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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
三章:災禍を滅ぼす虚無の躍進
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3-5:これからのこと

 長かった一日の終わりに。




 



 フェアリアは、地形ゆえに日が早く落ちる。

 それと、日が落ちる場所は地平線というよりは樹平線なので、他の場所よりいっそう惑星の丸みを感じられるような気がしないでもない。

 前世でいえば、こういった類の広大な森林というのはあまり目にかかれないものだったから、ちょっと感慨深かったり。

 午前の戦闘中は最も避けるべきものだった樹木が、今や感傷に浸る自分が見やる景色の、その一部になっているのだ。

 いつも思うことだが、一日は意外と長い。

 とくに、今日みたいなターニングポイントにおいては。


「・・・・・」


 ふと、聞こえた足音。

 使用人のものではない。

 しかし覚えがあるものだから、たぶん・・・


「・・・セリアさんですか」


 ガラスの戸を開け、こちらに近づいてくるセリアさん。

 バルコニーでひとり黄昏ていた俺のところに来るとなると、何か用があるとしか思えないが。

 でも、そんな気配はない。

 ちょっと警戒しすぎか?


「ティアに聞いたら、あの人は黄昏てるから〜って言ってねえ。

 孫婿ちゃんは、こんなところで何をしているのかしら?」


 俺の横に立ち、手すりに体重を預けるセリアさん。

 なんとなく、ただの世間話な気がしてきた。

 あまりキツい雰囲気ってわけでもない。


「気持ちの良い場所なので、少し感傷に浸ってたんです」


 なんとなくエモーショナルな気持ちになっていた、という事も含めて、正直に話してみる。

 すると、セリアさんは柔らかい表情を浮かべ、くすくすと笑う。


「あらあら。妾はそれをお邪魔しちゃったってことかしら」

「邪魔になると思うのなら、あいつは言いませんよ」


 でも、冗談めかした言葉を、どこか否定しなければならない衝動に駆られた俺は、セリアさんの言葉に補足を返す。

 なんでそう考えたのかは分からないが、確信があったのだ。

 たぶん、セリアさんに対するティアの教え方が俺の「位置」ではなく「行動」だったから、意図を察せたのかもしれない。


「ほんっとうに仲が良いのねえ・・・」


 セリアさんは柔らかい、しかし微かに憂いを帯びた表情を浮かべながら、しみじみと言葉を漏らす。

 有難いことだなと思っていると、セリアさんは表情を変え、俺の瞳の更に奥を見るような視線で言葉を続ける。


「ところであなた、ティアのことをどう思っているの?」

「・・・話題の振り方おかしくないですか」


 思わず言葉を返したのと同時に、俺ではセリアさんの心境を察することはできないのだと悟った。

 今の俺では、自分の思う適切な受け答えを導き出すことはできないのだと、何故か思い知らされる。


「・・・・・まあ、そうですね。

 控えめに言っても、俺はあいつがいないと生きていけない」


 だから・・・というわけではないが、分からないなりに誠実に答えようと思って言葉を選ぶと、それはもう重苦しい文言になった。

 誇張したと受け取られたかもしれない、なんて反省しながら視線を向け直すと、セリアさんは隠していたであろう感情を僅かに滲ませた表情で、俺の瞳を視線で強く貫く。


「断言するのね?」

「はい。あいつが居なかったら、俺は今頃どうなってたか」


 今度はノータイムで、目を逸らさずに断言をした。

 何故か今は、それが最適な気がしたから。


「というか、急にどうしたんです?

 そんな野暮ったいことを問いただすなんて」


 それと、疑問に思ったことを聞いてみる。

 この質問自体が野暮であると、理解していながらも。


「・・・理解はしていても、受け入れられないものなのよ」


 貫く視線が、ぷちっと音を立てて弾けた。

 ほんの少しだけ逡巡して、俺は言葉を選び取る。


「・・・・・ワガママですね。義祖母様(おばあさま)も」


 失礼かもしれない、なんてのは度外視で。

 生意気なのは承知しながら言葉を会話にねじ込んだ。


「あら、口が減らない子ねえ」


 とても、嬉しそうな表情をした。

 それが嘘か本当かは、俺にはわからない。


「それが俺の長所ですから」


 でも、それで正解ではあるのだろう。

 変に正解を求めていると、見失うかもしれない。

 この人はきっと、孫娘のことが───ティアのことが大好きな、ただのおばあちゃんなんだから。




 〇 〇 〇




 暫くして、俺はベイセル邸の書斎にやってきた。

 そこそこ広めの部屋で、感覚的には小学校の図書室くらいはあるだろうか。

 ここに来た理由は、ひとつ。

 ティアと喋りたいからだ。


「お祖母様はなんて?」

「口が減らない子だってよ、俺は」


 俺が入室するなり、書斎特有の涼しい静寂は破られた。

 とは言っても、今この部屋には俺とティアと、ぱたぱたと本棚をはたく使用人の女性しか居ないのだが。

 べつに誰の迷惑にもならない。

 使用人さんが静かに掃除したいなら話は別だけど。


「・・・疲れた」


 立ったまま本を読むティアの横にあった椅子に座り、顔を見上げて凛々しい表情をじっと見る。

 読んでいる本は植物の分布に関連した書類っぽい。

 さっそく王族の当主に宿る権能を活かそうとしてるのか。


「負けたの?」


 真面目な表情もいいなあ、なんて思いながらティアの顔をじっと見つめていると、ティアは視線を本に向けたまま、静かに問いかけてきた。

 負けたか否かとは、セヴェーロとの戦いの結果のことだ。

 それも、最終的な結果ではない。

 俺個人の線引きを聞かれている。


「俺が変に拘ったからな。

 ニアに頼らず、自分だけで戦ったらどうなるかを試したかった」


 まあ、負けたのだ。

 あと一歩及ばず、晒した隙をカバーし損ねた。

 それで二回目の死を経験した訳だが、ここでふと思う。


「よくよく考えたら、俺はプライドが高い方なのかも」


 なんて、すっとぼけたような事を言ってみた。

 すると存外、ティアはぴくりと四つある耳を動かすと、本をぱたりと閉じて俺の方を向き、小さく息を吐いてから口を開く。


「何言ってるの、きみは最初からずっとそう。

 最初の転換点だった、正義の寵愛者との一戦だって・・・」


 そう言われ、あっと気がついた。

 確かに俺はずっと、何かにつけて拘りを続けているんだ。

 しかもティアの言う通りで、ナギとの戦いの時だって俺は分身を用いた安全圏からの一方的な戦法を、楽しくないからという単純な拘りで捨てている。

 もちろん、それは今日のセヴェーロ戦だって同じ。

 俺は正面切ってセヴェーロを打ち負かしたかった。


「・・・必要があったのと、自分が好きだったのと、両方か。

 手段は選ばないと言い聞かせてはいたが、そんな意識に反して、俺の本心はずっと『楽しむ』ことに拘り続けている」


 でも、そこで気になるのはお前だ、ティア。

 俺のことを俺以上に把握しているお前は、何か見つけているのか。


「今はまだ、わからないけど・・・

 きみが頑張っているのを見るのは好き」


 本を棚に戻しながら語るティアの言葉に、俺は面食らう。

 違う、そうじゃない。

 俺が聞きたかったのはそういうことじゃない。

 なんかこう、もっと・・・


「照れてる」

「・・・やかましい」


 思考の乱れを突かれ、突いた本人はくすくすと笑う。

 笑い方は違うが、血が濃いんだなあと思いつつ、でもからかわれてしまったのが納得いかなくてティアの脇腹を指でつついた。


「えっち」


 汚れたドレスの代わりか、いつもの服を着ていて脇腹ががら空きなティアの格好。

 触れ慣れた肌をつつくと、わざとらしくよがって囁く。

 こういう時、妙にいじわるなのは何なんだ。


「とにかく、俺は色々な意味でスタート地点に立ったんだ。

 無論、お前も同じ場所にいる」

「ふふっ・・・そうだね」


 立ち上がり、部屋を出ようと歩きながら、話を真面目な方向に持っていこうとすると───ティアはいじわるに笑いながら、俺の発言を肯定してきた。


「だから何かあるわけじゃないが、強いて言えば・・・

 手加減の程度を考えなきゃいけなくなった」


 部屋を出て、廊下を歩きながら話を続けていくと、すんと真面目モードになったティアが腕を組み、問いかけてくる。


「エルフの王としての権限は私に?」

「知識としてはニアの管轄内だから、聞いたらわかるかもな」


 例外なのは俺の天使としての権能と、グリムの存在だけだ。

 この二つはこの世界に帰属したものじゃないからニアでは調べがつかないが、対して、ティアに譲渡されたであろうエルフの王族の権能はその世界の能力。

 ニアに頼れば、普通に調べが着くはず。


「基礎的なことや面倒なことは先に済ませるが、俺達じゃタイミングはどうにもならない事もあるはずだ。

 とくに政の分野にしてみれば、何かが起こってからじゃないと行動できない場面はあるだろうな」

「何か、策でもあるの?」


 策という程でもないが、あるにはある。

 戦闘という分野においてのみ使える、有用性はまだわからない程度の方法みたいなものが。

 それもまあ、国として見た時に兵力を少数精鋭にするしかないフェアリアの特性を鑑みれば、焼け石に水な策だ。


「そもそも大きな国じゃないからね」

「ついでにフェアリアは絶対王政だ。

 経験が足りない俺達じゃあ、政の類は苦戦必至だろう」


 じゃあ体制を変えたら上手くいくかと言われたら、まあ確実にそんなわけはないだろうし、そもそも当然ながら議会政治に関するノウハウはない。

 だから、俺達が手探りでやっていくしかないのだ。

 セヴェーロが残してくれているであろう、情報を使って。


「知識だけじゃどうにもならない事もある。

 生憎と、俺は上から支持する類の役割が絶望的に苦手だ」

「上手い下手に関わらず?」

「関わらず。できないからとかじゃなく、本当に苦手」


 その場その場で指示はできるものの、俺には長期的な視点を持つことができないという重大な欠点がある。

 現場指揮官としてはある程度の仕事ができる、あるいはできていたかもしれないが、それが政治となると話は変わるのだ。

 知識とセンスだけではどうにもならないことは多い。


「私は・・・やってみないと分からないかな。

 ずっときみに任せっぱなしだったし、もしかしたら得意かも」

「最悪、ニアにやってもらう。

 できれば俺達二人で責任は完結させたいが」

「それは・・・うん。流石に否定はできない」


 仲間とはいえ、役割にかかる責任は重大。

 ニアとグリムはきっと、責任を抱え込もうとする俺達をどうにか説得しようとするかもしれない。

 だけど、これは俺達が選んだ道だから───安易な覚悟で二人に責任を負わせるわけには、どうしてもいかないのだ。

 まあ、どうしようもなければ頼るしかないというのは前提として置いておくべきだろうな。

 できないことを無理して続けようとするほうが、よっぽど愚かで無責任だから。


「難しいね、色々と」

「始める前はどうしてもな。胃が痛いぜ」


 正直な話をすれば、こういった苦悩や試行錯誤は全て無駄になった方が良いと思っている。

 それは、俺がかつて暮らしていた国の───日本の公務員の方々の在り方に触発されたが故の思考なのか、はたまた別の要因による考え方の発露なのかはわからない。

 だけど、後で笑い話にできたらそれでいいのだと、ずっと教えられてきたのは確かだ。

 何があったとしても、その思考は変わらない。

 ある種の誇りと言ってもよいだろう。


「まあ、この世界じゃ無駄にはならないだろうけどな。

 良くも悪くも、結果がどうなろうと・・・」


 結局はセヴェーロが死んだことがどう出るかだ。

 どちらにせよ、転生者の人格に概念由来の思想が影響しなくなったことを含めると、確実に波乱は起こる。

 近いうちにナギと会って、協力体勢でも築くべきか。

 もしくはナギを、正義の寵愛者ではない存在にするか。


「まあ、明日になったらか」

「今日は心配過ぎて寝れない?」

「なわけ。疲れすぎてグッスリだわ」


 笑いながら言葉を返し、ドアノブに手をかける。


「・・・ねえ、グレイア」

「うん?」


 そこで突然、静かに声がかかった。

 なんだろうと思い、耳を傾ける。


「頑張ろうね」


 二人で灯した、静かな覚悟。


「もちろんだ」


 ほんの少しだけ、二人だけで。

 心の内で、柔らかい炎を燃やしながら。

 扉を開けて、再び表情を変化させていく。









 暫くは二人だけにフォーカスすることが多くなりそうです。

 ニアやグリムは幕間で描写するかも。

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