3-7:現実的なハナシ
依頼は終わり、現実的なことを考える時間。
「以上で依頼は完了となりますので、最後に報酬を・・・・・」
魔物をあらかた消し飛ばしてから30分後くらい経った頃。
俺たちは王都に戻り、ギルドの建物内で依頼完了の手続きを済ませていた。
専用の窓口に立っていたお姉さんに諸々の書類を渡し、実は監督官として俺たちを見張っていたキクさんが端的な報告を済ませ、いつの間にか記していた活動記録書を受付のお姉さんに手渡す。
内容は見えなかったから判断しづらいが、騎士団のトップなんて処理すべき書類も多いだろうし、この程度の書類なんてすぐに済ませられるのだろう。
趣味で文字書きをしている人が、仕事や学校で出された書類をすぐに書き終わってしまうように。
「・・・報酬の1800カルになります。確認を」
「わかった」
トレーに載せて差し出されたのは、金貨が1枚と、少し大きめな銀貨が8枚。
金貨の方は1000カル、大銀貨の方は100カルということらしいから、合計で1800カル。合っているな。
「確認した。確かに1800ある」
「畏まりました。では、手続きは以上となります」
「ありがとう」
礼を言い、カウンターを離れる。
渡された金は一時的に収納魔法に入れたものの、資金繰りのためにも専用の入れ物を作るか買うべきかも。
まだ時間はあるし、少し買い物をするのもアリか。
でも、そうなると───少し気になることがある。
「・・・ちなみに、キクさんはこれからどうするんです?」
そう、キクさんのことだ。
俺はこれから買い物をしたいから、もしキクさんに予定があったら少し困る。
できれば、この後も行動を共にしてほしい。
「どうするって〜?」
「何か仕事は入っていないかって話です。
俺はこれから買い物をしたいので、いいお店があったら案内をしてほしいんですが・・・」
何も知らない以上、知ってそうな人に・・・というか、頼れそうな人には片っ端から声をかけていかなければならないと思っている。
安物買いの銭失いじゃないが、半端物を掴まされる可能性を考えれば、易々と冒険していい案件じゃない。
確実な物を手に入れたいわけだ。
今欲しているものは、これからずっと使うものだろうから。
「いいよ〜。私、今日はもう休みだからね〜」
「マジですか。ありがとうございます」
俺がそう言ってからティアの方を向くと、ティアは何も言わずに頷き、同意の意思を示してくれた。
よし・・・と思っていると、キクさんがもじもじしながら俺の肩を叩き、口を開く。
「でも〜・・・その買い物が終わったらさ、私オススメのカフェでティータイムさせてよ〜?」
「喜んで。ちゃんと甘いもの、食べさせてくれるんですよね」
「もちろんだよ〜!」
好みが身体に引っ張られているからか、前世じゃあまり興味がなかった「甘いもの」に対して、何か魅力を感じるようになってきた。
もちろん、転生者が居る以上は向こうにあったお菓子が普通に普及していて、慣れた味を楽しめる。
そして当然、向こうとは違うお菓子もあるわけで。
こういうのも転生による楽しみだろうかと、最近は思ったりしている。
「ティアもいいよな?」
「・・・それは承諾する前に言うべきだと思うけど」
「それは・・・ごめんて」
しっぽで背中をツンツンされつつ、俺はご機嫌斜めなティアに軽い謝罪をした。
「それじゃあ、行こうか〜。
きみの行きたい所と欲しい物は、途中で聞いてあげるからさ〜」
そんなことを嬉しそうに言いながら、キクさんはゆっくりと歩き出す。
ちゃんと気遣いはしてくれるんだな・・・なんて思いつつ、俺とティアはキクさんについて行く。
「・・・・・」
現在時刻は1時半。
季節はよくわからないが、俺の目に映る情報から推測する限り、今は夏に近い季節だと思う。
だからだろうか。
少しだけだが、日差しが痛い。
〇 〇 〇
歩き出してから少し経った。
今までは馬車でしか街を見てこなかったから、歩いて回れるというのは嬉しいことだな。
時間帯のせいで日差しが痛いのは難点だが。
「それじゃあ、きみはどんな物を買いたいの〜?」
キクさんがこちらを向き、そんな問いを投げかけてくる。
ちょうど街の風景も変わり、商業区画っぽくなってきた。
硝子張りの展示は現代のアウトレットを彷彿とさせ、とても剣と魔法の世界だとは思えない。
店の外観やパッと見のレイアウトも、よく想像するような中世と言うよりかは、戦争系のゲームでよく見た近代ヨーロッパの街並みに近いような印象を受ける。
相違点と言えば、車が走っていないことと、どこを見回しても電車が見当たらないことか。
そして、街ゆく人々の格好も中世ではなく、20世紀初頭くらいの時代っぽい。
「できるだけ品質の良いペンと、テキトーなノートを。
最悪、ノートは自分で作るので紙だけでもいいですけど・・・」
まあ、それはそれとして質問には答える。
俺は真面目に話をして、キクさんの返答を待った。
「何に使うの〜?」
「・・・ちょっとした会計係ごっこをしようかと。
ペンは言わずもがな、紙は帳簿として使います」
決算や税金関連の複雑なことは面倒だし、正確にできるか分からないからやらないとしても、せめて現金の動きだけは正確に把握しておきたい。
家計簿は普通に売ってそうだが、俺は元商業高校生であって、家計を管理するような主婦でも主夫でもないため、家計簿の付け方はよくわからない。
だから無地のノートに現金出納帳をプリントして、冒険者活動で手に入れたお金や宿代、その他もろもろの出費や収入を記す・・・というわけだ。
「へえ〜・・・・・」
あとは、前世での自分を忘れたくないというのもある。
こういった手段を用いて、少しでも忘れるまでの時間を長引かせて───あわよくば、楽しかった思い出を想起したりだとか、そんなことがあればなと思っていたり。
「・・・待った。
もしかしてきみって、組織内での帳簿とか付けられたりする感じ〜?」
「・・・・・ええまあ、できなくはないはずです。
多少やり方は違うかもしれませんが」
たいそう驚いた様子で反応してくれるキクさん。
でも、個人的には肯定しがたい事柄なのだ。
「簿記という概念が大昔からあるという事は習いましたけど、俺が習ったやり方と昔のやり方が同じかどうかは覚えてなくて・・・」
これは謙虚とかではない。
俺はお世辞にも簿記が得意と言えるほどの成績ではなかったし、そんな得意じゃない教科の、初期の初期に学んだ雑学のことなんて覚えてるわけがない。
でもなんか、今と昔ではやり方が違う・・・みたいなことを言われたような気がしないでもない気がする。
凄く曖昧だ。
だから会計ができるということを、明確に肯定したくない。
「凄いな〜。あっ、ここ左ね〜」
「・・・それに、できるって言っても、俺の成績は下から数えた方が早かったですから」
資格だって取れなかったし。
言ってしまえば、本当に「できる」ってだけだ。
「・・・・・でも、できるんでしょ。きみは」
まるで自虐に反応したかのように、ティアは俺の思考の意趣返しのような文言を俺に投げつけてきた。
まあ確かに、できないよりは良い。
「冒険者なら、それができるだけで必要としてくれる所は多いと思う」
「だから自信もって〜」
「うん。きみは凄い」
すごい褒めてくれる。
全肯定ってこんな感じか。
もっと簿記の成績が良い奴が来てたら、もっと褒められていたりしたのだろうか───
「・・・・・」
と、そんなことを考えた瞬間、ティアのしっぽが俺の右腕に絡みつき、ぎりぎりと締め付けてきた。
申し訳ない、蛇足だった。
だからその痛いのをやめてくれ。
『・・・次はないから』
わざわざ思考を飛ばしてまで、ティアはその不機嫌を俺に伝えてきた。
そしてしっぽは巻き付けたまま。
締め付けを弱めて、さわさわと俺の腕を撫でるように動かす。
「・・・・・あ、ここだ〜!」
そして突然、キクさんが声を上げた。
目当てのお店が見つかったようだ。
「さっ、いこいこ〜。あそこ、かわいいデザインの魔法ペンが売ってるんだよ〜!」
俺の方を向いて、にっこりと笑いながらそう言うキクさん。
尚、ティアはしれっとしっぽを定位置に戻している。
「魔法ペンですか」
「そうそう〜。空気中の魔力を使って、勝手にインクを充填してくれるペンでね〜・・・・・」
嬉しそうなキクさんの後を歩きつつ、俺はティアの方を見る。
すると、ティアはきょとんとした顔をしながら俺の目をじっと見つめ返してきた。
「どうしたの〜?」
「いえ、なんでもないです」
キクさんにそう問われ、なんでもないと返す。
とりあえず、今は文房具選びに集中するとしよう。
しっかりした物が欲しいと願ったのは俺だからな。