4-7:フレームワーク
現代の知識で、新たなる体系を。
彼が作ったのは、フレームワークを同梱したアプリケーション。
さて、プロジェクトを開始してから一週間と少しが経った。
たまに魔物を狩りに出ては思った通りの挙動や効果をしているか試したりして、続けた結果は「まずまず」と言ったところ。
特段「良い」というわけではないが、悪くもない。
アマチュアが主導したプロジェクトにしては及第点だろう。
「じゃ、整理するか?」
「はい。ということは、これで完成ですか」
「目的は達してると思うし、一旦ってことで」
世界樹の上、今や便利な多目的フィールドと化した決戦場にて、俺とオルディは変わらず男二人で試行錯誤を続けていた。
とはいえ、骨組みはもう完成したと言っていい。
これ以上型を増やす必要はないから、ここで一旦打ち止めだ。
「先ずコンセプト、これは再三言ってることだな」
「殿下の戦法を簡略化し、技術の集合体として落とし込む・・・という内容でした」
「そう。それが大まかなコンセプトだ」
それゆえに、あくまで「剣術」という「ブランディング」をするに過ぎず、本質はオルディが最初に抱いた「技術の集合体」という感想と同義だ。
元の目的が「俺の名を廃れさせないため」である以上、ここは確実に抑えておきたい事柄でもあった。
そして今、俺はその目的を問題なく意識し続けている。
進行に異常はない。
「今ある型は全部で六つ。
それらは『基本』と『応用』で分類できる」
「最初の型より後は全て『応用』ですね」
「もっと言えば、基本を応用するための手本でもある」
俺の狙いを現代的に例えるなら、剣術の型という「アプリケーション」の中の最初の型に潜ませた「戦闘に対する価値観や狙い」を、ある種の「フレームワーク」として他の型で応用させること。
それがこの技術体系の真髄であり、言ってしまえば二つ目の型以降の型は全て、俺が提供する「フレームワーク」を元に作った「手本」なのだ。
だからこそ、初心者は真似をするだけで、既に心得のある者は過程を全てすっ飛ばして、俺の狙いに手をかけられる。
そのまま使ったっていいし、俺の意図する狙いのままに「フレームワーク」を用いて「アプリケーション」を拡張していってもいい。
目的を抜きにすれば、大枠は初期の初期に提案した「瞬間移動魔法の改良案」と何ら変わりないはず。
「だから正直、最初の型さえ使えれば他はどうだっていい。
逆に言えば、最初の型が使えない人間は俺の戦い方そのものが向いていないということ」
斬撃を飛ばすだけとはいえ、できない人間はいる。
流石に少数すぎて勘定に含めるべきではないが。
まあ、それは別口で拾っていく見立てはあるから、このプロジェクトが終わった後でやったっていい。
「・・・何より重要なのは、武器や状況、相手を問わないことです」
「だが、公表する必要はない。
広まれば自ずと表面化し、その分だけ知名度と信頼性は増す」
手を出す範囲は最低限に、しかし確実な手を選んでいく。
そのためのコネクションはあらゆる場所で得てきたのだ。
利用しないなんてナンセンスだろう。
「ところで殿下」
「うん?」
「名前、どうするんですか?」
ふと、オルディが問いかけてきた。
剣術の名前、それぞれの型の名前。
明確に決めている訳じゃないが、どの道決めなければならない事だから、まあ一時的にでも名付けておこう。
「・・・黒銀流、とでも。
気に入らなかったら後で変えるし、一旦はこれで問題ない」
「承知しました」
黒い銀の魔力で有名な俺が開発した剣術だ。
多少安直な名前を付けたところで、マイナスにはならない。
「てことで・・・」
「!」
魔力を解放し、空中に浮いて左手でハンドサイン。
意味を察したオルディは決戦場の中心を軸として対角線上の位置に浮いて剣を構え、俺の言葉を待つ。
「俺は少し本気を出す。
だからお前は、俺が行なう攻撃に対応しつつ───」
なんとなく思いついた技能を試験運用しながら、仮名「黒銀流」の完成度を見定める。
そのためには、俺も少し能動的に動かなければならない。
ならば言葉だけでなく態度で本気にさせる方法は何かと言われれば、それは俺が殺し合い以外で使わないような手を見せること。
手早く事を済ませるため、俺は振り返らずに空気と音の雰囲気からオルディの位置を察知し───真横に出現しながら口を開く。
「俺を、殺して見せろ」
「ッ!」
瞬時に魔力を解放して五つ目の型で水平の回転斬りを放つオルディから瞬間移動で距離を取り、背面斜め上で高度低めの位置から右手をオルディの方に向け、魔力を練らずに感覚で放つ。
テキトーに放った魔力の束は分裂し、それぞれが大きく弧を描きながらオルディへと迫るが、オルディはそれらを剣さばきだけで弾き飛ばした。
ちょうど隙に食い込むように放った一本の高出力ビームは振りかぶった一閃で軌道を分断させられ、オルディはそのままの勢いでくるっと一回転すると───以外にも、剣を俺目掛けて投げ飛ばす。
べつに殺し合いじゃないので乗ってやるとして、俺は固有武器をいつもの短剣に変化させると、飛んできた刃を瞬間移動の転移先でキャッチし、勢いをそのままに五つ目の型に放つオルディの斬撃を鍔で巻き込むようにして逸らし、あとは姿勢は変だが鍔迫り合いの要領で勢いを殺す。
すると瞬時に体勢を立て直したオルディが空中に簡易的なバリアを展開しながら鍔迫り合いを仕掛けてきたので、俺は浮遊魔法ではあるものの応じ、力の押し合いにもつれ込む。
「くっ・・・おおっ!」
「っはは・・・!」
踏ん張っているだけあって、魔力の出力で踏ん張っている俺とは違ってオルディには安定感があるし───何より、俺が上側にいるせいで体格含めて駆け引きは俺が少し不利。
仕掛けられないように工夫は凝らしているが、まあ停滞したままだと面白くないので、俺は口をパカッと開いてみた。
「っ!?」
その瞬間、恐らくは文字通りのゲロビームを警戒したオルディが武器をしまって高速移動をかまし、体勢を崩した俺に対して全身消し飛ばす勢いのビームを左手で照射。
やればできるじゃんと思いつつ、角度をつけたバリアでビームのベクトルを一部分だけ逸らしながら、ちょっとだけ空いた隙間から飛び出して基本の型をビームの根元あたりにぶち込んでみた。
すると試験運用中の技能が背中を刺す感覚がしたので、振り返りながら基本の型をもう一度放つ。
だが残念、ヒットはしたが分身であり───ということは、オルディは自分の行動は読まれると判断し、三つ目の型で回避行動を取ったということだ。
まあ、三つ目の型の特性とオルディの技能の習熟度を考えれば、俺みたいに視界外のトンチキな場所に移動先を予約することはできないと考えるべきだろう。
だから、必然的にオルディの移動先はセオリー通り。
「っ・・・」
「良い使い方だ」
振り返りざまに基本の型を構えてみれば、思った通りに六つ目の型が短剣の腹に着弾した。
しかしオルディは次の手を考えていたようで、刃に込めた魔力を解放して霧散させた俺に対して、二つ目の居合の型で一直線に突っ込んでくる。
それをひょいと回避した刹那、もう一度、刺すような感覚が背中を襲い、俺は振り返りながら数歩分の回避行動を取った。
オルディが振るった揺らめく刃を回避したと思ったが間に合わず、俺は左肩から右脇腹にかけて服を貫通した傷を負う。
「!」
吹き出す血を見て零れる笑みを我慢しながら、追撃として斬撃を放ったオルディから瞬間移動で距離を取り、俺は武器をしまって両手をゆっくりと挙げる。
「・・・終わり、ですか?」
すんなり満足した俺に驚いたのか、珍しく困惑しながら武器を下ろすオルディ。
心外とは言わないが、ここ一週間で好き勝手にやり過ぎたか。
戦うこと・・・というより「楽しいこと」が大好きな俺でも、こういう時くらいは節操ある判断ができる。
たぶん、ティアとの殴り合いが足を引っ張っているのだろう。
自分でも少しやりすぎたなあと思ってるし。
「知りたいことは知れたし、改善すべき点もまあ色々と。
そのうちの殆どは改善する必要がないものだけどさ」
あとは試験運用した技能だが、これは燃費が尋常じゃなく悪いという欠点をどうにかすれば使えるようになるだろう。
素の身体強化(魔力の解放による体内循環機能の強化)よりも魔法での身体強化の方が効果が高いのは確実だから、遠距離の脅威を察知する必要が無い前線職にとって、この技能は良い選択肢になる。
とはいえ、これは別の話。
また今度考えよう。
「ということは、このまま完成・・・と?」
「そうなるな。大きな欠点とかはなかったし」
広告塔にする人物はもう決めてあるから、世間話がてら教えて回るのも良いだろう。
これについては、教本とかを執筆するついでに考えることだから、一旦後回し。
それより今は、目の前に聳える壁がある。
「・・・・・ただ、な」
「?」
俺にしては珍しい表情で言い淀んだためか、オルディはこちらを向いたまま、なんだか心配そうな表情をしてしまった。
そんな重要なこと・・・いや、重要ではあるのだが。
今までの内容からすれば、かなりしょうもないこと。
「技名と流派の名前、どうしようかなと・・・・・」
「・・・もしかして、殿下って」
目を逸らしながら零した言葉の雰囲気から察したのか、めちゃめちゃびっくり眼で固まるオルディ。
わざわざ言うのは恥ずかしいが、言わないと仕方ないので、目を逸らしつつ言ってみる。
「・・・・・命名、自信なくてさあ」
よく使う技の「虚無すら食らう悪食」とか、一度しか使ってないけど「虚無すら飲み込む災禍」とか、正直な話をすれば───こういうのは「その場のノリ」で叫んで命名して、分かりやすく設計しただけである。
もちろん俺にとっての理解しやすさが重視されているので、ノリにノった時はカッコイイと思えるが、素のテンションで言えとか言われたら耳を赤くする自信があるくらいには恥ずかしい。
「・・・意外な弱点ですね」
「本当にできない人に比べたら幾分マシなんだけど、何せ俺自身が命名に納得できないことが多いんだよ」
「ですが、こればかりは命名は殿下でないと」
うだうだと屁理屈こねて回避できないかなあと目配せしてみると、オルディは見事に俺の期待をぶった切りやがった。
背中を押すどころか、蹴り飛ばす勢い。
「・・・・・いつも通りでいっか」
不満だが、仕方ない。
戦闘中みたいなノリで技名を出力すれば良いだけだ。
「・・・はあ」
ため息がてら息を整え、集中。
複雑なことをする必要はない。
「一つ目、残響・地平の飛雨。
二つ目、居合・雷火の瞬き。
三つ目、詐術・煌めく幽影。
四つ目、延伸・揺めく光輝。
五つ目、瞬撃・轟ろく旭日。
六つ目、反響・尖点の時雨」
とりあえず、名前の出力だけはできた。
上から順に型の特徴を一言で言っていくと、基本中の基本の飛ぶ斬撃、バリアを足場にして空中でも溜められるタイプの居合切り、簡易的な分身と位置を入れ替える回避技、刃に魔力を炎のように纏わせてリーチとか太刀筋を誤認させるカスの技、ほぼ特色がないシンプルな回転斬り、飛ぶ斬撃のアレンジの仕方のお手本として技にした即着弾の飛ぶ刺突。
技名である程度は推測できるようにしてはいるが、どうせ教本だと挿絵とかで誤魔化せるし、無理に寄せる必要もなかったかなあとも思う。
とりあえず、語感が綺麗に揃っただけでヨシ。
苦手分野でもやり切っただけ偉い。
「・・・以上。流派は変える必要なし!」
「つまり、黒銀流のままで行くんですね」
「ちょっと納得できないけど仕方ない。
これ以上悩んだって俺の脳みそは出力のクオリティ上げてくんないから」
切実な願いであっても、決めたものは決めた。
ならば自分で意識をぶった切って、次に移らなければ。
「ってことで、あとは媒体を作るだけだな。
王宮にアーカイブ関連の設備は?」
「あります。すぐに用意を」
「頼んだ」
ある意味、ここからが本番だ。
教本に動きを記し、アーカイブで動きを録画し、言い方は悪いが「広告塔」として決めた人物に先行して渡す。
労力は半端ないが、ここさえ乗り越えれば配布できる。
目的までは、あと少し。
人も増やすつもりだし、ここが正念場だ。