3-4:背伸びではなく
着実に進んでいく。
私はフェアリアの防衛を任された。
グレイアが戦う裏で、人死にを出さないようにと。
仮に大伯父様が結末を知ることが万が一にでもあった時、自分の行動によって無辜の民が死んだという事実を突きつけられては不憫だという配慮からのことだった。
ひとつの災害、それに付随する対処の連携。
皆、私が思っていた以上に働いてくれている。
「・・・・・ふー」
魔物の死体の山の上で、私は息を整えながら周りを見渡す。
発生した大穴のうちのひとつは、私ひとりで問題ない。
他二つは、そこそこ実力者に見えた人達が抑えているようだ。
「アネキ、大丈夫っすか?」
「・・・私は遊ばないから」
なんて嫌味を言うけれど、こういった作業でも楽しめる精神性は見習わなくちゃとも思っている。
ただ、今はとにかく問題の類をさっさと終わらせた後に、グレイアとじっくり拳を交えたい。
そうでもしないと私の身体は鈍ってしまう。
「あっ、第四波っすよ」
「湧き出る前に向こうが決着つくから。
周りも問題ないだろうし、グリムはこっち抑えといて」
「はいっす」
戦闘用にまとめたドレスを解いて、まくった袖も元に戻す。
ラクネ姉さんに作ってもらったドレスは傷つくことこそなかったものの、土埃や魔物の体液やらで汚れっぱなし。
私は清掃魔法などの戦闘には関係ない魔法を得意としていないし、グレイアにどうにかしてもらうまでは我慢・・・したいけど少し気持ち悪い。
今まではずっと汚れていい服装ばかりを着て戦っていたというのもあって、尚更いやだ。
事が落ち着いたら、雑用の魔法を教えてもらわないと。
「・・・あっ」
見慣れた魔力、でも少し違う。
グレイアの言う「先輩」から感じた、私では届かない世界にある力の気配。
「勝った・・・」
私は何よりも優先するべき事が片付いたと知って、安堵した。
グレイアは無事に・・・ではないだろうけど、勝ったから。
晴れていく黒い魔力の奔流は、きっと、少し前に予想した「想起と対になる力」の能力なのだろうと思う。
それを彼は「忘却」と言っていたし、そう呼ばれていた。
思えば、ずっと前から決められていた事だったのだ。
「・・・・・それはそれで、気に食わないけど」
モヤモヤするし、なんか嫌だ。
私と違って明確な気持ちで、グレイアも同じことを思っていたみたいだけど、それでも世界樹に向かう時みたいな行動をしていたのだから、本当にすごいと思う。
やらなければならない事を、すぐに判断できること。
大伯父様やお祖母様は、それを見ていたのだろうか。
「グレイア・・・」
ゆっくりと降りてきたグレイアに、そっと呼びかけた。
すると彼は、にかっと笑って翼をばっと広げる。
「かっこいいべ?」
それはきっと、彼なりの心遣い。
ほんの少しだけ「変わってしまったのかも」という気持ちを抱いていたのかもしれない私に向けた、ある種の自己証明。
服に空いた穴と、清々しく露出した左脚を見れば、きみが激しい戦いをしていたことなんてすぐに分かるのに。
「おかえり。無事でよかった」
「はいよ、ただいま」
両腕を広げて待つと、グレイアは翼と天使の輪っかを律儀に収納してから私を抱きしめた。
彼の温度は、変わらない。
「・・・今日中にひとつ、やらなきゃならないことがある」
そしてグレイアは囁く。
私にも、わかった。
「ちゃんと、着いていくよ」
だから、言葉として口に出す。
それだけで、少しは変わると思うから。
▽ ▽ ▽
さて、仕上げだ。
短い間に見えたセヴェーロの性格の傾向からして、後任たる俺達に対して何らかの情報を残してくれていることは確定だと言っていいだろう。
セリアさんがどう動くかはわからないが、少なくとも敵になるようなことはないだろうし、フェアリアの危機と王の死という大事件が二つも重なった今、俺達が向き合うべき問題は幾つもある。
しかし、時間が無いわけではない。
手に入れた力の使い方を間違えないためにも、最も優先すべき事柄はきっと、俺が思った通りの場所にあるはず。
「・・・どうせ、ここだろ」
位置としては世界樹の内部であり、世界の中心。
ここに辿り着けば、恐らくは・・・すぐに現れるはずだ。
「・・・・・やっぱりな」
「虚無の・・・世界?」
視界がモノクロに変わり、空気が冷たくなった。
俺の読み通り、暇神様はここで俺達を待っていたんだ。
「三日ぶりですか、暇神様」
「やはり・・・来たか」
「説明してくださいよ。全てを」
勿体ぶって現れた暇神様に対して、どストレートに説明を乞う。
しかしまあ、虚無の世界に来ると制御が難しくなるのか、さっきまで引っ込めていたはずの翼とヘイローが飛び出てしまった。
こういうのは練度の問題なのだろうが、慣れるにはどうしたらいいのだろうか。
そういう点も聞きたいのだが。
「それだけではないのだろう?」
「見えてるでしょうに。その通りですよ」
やたら勿体ぶるから何だろうと思えば、心当たりが幾つかある。
今回はそれらの心当たりのうち、どれがマッチするか。
まあ、どうでもいいけど。
とりあえず説明がほしい。
「本気、のようだな」
「だから来たんでしょうよ、あんたは」
「よく理解している」
満足そうだ。
何がお気に召したかは知らないが、まあ、満足そうならヨシ。
俺達からしてみれば、状況が状況なせいで感情の機微にいちいち反応はしていられない。
「セヴェーロは良い仕事をしてくれた。
継承という点で見れば、お前達が受け継ぐべき情報についても滞りなく用意はしてあるようだな」
さて、説明はしてくれたが、とりあえず俺の予想通り。
セヴェーロはきちんと情報を残してくれていたようで、たぶん個人的な指示とかもそこに記されているのだろう。
なら次は、この力について。
珍しく直に知らされる訳でもなし、なんなんだコレは。
たぶん思考見てるだろ暇神様。
見てるなら答えてほしい。
「天使の権能は、私よりもエルネに聞くといい。
もしくは、いつの間にか近くまで来ているかもしれん」
「そうですか。じゃ次、質問からの本題です」
正確でない情報は言わない辺り、やっぱり暇神様は信用できる。
可能ならこの場で教えて欲しかったが、必ず欲しい情報というわけでもないし、今は自分の知識欲を満たすとしよう。
「あの時、どうして嘘をついてまで俺の思考に『世界の管理者』というノイズを混ぜたんですか?」
これは至極単純、読んで字の如くである裏のない質問。
冷静になって振り返ってみれば、あの時の俺はお世辞にも正常な精神状態であるとは言えない有様だったわけだから、それでも尚あの時の俺の思考回路に「世界の管理者」という余計な情報をねじ込んだのか、これがずっと疑問だった。
自由の神の前だから、というわけでもなかったようだし。
「軌道修正と、お前自身の選択肢を増やすためだ。
お前の特性のお陰か、選択肢を増やす結果にはならなかったが」
簡潔にそう述べ、珍しく微笑む暇神様。
選択肢を増やす結果にはならなかったということは、やっぱり暇神様はずいぶん前から俺に「逃げる」という選択肢を含めたあらゆる未来を暗に提示していたのだろう。
しかし生憎、俺は歩く時には殆ど前しか見ていなかった。
戦略的に撤退しなければならない状態もなかったし、精神的に己の成すべき事柄から目を背けたこともないはず。
ティアに叱られた問題についてはまあ・・・仕方ない。
あれは俺の弱点のひとつだ。
「あんたは本音で『面白くなる』って言いましたね」
「そうだな」
さて、次の質問。
これは転生してからずっと気になっていることだ。
「・・・面白くなりましたか?」
「それはお前の行動次第だ。
権能と権限を、お前がどう使うのか。
世界にとっての異物を、どう扱うか。
私はそれらを、とても見ものだと思っている」
意外でもなかったが、やっぱり判定は続いているのか。
でも確かに、いや、暇神様が期待することを考えてはいけないな。
この神様が求めていることは、俺が俺であることだ。
ありのまま・・・とか言って思考を止めろというわけじゃない。
俺が俺として、俺のためにどう行動するか。
つまりは、何よりも単純なことを彼は望んでいる。
しかし、単純ゆえに難しい。
「私からも、いいですか」
「許す」
ふと、ティアが口を開いた。
変わったなあと思ったが、聞く内容は何となくわかる。
「お爺様は何をしていますか?」
「自由の神が気に入っているということもあってか、側近として話し相手や組手の相手になることが多いそうだ。
その延長線としてかは分からんが、近況報告を兼ねて私に戦いを挑みに来ることがある。
先日はグレイアに会いたいと言っていた」
とても詳細かつ簡潔な情報。
つまり、本当に彼は「生きている」のだ。
転生後の俺の状態を「生きている」と定義できている以上、彼は二度の死を経て尚、上位存在の側近として生き続けている。
暇神様曰く、リヴィルは俺に会いたいということだったが、奇遇なことだ。
それほどまでに神様に気に入られる存在とは、俺としても是非会って話してみたいと思っている。
「・・・そうですか」
「もし血族に対する気持ちの整理が着いたのなら、私がリヴィルに言伝をしてやろう。
グレイアを支えてくれている事に対する礼だとでも解釈しておけ」
やっぱり、こういう所は優しいなあと思う。
人間上がりとか言っていたし、パッと見の冷たい印象とは裏腹に、この人・・・というか神様は、かなり暖かい存在なのだろう。
もしかしたら、俺達が知らないだけで恐ろしい面があるのかもしれないが、それはそれだ。
少なくとも、俺達に対しては良くしてくれている。
どうしようもできないのなら、きちんと甘えておくべきだろう?
「私からと言うより、お祖母様に対して何か言うことはないかと伝えてください。
もしかしたら、杞憂かもしれませんが」
「伝えておこう。私としても、気にかけてはいた」
とはいえ、珍しいとは思う。
この神様が、無表情ではなく柔らかい笑みを浮かべていたのは。
「さて、グレイア。お前は私に言うべきことがあるのだろう」
それに、こうしてメリハリもある。
表情を整えるべき場面では、いつもの無表情に戻ったのだ。
こういう所はやっぱり、見習うべき部分だと思う。
「・・・俺は一ヶ月前、管理者にはならないって言いましたね」
「理由があってのことだったろう」
「その理由はもはや、意味を成さなくなりました」
理論的な会話、じわじわとしたプレッシャー。
交わす言葉に伸し掛かる重みは、他でもない俺が載せたもの。
過去の言葉と今の状況、それから、今までの経験を経て得た自分なりの考え方。
「状況が変わったし、俺の立場も変わりました。
俺はもう、部外者じゃないんです。
言い訳をして、目を背けるわけにはいかない」
「目的を見失いたくないのではなかったか?」
そう、そうだ。
俺があんたの頼みを断ったのは、その時に見据えていた目標を見失いたくなかったからだった。
でも今は、それだけじゃない。
見据える先はさらに遠くへ、目の前の目標に対処しているだけではきっと、俺は満足できないだろう。
だから、そのために俺は進んできたのだ。
「これからはそれが当たり前になるんです。
逃げ腰になるのなら、はなからセヴェーロを討つという選択を取るべきじゃなかったということになる。
あんたから与えられた課題をこなさないまま、フェアリアという国を救おうと首を突っ込んだことに説明がつかない」
責任を果たすために、俺が、他でもない俺自身がやってきた全ての行いに責任を持って、成し遂げるために。
それが何より重要で、誰かの期待なんてどうでもいい。
俺がやりたくてやった事は、最後まで責任を持つべきなんだ。
「・・・そうか」
暇神様は俺の言葉と思考を最後まで感じ取ると、視線を移してティアの方を向き、静かに問いかけた。
「ティア・ベイセル。お前はこの選択を承知しているのか?」
ある種の覚悟を問いただすものなのだろう。
でも、俺達はずっと話していたんだ。
何より俺が、ずっと気にしていたから。
「はい。かなり前から、彼とはこの件で話をしていました」
「・・・成し遂げた高揚感がゆえの戯言ではないということだな」
ティアの言葉に、暇神様は噛み締めるような声色でそう言った。
「ならば、私からはもう何も言うまい。
あとはお前達がこの先、どういった選択をするのか」
そうして暇神様は向き直り、話を続ける。
どうやら、かなりの割合で納得してくれたようだ。
「思想との縁が絶たれた世界で、転生者をどう扱うか。
その顛末を、よりよい方向に導いて見せろ」
これで恐らく、ナギのような転生者はその「思想」から開放されることになるだろう。
つまり、それらは転生者としての「特別」をひとつ失うことに他ならない。
「私からは以上だ。期待しているぞ、二人とも」
混乱する世界で行う取捨選択。
これからはもっと、難しくなるだろうな。