3-4:存外な現実味
調子に乗り始めたり。
ついさっき、色々な説明をされた。
リベルとナギは急な仕事が入ったとかいう怪しげな理由で席を外したため、説明中は俺とティアが職員のお姉さんの話を聞くという状態。
邪魔がまったくない分、しっかりと説明を理解し、分からないところがあれば質問をするという理想的な時間だった。
聞いた説明をまとめると、以下の通りとなる。
・冒険者ギルドが発行する物品は主に「身分証明書」と「資格収納書」、そして「Sランク証明書」の3つであるということ。
・Sランク冒険者の正式名称は「Sランク資格取得済みAランク冒険者」であり、Sランクというのは強さを表す称号にすぎないということ。
・SランクとAランク、どちらを名乗っても自由であるということ。
・2つ名を早めに決めておいた方がよいということ。
一応メモをとっておいたが、この程度なら覚えられそうだ。
ちなみに、身分証明書は黒いマットなデザインのカードで、Sランク証明書は黒い銀色のメタリックなカードだった。
両者ともに色以外のデザインはほぼ一緒であるため、目立つことを許容できるのであれば、後者を見せびらかして使うことも構わないらしい。
ちなみに、ティアは金色だった。
魔力の色に関係しているとか聞いたものの、そこまで理解できているわけではない。
カッコイイからいいやと思っている。
「・・・・・」
それで今は、何も無い時間。
職員のお姉さんは、なんか仕事が終わったからとか言って、颯爽とどこかへ行ってしまった。
「なあ、ティア」
「・・・なに?」
ぼけ〜っとしたまま話しかける俺と、どこか明後日の方向を向いたまま返事をするティア。
よく分からない空気感のまま、俺は言葉を続ける。
「俺らさ、2人で組んだら隙もクソもなくね」
「・・・うん。私もきみも、それぞれで全てが完結しちゃう戦い方だもんね」
常に発動させているタイプの魔法───身体強化魔法や探知魔法を併用できないという都合上、身体強化魔法を必要とせずに戦うことができる俺とティアは、それだけでかなりのアドバンテージを得ている。
俺は分身魔法と位置の入れ替えを駆使すれば敵を捌けるし、ティアはそもそも攻撃が当たらないそうだ。
さっき説明をしてくれたが、まあ、そんなカッコいい自己証明をどうして渋っていたのか。
「じゃあさ、ニアに援護じゃなくてバフ要員として動いてもらったら、俺らの戦闘能力がっつり底上げされるくね?」
俺とティアが避けタンク兼アタッカーとして自由に動き、ニアが俺の頭の中からバフを撒く。
ニアが俺の頭の中に居るため、相手はこちら側の後衛を物理的に妨害することは不可能。
「・・・私たちが一緒に戦うんだったら、人が増えるよりも私たちの能力が上がった方が上手く戦える」
「そもそも、俺らに援護って必要ないしな」
ぶっちゃけた話、俺もティアもどデカい魔法は撃てるため、俺たち2人の火力でどうにもならなくなった時点で援護は役に立たない。
それに、援護要員は必ずフィールド上に居るわけだから、それを守りながら戦うという意識が必要になる。
その点、バッファーが俺という避けタンクの頭の中に居るわけで。
理不尽なタイプのごり押しとでも表現すべきだろうか。
「でもまあ、凄く地味なんだが難点があるんだよな」
「難点?」
「表面上は前衛しか居ないっていう、なんかすげぇトチ狂った2人組に見えること。
傍から見たら狂気の沙汰すぎる」
「・・・それはたぶん、見た目でなんとかなる。
きみは可愛いし、私も綺麗ってよく言われる見た目をしているし」
つまり、ギャップってことでなんとかなる・・・ということか?
とんでもなく無理があるような気がするが、でも、普通にキャラとして人気が出そうなのも事実。
頭ごなしに否定はできないな。
「・・・・・にしても」
「?」
放置が長いな。
今はいったい、どういう時間なんだ。
何も言われてないし、昼寝でもしてろってことか?
「・・・もしかしたら、監視とかされてるかも」
ぶっちゃけ、有り得ないとは言い難いのがな。
でも、監視したとて何を得られるというのだろうか。
「それはなんか・・・・・きみの情報?」
「要るか?こんな頭悪い会話してるヤツの情報」
俺は自嘲気味にそう言った。
するとティアは、何か大真面目に考えている風なジェスチャーをしてから、まるで大喜利の回答をするかのように口を開く。
「・・・きみの魔法技能の要因がわかるかもしれないし?」
「あー・・・」
「本当に無駄な行為だけど」
「そもそも、俺の技能の根源は真似できるようなモンじゃないだろうしなあ」
けらけらと嘲るように笑う俺と、わりと真面目に色々なことを考えているっぽいティア。
「・・・・・でも実際、どうして私たちが放置されてるのかは気になる」
「色々とあるんだろ、多分。
向こうだって時間を作ってくれてるわけだし、文句は───」
べつに気にしなかったところで俺たちが損をする案件ではないし、文句は言う必要はないと───俺がそう言いかけた次の瞬間だった。
「入っていいかいー?」
噂をすればなんとやら。
扉の向こうから、ノックの音とともにナギの声が飛び込んできた。
「待たせすぎだバーカ!」
めちゃめちゃ呑気な声だったのでムカついた俺は、頭の中のイライラを言葉にしてぶん投げつつ、ナギが部屋に入ってくるのを待つ。
「ごめんね。だいぶ待たせちゃって───って、何その顔」
「・・・・・解せないなあと。
どんだけ待たせんだよ」
俺は怪訝な表情と声色を作りつつ、ナギにそう問い詰める。
見る限りでは1人で来たようだし、何か別の手続きでも済ませてきた・・・ということだろうか。
「ああ、それはね・・・・・」
そう溜めを入れつつ、ナギは懐から何かの紙を取り出す。
「君の初仕事だよ。
ちょうど良いのがあったから、これを持ってきたんだ」
机の上に置かれたそれは、創作物などでよく見たことのある、黄ばんだような色合いの材質をしたA4ほどの大きさの紙。
俺はその紙をよく見るために、ひょいと手に取って読んでみると───その整理された文章のなかから、大体の内容がすぐに読み取れた。
「王都郊外の農村付近に存在する、Cランク程度と思われる鳥系魔物の巣の破壊・・・・・」
依頼書・・・とでも呼ぶべきか。
ざっと見た感じ、この依頼は魔物による鳥害を未然に防ぐためのものだと思われる。
注釈に「周囲への被害は最小限に抑えること」と書いてあるのは、単にドでかい爆発で巣の周りごと辺りを吹き飛ばす馬鹿が居るからか、巣の周りで何らかの作物を育てているからか。
詳細が書いていないのは、依頼主と会ったら聞け・・・ということだろう。
「どう?初めての依頼書の感想は」
何の気なしに聞いてきたっぽいが、正直言って感想に困る。
ただ、ひとつ言えることはあった。
「・・・めっちゃリアル」
いや、まあ、現実なのだから当たり前と言えばそうだ。
これを見れば、ある程度の知識がある人間なら「冒険者ギルド」という企業(?)が、魔物が跋扈するこの世界において、しっかりとその存在意義を全うしていることが理解できる。
「リアルって・・・・・それはそうだろうけど、具体的には、どの辺?」
俺のふわっとした感想に、ナギは詳細な説明を求める。
「・・・・・要はこれって、軍が動くほどじゃないけど、個人や少数の集落じゃ対処できない問題だろ」
「そうだね」
「それを「冒険者ギルド」という名の仲介業者が、お抱えの何でも屋である「冒険者」に紹介して、問題解決の対価として双方ともに利益を得る」
「・・・うん」
当然のことをそれっぽく説明する俺と、真面目な顔で話しを聞くナギ。
俺はそのまま、言葉を続ける。
「めちゃめちゃ『ビジネス』してんなぁ・・・って」
要点をまとめると、前世で学んだことが異世界でも存在していて、とても感動しているという話。
こういう流れが理解できることで、前世での勉強は無駄じゃなかったんだなと実感しているわけだ。
「そういう感想」
異世界に来て、冒険者になって、まず感動するのが他でもない「ビジネスの形態」だというのも変な話だが、実際に感じてしまったものは仕方がない。
というか、俺自身が好き好んでそっちの進路に進んでいたわけだから、むしろ楽しめる箇所が増えたことを喜ぶべきだな。
「・・・なんというか、凄い独特な視点だね。
投資とかの勉強でもしてたの?」
「いんや、商業校に通ってただけだ」
残念だが、投資なんてものには微塵も興味がない。
今のは資本を投ずる側の人間としての視点ではなく、経営する側に立つ人材として育成された人間の視点。
とはいっても、学校の授業で習っただけで、プロの人間に比べれば浅い知識ばかりなのだが。
「商業校か・・・どうりで」
「納得したか?」
よく言われたことだが、大人から見た商業高校というのは、わりかし信用に足る存在であるらしい。
実際のことはよく知らないものの、まあ、こっちは好き勝手にやっているから勝手に評価してくれって感じだ。
好きで商業高校に入って、好きで資格をとって、好きな進路に行くわけだからな。
「もちろん。君の頭がよく回るのも、そのお陰だったのかって納得できたよ」
「それはちょっとよく分からんが」
俺は普通科高校に知り合いが居なかったから、これがナギの勘違いなのか、それとも事実に即したものなのかが判断できない。
前世であれば、他校とも交流のある知り合いはごまんと居たのに対し───今は天地がひっくり返ったとて連絡の取りようがないので、モヤモヤしたままでいるしかないな。
「・・・・・まあ、いいや」
なんか「え、ほんとに?」みたいなキョトン顔をしているナギが鼻につくものの、それは一旦置いておこう。
話し始めたのが俺だとしても、これ以上話に夢中になっていては日が暮れてしまいかねない。
「閑話休題。依頼について質問がある」
「・・・わかった。どの辺のことかな」
それに、聞きたいこともある。
どうせ用意してくれているということは予想できていても、確認という行為はするに越したことがない。
「移動手段についてだ。
自分で調達するのか、それとも・・・」
俺がそうして言葉を続けようとした時、ナギはよく分からないジェスチャーをしつつ、言葉を遮った。
「いいや、移動手段なんてないよ。
こういうのは大体、徒歩で行ける距離で依頼が出てるからね」
「徒歩・・・?」
郊外と書いてあるのだから、かなり距離が離れているはずだろう。
俺の目か脳が死んだかと、そう思って依頼書を見返そうとすると、さらにナギは言葉を続ける。
「身体強化魔法を使って、目的地まで走っていくんだ。
風を感じられて気持ちいいよ」
「へー・・・」
なるほど。
身体強化魔法があれば、こういうことも出来るわけか。
「でも生憎、僕は忙しいからついていけなくてね。
まったく残念だよ」
「・・・ってことは、俺たちだけで依頼をこなせって?」
流石に地図くらいは欲しいな・・・なんて思っていると、ナギはまた俺の早とちりを訂正する。
「いいや、依頼のこなし方についての説明役も兼ねて、キクをついて行かせようと思ってる」
「贅沢〜」
この程度の依頼に1国の騎士団長が着いてくるだなんて、とんでもない高待遇。
依頼主なんて白目剥いて卒倒するんじゃないか。
・・・なんて、そんなくだらないことを考えていると、凄く悩ましそうな表情をしたナギが言葉を続ける。
「・・・・・というか、もう正門で待ってると思う」
シンプルにマジかと思いつつ、そんなギリギリのスケジュールに依頼の同行という予定をねじ込んでしまったことを、かなり申し訳なく思う。
「あー・・・・・そういう事は早く言おうぜ」
そして俺は、ナギに対して心の底から思った感想を述べつつ───いそいそと出発の準備を始めるのだった。