閑話:虚無と理想
人間が好きな神がふたり。
空虚な世界の片隅で語り合う。
灰色の空。
空に浮かぶペット。
慌ただしくポータル間を移動する部下たち。
何もかもがいつも通りだ。
ひとつだけ、楽しみが増えたこと以外は。
「ニヒちゃん」
「・・・イデアル」
相も変わらず、彼女は気配を完全に消して私の後ろにワープしてくる。
手癖だとは言うが、まったく───それで驚いて死んだ天使がいるのだからやめろと、ここ10年くらいは毎度会う度に言っているというのに。
「忘却くん、やっぱり天才だったようね」
「前世で生きていた頃の肉体の状態が杜撰だったせいか、適合に多少の時間がかかったようだが───問題はないと判断している」
「問題がないどころか、正義ちゃんの手先にも勝てちゃうみたいよ?」
「・・・その通りなら、嬉しい誤算だ」
彼を送り込んだ世界のレベルそのものは、お世辞にも高いとは言い難い。
だが、一概に低いとも言えない。
それこそ、神々が駒を送り込み、それを観察して遊ぼうと考えるくらいにはしっかりとした───言うなれば、地が固まっている世界。
だからこそ、私は初めに地獄を体験させ、相応の警戒心と覚悟を決めさせてから首輪を解き放った。
「うちの想起ちゃんが想いを寄せている相手だそうね。
まったく、あの子ったら見る目がいいじゃない」
「肯定しよう。できることなら、こちら側に連れてきてしまいたいくらいだ」
もし、今この状態の彼をここに連れてきて───大天使による教育を施した場合の事を考える。
成長の曲線が素晴らしく綺麗な急勾配になっていることを踏まえれば、概算して5年・・・いや、3年ほどで序列6位に食い込めることだろう。
「・・・それで、本題には入らないのか」
「あら、珍しいわね。あなたが話題を急ぐだなんて」
・・・そうだな。
彼の活躍を早く見たくて、少し急いでいるのかもしれない。
「少し影響されたのかもしれないな。
久しぶりの外的要因に」
「そうであることを望むわ。
私としても、夫であるあなたが交流の輪を広げることは嬉しいことよ」
「交流の輪・・・と言うよりは、家族が増えると言った方が適切な気がするが」
「あら、じゃあもう娘がいることになるわね。
気持ち悪いとか言われちゃわないかしら」
嬉しそうにしている。
どんなことを言われるかなど、分かりきっていることだろうに。
「・・・まあ、とにかく。
今はあなたの言う通り、私の話したかった本題に入るとしましょうか」
真面目な話か。
そうならそうと口頭で教えて欲しいものだ。
そうやって威圧感を放つたび、ペットが怯えて可愛さを失ってしまう。
「───独善と創造が再び君の世界に目を向けた。
今度は何を企んでいるのかわからないけれど、警戒しておいて損はないわ」
また面倒事。
しかも、今まさに私が目を向けている世界で面倒事を起こそうとしている。
・・・だが、それでも嫌な気持ちにはならない。
なぜなら───
「・・・それを自らの力で乗り越えた方が面白いな」
こうして、私の予想外が勝手に増えていくからだ。
私は笑みを浮かべ、思考する。
面白くなりそうだと、楽しみにしている。
「歩きながら話しましょう。
この件に関しては、私も協力してあげるから」
「何故?」
「面白くなりそうだからよ。あなたと同じ」
「・・・ふ」
そうだ、そうだったな。
私は彼女の教えを受けて、この座を確実なものとしたのだ。
同じ趣味を持つ者であることは、何千年も前から明らかなことだった。
「そうよ。私たちが望むのは、面白くて幸せな未来なの」
「ああ。だからこそ、それまでに立ちはだかる苦労は多いに越したことはない」
ああ、本当に。
これからが楽しみだ。