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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
間章:ひとつの時代の終わり
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2-4:例外にあたる存在

 重要なのは発想と応用。

 弱者であっても、それは変わらない。




 



 誰かに何かを教えるという行為は、そこまで得意ではない。

 理由は複数あるが、そのうちのひとつは単に俺の伝え方が下手くそだというもので、これ自体は前世からの悩み。

 例え話が下手というか、個人的な性分として例え話をせずにはいられないのに、肝心のボキャブラリーが少ないというか。

 かといって知識を得たところで応用は難しいし、色々と難しいなと思う今日この頃。

 だからティアに基礎を任せた側面もあるんだけど。


「こんなところが・・・」

「意外にも点在してるらしいな。こういうの」


 それはそれとして、俺は今日明日でサキと一緒に推定Bランクのダンジョンを踏破することになった。

 何気にダンジョンに入るのは初めてのことだ。


「じゃあ、昨日不在だったのって」

「友達に会いに行ってたんだ。進捗を聞きにな」


 昨日、ティアに基礎の教育を任せたあと、俺はナギのところに行って進捗の確認と世間話をしていて、少し前に難易度が中くらいのダンジョンを発見したという話をされた。

 ふと「サキの訓練にちょうどいいかも」と思った俺は、速攻で侵入の許可をもらって軽く偵察を行い、今に至る。


「ただ、その過程でココがあるって知れたから、友達のよしみってことで取引をしてみた」

「・・・ということは、何か売ったんですか?」

「いんや。俺からは何も。ただ、いらないものを少しな」


 ちなみにナギには見返りとして、趣味で開発していた魔力を用いる銃の設計図と運用思想を手渡しておいた。

 ジャンルを問わず、だいたい三十丁くらい。

 使うかはわからないが、選択肢は多い方が良いので、ミコト国に鍛造設備を卸している企業とのコネクションも渡しておいた。

 少し前にティアと一緒に家を見に戻った時にサクラからお礼を受け取っていたが、結局フェアリアには相応の設備があるせいで使わないため、腐らせておくのも失礼だとして流用をしたというわけだ。


「生憎と俺はコネが多くてね。

 有名になるほど動きにくいなんてのは大ウソだよアレは」


 そもそも、俺は最初から有名になることを望んでいた。

 正確には当時の俺から見た時の必要性に駆られてのことだが、べつに「有名なこと」そのものが災いに直結したケースは現時点では経験していないはず。


「だから学園に入学した時、目立たないように〜なんて気を使う必要はないと思う」

「・・・魔法学校での経験則ですか?」

「うん? ああ、そういう事になってたっけ・・・・・」

「えっ?」


 サキに言われて気がついたが、そういえば俺とティアは現ヴィレンス連邦の魔法学校で出会ったことになっている。

 先代、つまりセヴェーロの計らいということにはなるものの、べつに俺は異邦人だからといって嫌な経験や偏見、差別をくらったことは一度もない。

 だから隠し通す必要はないけど・・・かといって否定するのも面倒だし、乗っかって喋っちゃった方が早いか。


「まあ、経験則かと言われれば否定はしない。

 斜に構えて出し惜しみしてたら得なんてしないし」

「なんですかその・・・しゃに?」

「斜に構える。周囲を変に見下して調子に乗ること」

「それがダメだと」


 まあ、俺は普通科高校に通ったことがないから知らないけど。

 でも数人だけ明らかに斜に構えて喋ってないヤツはいたし、そういう奴らは往々にして一人で本を読むかスマホをいじっているだけだった。

 だからといって迫害されるかと言われれば違った・・・というか、そんなくだらない理由でハブる余裕がないから授業になると喋らざるを得なかったが、主観だと正直そんなに好きではない。

 魔法学校だとどう扱われるのかも知らないけど、明らかに良い扱いはされないだろうし。


「お前はたぶん、素でやってるだけで人は寄ってくると思う。

 だから変に気をつかったりせず、最悪もう貴族とかぶん殴っていいから」

「・・・そう、ですか」


 あとはまあ、異世界ってことで身分差とかもあるだろうし。

 これはもう経験したことないから、ティアと俺の名前を使って好きにやっていいよと思っている。

 間違っても横暴な態度は取らないだろうし、この子。


「なんか、グレイア様」

「なに?」


 ふと、気がついたように呟いたサキ。

 口に手を当て、重大なことに気がついた様子。


「私って・・・床と天井しか知らなくないですか?」

「しゃーない。俺もその節あるから」


 つまり、普通を知らないということだ。

 片田舎の村娘が村を滅ぼされて俺に拾われて、天井に近い扱いで保護して未来で困らないように色々と取り計らった。

 その結果、サキは普通というものを知らない。

 まあ、それを言えば俺もこの世界の普通は知らないから、そこまで重く受け止めるべきものでもないのかもしれない───と、転生者である俺が言うのはなんか違う気がするので、やんわり慰める。


「いちばん分厚い層を知らないのはキツいけど、そのために学園に行くってのもあるから。その辺はとくに気負わなくてもよさげ」

「わかりました。じゃあ、礼儀とかは?」

「知りたかったらティアに聞いて。俺そのへん浅いから」


 教えるのが下手くそなうえに本職ではない。

 何より、俺は王族に婿入りして初手で貴族からの対応を間違えた前科者なので、間違っても他人に教えられる立場ではないのだ。

 最近は大丈夫になってきたとはいえ、それでも国内はティアに頼りきりだし。

 役割分担と言えば聞こえはいいものの、俺としてはおんぶに抱っこな気がしてならないのだ。


「・・・さて、じゃあどうすっかね」


 まあ、それはいい。

 洞窟を抜けてきて、ようやくダンジョンの本体───だだっ広い平原と森が広がる、偽りの空の下へとやってきた。

 魔力の雰囲気からして三層構造のダンジョンらしいので、まあ三層構造ならいいかと、とくにスケジュールは組んでいない。


「決めてないんですか?」

「うーん・・・・・」


 やりたい事は決まっているので、あとはそこまでの動きだけ。

 いつもの通り、きっかけを作りたい。

 となると、手っ取り早くやりたいならひとつ。


「じゃあ、先ずはティアから教えられたことを実践するか。

 一層はそんな強い魔物もいないらしいし、スキップするべ」

「・・・その、なんとかするべってなんですか」

「故郷の方言・・・らしい。正直よくわかんね」


 体力の確認も兼ねて、一層はまるまるスキップしてしまおう。

 流石に一層分を走り抜けたら疲れるだろうし、無理そうならペース配分を調整すればいいだけだ。


「まあ、あんまし細けえこと気にしてっと頭ん中ごんじゃになっちまうべ、気にせんで次ぃ層までやんでくぞ」

「はい?」

「深く考えるな。お前は俺に着いてくればいい」


 うろ覚えの方言を使って懐かしさを覚えながら、俺はトントンと跳ねて準備運動を軽く行う。

 魔力の流れを見れば次の階層への道は見えてくるだろうし、手探りでも問題はなさそうな雰囲気だ。


「ペースはちゃんと調整するから。ほら、行くぞ〜」




 〇 〇 〇




 そうして二層に辿り着いたところ、すぐに変わったものが目に入ってきたので、俺は思わず足を止めた。


「ランドマークがあるのか・・・」


 丘の上にあるデカい古城、壁の上には動く鎧。

 典型的なダンジョンの構造物という風情で少し興奮気味なところ、追いついてきたサキが辛そうに呼吸をしながら歩いてきた。


「サキ、疲労は?」

「っ・・・疲れ・・・ッてます」


 たぶん現状のサキの体力からして全力だっただろうから、もうこれ以上走るのは無理そうなほど体力は消耗しているはず。

 となると、俺がやりたかったことをやるには丁度良い。

 サキなら俺がやりたいようにやっても着いてこれるだろう。


「そんじゃはい、目ぇ閉じて」

「・・・?」


 指示をして目を瞑ったところで、俺は膝立ちをしてサキを前から抱きしめ、口を耳元に持っていく。

 可能な限り密着して体温と心臓の鼓動を感じながら、今からやるのは自己証明を用いた血液操作の応用編。


「俺の声をよく聞け。

 そして力を抜き、自分の身体を感覚で()()んだ」

「・・・・・はい」


 動揺しながらも相槌を打ったサキ。

 ごくりと何かを飲み込み、その振動が体を伝う。

 息は荒く、心臓の鼓動は急いでいて、疲労は限界に近い。


「ティアから教わった魔力の循環法を思い出せ。

 あの感覚はお前の自己証明、血液の操作に流用できる」


 魔法を使って外部からの雑音を取り払いながら、俺はゆっくりと、確実に聞き取れるように囁いた。

 魔力が体内で動くのを感じ取れる。

 感覚そのものは掴めているようだ。


「心臓の鼓動に惑わされるな、お前のリズムで血液を流せ。

 弾ける心臓を中心に、魔力を循環させながら、押し出すように」


 今度は力を少し緩め、しかし身体はしっかりと支えたまま、途切れないように滑らかな口調で囁いた。

 心臓のリズムが少し乱れ、身体が跳ねる。

 多少の操作ミスをしているが、そんなものは回復魔法でどうとでもなる。

 構わず続行だ。


「・・・呼吸を深く、ゆっくりと。

 肉体に溜まった疲労を、血液に乗せるイメージだ」


 更に優しく、包み込むように囁いた。

 少しずつ呼吸のひっかかりがなくなり、音も澄んでいく。

 だんだんと疲労が回復してきたようで、心臓のリズムも次第に安定してきた。


「・・・・・」


 するとサキは俺の背中をトントンと叩き、腕を開く。

 もう大丈夫だ、という合図らしい。


「・・・先に」

「うん?」


 転ばないように離してやると、俺の顔から目を逸らして言葉を少し零したあと、俺の方に向き直ったサキ。

 可愛いなあと思いつつ、耳を傾ける。


「先に基本を・・・というのは、このためですか」

「それもある。知識を流用するためという意味ならその通り」


 頬から耳まで、サキの顔はガッツリ真っ赤っかになっている。

 ティアによれば俺のことをわりと英雄視しているというか、憧れの目で見ている節があるらしいから、たぶん抱きしめられて恥ずかしくなっちゃったようだ。

 でも抵抗しないし騒がないし、こちらとしてはやり易い。

 その可愛らしさも含めて、とても健康に良い。


「今回の場合、お前の血液操作は純粋な攻撃手段として用いるよりも、肉体の強化や保護に使った方が便利だと判断した。

 だから慣れさせるため、あるいは感覚を掴ませるために、それよりも簡単で練習が容易な魔力の循環を先行させたんだ」

「もうひとつ質問があります」

「続けて」


 しかし真面目な話になると一転、しっかり真っ直ぐに俺を見て、知りたいことを述べてくれる。

 こういった点も、俺としてはありがたい限り。


「今、私は血液を操作したことで疲れが無くなりました。

 重りが無くなったような感覚で、呼吸も少し軽い。

 これはどういう理論の、どういう作用なんですか?」


 ティアから見ると、何やらサキは俺に似ているらしい。

 まあ確かに、言わんとすることはわからなくもない。


「結論から言えば、お前は体内の血液を使って、身体に必要な要素と身体に不要な要素を間接的に操作した。

 前者は呼吸と身体能力の向上に関係し、後者は疲労に関係する」

「・・・血液に乗せる感覚、というのが後者ですね」

「その通り。感覚的には理解できたか?」

「はい」


 理論的には説明しなくても、実行さえできればいい。

 俺がそう言及しなくても、サキはきちんと噛み砕いてから飲み込んでくれているようで、余計なことは質問として飛んでこない。

 恐らくはサキ自身も感覚派な側面があるから、そういった方向性が噛み合っているのかもしれないけど。


「つまり、私は自分の能力を使うことで、半永久的に運動を続けることができる・・・という解釈で合ってますか?」

「お勧めはしないけど、まあ可能ではある。

 俺が意図する使い方は疲労の緩和だが、急を要する事態であれば自分を酷使する使い方もアリかもしれない」

「・・・わかりました」


 とりあえず、実行できることは把握できた。

 あとは並行して訓練しつつ、目標を作って潰していく。


「じゃあ続き。今度はあの古城に行ってみよう」

「あれ・・・って、魔物がたくさんいそうな」

「能力の効力も兼ねてだ。

 感覚を掴んだのなら、今度は併用してみるといい」


 とはいえ、いくら有望だからといって訓練ばかりさせるのも良くないので、とりあえず最初に実戦をさせて、それで見つけた箇所を修正していくといった方向で進めていく。

 最初の頃の俺がそうだったように、転んでも立ち上がれる分だけの土壌があるのならそうするべきだ。


「行けるな?」

「はい。行けます」


 目測で二キロあるかないか。

 そこまで時間はかからない。

 飛ばしたって構わないだろう。


「よし着いてこい」


 崖から飛び降りて森にダイブ。

 着地の際に展開した魔力によって魔物が何体か吹っ飛んで行ったが気にせず地面を蹴り、飛び上がって魔力探知で周囲を確認。

 大きな魔力反応はなく、こちらに気がついていそうな動きはなし。

 問題はないと判断し、下を同じくらいの速度で走っているサキの動きを確認した後、俺は空中にバリアを展開して張り付き、それを思いっきり蹴り飛ばす。

 あとは魔力を放出して減速をしながら、細かい調整をすればすぐに目的地である古城の正面付近にたどり着く。


「・・・」


 惜しむらくは、ニアを連れて来なかったことだろうか。

 フェアリアに関与していなかった時期ならきっと、嬉々として行き先の情報を調べたものだが───今回は完全初見、俺は何も解説できることはない。

 となれば、本当ならサキにぶっつけ本番をさせるのも褒められたものではない。


「・・・・・追いついたか。疲労は?」

「はい。大丈夫です」

「そうか。調子が良さそうで何よりだ」


 しかし、サキは転生直後の俺よりもずっと強い。

 身体の動かし方というズルを受け取り、魔法理論へのズルいアプローチを経てなお人形や手加減していたキクさんに苦戦した俺に比べて、サキは基礎が成熟し始めている。

 あの頃の俺のように、魔力が切れかけるということもないだろう。

 なら、せっかくの機会なのだ。

 迷う必要はない。


「この先に、デカい魔力の個体がいる。

 広い廊下を抜けた先、真正面の大部屋か」

「・・・それを、討伐すると」

「可能な限り、お前だけの力でな」


 城門を開け、迫り来る動く鎧をランダムな方向からのビームで処理しつつ、魔力の流れと雰囲気を色々と分析する。

 雰囲気とカタログスペックから見ると、確かに弱めの魔物で、俺が初めての戦闘で戦った木偶よりもだいぶ弱いくらい。

 全体的な指揮能力も低く、ゾンビのような挙動だ。


「魔法の制限はありますか?」

「ない。自爆しない程度なら許可する」


 質問に答えながら、俺はフロア一帯の雑魚をクリア。

 奥の広間がどうかは知らないが、ここのフロアにはざっと数えて五十体弱の動く鎧が跋扈していた。

 ボスは魔力の雰囲気から察するに、こいつらよりも少し強い程度。

 リソースが思考や反応速度に割かれるのだとすれば、妥当な魔力反応だと言える。


「俺が求めるのは、今のお前の実力を提示することだ。

 そのために打てる手は、欠損さえしなければ許容しよう」

「わかりました」

「うん。それじゃあ、準備は?」


 扉に手をかけ、サキに問いかける。

 俺は万が一がない限り、手助けをすることはない。

 敢えて説明はしていないが、本人は察しているだろう。

 さあ、どうなるか・・・・・




 ▽ ▽ ▽




 Bランク、指定討伐対象。

 動く鎧のボス個体、老練の王者。

 身長五メートル、魔石を核として形成された実体のない肉体は偽りの鎧を纏い、人間に憧れたように、虚構の器官を模倣する。


「・・・できています」

「よし。行ってこい」


 サキはグレイアに背中を押され、歩き出す。

 目の前の巨体を見据え、その心の臓を、視線に捉える。


(手段を選ばなくて良い・・・と、言うのなら。

 私がやるべきことは、可能な限り無傷で仕留めること)

「フューリー・ファング」


 刃渡り十八センチ、少女が握るには少し長い刃物を右手に握り、彼女は脚に魔力を集中させて立ち止まる。

 魔力は肌に張り付き、揺らぐことはない。

 ただ一点、そこを見つめて力を込めた。


(ティア様に教わったことを思い出せ。

 私の脚、その蹴り出す瞬間に、強く弾けるように───)


 かっと目を見開き、地面を蹴る。

 同時に老練の王者は刃を抜き、構えた刹那───乾いた金属音とともに、重く着飾られた鎧の破片が宙を舞った。


「くぅっ・・・・・」

(速すぎて振り回される・・・・・ッ)


 老練の王者の背後、斜め上方向の壁付近。

 初めての本気で有り余ったパワーにより一瞬にして壁に到達したサキは、自分の肉体の限界を全身で感じながら壁を蹴る。

 再び急加速し、迎撃の構えを取った老練の王者の脇を抜け、地面を滑りながら動きを整えた彼女が狙うはその鎧の背後。


(でも・・・)


 再び脚に力を込め、爆発的な力を発生させるサキ。

 凄まじい超スピード、しかし相手は腐ってもボス個体。


(制御できないわけじゃない!)


 火花が散り、ぶつかり合うのは一本のナイフと巨大な鉄塊。

 おおよそ剣とすら言えぬ程度の巨体を受け止められたのは、ひとえに彼女の魔力操作が洗練されてきているのと同時に───これ以上の連戦はないと信じているからこその、魔力の全力投入。

 淡く輝く青い魔力、吹き出す様子はまるで人すらも飲み込む噴泉のよう。


「はあああああッ!!!」


 そして少しの隙をついて離脱、再び撹乱しにかかる───というのが、彼女の策だった。

 しかし今、この広間の床はたった今、限界を迎える。


「っ!?」


 鈍い音とともに床が砕け、体重を支えられなくなり崩落していく。

 サキはもちろん、老練の王者も重力には抗えず落下していくばかりだが───彼女はグレイアという要素あってのものではあるが、不測の事態であっても冷静なまま。

 そして彼女は瓦礫を乗り継いで滞空時間を稼ぎ、老練の王者が着地し、硬直するタイミングを見計らう。

 瓦礫を蹴り、加速。

 だが彼女にとって誤算だったのは、己の空間認識能力を以て把握した位置にあった瓦礫が、自身の体重を加速させるには僅かに小さかったということ。


(間に合わなかった・・・っ)


 再び刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす。

 しかし今度は鉄塊と、それを支える巨体が下にある。

 この薄暗い地下の中で、老練の王者は蝿を払うが如く刃を振るう。


「しまっ・・・!」


 巨体が相応のパワーで相応の重量の鉄塊を振るった時。

 例えその中間に位置していたとしても、彼女を襲ったエネルギーは並のものではない。


(いや、立て直せる!)


 バランスを崩しながらも最低限の姿勢は確保し、左手に簡易的なバリアを予約、そんな彼女のもとに迫るのは巨体に見合わぬ速度で繰り出される突進。

 すぐさま予約していたバリアを展開して蹴り飛ばして着地。

 間髪入れずに反転、兜割りを繰り出してくる老練の王者の刃の脇を、彼女は飛び上がって抜けていく。


(怖がるな! 速すぎるなら・・・それすらも!)


 身体にかかる慣性など無視、姿勢制御はせず、固有武器すらも捨て去った彼女は空中に展開したバリアを腕で押し出し、僅かに反転を始めた老練の王者のその頭に、全力でドロップキックを繰り出した。

 確実に決まった蹴りは老練の王者が纏う兜を突き飛ばし、彼女は痛む脚を酷使しながら着地、そこから更に加速することで、地面に落ちた兜を更に遠くへ蹴り飛ばす。


(・・・本で読んだことが正しいなら、きっとこの魔物は今、魔力の動きで私を探し出そうとしているはず。

 なら、私がやるべきことは・・・・・)


 兜を喪失したことにより、老練の王者は視界と聴覚を失った。

 魔力の繋がりと動きを頼りに探知を始めたその挙動を、奇しくも三ヶ月間読み漁った資料の中で知っていた彼女は、魔力を使用せず全力疾走。

 薄暗い円形の空間の壁付近で止まった兜を十二時とした場合、九時の位置に陣取り、固有武器を呼び出して手のひらを掻っ切ると、血を何滴か垂らした直後に傷口の血液を凝固させる。

 血が確かに地面に落ちたことを確認すると、彼女はすぐさまシャトルランの如く反転し、三時にあたる壁へと走っていく。


(魔力の繋がりを辿って兜を回収するその前に、私が罠を張る!)


 壁際から少し離れた場所に立ち、固有武器を左手に、矢を持つようにして構えたサキ。

 そして右手で少しだけ魔力を練り、勘で設定した老練の王者に気が付かれないギリギリの魔力を用いて、今しがた設置した血液をアンカーに爆裂魔法を発動。

 弾け飛んだ岩が飛び散る中、老練の王者は兜を拾いかけていたところ、瞬時に反転して血液があった場所を刃で粉砕。

 それと同時に、サキは固有武器であるナイフを矢と定義して弓をつがえ、魔力を練り上げていく。


(怖がるな。私なら回避できる。引き付けて、離すだけ───)


 自身を鼓舞しながら、刃を振り上げて迫る老練の王者に狙いを定めること、二秒とない。

 僅かに遅く流れる時間の中、見えた魔力の鼓動に矢を射ったその瞬間、彼女はギリギリで真横に飛び込んで外側へと離脱。

 更に両手で魔力を込め、刃が鎧にくい込んでいることすら確認しないまま、力いっぱいに叫ぶ。


エクスプロージョン(爆裂魔法)!!!」


 一段、二弾と鎧が弾け飛び、魔力の核が音を立てて割れた。

 両手で練った魔力は、僅かながら未熟であったサキの技術によって偶然にも二段の爆発となって老練の王者を襲い、くい込んだ刃によって()()()()ができた鎧に風穴が空いたのだ。


「・・・・・やっ・・・た?」


 緊張によって僅かに息を乱しているサキは、己の感覚のままに走り抜けた戦術を完遂したが、肝心の状況が飲み込めていない。

 しかし次の瞬間、まるで彼女の勝利を称えるように───老練の王者の肉体がずるりと崩れ落ち、幾つもの巨大な鉄塊が地面に落ちた。


「やった・・・・・!」


 これにより、サキはようやく己の勝利を確信する。

 地面にぺたりと座ったまま、抑え続けてきた恐怖は脚を震わせ、興奮によって心臓は狂ったような鼓動を刻む。

 そこへ一人、ゆっくりと舞い降りてくるグレイア。


「よくやった。サキ」


 一部始終を見ていたグレイアも、サキと同様に───しかし、また別の理由によって、その興奮を隠しきれずにいた。

 心配と興奮は半々、それでいて期待感は持ったままに。


「怪我は」

「・・・少し、だけ」


 サキはこの初陣において、グレイアが想像していた全てを超えた。

 基礎も応用も、戦術の組み立て方も、不測の事態への対処や咄嗟の発想なども。


「あとは片付ける。本当によくやった」

「ありがとう・・・ございます」


 目をとろけさせ、はにかむサキ。

 嬉しいのか、達成感か、はたまた両方か。

 いずれにせよ、彼女の才能には目を見張るものがあるのだった。




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