幕間:一緒に寝よう
自由は既に、意中を捉え。
夜の7時ごろ。
当然のように部屋にいるティアがグレイアのベッドで堂々と寛いでいる横で、彼は机と向き合っていた。
「前月繰越は書かなくていいとして、摘要はなんだこれ・・・・・給料・・・?」
『「依頼報酬」はどうでしょう』
「あー、それでいっか」
向き合っていた・・・とは言っても、内容はコピペした現金出納帳に、さっと諸々の情報を書き込むだけ。
普通にやれば、寝る前の10分くらいでできる作業である。
そう、普通にやれば。
「んじゃ、あとは・・・・・」
『月と日にちですか』
「そうそう」
ここは異世界。
向こうでの当たり前は、こちらでは当たり前ではない。
そして当然、彼はこの世界の暦については何も知らないし、今までは知る必要すらなかった。
『では、暦についての情報を調べますか?』
「そうしてほしい」
『アウトプット先は音声?それともHUDに?』
「印刷したいからHUDに。
あと、できれば向こうの暦と照らし合わせて表を作ってくれると嬉しい」
『了解しました。作業を開始します』
生憎、仮に天地がひっくり返ったとしても信用に値するようなソースが、彼の手元にはある。
否、彼の相棒の手元・・・と表現するのが適切だろうか。
自己証明の所有権や実行権は当然、その能力の保有者にあるはずだと───恐らく、彼ならそう言うだろう。
所謂、エゴだ。
「くぁ・・・・・」
そして出てくる、大あくび。
体の年齢に引っ張られているからか、彼の就寝時間は前世より早まっているようだ。
さしずめ、育ち盛りの子供といった具合。
「・・・そういえば、お前はいつまでここに?」
「きみが寝るまで。
可能なら一緒に寝たいけど・・・・・」
「べつにニアなら俺の頭の中にいるから、普通にベッドは余ってるぞ」
「・・・・・え、本当?」
「本当。大マジ」
魔法で無地のノートに現金出納帳を印刷しつつ、グレイアは淡々とティアとの会話をする。
そして一通りの印刷を終え、情報待ちで書けていない1ページ目を開くと、グレイアは椅子に座ったまま向きを変え、ティアのいる方を向いた。
「・・・こっちが使ってない方?」
「あー・・・たしか、ニアが1回寝たきりで使ってないはず」
ティアの質問に、グレイアが記憶を頑張って想起しながら返答する。
実際、グレイアの脳内とニアの肉体がリンクされて以降、彼がひとりで行動しなければならなかった場面(正義の寵愛者との一戦)以外では、彼女は実体ではなく精神体として彼の中に存在していることが殆どだ。
理由は特別なものではなく、限りなく高効率で生存できるからというもの。
そして、ニア自身もその生活に何も思わないのは、そもそもの価値観が人間と違うからか。
まったくもっていい加減だが、しかし実情が如何にしても、ティアにとっては嬉しい事実ができたわけで。
「・・・・・なら2部屋いらなくね」
「きみがそれ言うんだ」
はっとしたように言ったグレイアの言葉に、ティアは条件反射で優しめのツッコミを入れてしまった。
今からその提案しようとしていた立場からすれば、とんだ拍子抜け・・・とは言わないまでも、なんだか緊張していたのが馬鹿らしく思えてしまうだろう。
(収納魔法がある関係上、荷物に関しては心配する必要がない。
気を配るべきは着替え・・・も、べつに魔法で行ける気がするな)
「うん。だから、一緒に寝ない?」
べつに媚びるような行動はせず、ただ純粋に、そうしたいから頼むという言動。
彼自身も拒否する理由はないと思っているようで、普通にOKサインをしながら返答する。
「いいよ。そしたら、いちいち部屋を移動する手間も無くなるしな」
もっともらしい理由をつけつつ、グレイアはティアの提案を承諾した。
思考の内ならまだしも、声に出すなら普通に「いいよ」とだけ言えばいいのに。
「ありがとう、グレイア」
対して、ティアは簡潔に感謝を述べた。
優しく微笑み、この状況を赤の他人が見聞きしたとしても「嬉しいことがあったんだな」と理解できるくらいの声色で。
「・・・そうだな」
しかし、グレイアは何故か渋い顔をした。
本心は読み取られないよう、思考に余計な情報は流れないように努力しているが───それはそれとして、目は口ほどに物を言うものだ。
彼が考えていることは、その思考を見ずとも彼女には筒抜けだった。
「一応、言っておくけど。
私はもう、その身体には興味ないからね」
「・・・バレた?」
「前にも考えたことあったでしょ。
今、きみはその時と同じ顔をしてる」
「そっちでもバレるのかよ・・・・・」
そう、彼はティアの距離の近さを、自身が借りている体のお陰だと思っている。
だが、実際は全く違う。
「私に隠し事はできないって、わかった?」
「・・・理解した」
「うん。それにね、私は───」
そこまで言いかけた時、ティアは急に顔つきを変え───真面目だと言って差し支えなさそうな表情になってから、言葉を続ける。
「君がその身体を「借り物」だと思っていること、あまり好きじゃない」
あまり。
少しオブラートに包んだ表現だろう。
本当は「とてつもなく気に入らない」と、そう言いたいんじゃないかと疑ってしまう表情を、彼女はしている。
「私の考えが正しければ、きみは彼で、彼はきみ。
彼の思考を読めたことはないけれど、でも、考え方と行動はきみに似ていたと思う」
今度は優しい声色で、自身の考えを語るティア。
確かに、あの虚無の神からの説明や、実際に起こっているそとを踏まえれば───あながちその考察も、間違っていないのかもしれない。
「・・・実情を知らない以上、最悪を想定してなきゃ駄目だと思ってたんだ。
それが裏目に出た」
「なら、もう最悪は無くなった?」
「おかげさまでな」
そう答えるグレイアの顔が、少し穏やかなものへと変化する。
彼にとって大きな枷だった懸念のうちの1つが解かれたことで、ある程度は肩が軽くなったようだ。
「・・・・・ありがとう。少し気が楽になった」
「うん。私も、きみの本心を知れて嬉しい」
そんな受け答えをしつつ、2人は微笑みながら見つめ合う。
なんとも言えない空気が暫く部屋を包み、なんだか小っ恥ずかしい雰囲気にさせていく。
次に、まるで突然鳴り響く携帯の通知音のように、ニアの声が部屋に響き渡るのは───それから1分後くらいのことだった。
『───マスター、調査が完了しました。
情報をHUDに表示します』
「・・・了解、頼む」
ニアの通知に、グレイアはもごもごと返答する。
以前の仕事の速さを考えれば、彼女はずっとタイミングを待っていてくれたのだろう・・・と、そんなことを思いつつ、彼は表示された情報に目を向けた。
するとそこには、命令通りにまとめられた書類があり、暦の情報が綺麗に記載されている。
「・・・じゃあ、俺はこれをやってから寝るから。
あとは好きにしてて大丈夫だ」
「わかった」
そして、グレイアは再び机に向かい、ペンを取る。
直ぐに済むことだからと息を整えつつ、また印刷魔法を起動するのだった。