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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
一章:正義が統べる正義の王国
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2-5:暇神様

 導かれ、前へと進む。

 得体の知れない力に、ぐっと背中を押されながら。







「ふっ、もう異世界には慣れたようだな」


 虚無の神は少し笑いつつ、そう言った。

 今回は表情が変わるのが早い。


「また私に怯えるようであれば、色々と対策しなければならない事もあったろうが・・・その必要はないらしい」

「・・・もしかしなくても褒められてるんですか?」

「勿論だ。前回のお前の怯え様、忘れたとは言わせん」

「ああ、まあ・・・」


 そう言われれば、確かに実感ができる。

 最初に呼び出された(?)時、目の前の存在から発せられる威圧感に、俺はガッツリ怯えて萎縮してしまっていた。

 しかし現状、俺は目の前に浮遊している神に対して恐怖を感じていない。

 前回とは違い、受け取る感覚に関連した能力はすべて発動していないにも関わらずだから、慣れたのか成長したのか。

 まあ、たぶん順応の方だろう。

 俺の()()の速さは、前世から定評があった。


「そして今回、お前を呼び出した理由だが・・・。それを説明する前に、少し情報を提供してやろう。

 朝早くから呼び出した詫びだ」


 そう言いつつ、彼はパチンと指を鳴らし、小さな岩を空中に出現させる。


「座れ。少し長くなる」

「・・・わかりました」


 言われた通りに岩に座ると、彼は黒い粒子らしきものを散らしながら瞬間移動をして、俺の隣に出現した。

 そして腕を組み、今さっき現れたであろう巨大なクリオネみたいな何かを見つつ、彼は口を開く。


「───実の所、現時点での蛍原 成義は正義の寵愛者ではない」

「・・・は?」

「既に見捨てられた、もしくは飽きられてしまった・・・・・哀れな玩具の成れの果てだ」


 早速、驚きを隠せない情報が投下された。

 言い方が無慈悲すぎるのはさておき、まさかナギがそんな状態だったとは。


「善悪を基準にするのではなく、自分の中の正義のみを指針として活動する存在」

「・・・独り善がり?」


 俺がそう呟くと、彼は頷き位置を変えた。

 移動した際に出現した黒い粒子が宙を舞う中、目の前に浮かぶ神はまた言葉を続ける。


「正義と言えば聞こえはいい。

 だが、その実態は自らの独善的な指針にしか基づかない、絶対的な独裁権力」

「・・・そこまでして、治安が悪かったら最悪ですね」

「奔放主義者が統べる国で治安を語ることは野暮というものだ。

 かつては素晴らしい治安だったと言う土地も、主が変われば、それに沿った正義感で統治されるのみ」

「・・・・・」

「まったく、嘆かわしいことだ。

 奴の監視が無くなったと察した瞬間、正義の名のもとに、堂々と汚職が始まるのだからな」

「・・・ということは」


 ナギが口調を変えて愚痴ったのも、キクさんが人が変わったような態度を見せたのも、その汚職を黙認せざるを得ない環境だったからなのか。


「各人の正義はすべて尊重する・・・という、ある種の極地とも言うべきその寛容さ。

 それらの思想は、権力に目が眩んだ連中に一切の躊躇なく利用された」


 少し前、ナギと話した時も思ったこと。

 そうやって自分の決めた線引きのせいで苦しんでいるのであれば、そんなもの無視してしまえば良いと思うのだ。

 目の前で彼が説明している内容も、そのくだらない正義感さえ捨て去ってしまえば済む問題なはず。

 それがもしできないのであれば、相応の理由があるはずなのだが───生憎、今の俺ではそれを予想する事はできない。

 あまりにも、この世界について知っていることが少なすぎるからだ。


「第三者が問題について指摘した時、当事者にはそれを実行できない理由がある。

 お前はそれを、他の有象無象より理解しているようだな?」


 顔をずいっと近づけ、無表情のままでそう言う虚無の神。

 俺の事を褒めているのだろうが、如何せん表情が読み取りにくいため、肯定されているような文言でも不安感が勝ってしまう。


「事実、正義の寵愛者をはじめ、転生者には逃れられない思想が存在するのが当前と()()()()()

「されている・・・ってことは、例外も?」

「世界という巨大なシステムを管理するにあたり、例外(イレギュラー)が発生するのは避けられないことだ。

 現にお前も、私からすれば例外(イレギュラー)のうちのひとりに数えられる」

「俺もですか」


 衝撃の事実・・・というわけでもないか。

 なんかお前は特別だな───という雰囲気が、その人の周りを常に漂い続けるのが「異世界転生」のなかでは普通みたいなものだし。


「先述した通り、転生者には逃れることのできない思想が常駐しているのが当然とされている」

「逃れられない、思想・・・・・」

「最も顕著な例は、正義の寵愛者が抱え続ける矛盾だろう。

 お前が先ほど想起し、その疑問を抱いた当時は深入りすることがなかった疑問の答えは───各転生者が抱え続けなければならない、極めて悪質な思想にある」


 となると、俺にもその思想があるのか・・・と思ったが、先ほど言われた例外(イレギュラー)というのが引っかかる。

 虚無に関連した思想として、まず初めに思い浮かぶのは虚無主義(ニヒリズム)だが、転生してからの短い期間で、そんな思想が脳を支配したと自覚できる経験は1度もない。


「───それは当然だ」


 少し圧がこもった一言。

 俺の思考に対して、虚無の神は端的に言葉を述べた。

 感情は無いが、確実な威圧感を込めた言葉を。


「お前のどこが例外(イレギュラー)なのか。それは、そう簡単に表せるものではない」


 漆黒の粒子を再び散らし、彼は俺の視界外へ───ちょうど光の射す方へ移動し、逆光の中から言葉を続ける。


「神の管理下にありながら、神の存在に縛られない稀有な存在。

 それがお前なのだ」


 光が強さを増し、目が眩む。

 仕方がないと視線を逸らすと、それを予測していたかのように立っていた虚無の神と目が合った。


「だからこそ気をつけろ。

 お前を妬み、神からの眼差しを得ようとする転生者はごまんといる」

「・・・・・」

「そのうえ、この期に及んで、わざわざ見捨てたはずの玩具を焚きつけるような愚行をした神も少なくはない」


 ゆめゆめ忘れるな、ということだろう。

 本っ当に失礼だが、ここまでインパクトのある絵面なら、そう簡単に忘れることはない・・・はず。

 まあ、嫌でも思い出すだろう。

 どうせ戦うことになるだろうし。


「善でも悪でもなく、正義という曖昧なことこの上ない指針に従うしかない者たちに与することが本当に正解か。今一度よく考えてみるといい」


 俺の周りを数歩だけ歩きながら、彼はそう言った。

 ・・・意外だな。

 本当に俺の事を気にかけてくれているのか。

 それとも、一度手に入れた玩具はできるだけ壊したくないタチなのか。

 まあ、俺としてはどちらでもいいが、その言葉に対する回答は決まっている。


「・・・考えなくても、もう自分の中で答えは決まってます」


 俺は少し間を置いてから、確かな自信を持って口を開いた。

 これは少し前、王国に協力するか否かを問われた際には既に決めていたこと。


「特定の組織に与する・・・という選択は、俺の思考が根本から変わってしまうようなことがない限りは絶対にしません。

 有り得ないとすら言ってもいい」


 ステレオタイプすぎる思考回路だと思われてしまうような台詞。

 無論、ハッタリである───とまでは行かないまでも、断固として単独でやっていく、というつもりではない。

 その都度で適切な判断ができたらいいな・・・と思いつつ、その適切な判断をする過程で邪魔になるような要素は、できるだけ消していきたいという魂胆である。

 決して、情はいらないみたいなトンデモ理論を掲げているわけでは勿論なく、俺が邪魔だと思っているのは「特定の組織に所属している」という事実だ。


「・・・選択を煽った私が言うのも何だがな。この世界で中立的な立場を選ぶということが、魑魅魍魎が跋扈している茨の道を突き進む選択であることを理解しているか?」


 虚無の神が言う通り、中立というのは極めて危ない立ち位置だ。

 どの組織とも協力しないということは、どの組織とも敵対する可能性があるということ。

 本来は個人がそんなことを気にする必要はないのだが、この世界における転生者は、ナギの立場を鑑みても「現代文明における核兵器と同義」であると考察できる。

 そして、今の問いでそれは確信に変わった。


「道があるなら上等です。

 一度失った命なんですから、楽しい方を選んだって構いませんよね?」


 どことも協力しなければ、どこからも信用は得られない。

 そうなれば、万が一のことがあった時に協力してくれる存在が居ないという、とても悲惨なことになる。

 流石の俺でも、何も考えずに選択をしているわけではない。

 だからこそ、ナギ相手にも「受けた恩の分は協力する」と言った。

 中立の立場にいることを望む・・・なんてのは仲間以外に口外しないし、態度として表すことも極力しないだろう。


「・・・・・ふっ。いい答えだ、それが聞きたかった」


 俺の思考を読んだのか、それとも表面上の回答で満足したのか、彼は首を少し傾けながらそう言った。


「蛮勇・・・なんて煽りはしないんですね」

「生憎だが、私は威勢のいい人間が大好きでな。それも、お前のような、()()()()()()()()()と表現すべき思考を持って生きている人間はとくに」

「なら、俺は自分の育った環境に感謝しなきゃいけないですね」

「何故だ?」

「だって、神である貴方の御眼鏡に適う思考を───この世界に転生するための理由を、その環境が与えてくれたって言っても過言じゃないじゃないですか」

「・・・なるほど」

「一度無駄にした人生を取り戻すチャンスが得られたんですから。

 もう親孝行はできませんけど、俺を育ててくれた両親には、感謝してもしきれないくらいです」


 隠すべきことではない。

 むしろ、誰かに言わなければ気が済まないことだ。

 こればっかりは嘘でもハッタリでもない。

 俺が心の底から、純粋に思っていること。


「つくづく・・・私も運がいいな。

 イデアルの部下の進言を受けて正解だった」


 黒い粒子を散らしつつ瞬間移動し、段差になっている岩の淵に腰掛けた虚無の神は、とても満足そうな様子でそう言った。


「しかし、それはいいのだが・・・・・そういえば、まだ私はお前に名を名乗っていないな」

「・・・確かに。知りませんね」

「イデアルのことも多少は話すとして、いい機会だから自己紹介をしてやろう」


 ひどくわざとらしい反応をしてしまった。

 しかし、名前を教えて貰えるのはありがたいな。

 今まではずっと「あの神」だとか「虚無の神」だとか言っていたので、きちんとした呼び名で呼びたかったところだ。


「私の名はニヒリス。

 元は人間で、数万年も暇を持て余していて───序列2位に位置しているだけの、ただの管理枠だ」


 さしずめ、暇神様(ひまじんさま)といったところか。

 それにしても、序列2位というのがどれだけ凄いのか、物差しがデカすぎてよくわからない。

 まあ、とにかく凄い存在であるのは間違いないな。


「そして、イデアルというのは、虚無の神である私と対になる存在。

 私より何十万倍も長生きな女神だ」

「何万年の何十万倍・・・」

「管理する場所が違うが、彼女も私と同じ管理枠であり、序列は3位。

 分かりにくいのであれば、とにかく偉い神だと認識しておけ」

「わかりました」


 そう言われずとも、小学生並の感想しか抱けない。

 言葉として出てきた年月だって、途方もないどころの話じゃないしな。

 宇宙の年齢が云々・・・なんて話はよく聞いていたが、それと同じかそれ以上だ。


「・・・さて、余計なことを話しすぎたな。本題に入ろう」


 そう言われて思い出したが、今までのは情報を提供してくれているんだった。

 これと同じレベルの情報がまた来るのだとすれば、俺の脳みそはパンクしてしまう気がするのだが・・・大丈夫だろうか。


「その心配はない。今までの文言に比べれば、これから話すことは至極単純なことだからな」


 岩の淵から降り、着地した暇神様(ひまじんさま)は、腕を組みながら歩きつつ、俺の方を向いて言葉を続ける。


「お前の自己証明に、便利な機能を追加してみた・・・という話だ」

「便利な機能、ですか?」

「プリセット機能と言えばいいか。

 お前の自己証明の2つ目の項目に、改造の内容を保存することができる機能を追加した」


 2つ目の自己証明と言うと、知識が存在することを代価とした身体改造能力。

 不思議と能力の概要が頭に浮かんでくるのは、自己証明の仕様だろうな。

 わざわざ覚えている必要がないのは便利だ。


「宙に指で円を描き、その中に六芒星を描く。

 そうすれば色々な情報がでてくるはずだ。やってみろ」

「はい」


 俺は言われた通り、指で円を描き、さらにその中に六芒星を描く。

 すると俺の目の前にシンプルなUIが現れ、様々な情報が表示された。


「それが他人から見えるか否かの設定は、任意で変えられるようにした。活用しろ」

「わかりました」


 サラッと流してしまっているが、これは大丈夫なことなのだろうか?

 他の転生者もやっていたりしたら安心できるが、明らかに普通ではなさそうだ。


「項目の追加に関しては、自己証明の法則に則りさえすれば問題ない。

 悪い言い方をすれば、屁理屈でも通じてしまうのだからな」


 そう言われ、俺の自己証明の内容を思い出してみると、確かに屁理屈をこねくり回したような文言でも問題ないことが分かる。

 特定の条件を除き、ほぼ全ての自己証明には代価が必要であるという条件を曲解すれば、代価さえあれば能力は好きにしても良いのだと解釈することも可能。

 というか、それがまかり通ってしまう。

 ルール違反じゃないグリッチみたいな認識だ。


「・・・・・」


 しかしまあ、身構えていたのが馬鹿みたいな簡単さ。

 それどころか、自己証明の特性(?)を鑑みれば、本来は伝える必要すらなかったものなのだろう。


「・・・む、もう時間か」


 なにかに気づいたのか、暇神様(ひまじんさま)は左手の甲を見つつそう呟いた。

 そして、俺の方を向いて指を鳴らすと、相変わらず無表情のままで話しかけてくる。


「お前の嫁候補が訪ねてきたようだ。

 そろそろ意識を戻すぞ」


 意外や意外。

 時の流れが違うとか、そんなことはなかったらしい。

 ・・・というか、なんだ嫁候補って。

 からかい方が下手すぎて、危うく拾い損ねるところだった。


「・・・生憎、俺は一途なんです。

 ハーレムの中心になるつもりはありませんよ」


 俺がそう言うと、暇神様(ひまじんさま)は俺の目を凝視しつつ、無表情のままで口を開く。


「なるほど。そう伝えておこう」


 そう言われて気がついた。

 しかし、遅かった。


「待った、まさか───」


 問いを口にしきることも叶わず、俺の意識は闇の中へと消えていく。


「・・・・・心配するな。ちょうど、部下の惚気がひどいと愚痴が入ったところだ」




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