3-7:不敬な手合い
自覚が足りない。
ゆえに、飲まれる。
戦いの進行は、そこまで複雑ではない。
二人の戦い方はそれぞれが良いものではあるが、しかし洗練されているわけでも、技術として熟しているわけでもない。
「・・・・・」
「ちっ!」
俺の頬の横を刃がすり抜け、エリナの舌打ちが響いて消える。
糸や長物、投擲物および罠を用いて撹乱するような構成であるエリナの戦い方は、真っ直ぐで歪みないフォルの戦い方と比べて、俺との相性が絶望的に悪い。
糸や投擲物での攻撃はハッキリ言ってグリムが練習していたものの下位互換だし、長物だってリーチが長いだけ。
起爆式の罠を設置したところで俺は片手間にそれを起爆し、エリナの意図したタイミングでは絶対に使わせない。
「たッ!」
「せいッ!」
爆風と飛散する針に紛れて、俺の回避行動の隙を突く二人。
両側から挟み撃ちで、前後や上下に罠を張っているかも。
決して悪くはない戦術だろう。
きっと。
「・・・っはは」
「「!」」
でも、甘い。
生温いったらありゃしない。
もっと殺す気で、俺をぶち殺すつもりで来て欲しい。
「なんっ・・・だコレっ!?」
「刃が・・・抜け───」
端的に言えば、想像力の欠如が如実に現れている。
そもそも、魔力というのは万能な代物だ。
想像力次第でどうとでもなるし、性質の変化なんて朝飯前。
俺を包む魔力は低反発なスライムのように変化し、少しの間ではあるが、鋭い刃を通すことは決してない。
それもこれも、二人が悠長に戦いを運ぶから。
こうして俺が思考をする一秒と少しの間にも、二人は焦ったまま。
「馬鹿が」
俺は小さく吐き捨て、魔力を滾らせる。
今回は広く強く、密度を濃くして───まとめて巻き込む。
白銀色に輝くスパークが広がる時、仮に避けられないのならそれまでだということ。
「ッ!」
「まぶしっ!?」
ストーム・プロテクションはいつも通りに発動し、今回は半径十五メートルほどの範囲を放射状に巻き込んだ。
魔力の煙が晴れ、視界が澄み渡った瞬間。
俺の視界に映るのは、隙を突いて攻撃するでもなく、攻撃の準備をするでもなく、警戒して空中にぼっ立ちの二人。
正確にはぼっ立ちではないが、いや、うーん・・・
「・・・・・」
正直、言葉が出なかった。
俺に挑むというのなら、その程度の恐れや困惑なんて許容範囲なんだろうとばかり思っていたんだ。
でも現実は全く違って、二人は積極性に欠けているうえに殺意も想像力も、何もかもが足りていない。
正直に言って、俺はこの戦いに飽きている。
確かに二人は強いのかもしれないが、それまでだ。
力とスピード、それから手札が少しある。
それだけだ。
実力はない。
「フォル、エリナ」
「「!」」
だから、無理矢理にでも引き出す。
俺は絶対に、面白くないことはしたくない。
王配としての配慮なんざ捨て去ってやろう。
「予告するのはこれが最初で最後だ」
警告を行い、魔力を吹き出す。
どう転んだって、攻撃ができなきゃ意味が無い。
積極性に欠けていては、チャンスなんて掴めやしない。
「殺す気で来い。でなきゃ殺してやる」
そう告げるなりノータイムで瞬間移動をした俺は、ギリギリで防御態勢を取ったフォルの腹に蹴りを差し込み、もう一度蹴り飛ばしてフォルを思いっきり吹っ飛ばす。
殺してやると告げた言葉の通り、俺はフォルが飛んで行った軌跡の先に瞬間移動しておき、左手に込めた放出型の魔法をフォルが飛んでくる瞬間に合わせて放つ───ところでフォルはどうやら瞬間移動魔法を仕込んでいたようで、後ろに回られたのを察知した俺は魔法を握り潰しつつ上段から振り下ろされる刃を左手で「空中の物体を移動させる魔法」の応用を用いてキャッチ。
ノールックで刃を受け止めたお陰で、たぶん隙を突いて攻撃するためのものであったろう、エリナが放った幾つかの空中機雷を風魔法で散らし、続く槍の投擲も右手に魔力を纏うことで槍先を滑らせ、起動が逸れたところで槍に繋がった糸をキャッチ。
今は身体強化で探知魔法が使えないから、これがエリナの正確な位置を知るための隙。
「嘘───きゃっ!?」
何となくの距離感と音で位置を把握した俺はフォルを完全に無視して瞬間移動でエリナの背後から回し蹴りを叩き込むと、体重が軽いせいか簡単に吹っ飛んでしまったエリナに向かって右腕を振り抜いて圧力魔法をぶつけ、俺の上に瞬間移動してきたフォルの刃を弾き飛ばす。
ぐらりと揺れた体幹に蹴りを叩き込むと見せかけ、普通に位置が悪かったので瞬間移動で位置を修正しつつ踵落としを背中にぶちかますとフォルはすごい勢いで地面に向かって直滑降。
エリナはカバーに間に合わず、ガッツリ俺の視界に入ったところで反応が遅れ、槍は軽々と俺が掴んでしまった。
苦し紛れの罠も処理したところで、槍は回収されてしまったようで俺の手元にはなくなってしまう。
「おっと」
小癪だなあと思いつつ下から迫ってくる気配に右手をかざすと、丁度のタイミングでフォルがすごい勢いで突っ込んできた。
どうやらエリナの援護やらをガン無視して俺をどうにか撹乱する腹積もりのようだが、ここからでは決め手には繋がらない。
上空に向かって押し出されながら、背後に出現する空中機雷を処理していくと、そのうち余裕が生まれるので一瞬だけ音響探知をしてみれば、俺が思った通りの動きをしている。
ならば乗ってやろうと思いながら、俺は後ろから迫るエリナの槍をするりと避けて瞬間移動で距離を取り、そこで待ってましたと言わんばかりに俺の直上から全位置エネルギーをかけて振り下ろされるフォルの刃を、木刀っぽく変形させた固有武器で受け止めた。
「おおおおおッ!!!」
なんだか気合いが入っているものの、それだけに崩しやすい。
十分に力が乗っていることを確認した俺は固有武器を収納し、そのまま直滑降していくフォルの腹に膝りをねじ込んで背中にダブルスレッジハンマーをお見舞いする。
「がっ・・・!?」
そのまま下方向へぶっ飛んでいくフォルを尻目に、俺は攻撃の準備をしていたであろうエリナの顔面に瞬間移動による回避不可な蹴りを差し込み、吹っ飛んだところで彼女の背中にもダブルスレッジハンマーをお見舞い。
同じように下方向へ吹っ飛んでいく彼女を見ながら、さてさて次はどうしてやろうかなんて考えてみる。
「・・・まあ、問題ないな」
呟き、右手を下に向ける。
二人はだいたい同じ場所に吹っ飛ばした。
だから、今の俺の殺意と魔力は───この国にいる誰よりも、あの二人がその脅威を理解できる。
避けてはならない、受け止めなければならないと。
俺はこの、妙にイライラする感覚に嫌気がさしている。
これ以上グダグダと戦っていると、嫌になるかもしれない。
「言葉通りだ───」
右手に集まった魔力の塊を、俺は自分でも不思議に思うくらい不快な気分に乗せて放とうとした。
その瞬間、俺の右手首は力強く掴まれる。
「・・・・・痛っ」
思わず顔を顰め、隣を見る。
すると、ひどく冷たい表情を浮かべたティアが視界に入った。
「間に合わなかった・・・」
ティアは残念そうに呟き、顔を近づけてくる。
なんだろうと思って黙っていると、耳元で一言。
「待てないなんて悪い子だね、きみは」
制圧するためとかじゃなく、俺の気分を晴らすために。
他の事に注意を向け、気を逸らすための、ひどい一撃。
こそばゆい感覚にティアを睨むと、彼女は離れ、変わらず冷たい表情を俺に向けながら言葉を続ける。
「・・・まあ、それは抜け駆けしたあの二人にも言えるけど。
本当に、だから私が先にきみと戦ってればさ」
これは・・・とても怒っている時の表情だ。
怒っている理由は色々あるのだろうが、俺には主な理由が・・・
「判断ミスだよ。安易に私闘を受けちゃダメ」
「・・・・・ごめん」
「ふん」
思考を見ていたティアに食い気味で刺され、叱られる。
冷静になった頭で謝罪の言葉を口にしてみれば、ティアは呆れたように鼻を鳴らし、視線を下に向けた。
「でも、今は優先順位があるから。説教は後で」
そう言われ、背中を叩かれる。
いつもより強く、痛い。
「きみは精々、その甘さを反省してて」
「・・・はい」
厳しい視線にチクチクと刺されながら、俺はひどく怒っているティアの後ろを、ふわふわと着いていくしかなかった。
〇 〇 〇
暫くして、玉座の間。
だだっ広い空間に、今は俺達含めて六人のみ。
「身の丈を弁えろ、と言ってしまえばそれが全てなのだけど。
今回の件で、私がお前達に伝えたいことは主に二つ」
つまらなさそうに、ティアが冷たく視線を向けたその先で、跪いて頭を垂れた四人が震えながら耳を傾ける。
最適解は、話をハナから聞かないことだった。
でなければ、ティアにこんなことをさせる必要はなかったのに。
「王である私が認めた男を試すな。
半端な覚悟と実力で戦いに望むな」
ティアの憤りが、計算されたものであるか否かはわからない。
しかし、四人に向けた言葉には確かに、あまり聞いた事のない色の感情が乗っかっていた。
あの戦いを見て尚、俺に挑もうと思ったその判断。
そして、その判断に似つかわしくない半端な覚悟と実力。
「謹慎三日、これが罰。
理解したのなら首を縦に振れ」
ティアが多少凄んだ程度でびくびくと震え、顔が上がらない。
もし俺があのまま本気を出していたら、それこそ殺してしまっていたかもしれないのだと察した。
「次に同じことをすれば、私が直々に再起不能にしてやる。
お前達が中途半端に好む闘いでもって、その人生に終止符を打つ」
だから怒っている、という部分もあるのだろう。
色々な理由のなかで強く現れた、俺の失敗とティアの憤怒。
ひどく不敬な態度と申し出を見逃してしまった俺は、今の状況の原因たる存在だと言うのに。
前例を作ったうえに、殺しかけた。
その事実が、どれだけの不安材料になりうるか。
「これが理解できたのなら去れ。そして二度と調子に乗るな」
黙って去りゆく四人の姿に、俺は申し訳なさを覚える。
俺の自覚が足りなかったせいで、罰される状況を作ってしまったからと。
「・・・ふふっ」
「?」
そんなふうに考えていたら、ティアが静かに笑った。
柔和な表情で、口元を指で隠して。
「かわいいね、きみは」
わけが分からなくて、俺は何も言えない。
怒らせてしまったはずなのに、ティアは俺を責めない。
「だって、私が叱ったら逆効果だから。
知ってるのにやったならまだしも、今回はね」
頬を撫でられながら、俺は視線を落とす。
慰められてはいるし、事の発端が俺じゃないと伝えられてはいたとしても、ミスを犯したのは俺だ。
本当なら、ちゃんと叱ってほしいのに。
「きみの見立て通り、大伯父様のお陰で多少のミスなら問題ない土壌ができてる。
とくにきみは私の夫という立場だから、今以上の失態をきみが犯したところで責任の行き着く先は私。
そして、責められることと言えば監督不行届くらいのもの」
「・・・だからって配慮しないわけには」
「学んだでしょ、もう。
あとはきみが色々と知っておけば、もう同じことは起こらない」
あの手この手で慰められながら、俺はとことん自分の扱い方を理解できていないんだなと思う。
その反面、ティアは俺のことを理解し尽くしている。
どう扱えばいいのか、どうするべきでないのか。
優しくて暖かい感覚の中にある、包まれるような恐ろしさ。
「それに、まだ初日なのに気分を落としてどうするの。
どちらにせよ、あの四人が不敬だったことに変わりはない」
自分より小さくて年下の人間が、とても大きく見える。
子供のままの俺を、とても暖かい感覚で包み込むように。
「外部の人間だと理解していながら、まだ教育を受けていないのだと察せる期間であったにも関わらず、それらを理解して尚きみに私闘を申し込んだ。
本来なら私が直々に半殺しにしてもいいのだけど、きみは納得しないだろうし」
でも、厳しくもある。
全てにおいて俺が悪かったのなら、またあの時のように頬を叩かれ、強く叱られていたのかもしれない。
そういう点で言えば、悪いのは向こうだった。
「気にするなとは言わないけど、あまり気負わないで。
ああいう手合いはよくいるから」
「・・・わかった」
そう、悪いのはあの四人だったんだ。
でも俺は、納得ができない。
自分の判断ミスが、つらい。
「本当、可愛いね。きみは」
玉座に座ったティアの、暖かい眼。
漏れ出る魔力の、微かな鼓動。
俺の足を縛るように広がる黄金は、ティアの意識と俺に対する感情を表しているのかも。
とても強く、縛られて。
変わらず俺は、ティアに寄りかかって生きていく。