2-11:虚無と正義(下)
続く攻防。
露見する相性。
進行は単純。
ヒットアンドアウェイの連続。
手を替え品を替え、ヘイトを募らせ、相手を飽きさせない。
「くっ・・・今度はどこかな!」
痛くはないし、体そのものにダメージはなかったとしても。
的確に叩き込まれる攻撃はナギの集中力を阻害し───冷静でなければならないはずの思考回路を詰まらせる。
「上」
「・・・っ!」
両手の間に魔力をいっぱいに圧縮し、放出の指向性を調整する。
そして放たれた魔力は、まるで巨大なウォーターカッターのように凄まじい勢いでナギを巻き込み、後方へと押し流す。
放出の反作用によって俺もさらに上空へと飛び上がり、簡単にはたどり着けない高さからナギを見下ろす形をとる。
「・・・・・」
先程から思っているが、どうにもナギは1人で戦うような性能をしていないように思う。
周りからのサポートを受けながら、前線で自身に付与した無敵を活かしつつ、ゴリ押しで敵をなぎ倒していく・・・という、タンクとアタッカーの複合体的な性能だ。
少なくとも、俺みたいなテクニカルタイプのアタッカーとサシでやるようには設計されていないだろう。
いま把握できる範囲だけでも、俺だったら諦めるくらいに攻撃の手札が足りておらず───ジリ貧は確実。
「もう手は尽きたかい?
それとも・・・まったくダメージが与えられなくて諦めがついた?」
「なわけ」
そこで思う。
このマッチングがナギ本人のみの意思なのだとすれば───ともすれば、これはわざとなのかもしれないと。
「視聴者を待たせてるからね。
そろそろ動いてくれると助かるんだけど・・・」
もしそうなら、やるべき事は決まった。
俺がひとり、ただ楽しむだけの戦いは終わりだ。
「・・・・・よし」
「───考え事は終わったかい?」
痺れを切らしたのか、ナギは俺の後ろに瞬間移動してきた。
俺は振り返らず、質問の回答を口にする。
「ああ、待たせたな」
「よかった。君の頭の回転が本当に早くて───ね!」
次の瞬間、待ってましたと言わんばかりに俺の背中をぶん殴ろうとしたナギの攻撃を後ろに飛び上がって避け、そのままお返しとして背中に一発ぶち込んでやろうかと攻撃を仕掛ける。
結果として、攻撃は直撃したものの───中途半端な力み方で攻撃をしてしまったため、ナギの体幹を崩せず、ただ無意味に隙を晒しただけになってしまった。
「くっ!」
腕を捕まれた俺は何の抵抗もできず、対してナギは大きく振りかぶり───俺の体を地面に向かって全力でぶん投げる。
ギリギリで体勢を整え直して着地し、足のジーンとした痛みに耐えていたところに、ナギの追撃が迫る。
「まだまだっ!」
「チッ・・・」
俺のいる場所を目掛けて、なんかそれっぽいエフェクトを出しながらのライダーキックをしてきたナギ。
確実に止められないと悟り、バク転で着地場所から離れた瞬間───凄まじい速度でナギが着弾し、爆発にも似た勢いで地面を抉り、土を吹き飛ばす。
「フレイム・ブラスト!」
探知魔法の結果から見て、着弾した場所から動いていないだろうと踏んだ俺は、ナギの着地により完成したクレーターもろとも魔法で吹き飛ばそうと、ビーム状の炎魔法を放った。
「ははっ!どんなに威力を高めようと、そんな魔法じゃあ効かないよ!」
いつの間にかこちらに向かってきていたナギはそう言いながら、そこそこの威力であるはずの炎魔法のど真ん中を突っ切ってくる。
固有武器すら持たず、一見華奢に見えるその身一つのまま、俺が放った炎魔法を突破してきた。
「どうだい、びっくりしたかな───」
たどり着いた先に居た、魔法を放っている俺の分身体に攻撃をしようとした瞬間、ナギは後ろから感じる違和感に振り向いた。
「なっ・・・」
そして、その先にあったものはナギにとって驚くべきものだった。
なんと、先程の彼が放った光弾なんて比べ物にならないくらいのとてつもなく巨大な銀色の光弾が───今まさに着弾せんと、彼の目前まで接近しているではないか。
「くっ・・・・・うわあっ!」
受け止めようとした努力虚しく、光弾は地面を抉り───少ししてから巨大な爆発を起こして、辺り一面に真っ白な煙幕を巻き起こす。
「目くらましか・・・」
身体強化と探知魔法は併用できないうえ、いまさっきの分身のこともあり、ナギは今まさに、自分の目に映る情報が信用ならない状態になっているはず。
奇襲をするなら、今だ。
魔力を限りなく圧縮して構築した、一点集中の物理攻撃をお前の土手っ腹にぶち込んでやる。
「───パイル・バンカー!」
「!」
しかし、ぎりぎりで俺の左手にある魔法を目視したナギは、とてつもなく焦ったような表情で俺の攻撃を避け───俺の横腹をぶん殴る。
「ぐっ・・・」
「かあっ!」
追撃として風属性の攻撃魔法を食らった俺は不格好な姿勢で吹き飛ばされ、着地に手こずってしまったせいで、ナギからかなりの距離が離れたところに着地した。
めちゃめちゃ脇腹がジンジンするが、それはどうだっていい。
俺にとっては、もはや慣れてきた痛みとかいう要素よりも、今まさに得られた「刺突系の高威力物理攻撃は、ナギの使うバリアに有効である可能性が高い」という結果の方が大事だ。
「そこっ!」
「・・・っとと」
今度は固有武器を使い、斬りかかってくるナギ。
対して俺は刺突を身をかわして回避し、横薙ぎをしゃがんで回避し、隙をついてナギの横っ腹をぶん殴る。
しかし当然のように効果はなく、続いてやってきた上段からの振り下ろしを横に転がって避け、俺は固有武器を取り出す。
「千変万化───短剣」
俺は固有武器を取り出しながら、ナギの死角を突くように下から斜め上方向に刃を薙ぎ、防御を誘発しつつ───瞬間移動を駆使してナギの後ろをとる。
先程までいた場所には次の攻撃へと姿勢を移行する分身を残して攻撃を誘導し、後ろをとった俺の本体は上下反転した姿勢で頭を狙い、固有武器を変化させながら振り抜く。
「バット!」
直撃する寸前、俺の命令の通りに短剣はバットへと変化し、ナギの横顔を芯でとらえた。
いい音が鳴ったのを確認した俺は反転した姿勢を直して着地し、ナギのカウンターを───回れ右からの横薙ぎを、後ろに跳んで回避する。
「ずあっ!」
間髪入れず追撃として肉薄してきたナギは、俺が壁際に追い込まれたことをいいことに、顔面を狙った刺突攻撃を何度も何度も執拗にやってきた。
下手に回避しようとすれば攻撃に当たる上、瞬間移動をしてもどうせ追撃されるのがオチ。
そのため、俺は脚に魔力を込め───左手を防御に使って隙を作り、右足をナギの腹に押し付けると同時に魔法を発動する。
「決死の爆裂魔法!」
魔法が直撃したナギは爆発の威力によって後方にぶっ飛んでいったが、姿勢は崩れていなかった。
それを確認した俺は、右手に持っている固有武器を槍へと変化させ───ナギを目掛けて全力で投擲する。
「はあっ・・・うおらっ!」
着地し、また肉薄しようと地面を蹴ったナギは、また壁際に追い込まれないようにと横に走り始めた俺を確認すると、瞬間移動を駆使して器用に槍だけを避け───俺を補足しつつ再び瞬間移動を行い、俺の後ろに現れた。
急いで反転し、攻撃の出方を確認しつつ後ろに跳び上がった俺に対して、ナギは左手に何らかの攻撃魔法を準備すると、まだ空中にいる俺に向かって魔法を投擲してきた。
「うわっ・・・たあ!」
バスケットボールほどのサイズをした魔法は凄まじい速度で俺に接近し、ギリギリの対処を余儀なくされる。
両手と空中の姿勢制御をフル活用して魔法の向かう先を上へと逸らしたところで、俺の隙を突いて攻撃しようとしているナギが俺の死角に現れた。
「チッ・・・」
凄まじい爆発を背景に、俺は仕方なく分身魔法を使用して位置を入れ替え、ナギの斬撃を回避し───先程ぶん投げた固有武器を呼び戻して短剣に戻すと、俺もナギの隙を突くために武器を構えながら瞬間移動する。
「はあっ!」
「りゃあっ!」
それを読んでいたナギの刃が俺の刃と激突し、衝撃波を放ちつつ火花を散らす。
すると突然、ナギは固有武器をしまい───それにより、俺が少し姿勢を崩したところで、膝蹴りを俺の腹に入れ、続いてダブルスレッジハンマーを俺の背中にぶち込んできた。
「っ・・・でえ!」
片膝をつく形で着地した瞬間、俺の頭上にナギが剣を振りかぶった状態で瞬間移動してきたのが確認できたため、俺は横に転がってそれを避けると───今度は攻撃には転じず、ナギの首を掴みにかかった。
「ぐっ・・・」
何をするつもりだと言わんばかりの顔をしたナギには構わず、俺は生成した分身と位置を入れ替えて、その分身体に埋め込んだ魔法を起動する。
「・・・!」
次の瞬間、ナギの首を掴んでいた俺の分身は植物のような何かへと変化し、体を拘束していく。
脚から変化した部分も移動させて動けないように拘束し、腕も反撃が出来なくなるように拘束する。
「くうっ・・・こんなもの・・・!」
ナギはもがいて拘束を解こうと努力するが、ついに固有武器すらも手から離れ───収納する時のように光となって消えた。
「魔法を使ったのを認識したら爆発する系の魔法を組み込んだ。
これでお前は、瞬間移動も攻撃もできない」
あわよくば、バリアも消えて欲しいなあなんて思ったが、そう上手くは行かないらしい。
どうにもあのバリアは特殊なもののようで、ぶっちゃけストーム・プロテクションでも剥せるかどうか。
「待ってろ、今すぐに終わらせるから───」
賭けだがやってみるしかないと、そう考えつつストーム・プロテクションを発動しようとしたその時、ナギの右手がピクっと一瞬だけ動いた。
すると、ナギの右手のちょっと下の位置に固有武器が現れる。
「?」
そして、当然ながら拘束されているために掴むことができない武器は、そのまま落下し───拘束している植物に傷をつける形でかすり、そのまま先程と同じように消える。
そこで脳内が「危機感」に埋め尽くされた俺は感づいた。
「っ・・・」
やらかした。
ニアがいれば恐らく、さっきナギが右手を動かしたところで俺に警告をしてくれていたことだろう。
「・・・すぐにトドメを刺さないからだよ」
ナギがそう言った次の瞬間、俺の脚に何かが絡みつく。
「!」
それは紛れもない、俺が今さっき使った魔法の、そのツタらしき植物である。
さっき出した剣と、その剣がツタを傷つけていたことから鑑みれば───今のこれは、恐らく魔法を発動者にそっくりそのまま返す能力。
「くそったれ───」
いまさら解析したってもう遅い。
拘束から逃れようとするも、魔法を発動しようとした手は拘束され、固有武器も叩き落され、努力は虚しく拘束されきってしまう。
ぎちぎちと締まる拘束に苦しさを感じつつ前を見ると、そこには拘束から完全に逃れたナギが立っていた。
「・・・君が拘束魔法に妨害魔法を仕掛けてくれていたお陰で助かったよ。
僕が余計なことをしなくても、君は勝手に自滅してくれるんだから」
いたって真面目な顔。
教訓として覚えておけ・・・みたいなことを言わんばかりに、俺のことを見下している。
「・・・・・魔法の効果をそっくりそのまま返す能力か」
「ご明答。発動の条件は、僕の固有武器の刃が魔法に触れることだよ」
「はっ。それがホントの奥の手ってか?」
俺の言葉に、ナギは少しにやけた笑いを見せると───固有武器を取り出して振りかぶる。
「残念。灯台もと暗しってやつさ。
君は僕の能力をまったく調べずに、この戦いに来ただろう?
だからそれを利用して、ここぞという時に使用したのさ」
「・・・初めっから使っときゃよかったのにな」
「・・・また何か、強がりを?」
「いや強がりじゃない。現に俺はな・・・」
ナギの問いに対して、俺は回答をしつつストーム・プロテクションの準備をし始めた。
俺の体から白い雷が漏れ、パチパチと音を鳴らす。
「もう賭けに勝った」
「・・・魔法を発動したらツタは爆発するんだろう?
なら、それを使ったってどうせ───」
やはり気づいていなかったか。
・・・いや、気づく必要がなかったのか。
「何言ってんだ。
俺がいつ、コレを魔法だって言った?」
残念ながら、この仕様は昨日の時点で確認できていた。
魔法の定義と、魔法という条件を提示した時にそれが適用される範囲。
入れ替えを転移と認識しなかった時点で利用が可能だと察した、この世界の半ば屁理屈とも言える仕様は───今みたいな、こうした土壇場でも役に立つ。
「っ───」
「気づくのが遅え!」
ナギが振りかぶった刃を下ろそうとするがもう遅い。
俺の体の表面に走っていた白い雷は瞬く間もなく広がっていき、今度は半径5メートルほどの爆発範囲を生み出す。
「くっ、体が・・・」
体勢が崩れ、よろける体。
回避はできない。
防御もできない。
攻撃もできないし、魔法を使うこともできない。
「ダメ押しだ・・・!」
ナギが纏っているバリアはチカチカと点滅し、もう消えてなくなりそうだ。
しかし、それでも容赦をすることなんてせず───俺は、左腕に極限まで圧縮した魔力を纏い、ナギの腹に向かって突き出しながら叫ぶ。
「───パイル・・・バンカーッ!!!」
詠唱がトリガーとなり放たれた、鉄杭を模した魔力の塊はナギのバリアと体を、轟音を奏でながら貫き───貫通した先で、血と火花が混じった花火を生み出す。
「がっ・・・ああっ・・・!」
ナギが痛みに喘ぐなか、俺は鉄杭を模した魔力の塊を素早く引き抜き、魔力をコントロールから解放して消失させる。
「はあっ・・・は・・・あっ・・・ごぼっ・・・・・お・・・・・」
腹から血を流し、口から大量の血を吐き───とても苦しそうにしているナギを、俺はただ静観する。
と言うよりは、疲労で何も口にしたくなかったというのが正しいのかもしれない。
わりかし限界が近いことは把握していたので、早めに決着がついてよかったと思う。
「・・・終わりでいいか、ナギ」
淡白にそう問い、答えを待つ。
それどころではない状況であるというのは理解しているが、勝負は勝負だ。
さっさと負けを認めてくれないと、その斬撃と刺突でボロボロの体を治療することすらままならない。
「ごほっ・・・ごほっ・・・」
・・・残念ながら、答えは帰ってこない。
それにしても、かなりの戦闘経験があるであろうナギが、ここまで喘ぐほどの痛みとは───俺には、まったく想像がつかない。
大方、内蔵がいくつか駄目になっているのだろうが・・・治癒魔法というのは、それすら治せるのだろうか。
「・・・・・はあ」
それはそれとして、長いな。
暫く待っていれば、あのヘッセとかいう男が勝負を切ってくれるかと思っていたが───残念ながら、そうではないらしい。
モタモタするのもアレだし、気絶させよう。
「千変万化、バット」
俺は固有武器を取り出し、軽く振りかぶってからナギの脳天をぶん殴る。
「がっ・・・」
完全に無防備な状態で脳天にバットでの一撃をくらったナギは、脳震盪が起きたからか一瞬で白目を剥き、地面に倒れ伏した。
「終わり・・・か」
そして俺はしゃがみこみ、ナギの息があることを確認しつつ───しっかりと意識を失っていることも確認する。
これで俺の勝ち。
セルフで判定するのは自画自賛みたいで気分が乗らないが、言われないものは仕方ない。
「・・・プリセット0、デフォルト」
決着がついたお陰で使わなくてもよくなった身体強化を解除しつつ、体にまとわりつく疲労感に身を任せ、どしゃりと地面に座り込む。
「───!」
すると、俺の視界の先から何人かの使用人らしき人たちが走ってくるのが見えた。
まあ、べつに気にする必要はない。
勝ったし。
「・・・・・」
あとの事はとりあえず、こいつの周りの人間がなんとかしてくれることだろう。
・・・まあ、こいつをボロボロにしたの俺だけど。