2-9:不安なプランニング
ちょっとした休憩。
そして迫る、転換点。
キクさんに連れられ、到着した場所は王城内の食堂。
ここはとにかく面積が広大で、とくに横方向に広く、ユ〇モのフードコートよろしく向こう側が見えない。
店の種類や提供している食事の内容も様々で、とにかく飽きが来なさそうだ。
「いただきます・・・」
手を合わせ、そう言ってから食事を始める。
俺が選んだのは、どこで食べても確実に安パイであろう料理、ハンバーグステーキ。
メニューの中にはラーメンっぽいのがある店もあったため、そっちにしようかとも悩んだが・・・まあ、理性が働いた。
「どう〜?」
「ん・・・・・はい。美味しいです」
俺の対面に座っているキクさんは、どこからどう見ても牛丼にしか見えない特盛の丼物を箸で瞬時に完食し、俺の食べている姿をじっと見つめている。
「お行儀いいな〜・・・。
ねえきみ、今からでもいいからウチの国に所属する気はないの〜?」
「・・・・・いいえ、ないですよ。
受けた分の恩は返す気でいますけど」
「ほんと、残念だな〜」
本当に残念だからそういう顔をしているのだろうが、俺的には正直やめてほしい。
割とガチで揺らぐ。
「・・・きみ、水を飲む時に目を瞑るんだね〜」
「・・・なんですかいきなり」
「いやあ〜・・・かわいいなって思って〜」
よく見てるなあと思いつつ、俺は食事の手を進める。
そこでふと、ティアが全く話していないことが気になったので、何をしているのかと横を見てみた。
いや、食事をしているのはわかるが。
「・・・?」
ティアはどうやら、こちらを一切気にすることなく、めちゃめちゃ黙々と食べていたらしい。
しかも食べ方がめっちゃ綺麗で、キクさんは俺よりティアをスカウトした方がいいんじゃないかと思ってしまう。
彼女はどこか、良いところの出だったりするのだろうか。
「─────」
まあ、ともかくだ。
待たせる側は慣れていないし、食事も十分味わった。
食べるのをもう少し急いでもいいな。
〇 〇 〇
「───そういえば、その異世界ことばってなんなんです?」
食事が終わってお茶を飲んでいるところで、俺は気になったことについて質問してみた。
この世界の言語は殆ど日本語と変わらないことは確認済みだし、それも踏まえてわざわざ「異世界」を名前に入れるようなものがあるのかと疑問に思った次第だ。
「異世界ことば〜?
これはね・・・たしか、きみとかナギが生きてた世界で言う「ことわざ」ってやつらしいよ〜」
随分とまあ、渋いと言わざるを得ない感じだな。
「ことわざ・・・ですか。
あんまし使おうと思って使うようなモンじゃないっすね」
「それはだって〜・・・きみが現地の人間で、本当の日本語のネイティブだからでしょ〜?」
「まあ、そうかもしれないです」
サラッと流したが、なんだ本当の日本語って。
この世界の日本語は転生者が広めたものなのだろうと予想はしていたが、まさかバッチリ当たるとは思わなかった。
もしかしたら、その「異世界ことば」とやらも、べつに俺達が言うようなことわざを指す言葉ではなく───曲解されて解釈された現代語のように、また別の、元の単語より広義的な意味合いを持つ代物へと変わっているのかもしれない。
それこそ、その所謂「異世界ことば」というのは、この世界の人間にとっては異世界の「ことわざ」という代物を指しているらしいという解釈であっても、俺達のような日本語ネイティブにとっては「そこそこ難しめの言い回し」をそれっぽく名付けている・・・程度の認識である可能性があるわけだ。
「ちなみに、その「異世界ことば」の代名詞みたいな言葉ってなんかあったりするんですか?」
ここで出てくる言葉がしっかり「ことわざ」なのであれば、認識の齟齬が起きている可能性は低くなるが・・・どうだろうか。
「う〜ん・・・どうだろ〜?
これといって有名なのは思い浮かばないけど、私が好きなのは「猫の手も借りたい」ってやつかな〜」
「・・・理由を聞いても?」
「猫がカワイイから〜?」
「なんで疑問形なんですか」
「だって意味知らないし〜」
そのことわざ、たしか「誰でもいいから手伝って欲しい」みたいな意味合いだった気がする。
俺の記憶が正しければ、そのことわざはキクさんがカワイイと言う猫を若干ディスっていることになるのだが───まあ、指摘するだけ野暮だな。
いやでも、真実を伝えないのもなんか嫌だし、それっぽく意味だけ伝えておくか。
「・・・それは「とにかく誰でもいいから手伝って欲しい」って状況のたとえですよ。
キクさんみたいに忙しい立場の人なら、日常生活で使える場面はあると思います」
「へ〜・・・。
でも、どうしてその意味の言葉に猫ちゃんが入るの〜?」
「そうですね・・・・・まあ、平たく言えば「本来は使えない存在」だからでしょう。
人が猫を使うなんてことは元来、烏滸がましいモンですし」
「なるほどね〜。
というか、きみってまさか・・・猫派だったりするの〜?」
まさか、異世界に来てまでそれを聞かれるとは思わなかったな。
獣人も居るし、てっきりホンモノの猫は居ないものかと思っていたが───いや、よく考えれば「〇〇の獣人」という概念がある時点で、元となる動物が居るのは明らかなのか。
「俺は猫に育てられたと言っても過言じゃないくらいですからね。
朝一番で腹に顔を突っ込んで、肺の底から深呼吸をするくらいには大好き・・・です・・・よ・・・・・?」
・・・おっと。
好きな物についてはとことん語りたくなってしまうという、所謂オタク特有の性分が災いした。
思った通りにことが運んで嬉しいのか知らないが、キクさんの口角がエグいくらい上がっている。
天井を突き抜けるんじゃないかってくらい上がっている。
この人、部下の前でもこんな有様なのか?
それと、これはもしかしなくてもハメられたな?
「・・・変態」
ティアがこっちを向き、照れているわけでも、見下しているわけでもなさげな口調でそう言った。
いやはや、何も言い返せない。
俺が変態なのは今に始まったことじゃないが、それにしてもノンデリだったか。
獣人に関連した価値観は、前世の世界に獣人が存在しなかった以上は───ティアに教鞭を取ってもらいつつ、行きあたりばったりで行くしかない。
しかし今回に限っては、というか猫関連の話題に関しては、俺が猫好きなことは変わりようのない事実だし、どうにか見逃して欲しいものだ。
「・・・・・はあ」
ただ、もっとしっかりとした反応ができたらよかったのにな。
ガチ照れをはじめ、キザな台詞のひとつやふたつ、転生系主人公ならやってみせるものだろうに。
俺もティアも赤面のひとつすらせず、なんだがしょっぱい雰囲気になっている。
「なんか、思ってたのと違う〜」
「・・・悪かったですね」
もっとノンデリな人が居た。
安心・・・はできないが、なんだろう、反面教師にでもすべきか?
「私、グレイアがこんなに変態だったなんて知らなかった」
「・・・変態なのは否定しないけど、猫好きはみんな猫を吸うもんだぞ。
少なくとも俺が育ってきた環境では」
もっと言えば、鬱っぽい気分になった時は傍に居てくれる、吸うタイプの抗うつ剤的な役割でもあった。
猫の気持ちは知らない。
強いていえば、生傷は絶えない。
「とんでもない環境。
私がそこに行ったら1日も持たないかも」
「むしろ毛の輝きが増すかもな。
うちの黒猫、目につく度に撫で回していたのが理由かは知らんが、めっちゃ黒光りしてたから」
「・・・そういう意味じゃないんだけど」
微妙な表情をしながらそう言う彼女から目を離し、キクさんの顔に目を向けた次の瞬間だった。
「───何やら、随分と仲が良さげじゃないか。グレイア」
「・・・ナギか」
俺の肩に手を置き、機嫌が良さそうな様子でそう話しかけてきたナギ。
顔を見てやろうかと思ったが、今までの傾向から考えるに、どうせこいつは俺の斜め前───キクさんの隣に座るのだろう。
「キクも、ちゃんと監視をしてくれていたみたいだね。ありがとう」
「押し付けたのはそっちでしょ〜?
私がいったい、どれだけ自分を制するのに苦労してると思ってるのさ〜」
まあ、そうか。そうだよな。
目の前に餌がぶら下げられている状況で、それを我慢するのがどれだけ大変か。
それは察するに余りある。
「ごめんごめん。
でも、それに関しては、当の彼からご褒美が貰えるかもしれないしね?勘弁してよ」
「・・・・・ん、俺?」
「ダメかな?」
「駄目じゃないが、お前の思い通りだとなんか癪に障る」
「そう。だってさ、キク」
人任せかよ・・・と内心呆れつつも、嬉しそうにしているキクさんが目の前に居ては下手に文句も言えない。
「はあ・・・。
それでナギさん、あなたは私たちに何か用があるからここに来たんじゃないんですか?」
やれやれといった様子でため息をついたティアは、物凄くツンケンした声色でナギへの質問を投げかける。
心を読んだのか、それとも素で予想していたのか。
まあ前者だろうな。ティアにとっても、ナギは手早く会話を終わらせたい相手だろうし。
「ああ、そうだね。
僕は少し・・・君の相棒、グレイアに用があるんだ」
「何だ急に白々しい。面倒事なら引き受けないぞ」
「あはは・・・とりあえず話だけでも聞いてくれよ」
なんか、誰かと戦うとかそんな話な気がする。
俺自身、転生者にしてはあまり戦っていない方なはずだから、そろそろ強めの何者かと戦うことになるだろうと予想してみよう。
「・・・まあ、端的に言うならね。
君は僕と戦うことになった」
「よりにもよってお前か」
「ちゃんと理由があるから。
判断は最後まで聞いてからね」
嫌だな・・・今から転生者と戦うの。
べつに戦闘行為をするのは構わないが、自分より圧倒的に手練で、かつ自分と同等かそれ以上のチート能力を持っているかもしれない相手と戦うのは普通に困る。
まだ戦闘に関連した知識を完全には頭に入れていないし───それどころか、最低限知っておきたい知識も未だ頭に入っていない。
戦闘行為そのものはぶっつけ本番でなんとかなるだろうと思っているので問題はないとしても、知識不足に関しては早急に何とかしなくては。
「実はさっきまで、僕は議会の中心に居てね。
そこで君の情報と、今後の扱いについてを議論をしていたんだ」
とんでもねえ強さを秘めた異邦人の扱いを決める議論か。
なんか、平和な世界に暮らしていたせいか内容が想像できないな。
「君は冒険者という職業を知っているだろう?」
「知ってはいる。それがこの世界でどういう扱いなのかは知らないが」
「うん、この世界での冒険者はね、言うなれば「雇われの何でも屋」なんだ。
ギルドという仲介業者が雇われの冒険者と依頼主を繋ぎつつ、提携によるサポートを行い───協会という管理組織が冒険者をランク付けしつつ、カードに記載された情報を使用して管理している」
「あれ、ひとつの組織で一括じゃないんだな」
「そうだよ。元から2つだったから合併させる手もあったんだけど、とくに致命的な問題もないしいいかなって」
こんなことを言うと失礼だが、ナギの説明を聞くに、この世界の冒険者関連は意外としっかりしている───という印象を受ける。
合併させなかった理由はテキトーだが、まあ、ちゃんと組織が回っているならいいのだろう。素人が口を出すべきものじゃないしな。
「全国各地で活動しているし、子供から統計を取ると、どの国でも上位5位には入るくらい人気の職業。
それが冒険者なんだ」
「それが存在しない世界でも人気なくらいだしな」
「ははっ。前にも言っていた人はいたなあソレ。
僕はどうにも、それを聞くと転生直後のことを思い出しちゃうよ」
普通の状況に転生したら、それは冒険者になろうと───と思ったが、普通の状況に転生ってなんだ。
俺の経験したあれが完全なるイレギュラーなことは想像がつくのだが、よく考えてみれば、転生における「普通の状況」ってどういう状況なんだ一体。
考えるだけ無駄なのはわかる。
でも、物凄く気になる。
「・・・閑話休題、冒険者協会が発行する冒険者証明書ってのがあってね。
それが、この世界じゃ身分証の代替になるくらいの信用がある代物なんだ」
「ふーん」
「その上、君は転生者だからさ。
力を世間に誇示するためにも、僕と戦って正式に「Sランク冒険者」になった方が都合が良いだろう?」
「・・・そうなん?」
いや、都合が良いだろう? じゃないんだよ。
今の所、俺は冒険者にどうやってなるのかも、ランクがどういう意味を成すのかも、Sランクの基準がどういうものなのかも知らない。
さも当然かのように「Sランクになったら便利」みたいに言われても困る。
「僕と戦って勝つ。そうすると、君は僕より強いことが証明されて名声を得られ───そして同時に、Sランク冒険者の条件である「正義の寵愛者より強いこと」がクリアとなる」
「・・・・・なんか、名声が上がると同時に死ぬほど警戒されそうなプランだな」
「中途半端な実力が世間に知れ渡るよりはマシだろう?」
「肯定する。俺としても、それ以外にプランが思いつくかと言われれば違うしな」
「それに、転生者なんて須らく警戒されて当然の存在だからさ。
無論、君もそれは察しているはずだろ?」
「ああ」
現時点で、俺はこのプランに対して、随分とまあゴリ押しだな・・・という感想を抱いている。
戦うことが当たり前な世界なら、それ相応にゴリ押しのプランが当たり前になるということだろうか。
それとも、この正義の寵愛者がパワーでぶん殴ることしか知らない脳筋野郎だからなのだろうか。
ぶっちゃけた話をすれば、俺はどっちだって構わない。
ただ単純に、こいつと楽しく戦えればそれでいい。
「・・・それで、君はやるのかい?」
「愚問だな。やるに決まってんだろ」
俺は素敵な笑みを浮かべ、そう答える。
全くもって偽りのない、純粋な、楽しみを期待する笑顔で。
「ははっ。じゃあ、そうと決まれば・・・僕はヘッセに報告をしに行くことにするよ」
ナギはそう言うと席を立ち、伸びをしてその場を立ち去ろうとする。
「ん、もう行くのか」
「僕は忙しいからね。ヘッセほどじゃないけど」
「ヘッセってのは確か・・・魔法隊の隊長だっけか」
「そうだよ。また余計なことをしたかって叱られるかもしれないけど、まあ、成功すればうちの国の影響力が増すしね。
9割くらいの確率で容認してくれると思うよ」
「確定じゃないのかよ・・・」
そのヘッセとかいう人、大変そうだな。
まったく他人事だけど。
「それじゃ、しっかり戦えるようにしておいてね〜」
「了解。頑張っとく」
後ろ手を振るナギを見送りつつ、俺は目の前に座っている、とても幸せそうな顔をしているキクさんに目をやる。
「いや〜・・・カワイイね。ふたりとも」
「眼福ですか?」
「うんうん。ホントそうだよ〜」
なんでかは知らないが、幸せそうならいいか。
「ティアちゃんも君の声を聞いてリラックスしてるみたいだし、黙って聞いてる方が幸せなこともあるもんだね〜」
「リラックス?」
猫、リラックス。
そこまで思考して、なんとなく予想がついた俺は横を向いてみた。
「・・・・・」
暇をしていたせいか、彼女はふて寝していたが───しかし、聞き覚えのある音が彼女の喉から聞こえてくる。
「・・・ティア」
俺が名前を呼ぶと、ティアの耳がピクッと動く。
寝てないな。これは。
「だから幸せなの〜。
無意識のうちにリラックスしちゃって、それを気づかれまいとふて寝するティアちゃんが可愛くってさ〜」
そうだな。
ひとつ、指摘する点があるとすれば、今のティアがリラックスしている理由に俺は一切の関係がない可能性が高いということだ。
このゴロゴロ音も、この体だからなのだろうと予想しよう。
「・・・グレイア」
突然、ティアが俺の名前を呼んだ。
「何」
「・・・なんでもない。ちょっと待ってて」
「わかった」
流石に恥ずかしかったりするか。
獣人のアレコレはわからないが、後で教えて貰えるといいな。




