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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
三章:災禍を滅ぼす虚無の躍進
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幕間:過ぎた戯れ

 美しくもあり、恐ろしくもある。

 ただの暇つぶしが、威厳にすら繋がっていく。

 それは先代から受け継いだ、ある種のアドバンテージ。




 



 音を超えた速度でぶつかる度、空気が大きく揺れる。

 たった二人の人間が、しかも拳だけで戦っているにも関わらず───その余波は、フェアリアにいるほぼ全ての人間を釘付けにした。

 無論、それは二人の直下付近で魔法の練習をしているオルディも例外ではない。

 黄金と黒銀、二つの色が織り成し、弾けるコントラスト。

 迫力満点の音と合わさり、二人の威厳は増していく。


(・・・陛下が仰っていたのは、こういうことだったのか)


 即位初日、女王たるティアの口から出た言葉。

 それは「王配であるグレイアと定期的に殴り合いをする」という、あまりにもトンチキすぎる内容だった。

 しかし、オルディはその身で実感したのだ。

 響く音が腹の底まで響き、輝く魔力を目に焼き付けながら。

 剣は手から零れ落ち、練っていた魔力は散逸していく。

 ただ只管に、目の前の「美しさ」を求めて。

 彼の全てはもう、動けない。


「グレイア!」

「ッはははは!」


 空高く、二人は空気を揺らしながら殴り合う。

 女王の闘志は燃え盛り、王配の気分は最高潮。

 避け、受け止め、殴り、蹴り。

 二人だけの時間は、二人だからできるスピードで進行する。

 接近する度に拳を交え、回避行動を取れば逃がすまいと追撃し、再び接近すればまた拳や蹴りを打ち込む。

 グレイアが瞬間移動でティアの背後に回り、それを読んだ彼女が打ち込んだ振り返りざまの右ストレートを彼は右脇にすかし、その勢いで拳を顔面に叩き込もうとした彼の動きを彼女はさらに読み、顔の位置を少しずらしつつ姿勢を調整しながら腕を背負って投げ飛ばす。

 姿勢制御はせず、投げられて乱れた姿勢のままで瞬間移動をしたグレイアを待っていたティアの裏拳薙ぎ払いを軽々と回避した彼の背中にぴったりとくっつく形で起動した爆発魔法は、彼の咄嗟の干渉によって無力化されながらも彼女の逃走を助け、追いかける彼に向かって彼女は多数の爆発魔法入り炎魔法を打ち込んでいく。

 周囲が弾け、爆風が鬱陶しいとすら感じる彼が取った策は、彼女を狙ってランダムな角度から短距離集中型のビームを放つこと。

 飛行しながら爆発魔法を避ける中で、彼は空間把握能力を最大限に発揮し、逃げる彼女を妨害するように一定の距離のランダムな角度からビームを照射した。


(これは・・・厄介・・・・・な)


 彼女自身、自動的に回避が可能な能力を持っているとはいえ、どんな環境や状況でも無条件で無限に回避を続けられるわけではない。

 無論、彼女の能力の弱点は彼に把握されている訳だが、対策を意識したところで逆効果。

 今の状況で彼女を脅かすのは「接近」という要素だけだ。


「っはは!」


 笑いながら飛び出してくる彼の姿に惑わされず、拳を打ち込んだティア。

 普段なら分身が・・・という状況だったところで、今度は何やら様子が違うと、グレイアの頬に打ち込んだ右の手を引っ込めようとしたその時だった。

 彼女の拳を彼の頬が飲み込んでいく。

 まるでスライムのように、ずぶずぶと。


「!」


 異形化を厭わず勝ちを狙う彼に、彼女が選んだ次の手はひとつ。

 自由なもう片方の手で彼の方を掴み、逃がさないと目をギラつかせながら走らせる、黄金のスパーク。

 盗み得た彼の十八番を、すぐさま解き放つ───と、意識した刹那、彼女の体はぐっと引き寄せられる。

 それは、彼女を動揺させるためのチンケな策ではない。

 確実な勝ちへの一歩を、踏まれてしまった。


(しまっ・・・てない! まだ脚が空いている───)


 攻撃でなければ回避は発動しない。

 万能に思える彼女の能力には、この縛りがある。

 多少の無茶は効かせられる彼女の能力でも、攻撃として意図されていないものは自動的に回避ができないわけだが───ここは性別の優位点を突いていく。

 自由になっている脚を使い、グレイアの股間を膝で蹴る。

 シンプルな、しかし手痛い一撃。


「ッ!?!?」


 怯んだのは一瞬であっても、その一瞬が産んだチャンスは大きい。

 あまりにも玉が痛すぎたグレイアは、瞬時に背後に回ったティアのダブルスレッジハンマーに対処できなかった。


「ぐあッ───」


 顰めっ面のままで地面へ直滑降なグレイアを追って、ティアも自分から速度を付けて直滑降。

 二人は頑丈ゆえ、落下くらいで死にはしない。

 だが、グレイアはそれどころではないのだ。


「ちいっ・・・っぶねえ・・・・・!」


 ティアの落下攻撃を寸前で回避し、バク転で後退したところを迫られて拳での追撃をくらうグレイア。

 めちゃめちゃ痛む股間に脂汗を垂らしながらも、しかし近接戦闘の───とくに地上戦においては、体格で勝る彼に分があるのは変わらない。

 瞬間移動でティアの後ろに回ったグレイアは、お得意のブラフで不意打ちをかまそうとしたが、初見殺しの色が強めの手段であったため、間近で見てきたティアには通じず。

 手四つの力比べまで持ち込めたところで、ティアはまずったと気がついた。


(・・・押し負ける)


 そう、ここは地上だ。

 体格差をほぼ無視できる空中ならまだしも、ここは地上であり───互いに踏ん張りが効いてしまうがゆえに、体格差が戦闘力に強く影響してくる。

 いくら筋力が強い彼女であっても、強化しつつ体格も勝る彼に、一瞬でも片足で立ち向かおうなどというのは自殺行為。


「く・・・くっ・・・・・!」

「かあっ・・・・・!」


 だが、手段はある。

 足場を無くすという、魔法の技能が突出した彼女と、その目の前にいる彼にしかできない方法が。

 しかし、二人揃って可能ということは、二人とも同じ手を思考に入れているということ。

 感覚的にはガンマンの早撃ち勝負に近い。

 どちらが早く、正確に行動できるか。


「─────」


 瞬間、二人を中心として半径五メートルの範囲の地面が深く抉れ、二人の身体は一時的だが空中に投げ出される。

 最初に動き、下になったティアは瞬間移動でグレイアの背後に回るが、同じく瞬間移動して姿勢を上下反転させたグレイアの対応は追いつかず、拳を空振ると同時に頭を掴まれて全力の頭突きを顔面にくらってしまう。


「ぎっ・・・!」


 悲鳴をあげながらも魔力を放出して防御態勢を取りながら、再び瞬間移動して彼女の背中を狙った彼の拳を避け、横っ腹にかまそうとした脚を掴まれながらも炎魔法を彼の顔面にぶち込むことに成功。

 お返しとばかりにぶん投げられながらも再び魔法を放ったことで、彼女は受身を取り損ねたものの、対するグレイアをクレーターの反対側へと吹き飛ばした。


「うぐっ・・・くっ・・・・・っはは」

「ふう・・・ふっ・・・・・ふふっ」


 クレーターを中心として対角線上に放り出され、地面に転がった二人は、その泥臭い殺し合いに興奮を隠しきれずに笑いながら、ゆっくりと立ち上がって睨み合う。

 黒い銀色と煌めく黄金の魔力が、じわじわと広がり、燃えるようにそれぞれの身を包む。


「ぺっ」

「ふん」


 かたや口の中の血を吐き捨てて、かたや鼻血を押し出して腕で拭って、それぞれが拳を深く握って格闘の構えを取る。

 首から上が焼けて口から血を垂らす王配と、泥まみれで鼻から血を垂らす女王。

 あまりにも豪快すぎる二人の圧力に、少しの沈黙が走ったその時────二人の足元に、白い閃光が走った。


「「!」」


 何かを察し、直上に瞬間移動した二人。

 そんな二人が居た場所を見ると、閃光とともに出現したであろう白い針が、それぞれの立ち位置を埋めつくしていた。

 これを見て構えを解く二人に、どこからか声がかかる。


「まったくもう。やりすぎっすよ二人とも・・・」


 声の方向を二人が見てみれば、その声の主───白を基調とした細くて長身の悪魔っぽい何かは、ため息をつきながらクレーターの中央の、地面があったはずの場所に浮いていた。


「・・・グリム」


 グレイアが名前を呼び、反応するグリム。

 ぴくりと動いた角のような耳はどこか不機嫌そうで、グレイアは少し言葉を躊躇った後、遠慮がちに言葉を続ける。


「いや、だって『そのうちやるよ』って言ったじゃん」

「・・・・・ふうん。じゃあアネキは何か言い訳あるんすか」


 いつも通り、事が事であるがゆえに最初は非を認めないグレイアを確認したグリムは、すぐさまターゲットを変更。

 余計なやり取りをしないよう、二人の過ぎた戯れを叱りにかかる。


「・・・二人だけの時間くらい、好きにしたっていいじゃん」

「やり過ぎだって言ってんすよ。

 我の言いたいこと、わかるっすか?」


 彼女とて、普段であれば介入したり叱ったりすることはない。

 むしろ年少者として付き合う側だし、見たり、聞いたりして技術を盗もうと躍起になることだってある。

 しかし今は違うし、実際、出立間際のニアから二人を警戒するようにと言われた彼女は、心を鬼にして言葉を続けていく。


「そもそも、アニキは何をする時間っすか?」

「・・・俺主導のプロジェクトを進める時間だけど」

「優先順位、違くないっすか?」


 たじたじになる二人に、グリムは少し呆れながら言う。

 可愛がっている子供が叱ってくるという状況にしょんぼりする二人に、どこか可愛いなと感じながら───逆転した関係に、ほんの少しだけ()()()とする感覚を覚えながら。


「・・・・・ごめんて」

「・・・やっちゃダメとは言ってないっすよ。

 でもなんか、アネキも含めてはっちゃけすぎっす」


 とはいえ、いつもの事ではある。

 違う点があるとすれば、本来であれば手綱を握り合う仲であった二人が、性格ゆえに制限からの反動で手綱を放棄したこと。

 それと、二人が暴走し始めた時の諌め役であるニアが仕事のために国から出て言っていること。


「こういうのは、ちゃんと休みの日にやってくださいっす。

 軽いとはいえリスクを放置したままやんなって話っすから」


 彼女からしてみれば、初めての役割である。

 最終安全弁───とまでは行かないが、ある種の諌め役。

 ちょっとマズイなというラインを見極める、重要な立場。


「へい。善処します」

「ごめんね。グリム」

「・・・ほんとに分かってるんすかね」


 しかし「可愛い子供」として見られていることには変わりないので、彼女の気苦労は終わらない。

 かつては心配で、今度も心配で。

 ニアと揃って、グリムは二人を気にかける。



 ▽ ▽ ▽




 さて、どうにも叱られてしまった。

 まあ互いに土まみれだったり血を出したりで、当代の女王と王配には思えないワイルドっぷりだったから仕方なくもある。

 少しはっちゃけ過ぎたようだ。

 次やっちゃいけない時期にやるんだったら自分で異空間を作って、その異空間で殺り合うのもアリかもしれない。

 殺り合うとはいっても、単なるスパーリングだけど。


「殿下」

「おつかれ」


 俺が帰ってくると、オルディは魔法で空気の椅子を作って礼儀正しく座って待っていた。

 近づいて話しかけると立ち上がり、頭を下げて挨拶。

 それと同時に椅子が消えて、なんだか律儀だなと思ったところで、首を傾げたオルディが口を開く。


「・・・陛下はどちらに?」

「グリムに引き摺られてった。仕事だってよ」


 淡白に返答すると、オルディは頷いた。

 俺達が戦っている間に何をしていたのかは知らないが、そこまで不思議がっているわけでもなさそうだ。


「それでどう? 魔法は覚えられたか?」

「はい。滞りなく」

「よろしい」


 ティアと戦う前、俺はオルディに幾つかの基礎的な魔法を学ぶように指示していた。

 いつも俺が使っている戦法を大衆が使える範囲に落とし込むための、代替や補助となる魔法郡。

 優秀なオルディがこの短時間で学び切れない量であった場合は魔法のリストそのものを見直すつもりでいたが、そのつもりはなさそう。


「不必要だと思った魔法から除外してくから、まあ、学んだ分は無駄になっちゃうけどそのつもりで」

「承知しました」


 それと、あくまで「代替や補助のため」という目的がある以上、学ばせた魔法のうちの幾つか───というより殆どは使わない可能性が高い。

 魔法というのは確立された魔法ひとつで幾つもの役割が可能な代物だから、基礎の魔法や簡単な魔法は更に役割が広い。

 オルディとしても、元から使える魔法は多かったようだし。


「じゃ、始めるか」


 コンセプトは決まっているし、なんとなく設計図もある。

 骨組みを組み立てるまで、そこまで時間はかからなさそうだ。




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