3-3:予想していたのは彼だけで
垣間見えたのは、いつかの背中。
消えたはずの、滅ぼされたはずの思想。
・・・目の前の相手と戦う前に、私の実力を整理しておきたい。
大前提として、グレイアが今の私よりも弱いのは確実。
転生者のなかで一番の影響力を持ち、最強の防御力を持つとさえ言われる正義の寵愛者に勝った彼でさえ、今の実力では私に勝てる勝てない以前に───私に攻撃を当てられない。
あの中継を見て確信した。
彼はまだ、私には届かないと。
「・・・・・本気か、嬢ちゃん」
『諦めてるワケじゃねェな。
無謀か、馬鹿か。あるいは───』
そんなことを考えていると、目の前の人物の目つきが、その思考とともに変わった。
私のことを「虚無の寵愛者の取り巻き」ではなく、警戒すべき一個人として見ている人間の目に。
「私がここで固有武器を使えば、グレイアに迷惑をかけることになってしまうので」
冷静に、あの場所に立っていた時のグレイアの態度を思い出して。
態度を取り繕って、口調を変えて、舐められないように努力する。
「・・・そうかよ。
なら精々、舌ァ噛まねェように気ィつけな」
「言われなくとも」
冷静に返答し、私は先程の説明で指示された場所まで歩いていく。
戦闘開始は私のタイミングで、攻撃の宣言をする必要はないそうだ。
相手は仮にも、冒険者ギルドという組織のトップに立っている男なのだから、初撃の一発で仕留められるわけがない。
なら、一発目は単純に───私の得意へ持ち込むことを優先に考えよう。
「準備できました」
「・・・了解だ。いつでもいいぜ」
ああ、戦いが始まる。
どうか・・・私の恐れていることが、単なる杞憂であることを祈ろう。
▽ ▽ ▽
油断大敵。
それはギルドマスターにまで成り上がった彼にとって、人生の根幹を成すほど重要な言葉である。
彼を自由の道へと誘った、かつての師に教わったこの異世界ことばは、彼の意識に根を下ろし、その価値観を一般に言う「残虐無比」なものとした。
たとえ相手が子供であろうと、転生者の取り巻きであろうと、何であろうと油断することはない。
「・・・了解だ。いつでもいいぜ」
そう、考えていた。
だから、違和感があったのだ。
それを理解しているはずの友人が、まだ無名の転生者の取り巻きを、自分と戦わせようとすることに。
(この違和感がマジなら、俺はとんでもねェ奴と戦うことになっちまってる。
まったく、冗談じゃねェぞ)
そして、その取り巻きはあろうことか、ギルドマスターである自分に対して「素手」で戦いを挑んできた。
彼とて、数多の冒険者と交友を持っている、組織のトップである。
ステゴロで戦う冒険者なんて両手で数えられないくらい存在しているし、その理由が様々であることも知っている。
知っているからこそ、理解に苦しんだ。
「・・・・・は?」
目の前の少女は、自身になんの強化魔法も付与せず、自己証明を発動した気配すらせず。
そのまま、こちらに向かって構えているのだ。
「・・・・・」
あの虚無の寵愛者が目をかけている相手だから、あの無謀そうに見える行動はただのハッタリではなく───ただの逸脱した強者の行動であるのではないか。
聡明な彼は瞬時にその疑惑を確信へと変え、最大限の警戒をもって迎え撃つ構えをとった。
(───速)
が、遅かった。
「っ・・・ぶねぇ!」
ギリギリだ。
あと一瞬でもガード遅ければ、ティアの蹴りは彼の顔面に直撃していた。
「早速かよッ!」
クロスアームガードしていた両腕を勢いよく振り払い、ティアの体勢を崩そうとした彼だったが、その両腕を振り抜いた時には既に彼女は視界外へと消えていた。
そして次の瞬間、彼の背中に直撃したのは彼女が放った攻撃魔法。
背中にかなりの熱と衝撃を感じつつ、彼は少し前方に飛ばされる。
「・・・!」
当然、ティアはそれを見逃さない。
体勢を立て直す隙が必要だと見抜いた時には既に、彼女の体は行動を開始し───グレイアのような「バリアを蹴って加速する」手段ではなく、単純な「飛行魔法」によって瞬間的に加速し、リベルの背中に爆速のドロップキックを入れ込もうとした。
「短距離瞬間移動魔法ッ!」
しかし彼とて、やられっぱなしではない。
リベルは脅威を予測し、そこから生まれる隙まで計算した彼は、ちょうど彼女の着地点から向かって後方に現れるように瞬間移動魔法を発動した。
彼女の蹴りが直撃する寸前にその場から消えたリベルは、狙い通りの場所から上に少しズレた場所に現れ、崩れた体勢を立て直す。
「っ・・・ヴェ・ネイターッ!」
そして、先程の瞬間移動で手放してしまった固有武器を呼び戻し、少しタイミングをずらしてソレを投擲した。
両刃の短剣が一対になったリベルの固有武器は、彼のタイミングをずらした投擲によってティアの背中につき刺さらんと空を切る。
「・・・・・」
ゆらりと立ち上がったティアはその固有武器ふたつを当然のように余裕で身をかわして避け、そのまま攻撃しようと構えた。
「・・・!」
しかし、次にくる攻撃を感知した彼女はリベルの思惑を瞬時に理解し、身を低くする。
その次の瞬間、彼女の後ろに瞬間移動して固有武器を回収し、彼女に攻撃しようとした彼の刃が彼女の頭上を通り抜けた。
ティアはそれを確認しないまま、探知魔法に写ったリベルの土手っ腹目掛けて全力で肘打ちをかまし、追撃として蹴りを3回ほど入れて後方へとぶっ飛ばす。
「ごあっ・・・!」
「・・・エクスプロージョン」
彼女はさらに、リベルが後ろに瞬間移動してきた時点から準備しておいた魔法を左手に起動してから投擲し、さらなる追撃をお見舞いした。
「─────」
すると次の瞬間、魔法の着弾地点から凄まじい爆音が辺りに響き渡り、魔法によって起こった爆発の爆炎が彼女のもとまで吹いてくる。
「ごほっ・・・ごほっ・・・」
(・・・冗談じゃねェ。
奥の手なんか出しても、あの化け物に勝てっかどうか怪しいじゃねェか)
煙から現れたリベルは全身傷だらけで、まだ戦闘開始後1分も経っていないようには思えない。
(・・・奥の手?)
ここでティアは、よからぬ事を考える。
このまま隙を与えずに攻撃を入れ続ければ、その「奥の手」とやらを出させずに勝利することができるものを───グレイアから嫌われたくなかった彼女は、あろうことか「待つ」という選択肢を選ぶ。
あの配信で見た、正義の寵愛者のチート魔法に対するグレイアの態度が、彼女に言われのない恐怖心を植え付けてしまった。
もし完封勝利なんてしてしまえば、この戦いはグレイアにとって退屈なものとなり、自分とも距離を置かれてしまう・・・なんてことを、彼女は考えている。
最初の方に散々、仲間は大切にするつもりであるという旨の文言を言われたにも関わらず。
「・・・・・待ってみよう」
そう呟き、構えたまま待機するティア。
尚、今のグレイアにとって、彼女がする戦いは須らく「心配」に値するものなので、面白いか否かは全く気にしていない。
そして彼にとって、攻撃が当たらないことはべつに面白くないことではないので、その点でも恐れる必要はない。
・・・とどのつまり、普通に杞憂である。
「・・・・・へへっ。
こうなったら、俺の奥の手を出してやるぜ」
思考を巡らせるティアをよそに、リベルはその「奥の手」の準備を完了させていた。
「・・・・・」
しかしまあ、先程「よからぬ事」とは書いたものの、べつに彼女にとってはその「奥の手」がどんなものであろうと、自分の勝利は変わらないもので。
「・・・待ってくれてありがとうな。嬢ちゃん」
自信満々にそう笑うリベルの姿すら、彼女にとってはどうも滑稽に見えるわけである。
これがもし、戦闘を楽しんでいて満足そうに笑うグレイアなら、彼女も満面の笑みで相対する所なのだろう。
だが、今の彼女の表情はまったくの「無」である。
まるで、この面倒な時間をさっさと終わらせてしまいたいと言わんばかりの表情だ。
「今度は俺から行かせてもらうぜ!」
瞬間、彼女は屈む。
すると頭の上を通り過ぎた刃に視線を向けないまま、慣れた表情で反転しながら足をかけて後ろに出現したもう1人のリベルを転ばせ、身体の柔軟さを最大限に活かした蹴りでもう1人のリベルを───彼の分身を吹き飛ばす。
「シィッ!」
ここで隙を晒した彼女に対し、掛け声と共に迫る3人のリベル。
刃は寸前まで迫り、飛び上がったとしても回避は不可能。
「・・・・・」
しかし彼女はするりと攻撃を避けたかと思えば、少し遠くで待機していたリベル本体に全速力で接近からの勢いを全て乗せたドロップキック。
「チッ!」
咄嗟に展開したバリアを軽々と破壊され、腕でガードせざるを得なくなったリベルは舌打ちをしつつ、分身に指示を飛ばす。
続く魔力の波動に耳をピクリと動かしたティアは、分身の接近を察知してリベルから距離を取り、滑るように中央へ。
そこでも後ろを取られたところで、彼女は有り得ない速度で反転しながら分身の横っ腹に手刀を叩き込み、次に放った寸勁で分身の胴体を貫いた。
(グレイアの使い方とは違う。
私の脅威にはならない)
微かな間にそう思考しながら、ティアはリベルの手を伺う。
すると数秒後、両脇から分身が突っ込んできた、またその次の瞬間───彼女の頭上がきらりと眩く輝いた。
(・・・・・)
そして煌めく爆発が辺りを包む。
範囲からして分身諸共、少なくとも無事ではない。
(・・・どうだ)
そのはずだった。
「・・・・・ウッソだろお前ェ」
一瞬、狼狽えた。
傷ひとつなく、己を見つめる少女の姿に。
「───ッ!!!」
それが仇となる。
油断ではなく、狼狽。
顕になった弱点の、ねじ込める隙間。
「ぐごっ!?」
リベルの背中に突き刺さったのはティアの拳。
分身の操作を許さない、神速の一撃が彼の背中に突き刺さった。
「ぐうっ・・・チイッ!!!」
吹き飛ばされ、受身をとりながらの着地。
そうして前を向いた彼の視界には、一筋の閃光が映った。
(黄金の・・・魔力・・・・・!?)
有り得るはずのない、有り得てたまるものかとすら思う、色。
彼は目を見開き、視界にでかでかと映り込む黄金の輝きを見続け、防御をしない───否、できない。
指ひとつ動かないのだ。
それは恐怖か、はたまた別の感情ゆえか。
「自由をも穿つ一撃」
貫くような感覚が、彼の胸を焼いた。
熱く、燃えるような感覚に、彼は悲鳴すら上げずに地面へとへたり込む。
「私の勝ちですね」
「・・・・・嬢ちゃん、あんたは・・・」
目の前に降り立ち、冷たい視線を向けてくる少女に向けて。
彼はただ驚き、固まるのみ。
「・・・ふん」
興味なさげに鼻を鳴らし、ティアはリベルのもとを去る。
そして瞬間移動をした先は、もちろんグレイアの隣。
「おかえり。圧勝だったな」
いつもの口調がキツい彼ではなく、ほっと安心したような、柔らかい口調の彼。
表情も満面の笑みで、よほど彼女が勝ったことが嬉しいのが伝わってくる。
「ただいま」
「心配して損したな。まさか傷1つないなんて」
「・・・・・私のこと、嫌いにならなかった?」
笑顔で労うグレイアに問いかけた彼女の言葉に、彼は一瞬キョトンとした表情を浮かべた。
理解できない、というよりかは意図が読めない、と言うべき表情をして。
「嫌いになる要素なんてなかっただろ」
冗談ではなく真意であることは最早、疑いようもない事実。
シンプルな褒め言葉に絆されたティアは、どうしようもなく表情を綻ばせた。