつけて」
ちなみに、今回の依頼はユリっぽい見た目の薬草(?)の採取。
とにかく綺麗な状態で納品してくれということだから、魔法で周りの土ごと削り取ってしまうのが最善か。
「よっ・・・と」
俺は回数制限式の身体強化魔法を脚に付与して飛び上がり、崖の上に着地する。
そして収納魔法から依頼関係の書類群を取り出し、目の前にある花と依頼受領時に貰った写真を見比べて、この花が目的の花かを確認する。
「・・・ニア、どう?」
『学名、Lilium luna・・・俗称はゲッコウユリ。
どうやら依頼書に記載されている花と同じ種類であるようです』
「了解」
ご丁寧にHUDの端に解説を表示しつつ、ニアはこれが目的の花であることを伝えてくれた。
俺はその白く輝く花弁が印象的な花を3本、魔法を使用して地面ごと切り取り、保護のためにバリアで囲いつつ、収納魔法に収納する。
「これで・・・あとは帰るだけだな」
そんなことを呟きながら飛び降りると、俺は木の枝でワンクッションを置いてから、ティアの隣にスッと着地した。
「じゃあ、帰る?」
「どうすっか・・・」
相変わらず俺の思考を見て会話をスキップするティアに判断を委ねられたため、俺は顎に手を当ててどうしようか考える。
このまま帰るのも手だが、なんか順調に行き過ぎて帰るのが癪になってきたというのも事実。
なんかテキトーに魔物でも狩って帰るか・・・と、そんなことを考えた時だった。
「おーい! 君たちーっ!」
崖の反対側、即ち俺たちが北方向から、若そうな男性の声がした。
俺たちがその方向を見ると、そこにはこちらに駆け寄ってくる1人の男性が。
「危ないじゃないか! 身体強化があるとはいえ、子供がこんな崖を・・・登って・・・・・いたら・・・・・?」
男性は俺たちの前まで来ると、まあ「ごもっとも」としか言えないような説教をしてきたのだが、俺の顔を見た途端に彼の話す速度は凄まじい勢いで失速した。
そしてプルプルと震えながら、その顔に浮かんだ表情を恐怖へとシフトさせていき───ついには耐えられなくなったのか、これまた凄まじい速度で後ずさりをすると、物凄く綺麗なフォームを描いて膝まづいて叫ぶ。
「っ・・・・・すいませんでしたあああぁぁぁッ!!!」
めちゃめちゃ綺麗なフォームで、かつ、とんでもなく喧しい声量で。
突然現れた男性は突然土下座をし、これには流石の俺も困惑を隠せなかった。
「・・・・・騒がしい人だな」
「・・・耳にくる」
俺はマジでこれくらいしか言葉がでなかったのだが、どうやらティアは本当に耳が痛いようだ。
そりゃそうだ。
猫耳とエルフ耳なんて音をよく拾いそうな耳が合計で4つも付いている状態で、俺ですら喧しいと感じるような絶叫をくらったのだから。
「・・・・・」
まあ、恐らくは。
この人は俺たちのことを「活動を始めたばかりの冒険者」だと思って近づいたところ、実際は正義の寵愛者の土手っ腹に風穴をぶち開けたヤバい新人転生者だった・・・という感じだろう。
なんか、不憫だな。
「・・・んなビビんなくても良いと思うんだけど」
とまあ、それはそれとしてだ。
ある程度覚悟はしていたが、 こんなにも恐怖を全面的に出されると心にクるものがあるな。
実際はこの人がえげつないレベルのビビりなだけなのだろうが、まあ、ちょっと辛いかも。
「いえっ! かの御高名な虚無の寵愛者様に無礼を働いたということで、私としてはしっかりとしたケジメを───」
なんだかもうぐっちゃぐちゃだ。
確かに、あの配信にはある程度のリスクがあるということを承知してはいたが、こんなデメリットがあるとは。
予想できなかった───というか、予想できるわけがないだろう。こんなもの。
「・・・俺の名前はグレイアだ。
呼び捨てだろうがくん付けだろうが構わないが、2つ名で呼ばれるのは好きじゃない」
「あっ、はいっ!」
「あと、そんな畏まらないでほしい。なんか嫌だ」
「畏まりましたっ!」
まったく、話を聞いているのかいないのか。
ティアも自分が話したらややこしい事になると分かっているのか、1歩後ろに下がった状態で黙っている。
「・・・・・とにかく、あれでキレるようなら人として終わってる。
あからさまにビビることはないだろ」
「はいっ」
少し勢いが収まってきた。
気持ちは分からなくもないが、にしたって過剰だ。
どちらかと言えば、あの注意より、その恐怖全開の態度の方が頭にくるだろう。
これ以上テンパられても困るから余計なことは言わないが、これが俗に言うオーバーリアクションか・・・という感想を抱いている。
「・・・ねえ、グレイア」
「どした」
「暇つぶしで魔物を狩るならさ、この人に案内してもらったら?」
それはアリだ。
初心者に声をかけるような人間なら、そういう質問をされることも想定しているだろうし───何より、向こうから話しかけてきたんだ。
交友関係のひとつやふたつ、作っておいて損はないだろう。
「あ・・・・・でっ・・・できますよ!」
そんなことを考えつつ、俺が彼に目を向けると、彼は恐怖と戦いながら(のように見える)も、頼みを引き受けてくれる意志を示してくれた。
まったく、有難いことだ。
彼のように、最後まで自分の行動に責任を取ることができる人間はそう多くない。
どこから目線だよとツッコまれそうだが、実際そうなのだから嬉しいものは嬉しい。
本当に俺は運がいいらしいな。
「なら頼んでいいか?
俺たちの目的は強い魔物を探すことじゃないから、目標そのものはべつに強くなくていい」
「は・・・はいっ!了解しました!」
未だ混乱はしたままなのか、凄まじく綺麗なフォームで敬礼をビシッとやってのける男。
男と言うより青年か・・・なんてことを今更だが思いつつ、とりあえず名前を聞くことにした。
「それで、名前は?」
「あっ、すいませんっ。僕の名前はノートって言いますっ!」
「ノートか。わかった」
覚えやすい名前だな。
ソロで活動しているわけではなさそうだが、その辺はどうだろうか。
「んじゃ、案内よろしく」
まあ、今はべつに気にする必要はない。
俺は優しく微笑みながらそう伝えつつ、俺たちは先導するノートの後ろをついて行くのだった。
〇 〇 〇
そして時間は経ち、夕方。
あらかた遊んで気が済んだ俺たちは、そのまま王都に帰ってきた。
夕方とはいっても季節は夏っぽく、日も長い。
空は依然として青いままで、夕暮れ時まではまだ時間がありそうだ。
そんなこんなで俺はギルドへ戻った俺は、ティアと別行動で依頼完了の手続きをしつつ、午前中に気になっていた募集要項関連の質問をした。
回答としては、俺みたいな突出したランク相手におけるキャリア云々の表記は、あくまで「これくらい経験を積んだ方がいいよ」という基準らしい。
曰く、貴方ほどの実力者であれば、そこまで気にする必要はない・・・とのこと。
それにしても窓口のお姉さん、俺のことをすぐに虚無の寵愛者だって見破っていたな。
べつに、俺は自分が転生者であることを隠してはいないし、隠すつもりもないのだが───やはりと言うべきか、あの配信の効果は絶大らしい。
実感出来るほどの効力を得られるとは。
ベクトルは違えど、チヤホヤされるのは嬉しいものだ。
これはナギに感謝だな。
「・・・・・」
まあ、それはさておき。
一通りのやりたい事が終わり、ティアと合流した俺。
ギルドの一角にある食堂兼酒場みたいな場所で謎のお姉さんと喋っているところを見つけたので、とりあえず合流してみたのだが───これは、まあ、うん。
「アンタが虚無の寵愛者サマ?
まったく、うちのアホが世話になったね」
ガッツリ葉巻をふかしつつ、厳つい姿勢でこちらを向き───眼帯付きの威圧感たっぷりの顔で、俺の瞳をじっと見つめるこの女性。
見た感じ、歳は30とか・・・まあ、その辺だろう。
エルフ耳があるから、軽く見積もっても10倍は優に超えそうなのだが。
見た感じでは細マッチョという感じで、第一印象は「強い女性」という感じだった。
とにかく、そんな厳ついご婦人が俺のことをまじまじと見つめているわけである。
「むしろ世話をしてもらったのはこっちだ。
右も左もわからない以上、誰かに聞くしかなかった」
「・・・それでアタシの可愛いアホに目をかけたと?」
「いや、少し違う」
できる限り舐められないように・・・とかいうわけではなく、なんとなく敬語じゃ駄目な気がした。
というか、本人から話を聞いているわけじゃないのか。
ノートも周りには居ないみたいだし。
トイレにでも行ってるのか?
「依頼の目的物が崖の上にあったから横着して採取したら、俺たちのことをルーキーだと勘違いしたのか、頼れるお兄さんムーブをしながら注意をしに来た。
そしたら俺の正体にビビり散らかしたから、なんとなくで案内を頼んだ」
「・・・つまり理由はないと?」
「そうなるな。特に深い理由はなかった」
こんなことを言っているが、俺としては、どうせ頼れる人ムーブしてるなら頼られても問題は無いだろう・・・という、そこそこ狡い意図があったため、今のは半分くらいが嘘だ。
ただ、深い理由ではなかったというのは本当。
「・・・よかった。
アイツが転生者に目をつけられたのかと思ってヒヤヒヤしたよ」
そう言いながら、彼女は胸を撫で下ろす動作をした。
こんなに警戒するということは、やはり本当に転生者というのはヤバい存在なんだな。
「・・・・・そういえば、あなたの名前は?」
「あっ、そうだったね・・・」
会話の区切りを見極めていたのか、少しの沈黙の後にティアがそう言った。
すると彼女は葉巻を灰皿に置き、緊張が解けたのか少し伸びをすると───自然体っぽい表情で向き直り、胸に手を当てつつ口を開く。
「アタシの名前はシエ。Bランクの冒険者で、ポジションは前衛。
得意なことは敵をぶった斬ることさ」
たしかCランクが中堅でAランクが一般的な基準における上澄みということだから、Bランクはその中間で・・・・・そこそこ強い、ということだろうか。
その辺はよくわからないな。
長く冒険者を続けていけばわかるかもしれない。
「あのアホ・・・ノートはアタシの友人の息子。訳あってアタシが預かってる。
まったく、本当にカッコつけたがりで手を焼かせるヤツだよ」
「・・・あの時、俺たちに話しかけてきたのもそういうことか」
「その通りだろうね。大方、最近ハマってる先輩ムーブでもしようとしていたんだろうさ。
結果はアンタが見た通りだが」
さっきの俺に対する態度含め、色々と苦労をしているんだな。
それでも面倒を見続けるのは、彼女の性格故か、それともエルフという種族であるが故に人族を子供のように見ているのか。
どっちでもいいが、この人は悪い人ではなさそうなのは確かだ。
「まあ、そういうことだから。
せっかくだし、迷惑かけた詫びも含めてアタシが晩飯奢ってあげる」
「・・・本音は?」
「虚無の寵愛者とコネクションを作っておきたい」
「よし乗った」
正直だな。
だが、正直であれば俺も素直に承諾できる。
下手に善意を全面に出されるより、何かしらの目的のために俺を利用したい・・・と素直に言ってくれた方が、こちらとしては気分がいい。
もしかしたら、その打算すら嘘かもしれないというリスクが無きにしも非ずだが───べつに、今それを気にしたところで得は無いわけだから、とくに問題はなし。
「ティアも、いいだろ?」
「うん」
見た感じ、ティアもそれで大丈夫そうだ。
会話に参加していないということは、相変わらず俺の思考を見ているということだろうし、特段補足を入れる必要などはなさそうだな。
「それじゃ、あのアホを待つとしようか。
アイツほんとにトイレ長くてね・・・」
そんなことを言いながら、彼女は葉巻を再び手に取って吸う。
そうして、とくに語ることもないまま───ノートが帰ってくるまでの時間を、俺たちはギルドの喧騒の中で過ごすのだった。