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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
三章:災禍を滅ぼす虚無の躍進
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3-6:女王と伴侶

 最年少であり、最強。

 隙のない夫婦がここに誕生。




 



 人を見下ろす景色というのは、俺にとっては慣れたものだ。

 立場や関係を問わず、前世において、殆ど全ての人間が俺より背が低かったから。

 だからこそ、今この景色を───集まった民を見下ろすこの視点に立っても尚、俺はあまり動揺していない。

 勿論、注目が俺だけに向いているわけじゃない、というのもある。

 そして、こういった立場に少し慣れたから、という理由も。

 やたらかっちりとした格好に付け足された片側だけの外套も、今はそういうものだと受け入れることができる。


「女王様ーっ!」

「王配殿下! 視線をください!」


 俗っぽい言い方だが、熱烈なコール、とでも言おうか。

 俺とティアが並び立ち、斜め後ろ両側をニアと人型形態のグリムが固め、その後ろを名前すらわからない護衛が守る。

 絶対王政という体制ゆえか、はたまたティアに対する期待ゆえか、広場にはかなりの人数が集まっていた。

 群衆から集まる視線は、そこまで気持ち悪くはない。

 少なくとも、邪な感情は抱かれていないようだ。


『演説はしなくても問題はない。

 興味があれば、自ずと接近してくるものだ』


 さっき見たメモを思い出し、口を噤み続ける。

 セヴェーロの遺した情報には、これからの俺達が行うべき事柄や、この国を統治するうえで最低限知っておかなければならない事などが事細かに記載されていた。

 このお披露目も、そのうちのひとつ。

 結婚と継承、新たな王───それも女王の誕生。

 男女比が平等に近くとも希少な女王という存在は、ただでさえ男性が希少なエルフの国において、想像以上の話題性を秘めている。

 そのうえ、ティアはかつて女王をやったことのある女性の孫娘。

 セリアさんが統治していた時代のことは何も聞かされていないが、その時代の情勢が如何にせよ、話題性は凄まじいものだ。


「陛下、そろそろお時間です」

「わかった」


 護衛の通知にティアが返事をしたところで、俺達はくるりと振り返り、この場を去る。

 しかし、歓声は止まない。


『じゃあ俺、王女様と婚約者さんの強さがいい!

 王様とどっちが強いの!?』


 何気ない会話の中で、それも、男子ゆえの好奇心だったとしても。

 俺は彼の言葉が、とても印象に残っている。

 否、何気ない会話だからこそ───だろう。

 あの時の俺にとって、セヴェーロのイメージは威圧的で苦手そのものだったから、意外とまでは行かなくとも、慕われているのだなという関心があった。

 そして今回、民衆の前に出てきて、俺はその事実を再確認する。


「・・・有難いことだな」


 呟き、噛み締めて、思考を回していく。

 俺は直接的に干渉する立場ではないが、それでも。

 決して蔑ろにしていいわけではない。

 覚えておくこと、自覚すること。

 それが、最大限の手向けだと思って。


「気負いすぎじゃない?」

「そっちの方がカッコイイだろ」


 微笑みながら問いかけてくるティアに、俺は簡潔な答えを述べた。

 忘却の力を持つ存在が、忘れてはならないという傲慢(プライド)を抱える。

 それは、これからの俺を象徴する概念に似合う、最高の矜恃(プライド)だ。


「・・・ここが執務室となります」


 立ち止まり、振り返る。

 ガチガチに固まった、可愛げの残る青年。

 気にかけてはいなかったが、違和感を覚えるくらいに若い。

 そんな彼に案内されるままに執務室に入った俺達は、待機していた女性に導かれて机の向こうに立たされた。


「お初にお目にかかりますわ。

 わたくしはメイド長のリーレ」

「そして私は統括総務のオルディと申します」


 直轄の部下が二人。

 正確には、ティアの部下だが。


「統括総務はまあ・・・あれか、読んで字のごとくか」


 そこでふと、気になったことを質問してみる。

 統括総務だなんて聞いた事のない役職、ある程度の想定ができるとはいえ、明確な内容は本人から聞いてみたかった。


「はい。陛下および殿下からの命令にのみ従う使いっ走りです」

「ひっでえ言い方」

「前任より、そのような役職であると引き継いでおりますので」


 実直。

 これは俺がオルディに感じた、シンプルな感想。

 対して、メイド長のリーレさんは営業スマイルのままで話を聞いており、なんとなくだが数十年どころではない歳の重ね方をしている気がする。


「・・・前任はセヴェーロの隣にいた女性だな?」

「はい。先代が崩御なされた際に姿を消してしまいまして」


 姿を消した理由は色々と推察が可能だ。

 とはいえ、本人やセヴェーロの意思が如何にせよ、勝手にこの国から居なくなるのは困ってしまう。

 時間がある時に居場所を特定したいな。

 もしかしたら、恨まれてるかもしれないけれど。


「後でね、グレイア」

「わかってる。今は別だろ」


 横っ腹をつつかれ、意識を引き戻される。

 どうやら、挨拶は俺からしないといけないらしい。


「じゃあ、これからよろしく。

 追加で何か聞かなきゃいけない事とかは?」

「わたくしから、ひとつ宜しいでしょうか?」

「どうぞ」


 自己紹介は省いて良いだろうと判断したので、なんとなく報連相をきちんと済ませておこうと質問をしてみると、リーレさんがすっと手を挙げた。


「事務仕事は殿下がなさるといった認識で宜しいのでしょうか」

「その認識で構わない。今のところはな」

「承知いたしましたわ」


 淡々とした口調で、ひたすらに事務的。

 ある意味、そっちの方が関係性としては楽なのかもしれないけど。


「二人は・・・うん。

 私のことはある程度知っているみたいだけど、ひとつだけ」


 と、ここでティアが口を開いた。

 あからさまに腕を組んで、誇示するように。

 たぶん、これは二人に対してじゃなく、俺に対しての行動。


「はい」

「なんでしょう?」


 キュッと表情が引き締まるオルディと、変わらないリーレさん。

 そんな二人の様子に一切の興味を示さないティアは、こちらもまた淡々とした口調で言葉を続ける。


「たまにグレイアと殴り合うかもしれないけど、そういう時は喧嘩をしているわけじゃないから、あまり気にしないでね」

「・・・はい?」

「承知いたしましたわ、陛下」


 かたや正常な反応、かたや掴みどころない完璧な対応。

 どちらも反応の根拠が見え透いている分、そこまで勘繰る必要がなくて助かる。

 そして恐らく、リーレさんはセリアさん絡みか他のつてで色々と聞き及んでいるのだろう。

 知っている情報がどういうものかは想像がつかないが。


「じゃあオルディだけ残って、リーレは元の仕事に」

「はい。では失礼いたしますわ」


 ということで、今はとくに用がないリーレさんには退場していただいて。

 重要なことを始めたいのだが、それについての疑問がある。


「さて、オルディ」

「はい。ご要件を、殿下」


 とても重要だが、この場には存在しないように見えること。

 それは、単純だ。


「・・・・・仕事はどこだ?」


 事務仕事がない。

 書類やらがない。

 仕事は俺がするということになったのに、執務室に案内されたというのに、やるべき仕事が並んでいない。

 どういうことだと聞いてみれば、オルディは微妙な表情を浮かべ、おずおずと口を開く。


「・・・ありません」

「まじ?」

「はい・・・」


 信じられない俺が口にした問いに、オルディは控えめな肯定。

 これより数秒、凄まじく絶妙な沈黙が流れてしまった。




 〇 〇 〇




 ということで、本当にやることが無くなってしまった俺は、そのまま執務室にいるのも暇だということで、メイド達に挨拶しに行ったティアとは別れて王宮の中を散歩している。

 すれ違う人々からの視線は、ちょっと気持ちがいい。

 前世でもこのくらい見られていたのかな、なんて思ったり。


「・・・・・」


 切羽詰まった状況で歩いた廊下も、特別余裕があるわけではないものの、事が済んでから歩いてみるとまた別の印象を抱く。

 機械的に使用人が頭を下げていた広い廊下は、掃除をしたり話をしたり移動をしていたりする人々がまばらにいて、荘厳でありながらも生きた施設という雰囲気がする。

 しかも今は、俺もその施設の一部だ。

 外部の人間ではなく、その組織のトップの伴侶。

 今までの名前に、苗字がくっついた。

 それに、服装もかっこいい。

 軍服っぽい格好に非対称のマントをなびかせて。

 ここは室内だからなびかないけど。


「仕事ないなら出かけるのもそこまで・・・」


 王の間に行こうと足を動かしながら、俺は呟く。

 セヴェーロが片付けてくれていたであろう分を差し引いても、この国における公務の量というのはそこまで多くない。

 あるとすれば視察や公共建築物の修復作業だが、こんなものは俺達がやれば半日とかけずに終わるうえ、魔法という存在がある以上はどちらかと言えば「保護魔法をかけ直す」といった言い方をする方が正しいかも。

 破損するというより、魔法が摩耗するから保護し直す。

 物体を作り出すことだって可能なわけだから、仮に物体そのものが破損したとしても何ら問題はない。

 そもそもフェアリア自体が独立した固有の文化圏にあるわけで、貨幣の価値というのが低いのだ。

 食べ物なんかは魔法でいくらでも生み出せるし、服だって同じ。

 生み出す過程だって重労働ってわけでもなく、普通に魔法を使うだけの単純作業。

 強いて言えば、法律が多少あるくらい。

 それも国民に不利益はほとんど無いものであり、破ったところでメリットは一切ない。

 ある種のユートピアなわけだ。

 これで文化が成立しているのが不思議なくらいに。


「殿下」


 ふと、声がかかった。

 なんだか聞き覚えのある声がした方向に、くるりと振り返る。


「こんにちは、王配殿下」

「一昨日ぶりか。フォル・フィット」


 お坊ちゃんの後ろに控える二人のメイド。

 そしてこの三人の隣に立つ、ひとりの女性。

 赤い宝石の耳飾りをつけた、長い金髪のエルフの女性。


「こっちのお前はグリムと戦っていたな。名前は?」

「エリナです。覚えていてくださったんですね」


 名前と背格好、雰囲気と───その目つき。

 俺を見るその視線に込められた意図に、気が付かないフリをするわけには行かなかった。


「好奇心か、疑念か。まあ、どっちでもいいけど。

 念の為、そっちの口から要件を言ってくれるか」


 可能な限り威圧感のないように、ひたすらに気を使いながら問う。

 王ではない俺が変にでかい態度を取ってしまえば、指揮系統というか、本来あるべき構造が歪んでしまうと思ったから。

 しかし、そこまで気を使っても尚、肩書きというのは災いする。


「ひとつ、お手合わせ願えませんでしょうか」


 ひどく緊張したフォルの眼差し。

 後ろに立つメイドの、心を殺した表情。

 得体の知れない強者を刺激しないように、しかし力及ばずとも一丁前に器でも押し計りたいのか、嫌に厳粛な雰囲気で話しかけてくるのだ。

 決して心外だとは言わないが、そこまで露骨だと嫌な気分になる。


「二対一で? それとも使用人も混ぜて?」


 冗談めかして口にした問いかけにも、後ろのメイドはビクついた。

 前にいる二人は、とくに何も反応しなかったが。

 何かの意図をもって後ろの二人、フォルの付き添いが着いてきているのは察しが着くが、そんなにビクビクするなら来なきゃいいのにとすら思う。

 怖いからといって引けない立場にいるか、そういう役目を背負わされているのだろうなとは思うけど。


「僕とエリナの二人と、お願いします」

「そう」


 まあ、仕方がない。

 邪魔だが、そういうものだと思っておくことにして───俺は指を鳴らし、俺含めた五人を世界樹の上の、セヴェーロとの戦いが始まった場所に転移させた。


「!」

「すごっ!」


 ほぼノールックで五人を一気に転移させたことで驚く二人。

 そういう反応は俺にとって新鮮なものだ。

 何故なら、異世界に来てナギのもとを離れてから、いつも殺し合いばっかりしていたせいで相手を驚愕させる暇がなかったから。

 大抵すぐ殺しちゃう・・・というか殺さないといけなかったし。


「・・・・・」


 とはいえ、だ。

 戦うとしても、戦い方はどうするべきだろう。

 威厳とかそういう観点から見たら、マントは脱がずに戦った方が良いと思うが。


「・・・まあ、やってみるか」

「「!」」


 思考から漏れ出た声に、二人が反応する。

 フォルは刃を片手にメイド二人を手で遮るようなジェスチャーで下がらせ、エリナは細長いランスを取り出して構えた。

 まだ俺は武器を取り出していないというのに、好戦的な二人だ。


「できることなら、俺に傷を付けてみな。

 そうしたら俺の負け、お前達の勝ちでいい」


 たぶん、手加減は必要ないんだろう。

 フォルは実際に見て実力を把握しているし、エリナはグリムと戦っていたところを見るに、確かな実力を備えていることは容易に想像がつく。

 そのため、俺の敗北は簡単だ。

 俺の身体のどこかに傷をつけること。


「対して、お前達は好きなだけ戦ったって構わない。

 俺は何も言わないから、敗北の線引きは自分達で引くことだ」


 ゆえに俺も、容赦なくお前達をボコボコにすると。

 察しているかは分からないが、どちらにせよ殴り伏せる。


「いいな?」


 俺の問いに、二人は魔力を放出して構えを固めた。

 同意したという合図なのだろう。


「じゃあ、始めるぞ」


 最初はステゴロで十分だ。

 様子見をしつつ、良さげな隙を探そう。




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