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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
三章:災禍を滅ぼす虚無の躍進
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4-3:旧知ゆえの錨

 偽りの自分の中にある、本当の自分。

 異世界にかぶれた自分を、脱ぎ捨ててこそ?

 否、選択肢は一つじゃない。




 



 久しぶりに会う人と腰を据えて話す機会というのは、いつだって嬉しいものだと思う。

 でも、今回は色々な意味で具合が悪い。

 だからこそ、話したいのだけれど。

 喫茶店の一角にて、先輩はアメリカーノで俺はカフェラテ。

 ちょっとした遮音魔法を張りつつ、先輩と話す。


「死にたくない、ですか」

「・・・ダサいでしょ?」

「気持ちはわかりますよ」


 先輩の吐露した言葉に、俺は肯定せざるを得ない。

 前世なら冗談めかして言ったろうけど、今回は違うし。


「・・・・・俺だって、好き好んで死にはしない。

 人である以上、慣れちゃいけませんから」


 先輩曰く、死んでいい身体であっても死ぬのは怖いそうだ。

 俺としてもそれは同じだし、別の意味でも「死ぬこと」によって自分にどんな影響があるかが分からないから怖い。

 何より、死に直面しても何も思わなくなった時が怖い。

 頭の中が人じゃなくなったような気がするから。


「君も私も、もう人じゃないよ」

「人でしょう。譲りませんよ、そこは」


 先輩は俺の言葉を訂正するように言葉を返してきたが、俺は断固としてそこは譲らない。

 きっとそれは、俺自身の考えだけでなく───非日常を日常にした張本人たる暇神様が、自ら「元は人間」とわざわざ言うくらい、人に近い存在だったからなのだろう。

 だから俺は、あくまで「人の身で天使の力を持った存在」であると自認し続ける。


「世界を滅ぼせる力があったとて、中身は人間です。

 ちっぽけな蟻が、大地をも喰らう力を持っている。

 本来であれば不自然極まりないことですから」


 自己認識なんて、余分にデカくなければなんだっていい。

 小さくあればあるほど、敵の反応を愚かしく思える。

 でも、先輩はそんな俺の考えが理解できないようだ。


「・・・何が言いたいの?」

「俺達は人なんですよ、先輩」


 眉間に皺を作り、俺に鋭い目線を向ける先輩。

 変わらず言葉を続ける俺に、先輩は唇をきゅっと噛み締める。


「・・・・・人でなくちゃいけないんです」


 そして続いた俺の言葉に、先輩は両手で顔を覆った。

 続いて小さく、籠った声でわざとらしく呟く。


「・・・そっか。そうだもんね、君はそうだ」

「はい?」


 意図が理解できなくて聞き返す俺に、先輩は顔から手を話すと、コーヒーを少し啜ってから言葉を続ける。

 今度はとても、悲しそうな表情で。

 いやに辛く、気持ちが悪い。


「私と違って、殺し殺されの世界を歩いてきたんだもんね。

 私みたいにぬくぬくと、神に教えを乞うたわけじゃない」

「なんで先輩が自分を卑下するんですか。

 単に俺が例外(イレギュラー)だっただけの話ですよ」


 途中までのレールを敷いたのが神様だとしても、その道を歩み続けたのは俺達の意思であることに変わりはない。

 ゆえに俺は、俺にしては珍しく他者からの評価である「例外(イレギュラー)」を受け入れた。


「だからこそだよ。君は一度、全てを見直さないと」


 きっと先輩は、異世界での俺の過去を知っている。

 前世での俺だけじゃなく、この世界での俺も。

 だからこそ、そんなことは───俺自身が、他でもない俺が、最も最重要視すべきだと思っている。

 なのにできないから苛つく。

 上手くいかなくて、苛つくのだ。


「・・・・・ンなこと分かってんですよ」

「・・・だよね」


 反射的に出てしまった反抗的な言葉を、先輩は素直に受け止めてしまった。

 気がついたら薄らと背中を這っている罪悪感はこの際無視して、俺は思いっきり言葉を吐き出す。

 いっそのこと、肺の中の空気を全て吐き出すつもりで。


「ここで初めて、記憶が統合された皺寄せが来てるんです。

 空閑 葛(くが かずら)としての俺と、グレイア・ベイセルとしての俺が、よくわからない位置でせめぎ合ってる」


 初期の初期からある時限爆弾だったのは確かだ。

 でも、俺は当初の「グレイア」の記憶に救われたことは多々あったし、その「グレイア」の存在によってティアとの関係に多少のゴタゴタもあったが───最終的には感謝をしていた。

 今になって、起爆するとは思わない。

 自分の輪郭がぼやけて、自分がわからなくなる。


「俺は可能なら、空閑 葛(くが かずら)でありたいのに。

 血に塗れた身体じゃなく、ただの青年として生きていたかった」

「・・・でも、その道を選んだのは君でしょ?」


 そう、そうであっても、違う。

 正しい選択ではあったとしても、違う。


「・・・・・だから、先輩と話をしたくなったんです。

 先輩は、どうですか?

 前世の自分でありたいと思いますか?」


 ここに来て、初歩的な疑問を抱いたのだ。

 自分じゃない誰かの、でも身近な人の、考え方を知りたいと。

 我儘で安牌で恵まれた答えを、求めてしまった。


「私だって、可能なら天沢 凛(あまさわ りん)でいたいし、君の凛先輩でいたいよ。

 でも、もう選んだ道だからね」


 そんな先輩の答えは、確実な決意に満ちたもの。

 揺らぎ躓く俺とは違う。


「・・・それに、選ぶしかなかった君は、私とは違う。

 だから、このカウンセリングは私じゃなくて、もっと近い境遇をしてる君の奥さんとするべきなんじゃない?」


 でも、提案が的外れなのは先輩らしい。

 直接的には言わないけど、そんなこと出来るわけがない。

 今の俺の居場所は、ティアと一緒に居るべき場所だ。

 だから、今の俺を否定するということは───とどのつまり、今までティアとともに歩んできた「俺」を否定することになる。

 関係性そのものの否定に等しいのだ。

 そんなの、誠実じゃない。


「・・・・・だったら教えてくださいよ、()()()

「っ・・・」


 呼び掛けに応え、詰まる先輩。

 漏れ出た昔の呼び名に、震える身体。

 先輩だって、動揺している。


「俺は・・・どんな人間でしたか・・・・・?」


 可能なら、先輩を頼って泣き出してしまいたい。

 でも、それができないから解決したい。

 微かに残った矜恃(プライド)か、揺らぐ理性を支えてくれる。


「戻りたい?」

「・・・戻りたいんじゃなく、そうでいたい。

 忘れたくないと、俺は欲をかくんです」


 何よりも重要なのは、俺は過去に戻りたいわけではないことだ。

 俺は戻りたいのではなく、その時の俺でいたい。


「幸せな今を、底抜けに幸せだった頃の人格で。

 血に染った俺じゃなく、好奇心に溢れて視野が広く純粋だった、あの頃の俺で過ごしたい」


 少し夢を見すぎてしまっているかもしれないが、今の俺にとって、()()()()()()()よりも()()()()()()()が不安なんだ。

 依然として、選択そのものは間違っていなかったと確信している。

 でも、その選択をした自分は本当に、地続きの自分なのかと。

 本当に不安で仕方ない。


「そう、願ってしまう。

 欲深い願いだとは、分かっているんですけど」


 だから、地続きである証明が欲しくて俺は俺を求める。

 かつての俺になれたなら、選択した自分が本当に自分だったかどうかというのが、理解できると思うから。


「・・・・・すいません、やっぱり。

 本音はあまり出すもんじゃないですね」


 漸く気持ちが落ち着いて、コーヒーに手を伸ばす。

 苦味は苦手だけど、背伸びをすると心が安らぐ。


「大丈夫なの? カズくん」


 先輩も、何故か俺を昔の名前で呼ぶ。

 その通りに見えているのだろうか、それとも気を使われているのだろうか。

 どちらにせよ、気持ちは浮かない。


「・・・はい。でも、心配はしてください」


 だから、先輩にはどうしても本気で強気には出れない。

 前世では好きだったからだけど、今世ではよくわからない。


「大切な後輩でしょう、俺は。

 せめて記憶は・・・薄れさせません」


 もしかしたら微かに、恩を感じているのかも。

 この世界で俺を空閑 葛(くが かずら)として見ることができるのは、きっと先輩だけだから。


「俺達は互いに、錨みたいなものですから。

 ほんと、不本意ではありますが」

「新しい思い出で〜ってのはダメ?」

「だめです。それだけは」


 大概、俺は先輩が好きなままだ。

 ベクトルはかなり変わってしまったけど。


「記憶に関わる力を、あんたが使わないのと同じです」

「・・・バレてた?」

「はい」


 拘って、縛って、人であり続ける。

 繋がりは絶やさず、豊かでいたい。


「でも、安心してください。それは俺も同じですから」


 コーヒーを全て飲み、立ち上がる。

 魔法は解かずに、振り返って。


「互いに人間で居られるよう、頑張りましょう」


 カッコつけて立ち去ろうとした、その時だった。


「・・・・・待って!」


 急いで立ち上がったであろう先輩に腕を掴まれて、振り返る。

 彼女の顔はどうにも、俺の()を見ていた。




 ▽ ▽ ▽




 逃がすもんかと、私は思ってしまった。

 もう好き合った仲でもないのだからと、少し躊躇ったけど。

 どうしても、今回ばかりは素直に返す訳にはいかない。


「・・・・・待って!」


 腕を掴み、彼を見る。

 強がるしか能のない馬鹿の目を、じっと見て。

 隠しきれない弱さを、私は知っているのだから。


「・・・なんですか、カッコよく出ていこうとしたのに。

 台無しですよ。これじゃあ───」

「カズくん。君は・・・どうして」

「はい?」


 私が言葉を選ぶ間に、彼は圧を込めて聞き返してくる。

 言葉を遮り、話を通したことにではなく───私が今から話すことを警戒してのことなのは確実。

 表情が変わり、私に向ける視線は針のように鋭くなった。


「・・・どうして、そこまでしたの?」

「・・・・・どういう意味です?」


 本当か、わざとか、理解できていないふうな彼は席につきながら私に聞き返してきた。

 彼の身体からは僅かだけど黒い銀色のオーラが滲んでいて、本人は気付いていないところで相手を威圧するような本能が働いている。

 私の目が腐っていなければ、少なくとも意図的ではない。

 しかし、だからこそ質が悪い。


「何のために、ここまでやったの。

 何か目的でもないと・・・あそこまで必死にはなれなかったはず」


 私は続けて問いかけた。

 答えを引き出すのではなく、引っ張り出すように。

 既に私は、この世界に来てからの彼の過去を知っている。

 だから、彼の本音を聞かなければいけない。


「・・・平穏に暮らしたい、と。

 誰も彼も、異世界じゃそうやって考えるでしょう」

「・・・・・スローライフってこと?」

「はい。何か問題でもありますか?」


 スローライフというと、多くの転生者が望む未来だと私は聞き続けてきた。

 私の「想起の天使」としての直属の上司にあたる「理想の神」は、彼の現在の上司・・・かはわからないけど、転生者としての担当ではあったはずの「虚無の神」と対になる存在。

 虚無の神は今回の件を除き、ほとんどの場合は転生者絡みの案件に手を出さないけど、私の上司は違う。

 理想の神の名の通り、上下問わず様々な存在から「理想」を聞き、場合によっては叶えたり叶えなかったりする神様。

 だから部下である私は、よくその「理想」を見聞きする。

 その「理想」へ至るまでの、具体的な手立てについても。


「なら、なんで人を殺さなきゃいけなくなったの?」

「やらなければならない状況だったからです。

 それに、俺自身を守る意味合いもあった」


 ゆえに、私は疑問を口にした───のだけど、彼はどうにも虚無の神が例外(イレギュラー)と定義するとおり、有象無象の転生者とは格が違う。

 普通、スローライフなんてものは凝り固まった理想の産物。

 そこへ至るまでの具体的な手立てなんて普通はないし、あったとしても見立てはスッカスカ、もしくは「現実から逃げたい」という感情が透けて見えることが多い。


「・・・・・なんで、強さを誇示したの?」

「必要だからです。俺は『中立』になりたかった」


 でも、彼は明らかに違う。

 そもそも、彼は平穏な生活・・・もとい「スローライフ」を、目標ではなくある種の「結果」として見ているのかもしれない。


「・・・『中立』?」

「どこに与するでもなく活動していて、確かなことは、敵にすると人的資源を的確に削ってくること。

 誰にも縛られない、地球のとある国のような」


 何も考えない馬鹿なら具体的な過程には至らないし、逃げたいと思ってスローライフを目指す腰抜けなら、きっと「人を殺す」ことを必須事項には入れない。

 地球におけるスイスのように、手を出した時点でメリットよりもデメリットが勝る存在になることを、彼は望んでいる。


「その『武装中立』のために、君は代償を払った」

「まあ、そうですね。言い方を変えればそうです。

 今の悩みは、その行いの皺寄せかと」


 否、望んでいる・・・と言うと、少し違う。

 彼は既に、その地位を勝ち取ってしまったのだ。


「・・・あのさ」

「はい」


 ひどく過酷で、決意を要する、運が良い道程だった。

 整理すればするほど、どうして今の彼がここまで不安定なのかが理解できてしまって、不快な気分になる。


「・・・・・本末転倒だとは・・・思わなかったの?」

「・・・何がですか」


 すっとぼけた顔ではなく、不満げに問い詰めるような表情。

 本気で目を逸らし続けた結果が君のその状態だと言うのなら、私はもう、みすみす君を逃がせない。


「だって、そんな・・・さ。

 いざと言う時だなんて、ぜんぜん穏やかじゃないじゃん」

「許される立場を選ばなかったのは俺です。

 俺の存在を確立させるには、仕方のない選択だった」


 昔からずっと、ピンチにならないと本気を出してこなかった君は、常に本気を出さざるを得ない状況に慣れていなかった。

 それが間違いだと言うのなら、私がするべきことはひとつ。


「それが本末転倒だって言ってるのがわからない?」

「・・・失う可能性を無視しろと?」

「無視しろなんて言ってないよ私は。

 他のところに目を向けようよって言ってるの」


 彼を正攻法で論破するのは難しい。

 でも、私なら他の人じゃできないことが、彼の心の奥底を揺さぶることができるから───その隙に、彼の本音を引きずり出す。

 正直に言えばズルいやり方かもしれないけど、大切な後輩の心を救うためなら、プライドなんて捨て去ってやる。


「今のカズくんで、どうやって穏やかに過ごすの?

 結果だなんて、その結果はいつ来るの?」

「いつか。でも今は、目を向けるべきじゃ───」

「目を逸らさないでよ。私を見て、お願い」


 相変わらずよく回る舌が言葉を言い切る前に、私は強く、大きく彼に言葉をぶつける。

 私にしては珍しい声色と声量に一瞬だけ怯んだ彼だけど、すぐにスンとなって口を開く。


「・・・見てるじゃないですか」

「そうじゃない。よく聞いて」


 気がついて、表情が曇った。

 あと少し、もう少し彼を言葉で殴る。


「君はもう、とっくに壊れてるの。わかってる?

 私は先輩だから、ガッツリ言うけどね。

 君はもうとっくに、壊れちゃってるの」

「・・・下手な冗談ですね」

「黙って」


 強い言葉で否定すること。

 共感すればするだけ、逃げ道を増やすことになる。

 今この世界で、正面から否定してあげられるのは私だけ。


「失礼だけど、君の奥さんも同じ。

 二人揃ってぶっ壊れて、吹っ切れたから治ったように見える」


 事の経緯を見れば、あの子(ティア)だって精神性が正常かはとても怪しい。

 もしかしたら、私が知らないだけで二人は既に共依存だった・・・なんてことも十分に有り得る。

 仮にそうだとしたら、今の不安定すぎる彼では転んだ彼女を支えることなんて絶対にできないはず。


「何言ってんです」

「度が過ぎたんだよ君は」


 少なくとも、今の輪郭すら不安定な状態からは脱却してもらわないといけないうえで、それは過去を知らない彼女じゃ不可能。

 だから彼には、今すぐ傷を露出してもらわないといけない。

 泣いて喚いても構わないから、さっさとすっ転んでほしい。


「・・・・・きちんと向き合わないと、平穏なんて来ないから」


 きちんと断言して、彼の意識に私の意見をねじ込む。

 そうだね、そうだねと共感するんじゃなく、思いっきり正面から否定する。

 そうしていけば、今の彼なら勝手にボロを出していくはず。


「・・・でも、俺は逃げられる立場じゃないんですよ」

「じゃあ受け入れるしかないんじゃないの」


 最後まで退路を絶ってきたのはきっと、彼なりの責任の取り方だったのかもしれないけど───私に言わせれば、それで本人が押しつぶされてしまえば本末転倒なんだから。

 変わったくせに一丁前に昔のままのつもりで、やれ責任だ、やれ立場だのと余計な重圧を背負い続けたツケ。

 言い換えれば、自己犠牲なんて似合わない考え方を、長期的な利益という目隠しで見ないふりをし続けた末路でしかない。


「変わったんだよ、君は。

 異世界にかぶれたんじゃなく、変わるしか選択肢がなかった」


 前に会った時、私は気付いても行動はできなかった。

 でも今は気持ちの整理がついて、前に会った時から変わったけど変わってない彼の、根っこの部分を切り取ることができる。

 圧迫されて腐ってしまった部分を、もはや彼にとって毒にしかなり得ない部分を、私の手で切除する。


「答えが見つからないのなら、付き合っていくしかない。

 忘れたくないのなら、尚更そうだと思うけど」


 否定して、代替案を提示すれば、彼は勝手に立ち直る。

 切除したからといって、できた空白に私の考え方をまるっと移植する必要はない。

 前世からずっと、私は見てきたのだから。

 彼の扱い方なんて、彼の両親を除けば───今この世界にいる他の誰よりも心得ている自覚が、私にはある。


「・・・先輩のくせに」

「目を逸らすな。ほら、私を見て?」


 頬杖をついて、ようやく表情を和らげてみて。

 それで彼を見てみれば、おずおずとこちらを向き、泳ぐ視線でちらちらと私を捉えながら問いかけてくる。


「・・・・・俺は、変わりましたか?」

「うん。でも、君じゃなくなったわけじゃないでしょ」


 口が締まり、俯く彼。

 こういう時は、これ以上は何も言う必要は無い。


「・・・・・」


 私も黙って、答えを待つ。

 そうしていれば、この天才は勝手に答えを導き出して、新しい思考ルーチンを頭の中に作り出す。


「・・・ありがとうございます。先輩。

 俺の意見を真正面から否定してくれて」


 再び口を開いた彼の瞳は、既に輝き、柔らかかった。

 私の努力は功を奏したらしい。


「・・・・・そうですね。手段はひとつじゃない。

 わざわざ育てたものを捨てるだなんて、ずいぶん勿体ないことですしね」


 最低限のことを伝えた私の意図を飛び越えて、彼は新しい考え方を組み立てる。

 そういう考え方は、あまり想定していなかったけど。

 まあでも、捨てることに固執するよりは百倍マシ。


「どうかな。未来は見えた?」

「見えませんよ、そんなもん。でも・・・」


 最後にふわっとした問いかけをしてみて、本当に大丈夫そうかを確認する。

 すると、彼は瞬時に否定して、そのうえで少し考える素振りを見せたあと───


「進みたい道を選ぶことは、できるようになったと思います」


 ポジティブな言葉で、自分を奮い立たせた。

 そして、くしゃっとした笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「今の俺には、選択肢さえあれば十分ですから」


 可愛い後輩の、らしい姿。

 無責任なことは言えないものの、確かなことはひとつ。

 私に言わせれば、()()()()()姿()()()()()()()()ということだ。




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