3-1:永遠
策など無意味に近い。
抜け穴は無数にあるのだから。
転生者というのは往々にして「戦力」という観点で見れば圧倒的。
それはどれだけ転生者の地位が転げ落ちたとしても変わらない事実であり、その戦力の根源は常に「前世」というコンテンツに含まれる圧倒的な情報量だった。
至極簡単な根拠なのだ。
前世で得た知識、経験、そして空想の産物までもを糧とする。
だから「なんでもできる」技術である「魔法」を用いて、現地民では想像がつかないようなことを平然とやってのける。
それが転生者。
「・・・掌印」
圧倒的な情報量の中から、特定の「手段」を抜き出して想定し、対抗策を考えるなどは不可能なこと。
そのうえで俺は、自分の故郷の伝統を、トリガーとして最も使われうるものが頭からすっぽ抜けていたことに気がついた。
恐らくは、ここで殴りかかっても間に合わない。
永遠の寵愛者は既に、魔法の展開を終えている。
「・・・・・まずった?」
「残念ながら」
黒いベール、俺たちを包むのは魔力で構成された結界。
しかし、感知した魔法の術式に込められた魔力は並大抵の、その辺で開発されたような魔力のそれではない。
何がおかしいのかはわからないが、俺も抜けているな。
「俺たちはもう既に、奴の術中に嵌ってる」
随分とデカいポカをやらかしてしまったというところだろう。
永遠の寵愛者本人を含めた俺たち三人。
周囲に居たはずの護衛らしき人員は、ここを見張るための人員か。
つまり目的は時間稼ぎ、それだけの術式を結界に組み込んでいる可能性だってある。
「殴って解決できればいいけれど」
「背負う存在が『永遠』の奴にそれは難しいだろうな」
殴って殺してハイ終わり、なんてのはもちろん通用しない。
無論、俺たちは全力で何百回でも殺してやるつもりではあるが、周囲の景色が懐かしい景色を、富士山をバックにした平野を映し出した時点で俺は短期での決着を視界から外す。
永遠だなどと、大層な名前だとは感じたが。
「・・・来るぞ」
距離は三十メートルほど、そこまで遠くはない。
結界の内部は広さを完全に制御できるから、場合によっては富士山が噴火するとか、その辺の覚悟をしておかないとならない。
先ずは何をするか、空に立ち、掌印を組んだまま。
ただ黙っているなんてことはないだろう?
『世を偲び、再び生を受けながら。世は我が生を、拒み打つ』
爽やかな声色、俺に相対することに恐れはないらしい。
そのうえで、ただ時間を稼いでいる訳じゃない。
『されど、我が望むのは』
魔法における詠唱は、様々な意味を持っている。
俺は好かないから名前を叫ぶだけだが、それだけの手間ですら価値がある程度には、魔法というのは手間をかけるだけ効力が増す。
何をされるか分からない現状、介入は不可。
つまり、完全な状態の永遠の寵愛者と、完全にアウェイのフィールドで戦わなければならない。
『救世を穿つ、永遠にこそある』
だからこそ、それがいちばん楽しいというものだ。
さあ、第一ラウンド開始といこう。
こいつはどれだけ、俺たち二人に耐えられるのか。
───── 三節:あぶれた魂の発露
永遠の寵愛者、佐藤 ナガヒサ。
グレイア・ベイセルおよびティア・ベイセルという最強ふたりと相対する彼は、漆黒の魔力を見に宿す唯一の男。
その由来は、精神性などというちゃちなものではない。
魔力の色の根源、それは彼の「自己」を体現した芸術そのもの。
「幾千の手を・・・その身に」
飛び出した二人を妨害するように、彼はありとあらゆる場所から飛び出す和柄の手を操り、軌道を塞ごうと試みる。
数千本の手は直進してくるグレイアの軌道を妨害することには成功したが、上から飛び込んでくるティアの移動経路を妨害するまでには至らず、接近を許してしまう。
「・・・っ」
ジャブを二発ほど顔に叩き込まれ、手を足元から生やして捉えようとするも肩を両手で掴まれ、そこを軸にして回転したティアがナガヒサを着地と同時に投げ飛ばす。
対応できずに吹っ飛んだナガヒサの軌道上に現れたのは、今しがた妨害する手を消し飛ばし、魔力を溜めた拳を振りかぶったグレイアの姿。
(しまっ)
腕をクロスして防御の体勢を取った刹那、ナガヒサの頭を抉ったのは背後から追いついたティアが放つ黄金の光線。
身を低くしてそれを避けたグレイアは、力を失い倒れゆく彼の腹に魔力を込めた拳を叩き込み、頭がなくなった身体の腹にどデカい風穴を空けてやる。
「ふん」
小さく鼻を鳴らし、後ろに飛んだグレイアが着地した瞬間、彼の足首を掴んだのは死んだはずのナガヒサが出現させた魔力の手。
(は)
それを見るなり地面を蹴ったティアのリカバリーは間に合わず、グレイアの顔に叩き込まれたのは頭が消え去ったナガヒサが繰り出す超速のドロップキック。
為す術なく吹っ飛んでいくグレイアを追撃しようと、頭を再生させながら追いかけるナガヒサの左足を空中から放つビームで焼き切ったティアは空を蹴って加速、バランスを崩したナガヒサの直上から全体重と全スピードをもってしてダブルスレッジハンマーを叩き込んだ。
「〜っ」
怯みながらも今度は空中に出現させた手を操ってティアに触れようとするナガヒサだったが叶わず、とても人間とは思えない軌道で空中での姿勢制御を行ったティアが放つ足払いと回し蹴りをモロにくらい吹っ飛んでいく。
間髪入れずに地面を蹴りつつ空中からのビームを放ちながら空を駆けるティアに集中した瞬間、ナガヒサが視界で捉えたのはティアの後方で沈黙していたはずのグレイアが姿を消した事実。
(後ろッ!)
後ろにまわってきた、それしかないと。
だがしかし、グレイアが意図するのはその焦燥。
魔力の手を出現させつつ自らの右腕を振りかぶって裏拳として振り抜いた彼に待っていたのは、死角から回り込んできたグレイアの、黒く銀に輝く魔力が込められた拳。
「ばーか」
「〜ッ!?」
罵倒されながら腹を貫かれ、そして追いついてきたティアによって頭部に踵落としをくらい、更にティアが繰り出すダブルスレッジハンマーを背中に叩き込まれ。
そんな彼が地面へ叩き落とされる最中に放たれたのは、グレイアの操る魔力の光線が的確に四肢を削り取るという拷問。
頭は陥没し、四肢はもがれ、激痛に苛まれ。
開始数分も経たないまま、彼はもはやボロ雑巾。
「あの妙な手、どう」
「遅くなった。感覚そのものが引き伸ばされる感覚だ」
「そう」
だが、二人が容赦をすることはない。
この状況での作戦会議とは、これほどまでに相手を舐め腐った行動などそうそうないが───しかしナガヒサとて不意打ちをしている。
その辺はどっこいどっこいだが、二人の性格は悪めである。
「結界の解除については生憎だな。真面目に探さないと」
「リカバリーは任せて。殺すだけ殺す」
「あいよ」
なお、二人はともに瞬間移動魔法を使用していない。
両者ともに身体強化は魔力の循環のみ、放出は戦闘開始以降殆どせず、今しがた飛び出したティアは空中の機動に肉体のみを、上空で思案するグレイアは飛行魔法のみを使っている。
その下でティアの攻撃を待つナガヒサは、バリアや飛行魔法、その他あらゆる手段を用いてこれを迎え撃つ。
(来る・・・ッ)
地面へ向けて直滑降、大地を叩き割る勢いで迫るティアに対応できないと悟ったナガヒサは後方へ飛んでこれを回避、地面に大きなクレーターを作り出すほどの衝撃に怯むことなく地面を蹴って接近。
ティアの顔面目掛けて繰り出したジャブは手刀でベクトルを逸らされて横顔に右フックをくらい、よろけながら空いている顎に差し込もうとしたアッパーは両手で丁寧に巻き込まれて手首を折られ、今度は怯むまもなく腹に右足をぶち込まれる。
「ちいっ!」
滑りながら魔力を練り上げ、接近するティアの間合いを読んで魔力の手を上体のどこかにでも触れられるよう出現させたナガヒサだったが、ティアは魔力の起こりを目視してこれを回避。
足払いでナガヒサの体勢を崩し、追撃しようとしたところで魔力の手に掴まれることを嫌い、勢いよく後ずさってから後方へと飛び上がって両手を合わせ、魔力を練り上げて解き放つ。
両手の間から放たれた黄金の光線はナガヒサが防御をしようと出現させた何十本もの腕を破壊しながら突き進むが、それによって時間を稼いだナガヒサは体勢を立て直して前傾姿勢になり前方へ離脱。
ティア目掛けて飛び上がったナガヒサは下段から殴り掛かることでティアの体勢を崩そうと画策するも、後方からの射撃に気を取られた隙に腹に蹴りを叩き込まれ、吹っ飛んでいった先で待ち構えていたティアを妨害しようと魔力の手を出現させることで漸く追撃を回避。
(・・・全てを把握されているのか?)
空中で体勢を立て直し、構え直したもののこれが悪手。
身体機能のみで空中を蹴り、人間とは思えない軌道を描くティアを相手に真正面から立ち向かうなど無理のある話。
下段から迫るティアに対応しようと魔力を下に向けて放出したところで、軌道を曲げて九十度旋回、上空から回り込んできたティアに頭をぶん殴られ、腕を掴まれて地面に向けて背負い投げをくらってしまう。
「ぐ・・・うぉっ!?」
着地し、体勢を立て直すもランダムな方向から発射される光線という嫌がらせが入り、それに気を取られては懐に入られ。
一方、これを俯瞰していたグレイアは答えへと近づいていく。
(そもそも、何故あいつはわざわざ俺たちと戦う?
遅延向けの能力、それは把握しているが目的は?
ただの遅延が必要なら、罠だけ展開して逃げればいい)
この世界には「古代魔法」というカテゴリが存在している。
詳細な説明を省くなら、これは「自己証明」を人為的に再現しようとした結果に生まれた、転生者が跋扈するより前の時代の異物。
グレイアはこれを二度、明確に体験しているが、それが功を奏したか「古代魔法」の知識をある程度は頭の中に入れていた。
(その辺の魔力を妨害しても結界は破れなかった。
だが、魔法である以上は結界に「へり」があるはず)
古代魔法の特性は極めて「自己証明」のそれに近い。
自己証明を人為的に再現しようとしたということはつまり、強力な効力の代償として何らかの「欠点」があるということを意味する。
グレイアはその「欠点」を、ナガヒサの行動から見出した。
(もしあいつが、それを隠すために戦っているのだとすれば?
その位置が、俺たちとわざわざ戦うことに関係があるなら?)
視界に入った地形が、だんだんと変わっていく。
彼の思考は、視界を的確に整理する。
「・・・くそッ」
既に七度目の死亡を経たナガヒサは変わらず時間稼ぎに勤しんでいたが、ここでようやく彼の努力が実る。
やはり真正面から拳を叩き込んでくるティアへの、回避方向を読んだ裏の裏を取る二重のブラフ。
顔面にジャブを叩き込まれながらもティアへ足払いを仕掛けながら頭を掴もうと魔力の手を伸ばし、空中に浮いたティアが繰り出す蹴りを魔力の手ではなく生身の手で受け止め、正面から魔力の手で触れようと仕掛けた───と思わせたところで、同じタイミングでティアの死角から伸ばした手が、彼女の大腿部に触れる。
(取ったッ!)
拳を振り上げ、ようやく攻撃が当たる、そう判断した刹那。
彼の視界が上を向いた。
(え?)
ごとりと音を鳴らし、地面に転がった己の首。
そんな彼が次に見た景色は、自分の体がスイカのように潰れ、結界が崩れゆく様。
「・・・種が割りゃ楽なもんだ」
そしてひとり、地面に拳をめり込ませて笑う銀髪の男。
先程まで、戦いに参加せずに傍観していた男が。
右手に銀色のスパークをまとい、結界を破壊する様を。
(なん・・・っ!?)
ナガヒサの足下にあった結界の「へり」が、グレイアによって魔力を乱されたことによって自壊した。
それはつまり、この二人を戦場へ、時間稼ぎが通用しない自由な世界へと解き放つことを意味する。
「っははは!」
高らかに笑い、瞳を白銀色に輝かせたグレイアが上空を目視する。
結界が覆っていた世界が晴れ、その先に待機していた人員へと。
空中に浮かぶ程度のいい的に叩きつける、シンプルな不可避。
(まずい! 声が・・・ッ)
逃げろと声に出そうとするも叶わぬまま、彼は見た。
己の部下の周囲がきらりと、星々のように煌めき───防御なんてできないまま、凄まじい爆発によって消し飛んでいく様を。
今この瞬間、グレイアとティアを留めるという目標は失敗。
時間稼ぎへの対処は終了。
降り注ぐ血の雨の中、ティアは伸びを、グレイアは息をつく。
「まだあるんだろ? 出してみろよホラ」
再生させる暇もなく突きつけられたものは、確かな敗北。
頭だけになった状態で、その頭すらも、踏みつけられたままで。
「これで終わりじゃない、そうなんだろ? ええ?」
かたや世界樹の守護者を、かたや最強の転生者を楽しませるため。
彼に残されたものは、次のカードを切るという選択肢。
例えそれが、温存すべき切り札だったとしても。




