3-1:新しい能力
ある種のゲームのような。
───あれから3日ほどが経過した。
この3日間で、なんとなく一緒に居たり特定のことをするのが当たり前みたいになってきた。
具体例というほどでもないけど、ニアがずっと俺の頭の中にいたり、ティアもずっと俺と一緒に行動していたり。
時折、キクさんに髪の毛を吸われたり、栄養補給と銘打って抱きしめられたりもしたものの───まあ、これは一時的なものだろうと思いたい。
「・・・・・やっぱ、レイアウトはシンプルな方がいいか?」
そして現在、俺は寝泊まりしている部屋にて、ノートとにらめっこをしていた。
後ろにあるベッドではティアが寝転びながら本を読んでいて、扱いがほぼ自室。
「右下に情報を集中させるとして、やっぱりコンパスは上がいいのか・・・」
ニアは睡眠中であるものの、能力の主導権は俺にある状態。
能力のレイアウトに変更を加えては、その都度メモ帳に使用感や変更点などを記し続ける。
要はユーザーインターフェースの位置を俺好みに調整する作業ということで、俺としては普通に慣れ親しんだ楽しい作業だ。
使い勝手や見栄え、その他諸々の事柄・・・
今回ばかりはプリセットを配布するなんて概念もないし、気楽なものだと思う。
「・・・・・」
とまあ、こんな感じに過ごしている今日この頃。
ナギ曰く、そろそろ議会とやらが始まるらしいし、そこで俺が自由に行動できるか否かを決めてくれるはずだ。
なるべく早く、このインドアな生活から脱したいな。
───── 三節:自由が示す道標
そして、だいたい1時間くらいが経過したころ。
「・・・・・」
俺は一通りのやりたいことを終え、あとは動作を確認するところまで来ていた。
右手に固有武器を変化させて作ったナイフを持ち、刃を左腕にぴたりと当てる。
「っ・・・」
あとはそのまま引いて、少し血を流す。
「・・・・・」
すると、俺の視界の左上に人型のシルエットが現れ───今しがた傷をつけた場所が赤く点滅する。
そして、その下に小さめのウィンドウが出現し、「切創」と「出血」の文字が表示された。
「・・・よし」
俺はそれを確認すると、ティアから教わった回復魔法で傷を癒す。
どうして俺がこんなことをしているかというと、それは能力の都合上、無視ができない問題があるから。
自己証明でも固有武器でもない、所謂チート能力の類として俺の中に存在している、「任意の感情・感覚の遮断を代償に、身体から出る情報の殆どが知覚されなくなる」みたいな能力。
これ自体は、転生直後で無意識に使ってしまっていた時以降は使っていないし、これから活動していく上でも使うつもりはない・・・とまでは行かないが、戦いを楽しむためにも、できるだけ自重をしていくという心持ちではある。
ただ、もしもの事や作戦上の都合があって、この能力を使わなければならないという状況になった時。
その時に、もしこの能力の弱点を綺麗に突けるような相手が居たとするのなら、俺は自分の詰めの甘さを後悔することになると思う。
だからこそ、万が一、億が一のことがあった場合に備え───この能力のデメリットを緩和できるような、そんな機能を、せっかくの能力だからと仕込んでみようと思った。
「・・・不足はなし。完璧」
自分の体に起こっていることを、視覚的にわかりやすく、そしてリアルタイムで把握することができるシステム。
それをあらかじめ視界に仕込んでおけば、仮にその能力を発動した際、決して避けることはできない「感覚の遮断により、自分の身に何が起こっているのかが探知不可になる」というデメリットがある程度緩和させられる。
魔法を使うという手もあるが、「自分の体の状況を把握し続ける魔法」と「周囲の状況を探知し続ける魔法」は両者ともに常時発動型であるため、併用することができない。
仮に常時発動型の魔法を併用し続ければ、その先では使用者の脳が焼ききれ、凄まじい苦痛によって死ぬことになってしまうらしいから、できる限りは併用を避けるべきだ。
俺の体が確固たる意志を持った自殺以外の手段で死なないうえ、チート能力の使用中は感覚が遮断されるとしても───遮断されるだけである以上は、動かしている体に必ず、どんな些細な影響でも、何かしらのガタが出るはず。
どんな些細なリスクによる結果であれ、一瞬でも体が動かしにくくなるという状態は、俺が絶対に避けたいもの。
「・・・実用する前の調整はこれでひと段落か」
戦法は滅茶苦茶でも構わないのに、自分の状態は万全でなければならない。
というワガママをやり方次第で通せるようにしてくれているのは、わりと嬉しかったり。
「・・・・・」
暇神様が「お前にとって最も扱い易い」なんてことを言っていたことを考えると、この自由度は至極当然ではあるのだけども。
「・・・なあ、ニア」
『んぅ・・・・・なんですか、マスター?』
それで、次だ。
俺の脳内で爆睡していたニアを起こし、先ほどの機能に加えてプログラムした、もうひとつの機能が実際に動くかの検証をする。
「情報ライブラリとHUDの連携を試したい。
テキトーな単語についてを調べて、その情報を俺の意識に共有してほしい」
『承知しました・・・』
ニアは俺の脳内で上体だけ起き上がると、眠そうな様子で目を擦りながら独特なウィンドウを目の前に展開した。
とてもシンプルなデザインで、まるで何もカスタマイズをしていない状態の検索エンジンのように見える。
いや、むしろそれよりシンプルで───ニアの目の前にあるウィンドウに映し出されているのは、ただの検索バーらしきオブジェクトがひとつのみ。
『ではマスター、検索したい単語を教えてください』
「わかった・・・」
とは言っても、とくに知りたい単語なんて思いつかないんだよな。
知りたいことの大部分は、この前の図書館で調べつくしてしまったし。
「───じゃあ、これについて調べてほしい」
そんな「待ってた」と言わんばかりにタイミングを見計らった声に振り返ると、ティアが寝っ転がったままで本のページをこちらに向け、何か石のようなものが記されたページをこちらに向けている。
大方、俺の思考にも目を向けていたか。
さっきの俺がブロック式のプログラミングで楽しくなっているときに、俺がどういう機能を動かそうとしているかを把握していたんだな。
「さすが、正解」
「やっぱりか。ちょっと待って、今行くから」
ティアの方で知りたい情報があるならちょうどいい。
というわけで、俺は椅子から立ち上がり、俺のベッドの上で寝っ転がっているティアから本を受け取る。
「知りたいのはこの・・・『ヨビモド石』ってやつ?」
「うん。物体に組み込むと、持ち主を記憶して戻ってくるようになる魔石なんだって」
「・・・日本人が考えてそうな名前」
思わず変な推察を口にしてしまったのはさておき、挿絵を見る限りでは非常に綺麗な無色透明の宝石だ。
説明を見てみると、どうやらこの石は、ティアが言った説明に加えて、持ち主の魔力に応じて色を変えるという性質も持っているらしい。
「石がその人に合った色に変わるっていうのも綺麗なんだけど・・・私の好奇心が向いたのが、持ち主の所に戻ってくるっていう性質についてだったから」
「なるほど、把握・・・」
「うん。だから調べてくれると嬉しい」
原理を知りたがるのは、手に入れて使ってみたいからか、はたまた別の理由か。
まあ、とくに深堀りすべき事柄でもないな。
「聞いてたか?」
『はい。固有名称「ヨビモド石」についての検索を実行します』
ニアからそう返答があってから数秒後、俺の視界の左下に大きめのウィンドウが現れ、情報を映し出した。
俺はそれをジェスチャーで中央の少し右あたりに置き、テーブルに戻ってから、メモ用に使っているノートからページを一枚ちぎり取る。
「何してるの?」
「出てきた情報の量が多くて。
わざわざ口頭で伝えるのも面倒だし、せっかくだから『印刷』を試してみようかと」
「印刷?」
色付けした魔力を紙に染み込ませて文字を記す方式。
わかりやすい例えをするなら、コンパクトになったインクジェットプリンタってところか。
「・・・」
紙に右手をかざし、魔力の指向性と出力帯域を調整してインクのような性質を持たせる。
あとは印刷が濃くなりすぎないように意識しつつ、魔力を放出していく。
「・・・・・よし、どうだ?」
感覚的に終わった気がしたので、かざした手を外して出来栄えを見てみる。
結果としては、存外、初めてにしては上手くできており───白黒で見栄えには欠けるが、何かを伝えるだけなら使えなくもない出来だと言えるかもしれない。
理論は悪くないだろうから、あとは慣れだ。
まあ、そんな頻繁に文章を印刷する機会なんてないだろうけど。
「できた?」
「一応。普通に読めはするはず」
俺は出来上がったプリントと本をティアに手渡し、反応を伺う。
対して、ティアは俺から受け取ったプリントを暫く読み込むと、何か納得したような素振りを見せ、プリントを2つ折りにして収納魔法にしまった。
「ありがとう。知りたかった情報が知れた」
「どういたしまして。
俺としても試したかったことが試せたから、両者共に得るものがあってWin-Winだったな」
ティアのお礼に対して、俺は少し笑顔になりつつ返答する。
「あとは実戦で使用感を確かめて、色々と調整を───」
と、そこまで話して気がついた。
「───んあ、ナギが来たな」
なるほど。
第6感が冴えていると、日常生活のなかでこういうメリットもあるのか。
「結果、楽しみだね」
「ああ。できることなら穏便に済んでほしいもんだ」
俺はそう言いながら向きを変え、扉のところまで歩いていく。
すると、ちょうど俺が扉に近づいたのと同じくらいのタイミングで、3回のノックが鳴った。
「グレイア、いいかいー?」
俺はそのまま扉を開き、ナギを出迎える。
どうやらナギは俺がすぐに出てくることを予想していたようで、俺の顔を見るなりクスッと笑った。
やっべ、思っきし顔に出てたな。
「ふふっ・・・。まったく、よほど自由になるのが楽しみだったみたいだね」
「・・・ああ。楽しみすぎてワクテカしてた」
微笑ましい・・・なんて言わんばかりの台詞に、俺は淡白な返しを言う。
すると、ナギは嬉しそうな表情をした後、しっかりとした態度で口を開いた。
「それなら心配は要らなさそうだね。
まあ、もっとも・・・君はこの程度で緊張するようなタマじゃないだろうけど」
「はっ、俺はあの状況でさえ舌がよく回るような男だぜ?
そんな心配、ミジンコ程度も必要ないっての」
やはりテンションが上がっているのか、いつもより多く舌が回るな。
やっぱり、これから来る楽しみなことか待ちきれないらしい。
「・・・よし、わかった。
じゃあ、これから冒険者ギルドに行って、登録の手続きをしようか」
「お前、特に今日は忙しいって言ってなかったか」
俺がそう聞くと、ナギはニッと笑い、打算なんかマシマシだぞ───という文字を顔いっぱいに写し出しながら返答してきた。
「だからこそさ。
それに・・・一度、彼には君のことを紹介しておきたかったから」