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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
一章:正義が統べる正義の王国
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2-3:理解する努力

 警戒に差し込むマスターキー。

 されど、彼女は介入者でしかない。







 戦闘が終わり、俺の怪我があらかた治った頃。

 ナギはいつの間にかアリーナを去り、この場にはキクさんと俺たちの4人だけとなった。

 俺自身は激しく動き回ったつもりでも、実際は魔法を使っての移動ばかりだったためか、ピークを過ぎてしまえば疲労はあまり感じない。


「ねえグレイア、もう痛くない?」

「ああ、おかげさまで。ありがとう」

「うん。それならよかった」


 そういえば、骨を折ったのはこれが初めてだ。

 前世の世界で骨折をしたのなら、それはもう病院行きで大騒ぎになるところだが───どうやら、この世界では回復魔法を使うだけで事が済んでしまうらしい。

 あまりにも簡単に怪我が治ってしまうということは、思考の根本から危機感の欠如が生まれてしまう気がする。果たして、それは問題ないのだろうか。

 それ相応に体が頑丈だとするなら納得できるが、特段そうでもないようだし。


「そういえば・・・グレイアくんは何歳なの〜?」

「はい?」


 まさに藪から棒な質問。

 内容が突然過ぎてきょとんとする俺の顔をじっと見つめながら、キクさんは膝を抱えてしゃがんだ。


「17歳ですけど・・・」

「そう。なら、もう成人してるね〜」

「あ、そうなんですね」


 17歳は成人済み、か。驚きだな。

 時代や世界によって成人の年齢が違うのは知っていたが、まさか予想していた18歳より若いとは。

 これから色々とやっていくなかで、酒を飲む機会があったらどうしようと考えてしまう。

 この身体、下戸だったりしないよな。


「ん? もしかして〜、ナギから聞かなかったのかな?」

「何をですか」

「この世界の成人年齢は・・・15歳だってことをね〜」

「・・・若いっすね」


 そんな情報、この身体の記憶にもない。

 当然すぎて記憶していなかったのか、人格が入れ替わった拍子に頭から飛んでしまったのかはわからないが、随分な不意打ちをくらったものだ。

 ここは異世界だし、15歳で成人ということは、それ相応に肉体の成長も早かったりするのかもしれない。

 表現の仕方は悪いかもしれないが、前世で言うところの猫や犬のように、とても若いうちに成人相当の肉体まで成長したり・・・なんてこともありそうだ。

 さて、こう考えると、キクさんの年齢も気になるところだな。


「そうかな〜? 今の私だって18歳だし・・・成人する頃には、みんな大人っぽくなるものだよ〜?」

「・・・俺の一個上???」


 キクさんはすっと立ち上がりながら、俺が聞こうとしていたことを教えてくれた。

 それにしても、俺はキクさんのことを、てっきり大人の女性・・・それこそ、20代半ばくらいの年齢だと思い込んでいたのだが、まさか俺の1つ上だったとは。


「ナギ曰く・・・向こうの世界? の尺度はぜんぜんアテにならないってさ〜」


 ふわふわとした説明をされ続けながら、ふと思ったことがある。

 エルフと獣人とのハーフだと言うティアは、何歳なのだろうか。

 俺の記憶の中にあるエルフと言えば、長寿で成長速度が遅く、とても美麗な容姿をした種族だ。

 対して、獣人は向こうの現実と同じように、とても成長速度が早い種族というイメージがある。


「グレイア、それは後で」

「・・・俺の方を見ていたのか」

「いや、ちゃんと向こうも見えてる」

「?」


 頭にハテナを浮かべるキクさんをよそに、俺は頭の中で「何かあったら後で教えてくれ」と思い浮かべ、ティアがこれを見ていることを祈っておく。


「身内の話題です。別に、何か会話に差し障りがあるようなものじゃないんで気にしないでください」

「・・・ホントにそうなの〜?」

「はい。会話()()、何も問題はないので」

「う〜ん・・・・・?」


 反応から見るに、キクさんはティアの自己証明がどんなものかを知らないようだな。

 組織内で重要な立ち位置に居る人間が知らないということは、とどのつまりナギや他の人らも知らないということだろう。

 何かの駆け引きのため、ナギがわざとキクさんに伝えていないという可能性は無きにしも非ずだが、今の視点では大きなメリットが見つからない。

 ということは、単純に「自己証明とは本来、他人に伝えるべきものではない代物」であると見て取れるな。


「・・・まあ、いいや〜。

 閑話休題ってことで、次に行こうかな〜」

「次?」


 俺が疑問符を付けて言葉を発すると、キクさんは両手を前に突き出し、ぎゅっぎゅっと手を動かしながらニコニコした顔でこっちを向いた。


「私の自己証明を使って、きみについて知ろうと思うんだ〜。

 だから〜・・・私の手、握ってくれる?」

「・・・回避する手段はありませんか」

「もし、きみが嫌なら言ってほしいな〜」


 俺の一言にキクさんはそう言うが、まあ、拒否するわけがない。


「嫌ではありません。少なくとも」


 そう言いながら立ち上がり、差し出された両手にそれぞれ手を合わせ、恋人繋ぎのようにして握り込む。

 今の体が小さいおかげか───まあ、キクさんが戦闘職で鍛えているというのもあるのだろうが、とても体格の差を感じてしまう。

 これで自分に対して性的な興味が向いているのだと知れば、ティアが逃げてきたのも頷ける。


「ほんとに拒絶しないなんて・・・。

 私、驚いちゃったな〜」

「・・・俺はじっとしてるので、いつでもいいですよ」

「わかった。じゃあ〜、頭の中で不思議な感覚がするかもだけど、そのまま我慢していてね〜」

「わかりました」


 それにしても、安心感が凄い。

 キクさんの身長がそもそも高く、その上で今の俺の身長がとても低いためか───両手を握られているだけなのに、よくわからない包容感というか、何か包まれているような安らぎを感じる。

 前世では感じたことの無い感覚であり、今までは精神的な安らぎを求めるために誰かに甘えたことがなかったため、ちょっとした癖になってしまいそうだ。


「─────」


 暫くすると、なんだか思考と体が、まるで寝落ちギリギリの時のようなふわふわとした感覚に包まれ───それと同時に、目を瞑っていてもわかるほどの光がどこからか発せられていることが確認できた。

 べつに眠くなっているわけではなく、本当に寝落ち直前のあの感覚がずっとしているのだ。

 正直な話をすると、このまま寝ろと言われれば寝れる自信がある。


「───うえっ?」


 突然、俺の喉から気の抜けた声が出た次の瞬間、急に体に力を入れることができなくなり、ガクンと膝から崩れ落ちてしまった。

 依然としてキクさんが手を握ってくれているので、倒れ伏して床を舐めるような体勢にはならなかったが───それはそれとして、俺はとても驚いてしまい、少しだけ思考が固まってしまっている。


「???」


 今までこんなことを体験したことがないものだから、俺の脳みそは現在進行形で困惑の真っ最中。

 頭の中では大量のクエスチョンマークが跋扈し、状況に対処しようとする俺の思考を邪魔してしまう。

 どうしようかとすら悩む隙すらもない俺がフリーズしていると、キクさんは座って俺に目線を合わせ、何も言わず、急に体を寄せてハグをしてきた。


「?」


 増える疑問符に脳がキャパオーバーの信号を出てきたところで、キクさんは俺を抱きしめている腕の位置を変え、もっと包み込むように力を込める。


「私ね・・・少し、ほんの少しだけ───きみのことが理解できたの・・・」


 そして、キクさんは俺の耳元に顔を寄せ、俺にしか聞こえないような声でそう囁いた。


「きみは強い人だね〜・・・。

 頭の中はすごく忙しいのに、それをどうにか外側に出さないように努力してるの」


 俺の背中をトントンと叩きながら、キクさんは言葉を続ける。

 何かが彼女の琴線に触れたのか、俺の耳元で優しく肯定の言葉を囁いてくれるキクさん。

 顔は見ることができないが、少なくとも彼女の声色はとても優しく、眠ってしまいそうになるほど柔らかいものだ。


「鍵がかかった記憶もいっぱいあった。

 でも〜・・・きみは、それを決して忘れないように、何度も、何度も、鍵がぼろぼろになるまで反芻していたみたい」


 普段の俺なら、これらの話から相手の自己証明だったりがどんなものなのかを考察したりするものだが、今はどうにもそんな気にはなれない。

 というか、思考が固まってそれどころではないというのが本音。

 誰かから本気で全肯定をされたことがないものだから、俺は何をすればいいのかがわからない。


「ひとつ上・・・って言うとあまりお姉さんって感じは無いかもだけど〜、今はただ、きみのことを褒めたいの」


 恐らく、甘えてもいいのだと体が判断したのだろう。

 いつの間にか動くようになっていた俺の体は、無意識のうちにキクさんの背中に手を回し、弱いながらも力を込めて抱き返していた。


「・・・・・」


 誰かに見られているという状況なら、本来は遠慮してしまうものなのだろうが───ニアは論外として、ティアは恐らく、既に俺の心の内を把握してくれているだろう。

 べつに後ろめたいことがある訳でもないし、俺としても、個人的に嬉しい厚意を邪険にはしたくない・・・が、それはそれとして、恥ずかしいものは恥ずかしい。


「・・・ありがとうございます。

 でも、少し、恥ずかしいです」


 こういう所で言葉を濁してしまうのは、やはり他人との交流の経験値が少ないからか。

 そのうえ、体が密着しているせいで、キクさんと目を合わせて話ができない。


「あら、それじゃあ〜・・・体の調子は戻ったってことで、いいのかな〜?」

「・・・たぶん、大丈夫だと思います」

「そう〜。なら、もう手は離しちゃうね〜」


 キクさんの問いには肯定的に答える俺だったが、決して、精神面においては百パーセント大丈夫というわけではないのだ。

 なぜなら、原因に目星がついているとはいえ、全身から力が抜けたのは事実なのだから。

 今まで経験したことのない事象である以上、怖いものは怖いし、時と場所が許すなら、こうして安心できる相手に支えてもらったままでいたい。


「・・・本当に大丈夫〜?」


 ・・・いや、よくない。

 こんな情けない姿、親はおろか、弟にだって見せられやしない。

 この体になって、朝はしっかり起きれるようになって───暗い思考も、過剰な睡眠も、極度のアレルギーも、すべて無くなったはずなんだ。


「───はい。全くもって問題はないです」


 俺はキクさんを掴んでいた手を離し、ゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。

 生憎と俺には、こうした場面でフラッシュバックしてくれるような素晴らしい記憶は存在していないが───しかし、それでも、自分の中で決めた線引きくらいは守ることができる。


「そう、それならよかった〜」

「撫でないでください。恥ずかしいじゃないですか」


 これを言うには今更なことこの上ないのだが、調子を取り戻す為には致し方ない言い回し。

 調子を保つためにする言動が基本的にこんなものばかりだから、前世ではよく「可愛げがない」なんて言われていた。

 まあ、元より可愛げなんて持ちたいとは思っていなかったが。


「それじゃ、グレイアくんの調子が戻ったなら・・・これからの話をしようかな〜」

「これからの話?」

「うん〜。ティアちゃんの実力も加味した上で、グレイアくんの到達すべき点を決めたの〜」


 到達すべき点・・・と言うと?

 ナギとやり合えるようになれ、なんて言わないだろうな。


「・・・キクさん。私、グレイアの戦闘訓練は程々にしてほしいって言いましたよね」

「焦らないで〜?

 私がグレイアくんに求める到達点は「Bランク冒険者程度の実力」だけど、訓練は正面切っての戦闘以外の分野でやって行くから〜」


 よく分からないが、この会話の中の言葉だけで理解するとしたら───キクさんは戦闘における、物理的な技能じゃない何かを教えてくれるらしい。

 そしてその「Bランク冒険者」とはなんだろう。

 冒険者という職業はファンタジーではありがちなものだが、この世界でもやはり腕っ節こそ正義だったりするのだろうか?


「何事もなければの話だけど、だいたい・・・3日くらいかな〜?

 たぶん、ナギからも色々と教えて貰えるだろうし〜」

「かなり贅沢ですね」

「それくらい、転生者っていう存在は何かを左右しかねない代物ってこと〜」


 キクさんは変わらず、のほほんとした態度で言っているが、その内容はとても重要で、聴き逃してはならないものだ。

 これからこの世界で活動していく上で、転生者という概念の基本的な判断基準やその他貴族や一般の民間人からの印象などなど・・・今のキクさんの言葉を含め、把握しておかなければならないことが多すぎる。

 なんと言うか、転生者ってのはもっとお気楽に俺つええ〜ってできるものではなかったのか。


「それに、ちゃんと首輪をはめていますよ〜ってアピールしておかないと───大切なきみが、議会の爺どものせいで殺されちゃうかもしれないから」


 真面目な話・・・かと思えば、こんどは私怨たっぷりに、先程までの雰囲気からはガラリと変わった鬼のような威圧感を放つキクさん。

 言葉を区切ったところで表情と雰囲気は元に戻ったものの、ほんの少しだけの黒いモノが、彼女の周りを漂っている気がしてならない。

 俺ごときでも親しい人の死なんてものは何度も経験しているわけだし、戦いが当たり前の異世界で、かつ命のやり取りが絶えない職業に身を置いているのであれば───それ相応に、黒くなってしまう部分もあるだろう。

 内外問わず、黙認しなければならない部分もあるはずだ。


「まあ、それは言い過ぎかもしれないけど〜・・・万が一にでもそうならないように、頑張ろうね〜」


 あの威圧感で放った言葉が冗談なわけがない───と、そう判断した俺の脳みそだったが、その真偽を追求する勇気はない。

 今はただ、これからのためにも大人しく、彼女の言うことに従うだけだ。




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