2-8:露呈する実力
得たものと、気付かされたこと。
「・・・いや〜、すっごいね〜?」
キクさんとの模擬戦が終わってから少し。
時間にして、だいたい10分くらい経ったはず。
治癒とかも終わって、痛みもない。
だいたい元通りだ。
「そんなに分身の模倣は凄かったですか?」
「あんなにあっさりと真似されたのは初めてかな〜」
嬉しそうである。
自分の魔法がパクられたというのに、優しい人だ。
それとも、模倣されることそのものは予定のうちだったのだろうか?
「というか、自己証明を使用して身体強化と探知魔法を併用するのは小細工という判定じゃないんですね」
「それでも、きみは私と真正面から戦ったでしょ〜?
べつに、ずっと私から逃げてばっかり・・・ってわけじゃなかったしさ〜」
「楽しくやりたいんです、何事も。
何をどうしようと、こういうのは楽しまないと仕方がない性分なので」
それでわざわざ茨の道を通るなんて馬鹿じゃないか・・・なんてことは、よく自分でも思ったりする。
しかし、つい数時間前には暇神様に対して「道があるなら上等」なんてクサい啖呵を切ってしまったばかりだ。
異世界にかぶれている状態であることは自覚しているが、これはこのまま放置していて良いものではないし───もし道を踏み外すようなことがあれば、俺のバックアップをしてくれるような存在はもう居ない。
こうして脳内を喧しくして、自分を現実に引き戻しておかないと。
楽しむだけが生きることじゃないのは散々見てきたはずだろう。
「それに、その道のプロが模擬戦に付き合ってくれるなんて状況ですから。
楽しみたくなるに決まってます」
俺がそう言うと、キクさんは少し怪訝な顔をした後───はっと何かに気づいたような素振りを見せた。
「楽しむ・・・とは言っても、遊んでいたわけじゃないのね〜」
「はい。俺が実力をいちばん発揮できる状況は、単に黙々と真面目にやってる時じゃなくて、楽しく真面目にやっている時ですから」
楽しむのとふざけるのは違う───という言葉は、たしか小学生の頃に言われたものだったか。
真面目と楽しさは共存するものらしく、楽しく真面目にやっている時が実力を1番発揮できるという人は、もちろん俺以外にも大勢いるものだ。
「ちょうど準備運動が済んでいたのも良かったですよ。なあ、ティア」
「・・・気づいてたの?」
「探知魔法で」
「ずる」
こうして見ると、探知魔法は随分とコスパが良い魔法だな。
欠点と言えば、頭の中が喧しくなる所と、同じ常時発動系である身体強化魔法などと併用ができない所。
他がどうかは知らないが、少なくとも俺には使いやすい魔法だと感じた。
「・・・そういえば、きみは私の魔法、どうやって模倣したの?」
唐突・・・というわけでもないか。
確かに、俺が同じ立場だったら聞いてみたくなる。
「見て模倣しました」
しかし、俺から出てくる答えはそれ以上でもそれ以下でもない。
要は猿真似なのだが、これを言ってしまっては、その猿真似に本物が負けてしまったことになるため───俺の性格が悪い部分から出た言葉は、心の中だけに留めておくことにした。
「簡潔すぎるよ〜・・・。
じゃあ、そのやり方はどこで学んだの?」
「・・・さあ? 空間認識能力が高いのは昔からですし、そういう才能なんじゃないですか?」
ちょっとカッコつけて言ってはいるが、どちらにせよ見て真似たことには変わりない。
模倣とすら呼ぶのもおこがましく、やっていたことと言えば、頭の中で再現したことをアウトプットしたということだけ。
「それじゃあ、最後に転移阻害を回避したあれは・・・?」
「転移魔法が阻害されるなら、転移するんじゃなくて、位置を入れ替えてしまえばいいんじゃないかと考えたんです。
屁理屈に近い理論だったので、俺としては賭けに近いものでしたが・・・」
はじめての魔法で、はじめての使い方で、相手を欺いて1本を取る。
口で言うほど簡単じゃない。
俺はこの世界においては十分に優秀なのだと自負してもいいはずだ。
「・・・この前、きみが貰ったっていう資料は〜」
「あれは体を動かすための情報だけです。
だから、俺の戦闘中の思考はほぼ全てが自前のものだったりしますよ」
「・・・・・冗談」
ほぼ全て・・・と言ったのは、この体の記憶と俺の前世の記憶がいつの間にか統合されてしまい、自分の記憶であるか否かの判別がつかなくなってしまったからだ。
とはいえ、戦闘中にどう立ち回るかなどを判断する材料は、すべて俺の前世の記憶から引っ張ってきているのは間違いない。
「だからと言って、べつに前世で特別な勉強をしたわけでもないです。
個人的な趣味で軍事の勉強は少ししましたが、自分で戦うような武術の知識は全くありません」
まあ、なろう系主人公なんて往々にしてそんなもんだろう。
俺の場合、厨二病と想像力の豊かさが丁度よく噛み合ったおかげで、自分の脳内でキャラクターを戦わせるというイメージを、他人より鮮明に想像できていたという経験があるだけ。
「・・・ねえ、グレイア。耳貸して」
「何」
(そういうの、あまり気にしない方がいいと思う。
素人でも達人でも、死ぬ時は死ぬし・・・)
「・・・・・そうだな」
耳打ちでティアからアドバイスをされた。
確かに、ここは日本じゃない。
戦闘が身近ということは、明らかに実力主義のだろうし───何より、出る杭を打つとかいう馬鹿みたいな行いをする人は、向こうに比べればそこまで居ないだろう。
「どうしたの〜?」
「あまり謙遜しすぎるなってアドバイスを。
主語はでかくなりますが、転生者・・・その中でも日本人って民族は、自分の得意でも謙遜した物言いをしてしまう傾向が強いですから」
「それ、ナギも言ってたよ〜」
気にする必要はない・・・か。
つくづく仲間の必要性がわかるな。
もしティアがここに居なければ、俺の思考は凝り固まったままだったかもしれない。
そのステレオタイプの思考回路をさっさと直せ───なんて、当時はやかましいと思っていた説教も、今では身に染みて実感している。
ティアには、後でちゃんとお礼を言わないとな。
「・・・ちなみに、ちょっとした質問なんですが」
「どうしたの〜?」
「この世界で人が死ぬことって・・・どれくらい重いことなんですか?」
「───どれくらい重い・・・かあ〜」
傍から見たら変な質問である。
だが、人の命はすべて等しい価値であるというのは、俺のいた世界での常識だった。
この世界では、その辺は一体どうなのか。
人と死の距離は近いのか、人が死ぬこととはどれくらい重いことなのか。
それは、軍人に聞くのが手っ取り早い。
「一概には言えないけど・・・たぶん、きみが思っているより、人が死ぬことは身近な事だと思うよ〜」
「そんなにですか」
「昨日まで隣に座ってた仲間の訃報が今日入った・・・なんてこと、冒険者や軍属の人間にとっては当たり前だから〜」
それなら、聞いておいて正解だった。
「俺が思っていたより、この世界はお気楽な気持ちでやっていけるほど甘くはないんですね」
「そんなこと思ってないくせに〜。
きみ、その立ち回りからして、もともとこの世界がそう甘くはないことなんて理解していたでしょ〜?」
確かに、そんな考えは持っていない。
しかし、望んではいた。
あの時見た地獄絵図は特異な例で、もしかしたら、表だけでもお気楽な世界なのではないのかと。
だが、無論そんなことはなかった。
前世と一緒で「資格」があり、前世よりも人と「死」が近い距離にあり、前世よりも更に「暴力」が溢れている。
なろう系主人公とは、果たしてこんなものだったか。
もっとこう、お気楽な気持ちで無双できると思ったのだが。
「はい。最初にあの地獄を見た時から、俺はこの世界の人間になったことを自覚しています。
でも、だからこそ、そうであってほしいな・・・と、無粋ながら思ったりもしました」
「きみは本当に素直だね〜」
「もっと褒めてくれてもいいんですよ」
「・・・その返しは、素直じゃなくて正直って言うんじゃないかな〜?」
俺の言葉に、大人しめのツッコミを入れながら、ふふっと優しく笑うキクさん。
腰に両手を添え、ふふんと胸を張るポーズをしながら言ったものだから、少し子供っぽく見えたのだろう。
「野暮ですよ。いいからもっと褒めて───」
どうせならこのまま甘えてしまおうと、ティアの少し冷ややかな視線を頑張って無視して言おうとしたその時だった。
───グゥ〜
俺の腹の虫が「早う飯を食え」と言わんばかりに催促してきた。
なぜにこのタイミング。
なんだ? せっかちか?
「・・・グレイア」
「さっき言ったろ。アレは腹の減りが速いって」
まあ、恥ずかしいわけではないからいいか。
いや、むしろ健康的である証拠だから喜ばしいものだ。
この体はしっかり飯を欲しているわけだし。
「それじゃあ〜・・・ちょうど食堂が空く頃だし、お昼にしちゃう〜?」
恐らく時計があるであろう方向を一瞥すると、キクさんは一旦伸びをしてからそう言った。
「そうしましょう。お腹と背中がくっつきそうです」
「なにそれ〜・・・新しい異世界ことば〜?」
「・・・異世界ことば?」
なんだかよくわからない単語が出てきたが、それはいい。
後で聞けばいいことだからな。
「ティアもそれでいいよな?」
「うん。私もお腹すいた」
「よし・・・なら決まりだ」
あそこには1回だけ行ったことがあるが、その時は確か日本食を食べたんだった。
うどんの亜種みたいなものだった記憶があるな。
「今は11時だから〜・・・ゆっくり歩いていけば、ちょうどいい時間になるかもね〜」
今日は何を食べようか。
この世界特有っぽい料理もあったし、それにするのも悪くはないな。