2-7:経験ゆえの打算(下)
ある種の才能、方法論。
限られた状況下における最適解。
生前、とにかく生意気だった俺は、その度に両親から言われていたことがある。
朧げだが、耳にタコができるかと思ったくらい聞かされたことだ。
俺の両親曰く───子供という生き物は、その頭のなかにある不完全な知識を以って、自らがさも全知であるかのように振る舞うという。
既存のものや、普及した末に廃れたもの。
他にも、過去の人間が思いついては捨てられた有象無象を、まるで素晴らしく画期的であると勘違いし、自分が思いついたかのように振る舞い、玉砕していくらしい。
かく言う俺も、そういう事には心当たりしかなかった。
・・・否、現在進行形で心当たりがある。
ある程度の操作に覚えがある場合、必ずしも低難易度からやるのが正解ではない・・・というのが、ゲームをする上での俺の持論だ。
無論、これは何の根拠もないうわ言ではなく、実際に俺がそのやり方で上手くなったからこそ持てる理論。
そして、それは今の状況でも言えるのではないかと、俺は考えた。
リトライするチャンスがあり、ある程度の操作感も会得済み。
俺が前世で実行し続けてきた、ある種の方法論を試すことが出来る環境は整っているのだ。
言われずとも、現実とゲームを重ねることは良いことではないというのは重々承知しているが───正直な話をすれば、限りなくゲームに近い現状であるからこそ、今だけはそれを無視したい。
そして、そんな俺に対して襲い来る、騎士団長・・・もといキクさんの剣撃。
西洋の剣術は日本の侍による剣術と違い、刃の重さで相手を叩き斬るものだというのは聞いたことがあるが、それにしても一撃一撃が重い。
「ふっ・・・!」
「軽い軽い!もっと頑張って〜!」
とはいえ、いくら身体強化を施したところで、体格の差という問題は解消しきれない。
今の俺の身長が150センチに満たないのに対し、キクさんは優に180を超えている。
腕の長さもケタ違いで、このまま打ち合っていけば、先に体力が尽きるのはこっちだ。
「むんっ・・・はああっ!」
こうして逃げの姿勢を見せたキクさんを深追いすると、今度は俺の目前まで踏み込み、縦切りからの袈裟斬りを仕掛けてきた。
俺は後方への瞬間移動でそれを回避し、左手に準備しておいた魔法を起動して放つ。
「魔力弾ッ!」
攻撃に特化した魔力の塊を5発ほど放つと、キクさんの注意が攻撃に向いたことを確認するなり、俺も飛び上がって空中でタイミングを待つ。
「っ・・・はああああっ!!!」
キクさんが魔法を弾ききるタイミングに合わせ、俺は空中に展開したバリアを蹴り、刃を構えて急降下する。
「おっと・・・頭、使ったね〜?」
くそったれ。ビクともしないじゃないか。
「───衝撃魔法」
「短距離瞬間移動魔法ッ!」
恐らく吹っ飛ばす系であろう魔法のカウンターを瞬間移動魔法で回避し、俺も仕返しとばかりに魔法を放つ。
「・・・風圧魔法!」
俺の左手から放たれた風圧は、キクさんをかなりの速度で後方へとぶっ飛ばした。
ぶっ飛ばされてもなお俺を補足しているキクさんの認識を阻害するための煙幕を展開しつつ、予想した地点に瞬間移動をして、右手に持っている短剣を振るう。
───スカッ
そんなオノマトペが聞こえた気がするのも束の間、背後から凄まじい威圧感を感じた俺は急いで屈み───地面にめり込むんじゃないかってくらいの勢いで掌を打ち付け、最大限の焦燥に駆られるままに魔法を放つ。
「爆裂魔法ッ!」
範囲は絞り、自分の周囲だけが爆発するように調整した爆裂魔法。
俺の後ろで剣撃を放ったキクさんは、魔法に巻き込まれないために退避し───探知魔法でわかる限りでは、俺の正面15メートル先に瞬間移動した。
「ふーっ・・・・・」
爆裂魔法の爆風によって展開された煙幕の中、俺は息を整える。
身体強化魔法を発動している以上、脳の負担という観点から、向こうは探知魔法を使うことはできない。
つまり、この場で相手の位置を正確に把握できているのは、俺だけだ。
「千変万化、槍」
自己証明の使い方、例え知られていたとしても、対策ができない能力。
今、キクさんは的を絞らせないように動き回っているが───生憎、偏差射撃は俺の得意分野だ。
そんなことを数瞬ばかりの間に思考した俺は、固有武器を槍に変質させ、逆手に持って構える。
「っ・・・らあっ!」
無意識のうちに漏れ出した声とともに、俺は全力で槍を投げた。
最初に武器をとった時と同じように、自分の感覚に従って。
「・・・はあ」
そして、微かな瞬間。
今になって、また両親の言葉を思い出す。
「─────」
曰く、子供は時に、大人を驚かせるものだとも言う。
自身を全知だと勘違いしたように振る舞い、乏しい知識から答えを捻り出したその先に───大人をあっと驚かせるような、すごい代物が生まれることもあると。
だからこそ、大人と子供は向き合い、知るべきだと俺は教えられた。
意味を知り、考え、試行し、錯誤し・・・・・その先に、答えを、アイデアを導き出す。
「・・・!」
煙幕が晴れた先に見えたもの。
それは、求めた結果ではなくとも───十分に満足する答えを得られたと同義だった。
俺の思考は、正解だと言っていいらしい。
「・・・っはは!」
俺の投擲した槍を受け止めた、キクさんの手。
そこから滴り落ちる、赤黒い液体。
戦うことが当たり前であろう世界で、その道のプロが本気を出している状況において、模擬戦かつ試行錯誤の末とはいえ、血が滴り落ちるような傷を負わせたのだ。
喜ばずにはいられない。
「───やっぱり、私の見立ては間違ってなかったか〜」
右手で左肩を抑え、緑色の光で治癒をしながら、キクさんは独り言を呟く。
相手に怪我をさせた時、普段であれば罪悪感が真っ先にコンニチハしてきて喧嘩どころではなくなるのだが、さすが戦闘中と言うべきか。
それとも、俺は異世界にかぶれたか?
「ねえ、グレイアくん〜。もっと続ける〜?」
キクさんは治療が終わったのか、左手に持っていた槍を俺に投げ渡しながら、そう質問してくる。
もちろんYESだと言いたいが、この模擬戦はキクさんが「付き合ってくれている」に過ぎない。
「続けましょう」
俺がそう答えると、キクさんはさっきと違う「ニッ」とした笑顔を見せ、再び木剣を構えた。
それに対して俺も槍を持ち、刀に変質させて構える。
「千変万化、刀」
言うても長めの脇差くらいの大きさだが、今の身長ではこれくらいが1番扱いやすいはず。
刀なんて扱ったことがないから詳細はよくわからないが、ひとつの武器を使い続けるのもつまらない。
「短距離瞬間移動魔法」
居合の構えのままキクさんの懐に潜り込むよう瞬間移動し、俺自身の体を死角として刀を抜き、斬り上げる。
キクさんは体をふいっとずらして回避し、右手に持っている木剣を繰り出してきたので、俺は片手のバク転で距離を離しつつ圧を避けた。
「───」
「・・・なんだ?」
距離を離したのを逆手に取られたか、キクさんは何らかの魔法を小声で詠唱して起動している。
俺の行動を読んでのことか、それとも、ちょこまかと動き回るのを小賢しく思ったか。
『暗号化が付与された結界魔法の一種です。
解析は難しいですが、マスターに対して何らかの行動制限をかけるものかと推測───』
「・・・やっぱりか」
やはり、何かあれば瞬間移動で逃げ回っていることに対する対策だな。
「となれば・・・」
例え相手の思うつぼだろうと、その結界とやらの起動をおちおち待っていられるほど俺は気が長くない。
俺は空中にバリアを生成しつつ飛び上がり、そのバリアを全力で蹴って加速する。
刀を鞘に収め、キクさんの胴と足をお別れさせるくらいの心持ちで引き抜かんと、タイミングを伺う。
「避けないか───」
不思議と仁王立ちしたままのキクさんだったが、なにかの罠であったとて、俺の探知に映る情報は目の前の女性をキクさんだと判定して疑わない。
ニアでさえ警告はしてこないし、このままぶった切っても問題ないだろうと判断した俺は───そのまま刀を引き抜き、キクさんを一刀両断した。
「───っ!?」
手応えはあった。
初めて人をぶった斬ったが、それが凄まじく不快だと───そう思えるくらいには、手応えがありすぎた。
しかし、キクさんをぶった斬った瞬間、彼女の体はぼろぼろと霧散して消失し、発動しようとしていたであろう魔法もその場に取り残される。
「残像・・・いや、分身!?」
『本体と見分けがつかない分身魔法・・・?
マスター、周囲の警戒を」
ニアでさえ見分けがつかなかったと言うのか。
さすが騎士団長だと言いたいが、今は戦闘中だ。思っきし罠にハマりに行った俺は凄まじくピンチであり、こんな余計なことを考えている暇はない。
自業自得とはいえ、俺は全力で焦っている。
『これは・・・!マスター、後ろです!』
「くそっ───」
珍しく焦り気味な警告とともに、俺の真後ろ少し下に反応が映った。
俺は急いで反転し、迫り来るであろう刃を受け止めようと刀を構えたが───
「はあっ!」
「っ!?」
低姿勢でいたキクさんに意表を突かれ、刀を弾き飛ばされてしまった。
急いで退避しようとするが、瞬間移動魔法は発動しない。
これは転移阻害系の魔法を俺の視界外で、かつ無詠唱で発動していたか。
「これで、終わり───」
木剣を振り上げ、俺の頭をかち割ろうとするキクさん。
説明はされていないが、こうして軽々と殺しにかかってくるのだから、訓練場内の人間が致命傷を受けたら安全装置が発動する───なんてこともあるだろうと考える。
しかし、まだ終わっていない。
こうして勝ち誇っている相手の鼻っ柱をへし折る術を、俺は持っている。
「っ・・・はああああああっ!!!」
詠唱する余裕がなかったので、代わりに叫び声を喉からひねり出す。
それと同時に、俺の体の中心で淡い灰色のスパークが弾け、そして拡散し、半径10メートルほどの爆発を生み出した。
「痛た───」
爆発の衝撃でキクさんは仰け反り、転移阻害も消える。
俺は固有武器を呼び戻し、攻撃に対応しようと構えられた木剣を弾き飛ばし───左手でキクさんの首を掴んで、その体ごと床に叩きつけた。
「がっ・・・」
砂埃が巻き上がり、もうもうと薄く辺りに広がる。
女性に対しての行動として見れば少々荒っぽいが、子供と大人がやり合っている時点で今更だ。
まあ、それはそれとして、首を掴むのはやりすぎた気がする。
「俺の勝ちです」
俺はキクさんの目を見てそう告げ、手を離そうと体を動かした。
その時、彼女の表情が笑顔に変わっていたことに気づく。
「・・・まだだよ〜?
勝ちを確信するのは、ちゃんと判断材料が揃ってからじゃないと〜」
「・・・・・は?」
『マスター!それも分身です!離れて───』
次の瞬間、キクさんの体が植物の集合体へ変化し、俺が掴んでいた首の部分をはじめ、その他接触していた箇所から凄まじい速度で植物が絡まり、上ってくる。
意志を持っているんじゃないかってくらいに気持ちの悪い動きをしながら俺の体に巻き付く植物は、ぎちぎちと俺の体を締め付け、逃がすまいと姿勢を固定してきた。
「くあっ・・・」
当然ながら、体をよじった程度では脱出できそうにもない。
瞬間移動も対策されているだろうし、ここで詰み・・・と、なるのだろうが、どうにも引っかかることがある。
何やら、キクさんは何らかの条件をトリガーに、分身魔法に特定の魔法を発動させるようプログラムしているようなのだ。
今の植物化といい、先程の転移阻害といい、かなり便利で強い魔法。
俺もぜひ、この手で使ってみたい。
「ちょっと・・・アツくなっちゃったかな〜」
てへ・・・なんて言葉が宙に浮いてみえる表情で、キクさんは俺の目の前にしゃがみこみながら笑いかける。
『驚愕と歓喜、それと興奮が少しです。
表情と実際の感情に乖離はないと判断します』
「・・・・・」
何を考えているのかわからない。
純粋に俺の実力を知りたかったのか、それとも・・・ただ単にやり合いたかっただけなのか。
「久しぶりなんだよ〜?
小細工なしの状態で、私と対等にやりあえる子は〜」
よく言う。固有武器すら使っていないくせに。
「だから私、嬉しくなっちゃってさ〜。
奥の手も使っちゃったよ〜」
「奥の手?」
「気づいてると思うけど〜・・・これ、ただの分身魔法じゃないの」
奥の手だなんて。そんな簡単に言ってしまっていいのか。
やはり何を考えているのかがわからない。
だが、材料はある。
多少ズルだが、初見殺しをしたうえ、トドメを刺さず、勝ちも宣言せずに俺を放置したキクさんが悪い。
「おっと、真似しようなんて思わないでよ〜?」
「・・・一応聞きますが、どうしてですか?」
「とっても難しい魔法だからね〜。
私だって、この魔法を作り出すのに5年くらいかかったんだから〜」
「そうですか」
興奮状態にあるからか、今の俺は、凄まじく自画自賛ができる。
なぜなら、キクさんが絶対的な自信を持っている魔法の再現が、頭の中では既に終わっているのだから。
「・・・ところで、いつまで拘束してるんです?
いくら小柄とはいえ、キツいんですけど」
一応、離してくれるか試してみる。
これで離してくれれば素直に諦めて、ティアとの模擬戦で分身魔法を実践だ。
「ごめんね〜。
これでも一応、模擬戦っていう体だからー・・・」
キクさんはそう言うと立ち上がり、木剣を振り上げ、力一杯に振り下ろす。
対する俺も、準備は済み───あとは賭けるだけだ。
この世界の魔法の仕様が、俺にとって都合のいいように噛み合うかどうかを。
───バキッ
鈍い音が響き渡り、俺の頭に凄まじい衝撃が加わった───かと思えば、俺の身体は先程のキクさんの分身体のように、魔力の粒子として霧散して消失していく。
「・・・え?」
本気で困惑した、キクさんの声。
当然だろう。
絶対的な自信があった自分の魔法が、こうも簡単にコピーされ、こんな単純極まりない使い方をされたのだから。
しかし、まだ戦いは続いている。
俺は間髪入れず、呼び出した固有武器の刃を彼女の首に突きつけた。
「・・・・・」
単純だ。
転移ができないのであれば、位置を入れ替えてしまえばいいのだと───俺は、そう考えた。
屁理屈の域を出ない、子供の思考。
だが、例え屁理屈でも、穴は穴であるらしい。
「・・・・・私の・・・負け」
キクさんは震えた声を発しながら、地面に両膝をついてしまった。
『対象の戦意が喪失。
これは・・・勝ち、でしょうか・・・?』
「・・・今じゃないだろ、それは」
冷たく指摘しつつ、俺はキクさんの前に立ち、しゃがみこんで肩を叩いてみる。
「キクさん・・・?」
しかし、反応は無い。
目は開いているようだし、意識を失っているというわけではなさそうだ。
一応、ニアに聞いてみよう。
「ニア、キクさんの状態に異常はないか?」
『・・・対象のバイタルサインに、報告すべき異常はありません』
「・・・・・」
ならば、とりあえずティアに来てもらおうと───俺は辺りを見回す。
すると、キクさんの肩が少し震えていることに気がついた。
「キクさん?」
再度呼びかけてみるが、反応はない。
なんか怖くなってきたので、顔を覗き込んでみる。
「すっごいねえ・・・グレイアくん・・・・・!」
どうやら、心配は要らなかったようだ。
めちゃめちゃウキウキしている。
彼女は俺の模倣に何らかの感激する要素があったのか、ひたすらにキラキラした視線をこちらに向けてきた。