1-1:百合の蕾
物語の続きは、馬車の中から始まる。
───さて
世の中、順調に物事が運ぶことの方が少ないというのは、前世の経験より重々承知しているはずだったのだが。
どうにも、俺は現在の状況を受け入れられずにいる。
「どうしたんだい?グレイア」
黒髪で幼げな顔をしたイケメンが、俺に微笑みかけてきた。
あまり頭が回っていない俺は、彼の言葉に反応出来ず、ただ黙り込むのみ。
「・・・・・」
因みに、ここは馬車の中。
先ほど目が覚めた俺は、起床するなり彼らに拘束され、ドナドナと馬車に詰め込まれた。
馬車の中は豪華な内装で、それもあってか運ばれている事そのものには悪い気はしないのだが。
目の前の男───蛍原成義に、凄く観察されているような気がする。
・・・ものすごく、気まずい。
─────── 一節:自由は既に
運ばれている間、俺は延々と転生者───もとい、神の寵愛者についてのことを聞かされていた。
彼の話によれば、この世界において転生者は神の寵愛者と呼ばれ、恐れられたり、敬われたりしているという。
かく言う彼も、正義の寵愛者という名を冠し─── 一国の英雄として、対外への抑止力のために君臨しているそうだ。
「─────」
とまあ、一通り話を聞いた感じ、勝手に抱いたイメージではあるが───俺にはどうも、転生者という存在とは、核爆弾が服を着て歩いているようなものであるとしか思えなかった。
そして、彼の話を聞く限り、転生者というのはその強さと特異性から、基本的には自由奔放な活動をしているのが一般的らしいとも聞く。
「・・・・・はあ」
色々と詰め込まれ、思わずため息をつく俺。
それと、ずっと気にしないように務めてきたが、もうそろそろ我慢できなくなってきた事柄がある。
「・・・」
俺の隣に座っている、薄く茶色を帯びた長髪が印象的な女性。
先程から・・・もっと言えば、俺が彼らに見つかってドナドナされている時から隣に居る彼女は、一体全体何者なんだ。
蛍原成義の反応から見るに、彼の仲間というわけではないようだし、かと言って俺も何か思い当たる節があるわけでもない。
ずっと俺の隣に座り、まるで誰かからの命令を待っているかのように、じっと動かないのだ。
ハッキリ言って不気味である。
「・・・・・」
本当に人形みたいに動かないので、俺がじっと見つめていると、彼女は俺の方を向いて口を開いた。
「どうかしましたか。マスター」
「・・・・・は?」
今、なんて───
「先程からジロジロと。
そんなに私のことが気になりますか?」
「気にならないわけないだろ・・・」
驚きつつ言葉を返すと、彼女は俺の目をじっと見つめてくる。
それと、俺の耳がオシャカになっていないのだとしたら、彼女は今───俺の事を「マスター」と呼んだのか?
ただでさえ、現状の情報では俺の身に何が起こっていのるかを全て把握できているわけではないというのに、だ。
そう易々と、そのうえ勝手に、とんでもなく詳細が気になってしまう疑問をポンポンと増やさないでもらいたい。
「ふふっ・・・・・」
そんでもって、あんたは何故ずっと笑ってるんだ、蛍原 成義。
いや、右も左もわからない人間が疑問だらけでアタフタしている様は確かに面白いのかもしれないが、それにしてもタチが悪い。
こちらからしてみれば、前世では一生に一度にすら経験してたまるかという事柄である「人殺し」をして半日すら経過していないというのに。
「・・・君には、随分と愉快な神様が担当についているらしいね」
微笑みながら呟く彼だが、俺は反応に困る。
確かに、あの神様は能動的に危害を加えてくる神ではないと感じてはいるものの、かといって誠実さを感じるかと言われれば別。
彼の言葉を肯定はしかねるが、かといって否定できるほどの判断材料はない。
「愉快というか説明不足というか・・・
もう既に苦労してるよ俺は」
もう、マジで本心から。
心労が凄まじいが、とにかく今はどういう言動をしようと困るのは俺なので、ひたすらに正直に。
すると彼は俺の言葉に対して表情を変え、少し真面目な雰囲気になると、俺の隣に座っている女性に視線を向けながら話し始める。
「それは失敬だったね。
でも、僕の見立てでは───その足りない分の情報については、彼女が補填してくれるんじゃないかな」
「・・・なら良いけど」
本当にそうなら苦労はしない。
少なくとも、知識という面については。
「で、どうなんだ。お前は」
可能ならそうであってほしい──と、俺は淡い期待を込めて、彼女に話しかける。
すると彼女は少しの間を置いて、ゆっくりと口を開く。
「───仮名、リリウム。
あなたをサポートするために生み出された生命体」
繊細かつ無機質、そして平坦。
まるで人口音声のような声で、彼女は自己紹介を始めた。
「知識を与え、導き、支える。
プロトコル等はありません。
全てはあなたの、マスターの望み通りに」
プロトコル───つまり、規約などは存在しない。
全ては、俺の望み通り。
・・・ひどく贅沢すぎる
「すごいね。君の担当は、随分な大盤振る舞いをしてくれるタイプの神様みたいだ」
「・・・・・本当にな」
そつなく相槌を打つが、俺としてはそれどころではない。
物事には対価が付き物だ。
ヒトの運が、決して無限ではないのと同じように。
このまま贅沢が続いてしまえば、俺はとんでもない運命を辿るのではないかとさえ思い、恐ろしさすら覚える。
「それから、マスターに対する言伝が」
「・・・それ、僕の前で言っても良いやつなの?」
「正義の寵愛者であれば、構わないと」
あっけらかんと答える彼女に、俺はただ口を挟まず言葉を待つ。
第三者が居ても構わないということだし、まあ、そこまで重要な情報はないだろう───と腹を括って。
「虚無の寵愛者、グレイア。
こいつはお前の所有物だということを伝えておく。
自由に呼び名を決めるなり、格好を変えるなりして楽しむがいい───と」
ぞわり、と背中に鳥肌が立つ。
話の頭にあった情報が霞んでしまうほどに、俺はどこか、あの神様に「自分」の奥底を知られている気がして、心底気持ち悪く感じた。
───いつもお前を、注意深く見守っているぞ
別れ際に言われた言葉を想起する。
今のところ、あの神様が何を目的にして俺を転生させたのか───その真意は不明だが、現時点では単に「楽しめ」としか指示されていないようだ。
あまり深読みをするのは良くないことかもしれないが、相手は神。何を考えているかわからない相手を警戒対象にしておくのは懸命だろう。
もっとも、警戒したところで何かあった際にどうにかなるとは思わないが。
「それじゃあ、今ここで決めてもらえば?」
思考を巡らせていた俺に対し、成義が声をかけてくる。
たしかに、目的地に着くまでは暇だろうし、名前を考えるために時間を使うのも悪くはない。
「・・・そうだな」
だが、俺はもう、彼女に付ける名前を決めてある。
少しだけ期待しているような目線で俺を見つめる彼女に対し、俺は彼女の目をしっかりと見て、言葉を続ける。
「ニア───ニア・リリウム。これでどうだ?」
意味はとくにない。
由来はくだらない思い出で、言ってしまえばそれを押し付ける形。
だが、俺は名前を決めることが得意ではない。
個人的に気に入っている名前ではあるが、どうだろうか。
「・・・・・ニア、ですか。
ありがとうございます、マスター」
そう言った彼女の感情は、俺には測りかねる。
「どういたしまして」
だが、俺の勘違いでなければ、少なくとも───この名前を、ニアという名前を、受け入れてはくれたようだ。
一章が始まりました。
ストーリーの展開は手探りですが着実に進めていきますので、よろしければ生暖かい眼差しで見守ってくださると幸いです。